わたしは観測対象の内面、『心情』を理解する上で超一級の資料を入手した。観測対象が自ら書いた、個人的な心情を綴った文書。
その中から、今回の一連の出来事に関連する部分を抜粋して報告する。
本文書の内容にわたる部分は、すべて原文を記述した観測対象本人の思考によるものであるが、内容の理解及び構造の把握に資するため、報告者が小見出しを付加するなどしている。誤字脱字その他の、通常の日本語の文法に即していない記述は、すべて原文に起因するものである。
キョンもすなる書き物を、あたしもしてみむとてするなり。
な~んてね。『土佐日記』風の書き出しにしてみたけど、毎日書くつもりはない。だから、「日記」というよりは「手記」かな。
題して、『涼宮ハルヒの手記』!
……別に誰かに見せるわけでもないのに、なんでこんなに言い訳がましいことを色々書いてるんだろうね、あたしは。あ、でも、有希にはちょっと見せてみたいかも……?(んなこたぁーない。)
でもまあ、普通に書くのもつまらないので、小説風に書いてみることにする。文芸部の会誌を作ったときにキョンが書いた話みたいに、あたしが普段考えていることをそのまま文章に書き出して書くことにしようと思う。
後から聞いた話になるけど、キョンはあの話を書く時に、普段考えていることをそのまま文章にしたら良いって古泉くんに言われたらしい。
それじゃ、まずは序文ってことで、これを書くに至った経緯から。
この手記を書くことを決意した日、あたしはとんでもなく恥ずかしい思いをした。
気が昂ってイライラした時なんかに、あたしは紙切れに色々なことを書き付けていた。最近の議題は、「有希への想い」かな。
なんとその紙切れを、あろうことか有希本人に見られちゃった! しくじったわ。ちゃんとゴミ箱に捨てないから……
おまけに、その現場を見て混乱したあたしは、同じく混乱してる有希を突き飛ばして怪我させちゃった。涼宮ハルヒ、一生の不覚! なんてね。そのあとあたしはもっと酷いことをしてしまったけど……
そんなわけで、このような失敗を二度と繰り返さないために、今日からは、書き付けるのはこの日記帳だけにすることにした。鍵も掛かるしね。
『日記帳』を使ってるけど、先に書いた通り、毎日書くつもりはない。もちろん、毎日書くことがあれば別だけど。
「あ゛~~もう!! 何であんなことしちゃったんだろ!!」
あたしは頭を抱えて部屋中を転げ回る。激しい自己嫌悪。
今日、部活後の部室で、有希にあたしが書いた恥ずかしい紙切れを見られてしまった。
あたしは、つい恥ずかしさから心にもないことを口走り、有希を突き飛ばしてしまった。すると運の悪いことに、有希が本棚にぶつかった拍子に本が落ち、そのうちの一冊が有希の頭に当たり、その血が額に垂れてきた。
正直、血の気が引いたわ。
そして混乱したあたしは、とんでもないことをした。
苦しい言い訳。そして怪我をした有希を、あろうことかそのままにして、逃げるように立ち去った。いや、逃げるようにじゃないな。文字通り逃げ出した。
最低だ。
それくらい、恥ずかしかった……なんて、言い訳にもならないわね。でも、でも……! まさか、よりによって、『アレ』を有希に見られるなんて……
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~!!」
いけない。考えたら、また恥ずかしさがぶり返してきた。もう、死にたい。明日……一体どんな顔して有希に会えば良いっていうのよぉ!!
「お゛お゛お゛お゛お゛……」
頭を抱えて足をジタバタさせながら、あたしは長い夜を過ごした。
「あああああああ! 有希にだけは会いたくない!」
……祈りが届いたのかしらね。こんな祈り、届いてほしくなんかなかったけど。
翌日、有希は学校に来なかった。
聞いた話によると、有希は身内のごたごたがあって、急遽学校を休んで遠方に出掛けているらしい。不謹慎にもあたしは、『当分、有希と顔を会わせなくて済む』と安堵してしまった。
べ、別に有希が嫌いってわけじゃないわよ!? ただ、昨日あんなことがあったから、ちょっと顔を合わせ辛いってだけなんだから!
それに、有希もそんなに長く学校を休むわけにもいかないだろう。せいぜい一週間くらい? それぐらい時間が経てば、あたしも気持ちの整理ぐらい付く。ていうか、付ける。それで、「ごめん」って謝って、喫茶店で何か甘いものでも奢って、仲直り。それで良いじゃない。
今日はすごいニュース! 朝倉涼子が帰ってきた!
って、これ、前にも書いたっけ……ああ、書いたってのは、紙切れ時代のことね。
何でも、カナダから一時帰国しているらしい。
そんなに長く日本に滞在していられないらしいけど、懐かしくて北高に顔を出したそうだ。たちまち元・1年5組の女子達に囲まれる彼女。
そういえば、キョンが何やら青い顔をしていた。朝倉も、キョンを複雑そうな顔で見ていた。二人の間に一体何があったんだろう。
今度キョンを締め上げて問い詰めてやるか。
【ここから先はしばらく、初めて出会った時からの、わたしとの思い出を回想している記述が続く。既に報告済みの内容と重複するので割愛する。】
今日はすごいニュース! 朝倉涼子が帰ってきた! あの、突然カナダに転校していった朝倉よ!
