森園生の涙

 命令を受領して、私は、部屋を出た。
 ゆっくりと歩きながら思い浮かべるのは、過去の出来事。


 最初に彼に会ったときは、彼はひ弱な中学生にすぎなかった。
 突然身に付いた能力とその使命に、彼は狂いそうになっていた。
 あやすように落ち着かせ、使命の重要性について何とか納得させたのは私。
 それから、地獄のような特訓を課した。彼の使命を充分に果たさせるには、それが必要だったから。
 泣きわめく彼に対して容赦なく試練を課すのは、心が痛んだ。
 その結果、彼は閉鎖空間での任務をこなせるようになる。
 しかし、常に体力と精神力を極限にまで削られる毎日。彼から疲労の色が消えることはなかった。
 やがて、彼が高校生となってしばらくしたときに、転機が訪れた。
 北高への転校。SOS団への加入。
 それが、彼を見違えるほど変化させた。
 彼の楽しそうな様子など、それまで一度も見たことがなかったのに。
 孤島の別荘、雪山の山荘。彼、そして、SOS団とともにすごしたその日々は、私にとっても楽しいものだった。

 すべてがよい方向に向かっているように思えたのに……。


 感傷にひたっているうちに、私は目的地に到達していた。
 部屋の扉を開けると、信頼できる部下たち、新川、多丸兄弟がそろっていた。
 今回の任務は、少数精鋭で臨む。投入人数を増やしても、無駄な犠牲を増やすだけだから。

 彼らが、いっせいに私を見る。

「今回の任務は、困難なものとなるでしょう。相手は、今までで最も手ごわい存在です」

 なぜなら、こちらの手のうちを知り尽くしているのだから。

「また、未来人勢力や宇宙勢力がどう出てくるかも分かりません」

 未来人勢力にとって、これは規定事項だろうか、それともそれを逸脱する事態だろうか。どちらにして、干渉してくる可能性はある。
 宇宙勢力は、静観するか介入してくるか。
 不確定要素が多すぎた。

「さらに、涼宮ハルヒに気づかれてはならないという絶対条件があります」

 このリスクを考慮すれば、現状の問題を放置するという選択肢もありえた。
 しかし、組織は、現状を放置する方が世界の安定にとってよりリスキーであるとの結論を出していた。
 私個人としても、その判断が間違っているとは思わない。

「ですから、完璧な奇襲によって確実に目標をしとめなければなりません」

 私は、ここでいったん言葉を切った。
 使命を果たすために私情を排してきた私でも、ためらいはあった。
 しかし、私はすべてを「機関」にささげた身。すべては、この世界の安定のために。

「任務内容を伝達します」

 次の言葉を言ってしまったら、もう後には戻れない。
 いつの間にか、涙が頬を伝っていた。

「反逆者、古泉一樹を抹殺せよ」

 涙がひとしずく、床に、落ちた……。

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最終更新:2007年09月08日 02:06