俺のストレスはもう限界へと達していた。
言うまでもなく、ストレスの原因はSOS団団長涼宮ハルヒだ。
あいつはとんでもなく無理な注文を、なぜか俺にばかりしてくるのだ。なぜか、俺ばかりに。
でも、俺だって人間だ。それも至って普通な男子高校生だ。毎日そんな無理難題を突きつけられればストレスが溜まるもんだ。
たまに反抗してみれば壮絶ワガママ団長にしばかれるだけに留まらず、宇宙人未来人超能力者から冷たい目で見られ、そして批難されるのだ。
こんなの間違ってるだろ。
俺はハルヒに選ばれた人間?鍵?知るか!
俺はこんなの望んじゃいないんだよ!!
・・・いや、ハルヒだっていいところはある、それに、か・・・可愛い所だってあるさ、あぁ、そこは否定しない。
だがな、俺にはもうハルヒの機嫌取りやパシリは無理だ。限界だ。疲れちまったんだよ。

そうして俺は変わっちまったんだ。
自分でもびっくりするくらいにな。

 


さぁ、今日も一日が始まるわ!!なんてすがすがしい晴天なのかしら。
月曜日なのに、心なしかあたしはご機嫌だった。
最近、なんだか毎日が楽しくなってきた気がするのよ。
相変わらず不思議は降ってこないしどこにも落ちてないわ。でも、みくるちゃんが居て、有希が居て、古泉君が居て、・・・キョンが居る。
そんな毎日が楽しいのよ。例え平凡だったとしてもね。
まぁ、楽しいからといって満足しているわけではないのよ。まだまだ絶賛不思議捜索中よ!

いつもの長いハイキングコースのような坂を登る。もうすぐ秋だって言うのに、暑いわ・・・。これが残暑ね。間違いなくあたしの敵だわ。
学校に着く頃にはもう汗だくになっていた。髪の毛が首周りにべたべたひっつく。もう、暑っ苦しい気持ち悪い。
そうだ、今日はポニーテールにしてみようかな・・・。
・・・って何よ!何誤解してんのよ!べ、別にあいつがポニーテール萌えだからってわけじゃないんだからね!暑いからよ、バカ!

教室に入る前にトイレによって、髪の毛をくくる。・・・これでよし、と。
・・・また、あの時みたいに「似合ってるぞ」なんて言ってくれたらいいなぁ・・・。ってバカバカ!どうでもいいのよあいつの言う事なんて!
そんなことを色々考えながら教室の前に辿り着くと、アホの谷口がオロオロしながらドアの前に突っ立っていた。邪魔よ、アホ。
「何してんのよ。そこは人が通る場所なのよ?どきなさいよ、邪魔よ。」
「すっ涼宮!俺はお前を待っていたんだ!大変なんだよ、キョンが・・・」
「は?キョンがどうかしたって?」
あたしはそういいながら谷口を押しのけてドアを開けた。
そこには・・・ 
 

