…起きてください。
…ぁあ?古泉か?
探し物は自分自身と言う、RPGゲームの主人公にありがちな試練を何とかクリアした俺は、午前中の疲れもあってか少々寝ていたようだ。
「お疲れのところ申し訳ありません。少し話をしておきたいことがありまして、起こさせてもらいました」
起こしてもらうなら男にではなく、朝比奈さんか長門にしてもらいたいぜ。補欠でハルヒもいれてやってもいい。
「これは失礼しました。ですが、お三方は次の試練の準備のため、ご不在にしております」
…次の試練があるのか…。あの試練をクリアしたのはそれほど多くないんじゃないのか?
「あなたが正解の第一号ですが、それ以降は全員正解です」
何だと…!?あんな答えを俺以降の全員が全員とも出したと言うのか?
「ええ、ですがここで報告しなければいけない事があります。あなた以降の参加者が全員正解したのは、答えがリークしたからです。ですから、参加者全員が何も持たず、涼宮さんの元まで戻り、続々と正解を出していったのです」
…答えがリークしただと?一体どこからだ?それに、そこまでみんなの答えが一緒だと、ハルヒだって怪しむだろう。
「…涼宮さんは、あまり気にしてないようでした。むしろ、試練参加者が増えて喜んでいるみたいでした。もしかしたら、そう望んでいるのかも知れません」
…それなら頑張って課題を解かなくてもよかったな。答えがリークするまで待てばよかったよ。
「涼宮さんは、あなたには自力で解いて欲しかったのでしょうから、リークした答えを説明しても納得しませんよ。
というより、あなたが解けたから、他の人はどうでもいいと思ったのでしょう」
…これはあいつの彼氏候補を決めるイベントだ。何で俺が苦労して解かなければいけなかったんだ?
「……あなたは…いえ、僕は一年以上の付き合いで、あなたと言う人間を少しは分かったつもりでしたが……まさかここまでとは……」
何のことだ?それより、次の試練は何だ?
「…正確には申し上げられませんが、ちょっとしたテストです。僕が考えました」
また頭を使うのか?それは御免被りたいな。
「いえいえ、それほど頭を使うことはありません。ただ一つ忠告しましょう。よそ見は厳禁です。できれば、涼宮さんの方をずっと見ていてくださった方がよいでしょう」
よく分からんが、その忠告、一応覚えといやる。もう少し寝かしてくれ。
「もう少しお時間いただけませんか?あなたを起こす理由であった本題を説明したいのです。涼宮さんは、以前と比べて驚くほど精神が安定していると僕は申しました。ですが、二か月前から再び閉鎖空間の出現割合が多くなってきたのです。…何があったかはご存じでしょうか?あなたが絡んでいることなんですがね」
さあ、そんな昔のことは忘れた。それにあいつと大げんかをした覚えはない。
「それはその通りでしょう。涼宮さんとあなたが不仲になったという記憶は僕の中にもありませんし、あなたにとって非常に些末な問題で、時が過ぎれば忘れるくらいのものだったのかも知れません。ですがそうは思わなかった人がいたんです」
回りくどい言い方をするな。ハルヒが俺の行動をみて、無意識下のストレスをため込んでいると言いたいんだろう?
「ええ、ご明察のとおりです」
俺だってお前とももう一年以上の付き合いだ。何が言いたいかはわかるさ。
「これはこれは。僕に対して並々ならぬ感情を抱いてくれているとは、称賛に値します」
…スマン、前言撤回だ。お前のことなんか分かりたくもない。寒気がする。
「それは残念です。では話を元に戻しましょう。では、ストレスの原因はなにかご存じですか?」
それは知らん。だがお前は『些末な問題』と言った。お前もそう思っているんじゃないのか?
そんなことをいちいち覚えているほど脳みその要領は多くないんだ俺は。
そう言うと古泉は喉を鳴らした。
「道理です。ではお話します。今から二か月前、あなたはクラスの女子生徒複数人から感謝されましたね?」
お前はストーカーか?そんなことなぜお前が知っている?
「機関による情報収集能力の賜です。…いえ、実はこの話をしてくださったのは涼宮さんですよ」
ハルヒがか?