↑これは、前に書き付けてた紙に書いたもの。朝倉が帰ってきたことで思い出したので、再録。
この時の記述は実は誤りで、朝倉涼子本人じゃなかった。正しくは、こうなる。
長門有希と朝倉涼子のそっくりさんに遭遇!!
もう、びっくりしたわ。他人とは思えないくらい、よく似てる……というより、生き写し! しかもこの二人、なんと従姉妹同士なんだって! 全然顔も性格も似てないけどなあ。
面白いことにこの二人、あたしが知ってる二人と姿かたちがそっくりでも、性格が全然違う。
有希似の彼女は、はきはきとした、笑顔が似合う可愛い娘。
朝倉似の彼女は、無口な、引っ込み思案で神秘的な娘。
なんと声までそっくり!
有希似の娘は、声こそ高めで、有希の低めの平坦な声とは似ても似つかないけど、あたしは知っている。例えば歌うとき、有希は高めの声も出す。試しにその声のまま、喋ってもらったことがある。その時の声とよく似てる。意外ときゃぴきゃぴした声になるのよね、有希って。それと……感じてる時の声……
って、きゃ――――!! 何を考えてるんだ、あたしは!! でも、有希似の彼女のそんな声も聞いてみたいかも……いかんいかん! あたしはノーマルだ!
あ、でも、「ノーマル」ってことは、「普通」ってことか。むむむ……
「普通」であることは、あたしにとっては何よりも不名誉な称号。でも、だからといって「レズ」ってのもいかがなものか。相手が、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者っていうなら、男でも女でもEverything
OK! なんだけどね。
そういえば、前にキョンが言ってたっけ。『長門は宇宙人が作った有機アンドロイドだ』って。つまんない冗談だったけど、この際、そういうことにしちゃうのもアリかも。
そうすると、宇宙人謹製アンドロイドと、あたしはデートしたことになるのか……今度、みくるちゃんも誘って、三人でデートしよっかな?
みくるちゃんは、キョン曰く『未来人』だったかな? ということは、宇宙娘と未来娘の両手に花!
……どんな女だ、あたしは。宝塚の男役スターかっちゅうねん!?
とか思ってたら、有希似の彼女が、有希の口調を真似して喋った。
マジそっくり!
とかやってたら、今度はあたしの有希が、有希似の彼女の口調を真似して喋った。無表情で。
有希、それは反則だよ。
正直、くらっと来たわね。
朝倉似の彼女の反応も、なんか新鮮だった。
あたしが知ってる朝倉は、いつも明るくてクラスの中心にいたから。そういえば、クラスに溶け込んでいないあたしを心配してか、しょっちゅう声を掛けてきてたな。正に学級委員の鑑。もっとも、その頃のあたしは憂鬱の塊みたいなもので、ずっと無視してたけど。その後急に転校しちゃうなんて思わなかったから、今にして思えばもっと話しとけば良かったかな?
転校して以来、何の便りもないけど、どうしてるかな。「便りのないのは元気な証拠」って言うけど。みんなも、もう忘れちゃってる? 今度聞いてみよう。
以上が、この時に思っていたこと。
この時のあたしは、まさか本当に朝倉と再会することになるとは、夢にも思わなかったでしょうね。
【ここから数枚、ちぎった跡がある。ちぎった跡からは、何の情報も読み取ることはできなかった。そしてここから先は、わたしが情報操作を行い、涼宮ハルヒからわたしへの想いを消去した日より後の日付となっている。この間に何が起こったのか。何を書いていたのか。分からない。】
【ここは、過激派による襲撃に関する部分の記述。当該記憶は消去したはずだが、本人は『夢』と認識した状態で記憶を保持していたと思われる。】
ありえない。
朝倉……あんまり激しく動くと、ぱんつ見えるわよ。いや、既に見えたんだけどさ。
朝倉は縞パン……か。可愛いの穿いてるじゃない。スカートの丈が短いから、激しい動きをすると、ちらちら見えちゃうのよね。ほら、また見えた……
うー、とっても眩しいぞ。むっちりした太ももとセットで、すごい破壊力だわ。男子がここにいたら、さぞや大喜びするシチュエーションなんだろうな。
とか言いつつ、女のあたしが何で喜んでるんだろうね。
そういえば、スカート丈の短い北高の制服着てるあたしも、激しく動いた時は、ちらちら見えちゃってるってことか。当たり前のことなんだけど、改めて他人がそうなってるのを見ると、実感するものね。
さて、何であたしが、こんなに「ぱんつ」を連呼してるかというと、そうでもして現実逃避しないと、やってられないから。
何が起こってるのか分からないから、見たままを書くわ。
鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してる。
以上。説明終わり。
……意味が分からない。そこ、首をかしげて良いわよ。あたしにも意味不明だから。