「・・・アンタ、それ何のつもり?」
ワックスでツンツンに立てた髪の毛。第三ボタンまで開けられたワイシャツ。よれっとしたネクタイ。そしてパンツがはみ出るくらいに腰まで降ろされたズボン。
「まるでヤンキーじゃない!」
そう、キョンがまるでヤンキーになっていたのだ。ずん、とだらしなく椅子に座って大股を開いていたキョンは、あたしに気づき、鋭く睨む。
「なによ、なんなのよアンタ・・・」
キョンは黙ってあたしを睨んでいる。その視線があまりに鋭くて、あたしは一瞬怯む。・・・キョンはこんな怖い目であたしを見たりしない。
「何よ・・・!ふざけてんじゃないわよ、怒るわよ!」
あたしはいつものようにキョンのネクタイを引っ張って立ち上がらせようとした。すると、あたしがネクタイを掴むより早く、キョンによってその手は叩かれた。
「アンタなにすっ・・・」
「気安く触んじゃねぇ」
とても低く冷たい声でキョンは言う。あたしはぞっとする。気が付くと、クラス中の視線があたし達に集まっていた。重い沈黙だ。
「・・・な、何よ・・・アンタほんとにどうしちゃったっていうの・・・?冗談もほどほどにしないとあたしほんとに」
「うるせぇな」
キョンは視線を外しながら舌打ちをする。あたしは、ついにぷっつん。今度は叩かれないように、ものすごい速度でキョンの頬にビンタした。
するとキョンはものすごい勢いであたしを睨んできて、なんと隣の席の椅子を思い切り蹴飛ばした。大きな音を立てながら、椅子が机に激突し倒れる。
「きゃっ・・・」
キョンはガタン、と音を立てながら立ち上がる。そしてあたしを思い切り見下す。今すぐ殴られるんじゃないかと思うくらいにその目鋭く、あたしを拒絶していた。
しばらくあたしを睨むと、また舌打ちをしてキョンはどこかへ行ってしまった。
「・・・何・・・よ」
あんなのキョンじゃないわ。嘘よ。何なの?何があったっていうの?・・・あたしが何したって言うのよ・・・!
「す・・・涼宮・・・」
谷口が恐る恐るあたしの傍までやってくる。
「・・・うるさいわね!ほっといてよ!あんな奴もう知らないんだから!」
あたしは谷口を怒鳴りつけ、席へと座る。・・・わかってるわ、八つ当たりよ。
岡部が教室へと入ってくる。HRが終わると、1時間目が始まる。
キョンは戻ってこなかった。

 

休み時間、古泉君と有希があたしのところへやってきた。
「涼宮さん・・・キョン君の様子がおかしいようですが」
古泉君の顔にいつもの笑顔は無かった。そうね、こんな時でも古泉君が笑っていたら、さすがのあたしも怒るわよ。まぁそれも八つ当たりなんだけどさ。
「・・・あたしだってもうわけがわからないのよ!今日登校してきたらいきなりあいつがあぁなってて、あたしビックリして・・・。はじめ、あいつはあたしを無視したわ。
でもそのうちにキレだして・・・あたしを思い切り睨んできて・・・そんでこの椅子を蹴飛ばしたのよ。あたしに・・・このあたしにキョンが・・・」
「涼宮さん、落ち着いて・・・」
「もうわけがわからないわ!!」
あたしは勢いよく立ち上がり、机をバン、と叩く。
「古泉君、有希、2時間目さぼるわよ。あいつと話をしてきましょう。きっとあいつ病んでるのよ、心の病にかかっちゃったのよ。治してあげないといけないわね。」
「・・・屋上に居るはず」
有希がつぶやく。
「屋上?・・・そう、行きましょう。」
あたしは二人を連れて屋上へと向かった。


今のあいつが屋上へ行く理由くらい、考えなくてもわかったわ。あいつ何考えてるのよ、ほんと。見つかったら退学よ?
・・・それに・・・そんな体に悪いもの、キョンには吸ってほしくない・・・。
あたしは思い切り屋上のドアを開く。
そこには、案の定タバコを咥えたキョンが居た。音に気づき、だるそうにこちらを向く。そして、ペッとタンを吐く。どっからどう見てもヤンキーだわ。キョンのくせに。
「ねぇ・・・キョン、どうしちゃったのよ?」
キョンは答えない。
「・・・何があったの?ねぇ、話してよ」
キョンは答えない。そしてタバコをまた咥える。
「どうしていきなりそんなんになっちゃったのよ?何よ、わけがわからないじゃない」
キョンは答えない。短くなったタバコをコンクリートに押し付け、新しいタバコを取り出し、火をつけようとした。
「すっ、涼宮さん!」
気づいたらあたしは自分の上履きを飛ばして、キョンが火をつけようとしたタバコを吹っ飛ばした。うーん、我ながらナイスコントロール。
するとキョンは舌打ちをし、「ってーな!!」とあたしに怒鳴り、立ち上がった。
「何よ!!タバコなんか吸ってんじゃないわよ!!それかっこつけてるつもり?全然かっこよくないわ!!臭いし、寿命縮めるだけなのよ?わかってんの!?」
「・・・うるせぇよ」
キョンはゆっくりとこちらへ歩いてくる。あたしは怯まない。あたしを殴ろうっての?受けてたとうじゃない。
キョンが近づいてきたところで、かばうようにして古泉君があたしの前に出る。
「何があったのかはわかりませんが落ち着いてください。女性に、いや涼宮さんに手を出すようなことは許しません」
「・・・」
キョンはしばらく古泉君を睨んでいた。古泉君は怯まない。もちろんあたしも。
でも、キョンは古泉君を殴らないわ。・・・そう信じていた、信じたかったの。・・・あたしは。
するとキョンは拳を顔の横に振り上げた。古泉君は一瞬びくん、とする。しかし、その拳は古泉君の方にも、有希の方にも、ましてやあたしの方にも向けられず、そのまま壁へと打ち付けられた。
「キョン!」
キョンは何度も何度も壁を殴りつける。それも思い切り。5回くらい殴りつけたところで、壁に赤い物が付着した。それでも、キョンはやめない。
「やめなさいよ!!キョン!!」
あたしがキョンを止めようと動き出すと、それより先に古泉君がキョンの腕を取る。キョンはギロッと古泉君を睨んだかと思うと、舌打ちしそのまま屋上を出て行った。