「ええ。その日あなたは呼び出しがあったとかで部室にはまだ来てませんでした。皆で話をしていると、最近のあなたの話題になりまして、涼宮さん曰く、『女子生徒』一人では困難な学習機材の持ち運びを手伝ったり、下校中チェーンが外れて困っている『女子生徒』の自転車を修理してあげたり、教室に乱入してきた、『女子生徒』が嫌悪感を示すゴキブリの退治をした、との説明を受けましたね」
…いちいち『女子生徒』を強調するな。
「涼宮さんが仰った通りにお話したのですが…」
もういい、続けてくれ。というかなぜハルヒがそんなこと知っているんだ?その現場にあいつが居合わせたわけではなかったと思ったが…
「近頃クラスとも溶け込み始めていますし、同じクラスの女子から噂を聞いたのでしょう。涼宮さんも『聞いた話』とは言ってました。それに、そのことについては褒めてましたよ。あなたのことを」
ハルヒが俺を褒めるとはな。
「ですが、無意識の部分では葛藤があったようでして、その日を境にして、閉鎖空間の出現割合が増えました。理由は…」
理由は何だ?
「…いえ、ここまで言えば分かると思ったのですが…。まあいいでしょう。
それ以降ですよ。彼女にラブレターや愛の告白が増えたのは。
恐らく、誰かさんを自分と同じ目に合わしてやりたいと願ったのでしょう。
よほど強い願望だったみたいですね。その日のうちから効果が現れたんですから。
部室に見ず知らずの人が告白しにきた時は少々驚きました。ただ、あなたは未だその場に居ませんでしたがね」
なるほどな、だからあんなに告白が多くなったのか。
やれやれ、『誰かさん』のせいでとんだ骨折りだ。
ところで、今の話の中で俺がハルヒのストレスをためる要因となったというのが分からんのだが。
あいつは俺を褒めてたんだろ?俺はどこでかかわってくるんだ?
「……………………」
…どうした古泉。長門の真似か?
「………ええ………ユニーク」
気持ち悪い、止めろ。
「…冗談はこれくらいにして、そうゆう経緯があったんですよ。
…あなたには引き続き試練を頑張ってもらわないといけませんので、十分な休養を取ってください。
また時間になりましたら起こして差し上げますよ」
ああ、頼んだぞ。
(―まさか彼があそこまで鈍いとは…これはもう少し作戦を練る必要がありますね。答えをリークさせたのは正解だったかも知れませんね―)
…それからしばらくの後、俺は『試練その5』が始まる前に起こされた。
「大分人数もちっちゃくなって来たね―!でもでもー、試練はまだまだ続くのさ!みんなー気合い居れて頑張るよー!」
鶴屋さんはまたしても気合いの抜けるようなエールを送った。
「そろそろ『試練その5』を始めるよ!みんなぁー、準備おっけーかい!?おっけーじゃなくてもはじめちゃうよん!ここまで来たみんなはたいしたもんだよっ!本当に!ご褒美として、お姉さんからプレゼントがあるっさ!!受け取ってちょ!!」
そう言うと、奥から移動式配膳台と、それを動かす朝比奈さんと長門の姿が見えた。
……おいおいおいおい。それはちょっと嬉し…いや、不味いんじゃないか??
二人ともツーピースで露出の大きい水着に、パレオの替わりだろうか、ヒラヒラフリルのついたエプロン、いや前掛けを身に纏っていた。
とてつもなくマニアックな格好である。
よく見ると、朝比奈さんは白い水着に黒の前掛け、さらにウサミミと尻尾を装着していた。
対して長門は黒い水着に白の前掛け、ネコミミと尻尾で、若干の違いがあるようだ。
…さらに言うなら、白い水着の上半身は何ていうか、無理に抑えこんだ感がある。カップが苦しそうであった。
対して黒い水着の方は…いや、よそう。長門の目線がイチロー以上のレーザービームを飛ばすような体勢に入っていたからな。
下半身はどちらも鋭角で極どい三角形である。…前掛けがあるおかげで大事なところが見えな…失敬!大事な部分をうまく隠している。
これは非常に目のやり場に困る。事実、参加者達の目もバタフライしていた。
「…みっ!みなひゃん!おつっ、おつかれさまでしゅ!おおおお茶でっ…す…!」
朝比奈さんも顔が真っ赤である。
「……どうぞ………」
長門は相変わらずのポーカーフェースだ。
「あのあの…りょ、どうでしたか?お茶…」
「…おいしい…?」
キャンペーンガールと言っても過言ではない二人は、参加者にお茶の感想を聞き、スキンシップを図っていた。
ここまで来るとホステスである。18歳未満の人間を風俗で働かせると、児童福祉法や社会福祉法、それに風営法や青少年保護条例…ああもう何でもいい!!とにかく俺が許さん!!!
