「れでぃーす えぁんど じぇんとるめん 皆様 めがっさながっっらくお待たせしたっかな?
只今より 『SOS団プレゼンツ 第一回 涼宮ハルヒ争奪戦』を 開催しちゃうっさー!!」

鼓膜が張り裂けそうな程の声をあげ、鶴屋さんは開会宣言をした。
時は87日。争奪戦当日となった。ハルヒの機嫌の様に雲一つ無く、絶好の天候となったようだ。
会場は鶴屋邸の一角にある庭園である。鶴屋さんも面白いことには飢えているのだろうか、二つ返事で協力を了承してくれた。
学校内で行うにはリスクがありすぎるからな。生徒会への根回しも杞憂に終わったな。古泉。
鶴屋さんは場所だけでなく、会場や必要な大道具・小道具・機材・人材を確保してくれた。その上、進んで司会まで努めてくれた。さすがは名誉顧問である。
『なぁに、他ならぬハルにゃんの頼みだからね!聞かないわけにはいかないっさ!ハルにゃんは大勝負に出たみたいだから尚更だね!
ふっふふん、キョンくんもハルにゃんの想いに答えてあげなくちゃだめにょろよ!?』とは、鶴屋さんが協力要請を了承した時の言葉だ。
確かに、こんなイベントを仕掛けるのは大勝負だろう。あいつが望んだことだ。
手助けをするのは吝かでは無い。ただあいつの彼氏候補を、何故俺が決めなければいかんのだ?

続いて、この争奪戦の試験官を紹介するよー!我らがSOS団の栄誉ある第一号団員、キョン君っさー!!」
鶴屋さんはルールや注意事項を一通り話した後、俺たちの紹介をし始めた。
俺はステージ上の席から立上がり、テキトーな挨拶を行い、そして疎らな拍手を頂いた。できれば、本名で紹介して欲しいものである。
俺は鶴屋さんから借りたモーニングを着用していた。何故こんなのを着てるかって?ハルヒの命令―――ではなく、何と鶴屋さんの意見だった。
曰く、『彼氏候補は真剣なんだから、試験官のキョン君はフォーマルな格好でそれ相応の対応をする必要があるっさ!』とのことである。
俺は娘が連れてきた彼氏を『あんな奴は認めん!』という親父の役をやればいいのだろうか?

「同じくSOS団が誇る第二号団員兼文芸部長、天下無敵の万能寡黙読書少女、長門有希!!
そしてSOS団が誇る第三号にして副々団長、天下無敵の部室専用給茶少女、朝比奈みくる!!
二人はキョン君の補佐官として働くっさ!!」

………
「よりょ、よろしくお願いいたしゅ、します!」

完全にクールな宇宙人と完全に舞い上がっている未来人、対照的な二人が挨拶をする。
俺の時とは比べ物にならない拍手と声援が上がった。その理由には二人の格好もあるだろう。
何故なら二人はメイド装束に身を包んでいたからである。
彼女らの席はここにはなく、俺の座っている椅子のやや後方で俺を挟むように立っていた。正しくご主人に仕えるメイドの如く。

『補佐といえば家政婦、メイドでしょ!』というハルヒのよくわからん理論により二人の衣装が決定された。
朝比奈さんだけでなく、長門もメイド服を着るハメになるとは思わなかった。
俺としては関係者以外にこの姿を見せるのは甚だ遺憾なのだが、ハルヒが俺の意見を聞くわけがなく、現在に至っている。
因みに、いつも朝比奈さんが着ているメイド服とは違い、普通の家政婦が着るような、落ち着いた感じの服である。ただ見せ物であることには違いない。

「なお、もう一人のSOS団員、副団長の古泉一樹君は、今回参加者として皆さんと同じく団長のハートを狙い撃ちにすることにしたっさ!
強力なライバル出現だよ!みんな、気合い入れて頑張るよ!えい、えい、にょろ~ん!!」」
逆に気合いが抜けるような掛け声で鶴屋さんはエールを送った。今鶴屋さんが宣言したとおり、古泉は参加者側に回っていた。
古泉曰く、『争奪戦を盛り上げるためには参加者サイドから遂行するのが最適だと思いまして』とのことだ。
ハルヒも『そうね、最後まで盛り上げるためにはサクラが必要ね』と了承して、更にサクラの増員をした。
いつもの団外協力者である谷口、国木田、そしてコンピ研の面子も強制参加(ハルヒはあくまで任意と言い張った)させられていた。
彼らは試練をクリアしなくても終盤まで残ることができる特約があり、最後の試練はクリアできなくて虚しく散っていく運命にあった。
なぜこんなイベントに参加したのだろうか?国木田は面白そうだからと言う理由で参加してそうだが、残りは弱みを握られたからに違いない。