「・・・キョン・・・」
あたしはしばらく放心状態だった。タバコを吸っていたのは、今ここで壁を殴っていたのは、間違いなくキョンだ。でもキョンじゃない。
あたしはその場に座り込む。2秒くらい間をおいて、古泉君も隣にしゃがみこみ、あたしの肩をポン、と優しく叩いてくれた。
ふと、さっきキョンが座り込んでいた方に目をやる。タバコの吸殻が積み重なっていた。結構な量だ。
・・・何やってんのよあいつ。やめてよキョン。タバコなんか吸わないでよ、あたしより先に死んだら許さないんだからね・・・?
あたしはどうしようもなく泣きたくなった。でも泣かなかった。
古泉君に慰めてもらいたいんじゃないの。
キョン・・・キョンの胸で思い切り泣きたいの。
いつもの優しいキョンの胸で・・・。
そう思いながら、あたしは結わいていた髪をほどいた。ばさり、という音がなぜか悲しかった。

 

 

俺は今、駅付近をうろついていた。いつも、SOS団の皆で歩いていた場所だ。・・・SOS団、ふざけた名前だな、ったく。思い出せば思い出すほど胃がきしむぐらいイラつくぜ。
そして、今の時刻は午前10時45分、俺は制服、そして平日である。あぁ、これがサボリというものだ。
俺は特にすることなんて無かった。学校に居るのがだるかったんだ。奴らと顔を合わせるのが特にな。
俺はその辺に腰を下ろし、タバコに火をつける。はっきり言って、俺は何でこんなもんを吸ってるのかわからない。おいしくない。まずい。臭い。そして無駄に高い。
全く・・・日頃ハルヒに奢らされ続けて金なんか無いって言うのにな。今週末の不思議探索パトロールのための金は残っているだろうか・・・って!
何考えてるんだ俺は。バカか。そんなものに参加するわけないだろうが。もう二度と文芸部室になんか行かないってのに。
俺はフーッと煙を吐く。そして火のついたタバコをじっと見つめ、そのままゆっくりと手の甲へと降ろす。
ジュッ、という音が聞こえたような気がした。思わず声が出そうになるくらい熱かった。熱い、というか痛かった。ギュッと握っていた拳が震えてきたところでタバコを離すと、
そこにはなんともグロテスクな丸が出来ていた。
俺はその火傷を見ていると、何だか冷静になることができた。・・・何をやっているんだろうね、俺は。 


あの夜、とてつもなくイライラしていた。そしてハルヒの顔が浮かんだんだ。その時こう思った。あぁ俺はハルヒにイライラしているんだ。このイライラの原因はハルヒだと、そう思った。
そう思った瞬間止まらなくなった。イライラというものを通り越し、俺は吐き気さえ感じたんだ。
その後は・・・覚えてない。朝起きたら、まるで毎日こうしていたかのように髪の毛を立てて、ズボンを腰まで下げた。所謂腰パンだな。そして朝、タバコとライターを買って登校したんだ。銘柄?適当だ。
そんで周りの目がうざったいな、と思っていた頃にハルヒがやってきて・・・俺に怒鳴ってきやがった。無視してやろうと思ったが、なんでか知らないが、
あいつの声を聞いただけで頭が爆発しそうなほどイラっときたんだ。そして気が付いたら椅子を蹴飛ばしてた。
ハルヒの奴・・・怖がってたっけ。

