ハルヒにいぶかしげな表情をされながらも、部室の備品であるノートパソコンを一台お借りして、へいこらいいながら持ち帰った金曜日の夜。
なぜこのノートパソコンかといえば、DVDが見れるからに他ならない。
家にDVDプレーヤーはあるのだが、それはリビングに設置されており、俺の部屋にはそのようなものはない。
あるのはTVとゲーム機だ。お金をためて、ポータブルDVDプレーヤーなんぞを買おうと思うのだが、なかなか達成することが出来ない。
カバンから一枚のDVDを取り出す。きらきらと光るそのデジタルビデオディスクには、とあるジャンルのとある映像が収められている。
これまた借用品であり、持ち主は誰あろう谷口大先生であり、このDVDを借りている間は、そういった敬称をつけて呼ぼうと堅く誓った昼休みを思い出す。

いまは家族が寝静まった深夜であり、これからこのお宝をパソコンにて鑑賞する時間としては非常に適切であろう。
ああ、いけないいけない。携帯電話を切っておく必要があるな、この時間だからといって油断できない相手の顔が、いま一瞬脳裏をかすめた。
なぜかその映像ではその人物はアカンベーをしていた。が、ここでDVDを見ずに我らが神谷口に返却する訳にはいかないだろう。
かなり重いノートパソコンを家に運んだ甲斐もなければ、部活のあいだハルヒの御機嫌を伺う必要もなかった。
いま思えば、別にハルヒの御機嫌を伺う必要など特になく、いつもの調子でノートパソコンを借りるぞというだけで良かったかもしれん。
ただでさえ勘のいい奴である。ついでに空気も読んでくれればいいのだが、空気を読んだ上で、それを逆手にとって空気を読まないがごとく発言する奴でもある。
いかんいかんモノローグは後回しにして、携帯電話の電源を切らねば。
そう思った瞬間に着信を知らせるとは、何たる携帯電話だろうか。思わず壁に投げたくなったが、携帯電話を壊す訳にはいかない。
「もしもし」
『あ、た、し』ハルヒの声だった。
こんな夜中に『あ、た、し』なんてスタッカートつきでしゃべる奴など俺は知らん、ゆえに電話を切らせてもらっていいか?
『めずらしいわね、こんな夜中なのに電話に出るなんて』
なにをいう、すこし深夜だというだけではないか。俺もたまには夜更かしするのさ、リビドーが溜った健康的な高校生なんでな。
『フロイトってなんでもリビドーで説明しちゃうから、逆につまんないわね。そのくせユングはいいわぁ』
お前の言う『ユングはいいわぁ』ってのはオカルティズムへの理解があるという一点だけだろう。俺は無意識を提唱したフロイトに軍配をあげるね。
『で?これからリビドーを発散させようっていうわけだぁ?』
その俺がなにをするのかすべてお見通しよ的なイントネーションはなんだ?
『別にぃ。健全な高校生なら、そういうこともあるかもなぁと思っただけよ』
そうかそうか。夜も遅い。夜更かしは美容の大敵だぞ。寝ろ。