……それでは、ここで本日の主役ぅ!  我らがぁヒロイン!SOS団団長 涼宮ハルヒの 登場だぜぃー!! みんなー、 はぁっくしゅー!!!」

特設ステージのスポットライトが一点に集中した。ステージ中央、その上部である。
一瞬の沈黙のあと、クラッシュド・ザ・ウェディングのBGMと共にブランコ状のリフトが降りてきた。
普段何もないこの庭園(空き地じゃないのか?)に、姑息のリフト付きステージを用意するとは、ジャニーズやハロプロもビックリだろう、さすがは鶴屋家である。

スポットライトを浴びながら姿を見せたハルヒは、背中を大きく開いた、胸元と腰に大きなリボンとコサージュを装った、シャイニングレッドのノースリーブのドレスに同色のオーガンジーストールを身に纏っていた。
リフトがステージに到着し、ハルヒはヒールの音を鳴らしながらステージ最前列に向かい、歩いていた。

良く見ると薄いラメ入りファンデーションで頬をより白く煌びやかに、マスカラとアイシャドウで目元を強調し、そして唇は鮮やかかつ潤いのあるピンクのルージュで彩られ
つまり、化粧をしていたんだ。
……絶句である。多分鶴屋家侍従がメイクをしたのだろう。正直に言おう。反則だ。
サッカーなら即レッドカードだ。このハルヒの姿を見たら、知らない人間が求愛行動に移るのに何の懸念も持たない。
第一、中身も性格も知っている俺ですら、そんな気分にいやいや、何を言っている。気を確かにするんだ。

ハルヒは途中、俺の方をチラッと見て、すぐさま目線を元に戻した。一瞬だったが、どこか物憂げな表情をしているのがはっきりと分かった。
何だろうな、この焦燥感は。なぜ俺がこんなに焦っているのだろうか?理由が分かる奴がいたら教えてほしい。

ステージ前面に立ったハルヒはマイクを片手に宣言した。
………SOS団団長 涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。
この中に過去に不思議な体験をした人、今現在とても不思議な現象や謎に直面している人、遠からず不思議な体験をする予定の人はあたしの元にきなさい!以上!!」

ハルヒはそう宣言した。さっきの焦燥感は杞憂だったかな。いくら着飾ってもハルヒはハルヒだ。宇宙人や未来人を言葉に出さなくなっただけ進歩したようではあるが。
あるいは今の自分の立場に対する照れ隠しだったのかもしれない。こんな格好をしてみんなを前に何を言うか迷った挙げ句の発言だったのかもな。
こいつのことだ。『みんなー!今日はあたしのために集まってくれって有り難うー!ハルハルうれしいピョン
』などというアイドルのような言葉が発せられるとは思えない。

ハルヒの挨拶の後、ハルヒは俺の隣りの席に腰掛けた。我を忘れて俺がハルヒを眺めていると、ハルヒはペリカンの如く唇を突き出していた。
鶴屋さんが正装にした方が盛り上がるから、って言われて着たのよ。あたしは、別にいいって言ったんだけど、みんなもその方がいいっていうから
ハルヒは説明を求めてないのにベラベラ語りだしてくれた。その後も何やらぶつぶつ言っていたが、俺は聞き流していた。

「おやぁ?ハルにゃん、どうしたっかな?キョン君と争奪戦の打ち合わせかな?あれ?でもこうやって見ると、披露宴でアドリブに困っている新郎新婦みたいさね!!」
鶴屋さんはニヤニヤしながら俺たちに向かって喋っていた。
……俺は正装、ハルヒは正装とまでいかないもののヴェールをしてたら新婦と言われても強ち間違いではない。
その二人が隣同士に座り、それを挟む様にメイド姿の長門と朝比奈さんを侍らせている。
中央に豪華なキャンドルがあるのは何事かと思ったが、そう言う事か。

つまり、俺は(多分ハルヒも)ハメられんだ。
この争奪戦を盛り上げるため、鶴屋さんに(古泉辺りも一枚噛んでいそうだが)。

俺は大多数の参加者のブーイングを必死に受けていた。その内数人、俺の顔を知っている奴はニヤニヤしていたがくそ忌々しい。

「みんな!、このままだとハルにゃんを彼に捕られちゃうよ!最終課題を見事乗り切って、彼を蹴落としてハルにゃんの隣りに座るんだ!いいね!」
鶴屋さんの掛け声とともに場内からは歓声がわき上がった。