そんでこれ以上ここに居たらまずいなと思って、屋上へ向かった。座り込んでボーっとしてたら、なんとなく朝に買ったタバコを思い出して吸ってみた。
最初は思いっきりむせたさ。苦しかった。でも、その苦しさの中に何か、快感のようなものを見つけた気がしたのさ。喫煙者がタバコをやめられない理由はこれなのだろうか。
まぁ今では俺も喫煙者なんだがな・・・。
そしたら、またハルヒがやってきやがったんだ。今度は古泉と長門も連れて。イライラ×3だ。
正直ハルヒの話なんて聞いちゃいなかった。まともに聞いてしまえば今度こそ殴っちまいそうな気がしたからな。でも、気づいたら上履きが飛んできて、俺のタバコが吹っ飛んだ。
それでまた、頭に血がのぼって、怒鳴ってv、殴ろうとして・・・。古泉が間に割り込んできた。それでも俺は冷静になれなくて、古泉を殴ろうとしちまったんだ。
俺は精一杯の理性で怒りの方向を変えた。壁を思いっきり殴ってやった。畜生。なにやってんだ俺は。心底そう思ったさ。
そして、俺を止める古泉にまた腹が立っちまってな。それで屋上を後にして、今に至るってわけだ。

・・・思い出したら、またイライラしてきやがったぜ。どうやら俺は、痛みを感じていないと冷静にはなれないみたいだ。本当にどうしちまったんだろうな。
そう思いながら、もう一度タバコを手の甲に押し付ける。痛々しい痕ができたと思ったら、次は隣にそれを作った。
何度も、何度も、手に火傷を作った。もう手の甲に痛みは感じない。畜生。
そして俺は地面に拳を振り下ろす。とっくに止まっていた血が、また流れ出す。
コンクリートが赤く染まる。ついに手を振り下ろすことができなくなった。あぁ・・・真っ赤だ。滴る血がさっき作った根性焼きに染みやがる。
なんなんだろうな、どうしちまったんだろうな、俺・・・。ハルヒ・・・ハルヒ・・・
・・・ハルヒ・・・?
・・・もうハルヒのことなんか、忘れちまいたい・・・そうしないと、俺、どうなっちまうんだろうな・・・。

 

 

時刻:2007/09/15/20:08
To:キョン
Subject:無題

あんたとゆっくり話がしたい。


あたしはその夜、一通だけキョンにメールを送った。返事は、無い。
そして、一回だけ電話もした。でも、3コールくらいで切られたわ。
何度も新着メールを問い合わせたけど、やっぱりメールはこなかった。
なんなのよこれ。わけがわからないわよ。
今あたし、すごくキョンに会いたい。
もちろんあんなヤンキーみたいなキョンじゃなくて、いつものキョンに・・・。
明日になれば、元に戻ってればいいのに。

 

 

昨日はあんなにご機嫌だったのに。
今日はこんなにも暗い気分で坂を登っている。
昨日よりも長く、そして険しく感じるわ。そして、今日もすっごく暑いのね。
あたしにしては割とギリギリに学校に到着する。首周りがベタベタしたわ。それでも、今日はポニーにはしない。する必要なんて、ないもの。

教室のドアを開く。あたしのひとつ前の席を確認する。キョンは来ていない。ため息をつく。
教室はいつもと変わらずにぎやかだった。何にも変わらないわ。いつもどおり。
でもね、あたしには今、この教室が違う学校の違う教室に見えるのよ。
だってキョンが居ないんだもの。
キョンが学校に来たとしても・・・あたしが知ってるキョンじゃないの。
あたしが知ってるキョンは・・・―――
そう、あたしのせいなのよ。