『明日は、不思議パトロールないからね』
知っているとも。知っているから、たまの金曜日に夜更かしいたいとただそれだけのことだ。分かったか。分かったのなら、電話を切って寝ろ。
『でさ、明日どこか遊びに行かない?』ハルヒは俺の話を一言も聞いてはいない。いつものことであり、いまさら突っ込む気にもならん。
遊び?遊びか……それならボーリングでも行くか。昼飯賭けて勝負ってのはどうだ? 電話を切りたい一心でそう提案してみる。
『乗ったわ。で、どこ行くの?』夜中だってのに、はしゃぐな。
お前も知ってると思うが、駅の反対側の国道沿いにある店でいいんじゃないのか? たまに家族で行くんだが。
『あそこって、まだやってるの?もう潰れたんだと思ってたけど」
やってるさ。あと一週間で取り壊し予定にしか見えんがな。投げたボールは手元に戻ってくるし、スコアも機械が計算してくれるぞ。
『だれか知ってる奴がいたりして』
いるかもしれんが、なにか問題でもあるのか。二人でニレーン使うと、どこのプロだよと言われかねないが、二人で1レーン使う分には問題ないだろう。
『全方向に向けて鈍感なのね』
ハルヒは、まるで炭素を万力で押し潰してもダイヤモンドにならないことが分かったような口調で言った。
「人を恐竜みたいに言うな」
『まあいいわ。で、あした何時にする?』
10時でいいんじゃないのか。あの店、10時開店だからな。どこで待ち合わせる?
『いつものところでいいんじゃないの? 別にあたしん家まで迎えにくる分には文句言わないけど』
どこのお嬢様だ、お前は。ああ、団長様だったな。それはともかく、いつものところに10時でいいな?
『うん』
「では、明日遊びに行くことも決まった訳で、そろそろ寝ろ」
『あんたもね。リビドー放出してる余裕なんてないんじゃないの?』
「鬱積した物は吐き出すのが原則だろう」
『不潔よっ、不潔』楽しそうにハルヒが言う。
「阪中あたりが言いそうだな、それ」
『そうね。あ、そうだ。谷口あたりになんか借りたんでしょ?
何借りたの?素直にいいなさい?』
「………」
『あんたの黙秘権は認められてないの。言わないと大変なことになるわよ』
「言わなかったら、どうなるんだ」
『みくるちゃんと有希に、ないことないこと喋っちゃう』
「……谷口からDVDを借りただけだ」
『DVD? エッチなゲームじゃなくて? じゃなんでノートパソコン持って帰ったのよ。DVDプレーヤぐらいあんたん家にもあるでしょ?』
「リビングにはあるがな、俺の部屋にはない。そういうことだ」
『なんだ、あたしてっきりエッチなゲームでもするのかと思ってたけど」
「DVDならいいのか?」
『良くないけど、彼女作ればそういうの見る必要もないんじゃないの?』
「彼女作ったからそういう必要がないってのは、短絡的すぎないか?」
『そうかしら?』
ハルヒの話は終わる気配もない。なにかを意図しているのか、ハルヒはまるで子守歌を歌うような声でささやいている。サンドマンか、お前は。
俺はハルヒと会話しつつ、夢の扉を開いてしまった。



翌朝は雲は多いものの快晴といっていい天気だった。
いつもの待ち合わせ場所に10分前に到着したが、ハルヒの姿はない。
ならば、雲による地震予報は可能なのかゆっくり考えるかと空を見上げたところで、肩を叩かれた。
「早いじゃない」満面に笑みを浮かべたハルヒがそこにいた。
「おう」
ハルヒはいつものカチューシャではなく、珍しいことにポニーテールの出来損ないというか、ちょんまげスタイルだった。
後れ毛が耳やうなじにかかっていて実によろしいのだが、悩ましくもある。
ハーフパンツに変なデザインの長袖Tシャツという珍しくもないスタイルがずいぶん違って見える。
つまるところ、女の子だということを強く意識してしまう。
「どうしたのよ?」
「いや、ちょっとな」
「ん?……ひょっとして髪形いつもと違うから、ときめいたりしてんだ?」
ハルヒは俺を見上げ、してやったりという表情を浮かべている。
「そういうんじゃ……」
「そういうのは素直に認めればいいの。こんな可愛い女の子と一緒にボーリングできるんだから光栄でしょ?
当然ボーリング代もお昼も、事によっては夕食もあんたの奢りでいいわよね?」
調子に乗ったハルヒは、水道管が破裂して出来た噴水のように始末が悪い。
ときめきを感じなかったといえばウソになるが、5秒と持ちやしねえのはどうなんだろうな。
「ボーリング代は割り勘で、昼飯は勝負次第だ。夕食って、夕方までボーリングやるつもりか。腕ちぎれるぞ」
「なによ、限界にチャレンジしないと成長はあり得ないわよ?」
「そういう部分での成長はいらん」俺はハルヒの手首をつかんで歩きだした。
「あ、なんてことするのよ」口をとがらせてハルヒが言う。「離しなさい」
「一度やって見たかったんだ」
「まったく」
ハルヒは口をとがらせたものの、二度と離せとは言わなかった。


ひさしぶりのボーリングに胸躍らせながら、受付を済ませ、靴を借りてボールを選ぶ。
俺がちょうどいいボールを探していた横で、ハルヒは重いボールを探している。
それはそれでハルヒらしいし、いちいち突っ込む気にもならず、そのままレーンに移動する。
ゲームが始まった。地獄への扉が開かれ、俺は絶望を味わった。
なんてな。単純に楽しかった。次はSOS団でくるのもいいんじゃねえか?