全く、何が新郎新婦よ。あんたとなんかこっちから願い下げよ。でもこの争奪戦、面白くなりそうね。
あんたも沢山の男を敵に回したわね。せいぜい頑張ってよね。あ・た・し・の・た・め・に」
ハルヒは不機嫌とご機嫌を1:1で同居させたような顔で俺に話しかけていた。ややご機嫌の方が強いかもしれんがそれは俺の目の錯覚かもな。

やっぱり面倒なことになるんだよな

開会式の後、場所を鶴屋家別宅の多目的ホールへと移動し、ハルヒ謹製の適性検査を受けていた。
特にすることがないため、俺は古泉とダベっていた。なお、古泉を含むサクラは適性検査免除である。

ホールに集まった参加者はおよそ200人。どうやら北高生に限らず、広く呼び掛けをしたのだろう、他の高校生や大学生もいた。
とはいえどうしてこれだけの人数が集まったのかは未だに疑問である。やはり機関が影で操っているのだろうか。

「確かに機関でもサクラは用意しましたがせいぜい10人ほどです。あとは涼宮さんの能力の賜物でしょう」
なるほど、あいつは本当に彼氏を募集しているということか。だからこれだけの人数が集まったというわけか。
「ええ、その通りです。涼宮さんのお眼鏡に適う人物がこの中のどれくらいなのかは興味がありますね」
お前も参加者だろう。頑張ってアタックして見ろよ。最有力候補だぜ?
「そんな恐れ多い事はできません。僕より遥かに適任者がこの中にいますので」

誰だそれは。ちょっと挨拶をしてこないとな。
おや、戦線布告ですか?これはこれは。僕の細やかな娯楽が一つ増えましたね」
違う。そいつに人生を踏み外さないよう諭してやるんだ。
「なるほど。つまり、その彼は涼宮さんの彼氏に相応しくない、もっと相応しい奴を知っているぞ?と言う訳ですか。
そんな方をご存じでしたか。是非僕にご紹介いただきたいですね。深夜・早朝バイトが減るかも知れません」
そんな奴は知らん。
「それは残念です。ですが僕はそのような人を一人存じています。先程僕が申しました適任者です。
彼が涼宮さんと交際を始めれば僕は何も言うことはないんですがね」
古泉は目を細め、俺に視線を送っていた。まるで俺の反応を楽しむかの如く。

変な目で俺を見るな。だからそれは誰なんだ?いい加減教えてくれ。
よほど気になるようですね。ですがこのまま会話をしてもいたちごっこです。
ヒントを差し上げましょう。その人は、最終決戦でご披露できるでしょう」
最終決戦まで残っているのが分かるのか?大した自信だな。それとも、機関が用意したサクラか?
「いいえ、涼宮さんが望んでいるから、最後まで残っているんですよ。
そして最後の告白は、恐らく彼がすることになるでしょう。これも涼宮さんの願った通りに、ね」
そうかい。じゃあ俺の出番はないな。そう言うと古泉はクツクツと喉を鳴らした。
「いえいえ、そうなれば良いですね。では、ご武運をお祈り申し上げます」
いい加減そのにやけ顔は辞めろ。寒気がする。
それに争奪戦に参加するのはお前だろう、自分で自分をお祈りしやがれ

適性検査が終了し、俺たち五人は採点をしていた。古泉も採点を手伝っていたが、試験免除者とはいえ受験者に採点させるのは問題があるのじゃないか?
しかしそれはハルヒにとって些末な問題にすぎないらしく、『時間短縮のため必要な措置よ』と仰った。

なお、適性検査の空気を読んだらしく、全員が最後の問題にはいに丸をつけ、足切りは単なる時間の無駄となっただけであった。
「何よこれ、足切りの意味がないじゃない!あんたの増やした設問役に立ってないじゃない!こうなったらどんな体験をしたいか、あたしが直々に取り調べるわ!」
200人近い人物をお前一人が捌いていたら一人10分だとしても数日費やすことになるぞ。貴重な夏休みを削ってもいいのか?
それにさっきお前が言った『時間短縮のため必要な措置』とやらも全くの無意味な物になるぞ?

………分かったわよ。他の課題でズッパズッパ切り落としてあげるわ。キョン。意味のない設問を作った罰よ。あんたも争奪戦に参加しなさい!」
なんでだよ。俺は試験官じゃないのかよ?
「あんたは合否に関係ないわ。基準よ。足切りの目安よ。あんたはSOS団に在籍できる資格のボーダーラインギリギリだからね。
あんた以下の人間は用無し、あたしの彼氏なんてミジンコが進化して二足歩行体になって産業革命を興す年月くらい早いわ!」

例えが良く分からんが、分かったことは、俺もとんでもない試験に強制参加させられることになったのは事実だ


試練その1 その2に続く

 

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最終更新:2020年06月19日 17:01