授業が始まって少し経つと、教室のドアが開く音がした。それまで顔を机に伏せていたあたしは、少しだけ期待しながら顔をあげたわ。
確かにそこに居たのはキョンだった。ドアを乱暴に閉めると、こちらへずかずかと歩いてくる。・・・ため息。
キョンが乱暴に椅子を引き、そこにずかっ、と座る。
―――その時、あたしは確かに気づいた。
キョンの腕は生々しい火傷だらけだった。あれはきっと、根性焼きと呼ばれるものだったわ。そして、キョンの指の付け根は痛々しい瘡蓋だらけだった。昨日屋上で壁を殴っていたけど、
あの直後よりも確かに悪化していた。
・・・キョン・・・。あたしはまた机に顔を伏せる。
やめてよ。何でそんなことするのよ。なんで自分を自分で傷つけるの?嫌よ、やめてよ。やめてよ。
キョンをそんな風に追いやったのは誰なのよ。出てきなさいよ。あたしがこらしめてやるんだか・・・あぁ、それはあたしだったんだ。
あたしは今見た物を一瞬でも忘れたくて、必死に目をつぶった。

 

 

俺は、なんとか今日は暴れずに済んだようだ。今、終わりを告げるチャイムが鳴った。
朝登校してきた時にハルヒの顔を見たら少しだけイラっとしたが、あいつは昨日と違って何も言ってこなかったから何もせずに済んだ。
椅子を引いたときに、少し手が痛んだ。昨日あれだけ痛めつけたんだからな。何やってんだか。
座って一息ついていた時に、後ろでハルヒが俺を呼んだような気がしたんだ。呼んだと言うか、俺のあだ名を呟いた・・・ような。
まぁ呼ばれたとしても振り向くつもりなどなかったがな。

俺は今日掃除当番だったが、掃除なんて当然するつもりはなかった。足早に教室を出て行く。
そのままボーッと足を進めていて、ハッとする。俺の足は無意識に部室棟へと向かっていた。
何やってんだ俺は・・・どこへ行くつもりだったっていうんだ?あぁ?文芸部室しかないじゃねーか・・・。
俺は方向転換をする。一刻も早くここを立ち去ろう。そうしなければ・・・

そう思ったが、もう時既に遅し。俺の後ろには、少し驚いたような顔をしたハルヒが立っていた。

なんていう気まずさだ。今までこんなに気まずいと思ったことがあっただろうか。いや、無いな。
俺達はしばらく顔を向き合わせたままでいたが、俺は我に帰り、急いでハルヒの横を過ぎ去ろうとする。
だが、ハルヒは俺の腕を掴んだ。
ハルヒが掴んだのは俺の怪我だらけの腕のほうだった。痛みが走る。よかった。痛みのおかげで俺はこいつを蹴飛ばさずに済んだようだ。

ハルヒは俺の腕を掴んだまま文芸部室へと入ると、ドアを閉め、そこに寄りかかる。文芸部室には誰も居ない。
まだ少しだけ腕は痛んでいる。よしそうだ。落ち着いてろ自分。とりあえずハルヒに手を出したりしちゃダメだ。
俺はしょうがなく、パイプ椅子へと腰を下ろす。意識もしていないのに俺は音を立てて椅子に座っていた。もう癖がついてしまったようだな。なんて必要の無い癖だ。
重い沈黙が流れていた。なんだ。俺は何抜け抜けとこいつに連れ去られて今ここに座っているのだ。
手を振り払えばよかったじゃないか。ハルヒを押しのけてここを出て行けばいいじゃないか。
でも、そうする気にもなれなかった。何故だろう。ここに居ると、すごく落ち着く・・・。

しばらくすると、ハルヒの息を吸う音が聞こえた。そして、大きく息を吐く。
「・・・キョン・・・無理やり連れてきて、ごめんね」
俺は耳を疑った。なんだ、なんなんだ、今こいつは何と言った?ごめんね、だと?なんで謝ったんだ、こいつ・・・
「でも・・・どうしても聞いてほしいの。キョンはあたしの顔なんて見たくないかもしれないけど・・・あたしは・・・」
そこまで言うとハルヒは声を詰まらせた。まだだ、まだ大丈夫だ。俺の手にはまだ微かに痛みが残っている。冷静でいられる。

