ふと気がつくと、身体が宙に浮いている感覚に襲われたのでぎょっとした。
でも、よくよく見てみると身体が宙に浮くなんていうSF映画的現象は起こっているわけもなく、
どうやら私はキョンに背負われているらしい。
いつの間にか靴を履かされたらしい足は宙に浮いているけれど、
両腕はしっかりキョンの首元に巻きつき、しがみついている。
 
頭が重い。ついつい飲みすぎてしまった。受験のストレスが溜まっていたというのもあるけれど、
それ以上にSOS団のみんなとパーティをするのはこれで最後なのだと思うと感傷的になってしまいそうで、
お酒の力を借りて無理矢理テンションを上げた。
多分みんなはそれを解ってくれていたから、止めないで付き合ってくれたのだろう。
今までずっとそうだった。私がどんな無理難題を突きつけても、文句を言いつつも付いてきてくれた。
みんなといると何だって出来る気がした。何気ない毎日が何倍にも色濃く楽しく感じた。
――――これからの人生で、今以上楽しいと思える日々はないんじゃないかって思えるぐらいに。
 
ゆったりとした歩調が何だか心地良い。
キョンの髪の毛が鼻を擽って、くしゃみが出そうになるのを堪えた。
ヤツはまだ私が起きたことに気づいていないらしく、”意外と重いなコイツ”とか何とか呟いている。
”悪かったわね”と悪態をついてやりたい衝動にかられたものの、何とか抑えた。
このまま独り言を喋らせておいたら、他にも何か弱味を握られるようなことを口走るんじゃないかと思ったからだ。
責めるのはそれからでも遅くはない。
案の定、キョンは「お前が、さあ」と独白を続けた。その小さな呟きを聞き逃さないよう耳を澄ます。
 
「お前が、その、……何っていうかさ……」
 
何独り言でモジモジしてんのよ。気持ち悪いわね。さっさと喋りなさいよ。
 
「……自分でもわかってる。古泉や長門にも鈍いって言われた。朝比奈さんでさえ気づいてた」
 
目を見開いた。嫌な予感がした。これでも現国は5段階評価で5以外取ったことがないのだ。
キョンの拙い言葉の意味も、その先の言いたいことも、嫌でも理解してしまった。思わず手に力がこもる。
 
「お前が俺に恋愛感情を抱いてるってこと、多分俺気づいてたし知ってた。知ってて知らないふりしてた。
本能的にその方がいいって察知したんだろうな」
 
――――好きって言ってしまいたい、何度もそう思った。
 
ただそれを思いとどまったのは、私もキョンの想いに気づいていたからだ。
キョンは私に対して恋愛感情を持っていない。
それに近いものを抱いているかもしれないけど、それは恋愛じゃない。
何でもそつが無くこなし、思ったことは行動に移してやらかす私への尊敬と憧れ。
似ているけれど、決して同一ではない感情だ。
 
キョンはこのままSOS団のみんなと一緒に過ごしていくことを望んでいた。
私だって出来るならそうしたかった。でも、どうしようもないほど好きになってしまった。
抑えたくても抑えきれなかった。卒業しても、何年経ってもキョンの傍にいたかった。
 
「気づいて、好きって言われたら断らなきゃならないのが怖くて、ずっと逃げてた。
今のこの関係が壊れるのが怖かったんだ、きっと」
 
キョン、それは私も同じ。
キョンが欲しくて欲しくてたまらなかった一方で、キョンを失うのが何より怖かった。
 
「……って、ハルヒ!ヨダレたらしたな!」
 
喉が熱い。瞼も熱い。歯を喰いしばっても、後から後から涙が溢れてくる。
 
「違うわよ、バカ……!!」
 
今後に及んでもまだ私が起きていることに気づいていなかったらしいキョンは、
私の異議でやっと状況が把握出来たらしい。
反論するだけで精一杯だった私の声は嗚咽で震えていた。
 
「……悪い」
「謝らないでよ」
「うん」
「好き」
「……うん」
「大好き」
「うん」
 
鼻声で何度も言った「好き」の全部にキョンは相槌を打った。
そんな妙な律儀さがキョンらしくて、
きっとこの背中の温かさを感じることができるのも最後なのだと思うと余計に涙腺が緩んで、
家に着くまでキョンの肩に顔を埋めて泣いた。
目が腫れようが声が枯れようが構わない。ただ今はキョンの優しさに甘えたかった。
 
目を閉じて、心の中でそっと呟いた。
好きになってごめんね。
ずっとずっと好きでした。
 
終わり。

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最終更新:2020年03月12日 23:32