獲得した居場所を、愛すべき仲間達を護るための共闘のさなかに、意識し始めた事がひとつあったけれど、それはまた別の話だ。この一年を掛けて積もらせた、口に出すのは躊躇われるささやかな熱。「彼女」にも、今日会える。何の不安も背後に控えていない時に、彼女と活動を共に出来るそれだけで、幸せを感じられるらしい今の自分のお手軽さが少し楽しい。高校入学一年の春、精神を切り詰めるようにしていた僕には、持てなかっただろう余裕だった。
集合時刻の優に一時間前。さすがに早く来過ぎたかと思わないでもなかったのだけれど、僕より更に先んじていた人がいた。まさか、と立ち止まって遠目に観察するも、見間違いはない。一見して誰と分からなかったその「彼女」は、余りに予想を外れた清楚な装いに身を包んでいた。白いベレー帽、ふわりと風に煽られ波立つ白いワンピース、丁度今日の快晴を見るような空色のブラウス。一定距離を置いても気配を辿る事のできるらしい彼女の、水底の清澄を閉じ込めた二つの眼が僕を見る。
――何処か、で。
首を振って、残像を振り払う。けれど、消えない。白い――白い――あれは、何だった?
思いの他燻り続けていた熱が、何かの勢いで力を増すように。蝉の声と、静寂に降ろされた眼差しと、白磁の。光が、傍にあった。
「こんにちは。――今日は、何時もと服装が違うんですね」
微笑みかけながら、動悸が激しくなる。映画や音楽を鑑賞して感極まったときに似ている。フラッシュバック。
「本当にとてもよく、お似合いですよ」
「……そう」
何処かで告げたことのある。忘れていたものを、再び得た様な――いとおしさが、込上げるのは何故だろう。懐かしさが五感を擽り、いつかに重ねた言葉の片鱗を辿る。此処で、大切な想いを言語の二文字に託していた、そんな気がした。
慈しみを、溢れるまま。
「長門さん。唐突に恐縮なのですが、」
練習をしていた訳でもないのに、拍子に零れたそれは、スムースだった。言わなければならないと、そんな風に思った。何かに後押しされたのだ。後に振り返るところ、それはもしかしたら心を募らせてリセットされていった過去の僕達のものだったのか。
不思議と恐れはなかった。悶々と恋心に悩み明かしていたとは思えないほどに。
もしかしたら自分は歩きながら器用に都合のいい夢を見ているのではないかと考えたくらいだ。声にした告白は浮ついたようで、それでもしっくりと馴染んで響いた。
僕のいきなりの心情表明を聞いていた長門さんは、今日も綺麗だった。彼女は一年前から変わらない綺麗な瞳のままで、けれど一抹の感情を落とし込んだ声をくれた。
「……わたしはあなたを覚えている。あなたの記憶からは抹消された、七百二十九回、あなたに贈られた言葉のことも」
淡々とした口調に、覗かせた意思の色を聞く。
「当時は上手く処理が出来なかった。……でもわたしは今、あなたに答えを返せる」
光が瞬いている。熱風に歪む地平と、暑い夏に涼しげな佇まいを崩さない彼女の面差し。白い影と、過ぎ行く思い出と、これから紡いで行く明日への予感が交差する。僕は此処にいて、彼女が此処にいたのだ。彼女を好きになったことは、それだけで総て報われたのだと思って、何故だか胸にじわりと想いが染みた。泣きたくなるのは、今の僕のものなのか、それとも今ではないいつかの僕のものなのか。
どちらでも良かった。僕は、彼女に微笑むことができた。
一夏の恋が、永遠になる。
「情報の伝達に齟齬が生じないように、伝える。……聞いて」
「―――はい」
But still they lead me back to the long winding road.
You left me standing here a long long time ago.
Don't leave me waiting here lead me to your door.
(けれどやはり振り出しに戻り、長く曲がりくねったこの道に辿りついてしまう)
(あなたは僕を此処に立ち尽くさせて、随分昔に行ってしまった)
(此処で待つより、僕は、あなたのもとへ行きたいんです)
僕は、あなたのもとへ。
あなたの隣で、共に歩く夏の夢を見ているんです。