そして、ハルヒは続けた。
「・・・ごめんねキョン。全部あたしのせいよね。あたしがアンタに無理なことばっかり言って、迷惑かけて、嫌な思いばかりさせて・・・」
俺の心臓が高鳴り始めた。
「今日夢を見たの・・・アンタあたしに言ったわ。もう疲れたって・・・俺の気持ち、一度でも考えたことがあったのかって・・・」
「ハルヒ・・・」
俺は無意識にハルヒの名を呼んでいた。
「アンタの言うとおりなのよ・・・あたしはアンタの気持ち考えてやれてなかった・・・世界はあたしを中心に回ってると思い込んで、アンタの気持ちなんて考えずに・・・。
ごめんねキョン。疲れたよね、キョン。・・・アンタを疲れさせたあたしは、そうやって変わっちゃったアンタには何も・・・言えないわ。」
胸が痛い。ものすごく。張り裂けるほどに胸が痛い。
そしてハルヒは声の色を変えて、こう言った。
「でも・・・自分を・・・自分を傷つけることだけはやめて・・・やめてよ・・・あたしキョンが大切なの・・・大切なのよぉ・・・。
だからお願い・・・あたしを傷つけて。思う存分殴って。殴って。アンタをそうさせたのはあたしのせいなの・・・だから・・・だから・・・」
ハルヒは俺の肩を掴んで大声を出した。

「あたしを傷つけてよ!!殴ってよおおおおおおおおおおお!!!!」


ハルヒは叫んだかと思うと、大きな瞳からポロポロと涙を零し始めた。
気が付いたら、俺はハルヒを思い切り抱きしめていた。
もう腕の痛みなどとっくに消えていた。でも、今のこいつを見ていたら、こいつの話を聞いたら・・・胸がどうしようもなく痛んだ。痛いんだ。
「ハルヒ・・・すまん・・・俺どうかしちまったんだ・・・すまん・・・」
「・・・キョン・・・?」
俺は更に強く抱きしめる。
「お前の言葉で目が覚めた・・・違うよな・・・俺間違ってるよな・・・こんなこと・・・。
確かに俺はイライラしていた。ストレスが溜まってたのも事実だ。でもな・・・そんなイライラも吹き飛んじまうくらい、この毎日が俺は楽しかった。
朝比奈さんが居て、長門が居て、古泉が居て、・・・ハルヒが居る毎日が・・・。
俺は気が狂っちまったんだ。ただそれだけのことなんだ。お前のことを傷つけたくなんかないんだ・・・それなのに・・・すまん・・・」
「キョン・・・謝らないでよ・・・キョン・・・」
俺はゆっくりハルヒを離した。
「でもなハルヒ・・・俺はほんとに狂っちまったんだよ・・今はこうして・・・落ち着いていられるけど・・・
痛みがないと・・・どっかが痛くないと俺はおかしくなるんだ・・・お前を・・・傷つけたくなんか無いのにお前を・・・
そして・・・こんな柄にもない格好して・・・タバコなんか吸って・・・でもそうしてないと壊れちまうんだ・・・俺・・・」
「・・・」
ハルヒは黙って俺の話を聞いてくれていた。もうハルヒは泣き止んでいるようだった。そしてしばらく沈黙が流れたかと思うと・・・
ハルヒの鉄拳が突然俺の頬に飛んできた。
「うおわっ!?」
「ふんっ・・・」
体制を崩す俺の頭上で、ハルヒが鼻で笑った。ハルヒの方を向きなおすと、なんとあいつは仁王立ちしてやがったんだ。
「・・・やっぱりね。やっぱりそうね。あんたは立派な病気よ!!心の病にかかってしまったのよ!!」
俺は唖然とした。さっきまでのハルヒはどこに行っちまった・・・?
「今のはあたしを心配させた罰よ、キョン!!あたしは今決めたわ。アンタをそういう状態にさせたのは確かにあたしのせいなの!だからね、キョン。
あたしは全力でアンタの病気を治してあげるわ!!必ずね!!」
ハルヒの指先がびしっと俺に向けられた。

・・・やれやれ。なんつー女だ、こいつは。 

しかし、俺は今のハルヒの言葉に希望を感じていた。
今の俺は腐っている。確かに、腐ってしまったきっかけはハルヒにあるのかもしれない。
でも、こうなってしまった俺を元に戻せるのは、ハルヒしかいない・・・そう思った。


こうして、ハルヒとSOS団による俺更正生活が始まった。

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最終更新:2021年01月07日 02:22