参加者はデレデレ状態である。…気持ちは多いに分かるが。
なるほどな、古泉。今回の試練は俺にもよく分かったぞ。俺はあいつに言られたとおり、ハルヒの方を眺めていた。
ハルヒはニヤニヤしながらペンを動かしている。俺と目線が合うと睨付け、すぐさま視線を外した。
…数分後、ハルヒは鶴屋さんに目線で合図を送った。
「はいっ!ストーップ!!」
司会者の突然の号令に参加者は楽園から現実に呼び戻された。
「あんたとあんた、そしていちばんむこうの三人、………以上失格!帰りなさい!」
ハルヒの声がこだました。参加者は唖然となっている。
「これは『試練その5 浮気調査』よ!あたしは浮気癖がある奴が大っっっキライなの!
かわいい女の子に見とれるのは分かるけど、あたしの彼氏になる資格はないわ!!見たくもないから速攻帰って!!」
更なる罵声に、参加者はタジタジになり、失格を宣言された奴等はスゴスゴと鶴屋家を後にした。
そうである。こいつはスケベな奴が嫌いな傾向にある。
…俺が朝比奈さんのコスプレ衣装をニヤけた眼で見てると突っ掛かってくるし、長門を見ているとしつこく問い正してくるのだ。
…正直、SOS団が誇るツートップが、セクシー衣装で迫ってくるのを我慢しろというのが無理だと思うが、ハルヒはそれが気に入らないらしい。
俺ですらそうなんだから、彼氏になるであろう奴は、ハルヒ以外の女性が見えなくなる色眼鏡をしないと付き合えないだろう。
「あんたが真っ先に引っ掛かると思ったのに、残念だわ」
あの二人の格好を見て、何となく分かったさ。お前の考えそうなことは。
「なによ偉そうに。…でも、未練があるんじゃない?有希とみくるちゃんのセクシーショットが満足に見られなくて?」
ああ…確かにな…できれば写真を取ってmikuruフォルダに納めたかったし、新しくyukiフォルダも新調しなけれ…
「マヌケ面」
…はっ!いやこれは違う!決して変なことを考えていた訳ではない!
「…じゃあ何を考えていたのよ?」
…やばい、ハルヒが不機嫌オーラを放出し始めている!何とかしなくては…
あ、いや、あの二人のことを考えていた訳じゃなくて、えーとだな、お前のことを考えていたんだよ!
「…!…あたし…の…事…!?」
ああ。ついそれで顔が緩んでな。
「……何……考えてたの?」
ああ、実は俺、今日のお前に言いたかったことがあるんだ。どうしても言っておきたいことだ。だが恥ずかしくてなかなか言えなかったんだ。
スマン、怒らないで聞いてくれ。そして、俺の質問に素直に答えてくれるか?
「……うん、…わかったわ……な、何が聞きたいの……?」
ハルヒは顔を俯かせながらも俺の質問に答えてくれることを約束してくれた。
「今日のお前のその衣装、反則的なまでに綺麗だ。それに似合っているぞ」
「…うん、…あり……がと………」
ハルヒは俯いて、意外や意外、素直に感謝の言葉を発していた。
「その姿をみたらな、どうしてもお前に言わなきゃいけない事ができてな…」
「……な、何を………?……」
「実はな、ハルヒ。俺はお前が…」
「…うん……………」
ハルヒは顔を上げ、俺を見つめていた。ものすごく期待した顔をしているし、少し目が潤んでいる。
…やばい。なんて顔をしているんだ。言い難いじゃないか!ええい、ここまで来たら覚悟を決めて言ってしまえ!俺!!
「俺は…お前が……」
「…は、早く……言ってよ……待ち切れない…あたし………」
「…ああ。俺は…お前が…お前が身に着けている衣装が気になるんだ」
「……私もy………はぁ!?」
「あんなに背中が空いたドレス、普通に考えてブラジャーできないだろ?お前、もしかして今ノーブ…」
「……………………ヵ……」
「あのー、もしもし、ハルヒさん?」
「バカァ―――――!!!!!」
ハルヒは、デンプシー・ロールからのカエル飛びアッパーを見事に決めていた。
…体が浮く感触って、気持ちいいもんだな…
「こうゆうドレスにはパッドが入っているのよ!それに今ヌーブラしてるのよ!わかった!?」
俺はそんなハルヒの金切声を聞きつつ、意識が暗転した…
※最終試練発表に続く