時計の針がお昼を回ったところで俺達は、廃墟マニアがほっとかないようなボーリング場を後にした。
ほど近くにあるファミレスに二人で入る。
結局5ゲームも投げてしまった。腕は軽い疲労感を訴えているが、それだけだ。まだまだ若い証拠なんだろう。
たらればの話でしかないのだが、あそことあそこででスペアとって、ストライクをあと2つ取れれば、俺が勝っていた。
が、重いボールをめちゃくちゃなフォームで投げて、ストライクかガーターのどっちかしか取らないハルヒに負けた。
当のハルヒは、ファミレスのメニューをなめ回すように見ている。この世の春と浮かれた表情がうらめしく思うね。
ハルヒはメニューとにらめっこをさっきから続けていて、一言も発しない。
ついさっきまでは馴れ馴れしいスピッツ以上の勢いで、俺を中心にぐるぐる回り、勝ち誇っていたようには見えないね。
まったくこれが運命かと思うと、八百よろずの神にケンカをふっかけてまわりたい気分になるぜ。しかし、あいつら全員ハルヒの眷属なのかもしれん。
ならば悪魔でも味方につけるか。……だめだだめだ。ハルヒなら、地獄の王でさえ忠誠を誓わせかねん。そんなことになったら、この世は終わりだ。
「あんた、決まったの?」ハルヒはメニューから顔を上げずに言った。
「ああ。シェフの気まぐれハンバーグだ」
「そんなのあったっけ?」ハルヒはメニューをぱらぱらめくりはじめた。
「ウソだ。和風ハンバーグだ」
「ウソつき。…デザートは?」
「そんな気分じゃねえよ」
「そう?自分でお金出すんだし、甘いものは疲労回復効果があるのよ。
あたしは頼むから、あんたも頼みなさい」
ハルヒはメニューをパタンと閉じると、呼び鈴のボタンを押して、グラスに口をつけた。
そこで視線がぶつかった。クラス4レーザーのような危険な視線を真正面から受けて、よく無事でいられるもんだと思うよ。
「なに?」ハルヒは笑顔を作り、小首をすこし傾げた。
「なんでもない」それしか言うことはねえ。
「うわ~なんか『ねえ』『なんだ?』『呼んでみただけ』ばりの、恥ずかしくてゴロゴロ転がりそうな会話みたいじゃない」
「乙女チックな妄想は、お前の健康を害するから、ほどほどにしとけよ」
「そんなこといって、あたしのことじーっと見てたの知ってるわよ?」
「そりゃそうさ。高いの頼まれちゃ困るからな。監視は必要だろう?」
ハルヒは頬杖をつくと、意味ありげな笑みを浮かべた。
「それだけ?」
俺は絶句してしまい、それを見たハルヒは邪悪ともみえる笑顔を浮かべた。
おまえはどこぞの暗黒卿か。ダークサイドに引き込もうとでもいうのか。
ハルヒが口を開くより早く、別の声に救われた。
「ご注文、お伺いいたします」手にオーダーを取る機械を携えた店員さんが登場して、俺は危機一髪、難を逃れた主人公のような気分が味わえた。
ハルヒは一瞬ムスっとした表情を浮かべたが、すぐ澄まし顔で注文を始めた。俺の分まで注文してくれるとは思わなかったがな。
「あんた、デザートどーすんの?」
「……あんみつで」
「ではくりかえします、ご注文は……」
店員さんの復唱にいちいち頷くハルヒに、また色気を感じて仕方がない。
やっぱり、なんちゃってポニーテールの影響なんだろうな。

のんびりと一時間ほど掛けて昼飯を食べた。
ハルヒはどういうわけかお手頃価格の料理を頼んでいて、財布にすこしだけ優しかった。
「まだまだ遊ぶわよ」店を出てすぐにハルヒが尋ねた。「どこいこっか?」
ハルヒはピョンピョンはねるように歩いていて、そのたびにちょんまげが揺れる。俺の心もそれに合わせてときめくようだ。
ハルヒは心底楽しそうな表情を浮かべてとなりを歩いている。俺の指に指を引っかけるようにしているのは何故か、もはや聞く気にもならない。
「ねえ、聞いてんの?」むすっとした表情でハルヒが言う。
「聞いてるが、そうだな……」
まったく思いつかないな。飯食ったばかりで血が頭に巡らないせいだろう。
「どこいくのよ、ねぇ」だんだんとハルヒの表情が険しくなる。
なぜこいつはこんなにも短気で、俺はこんなにもお人よしなのだろうか。
さっき感じたときめきがもうどこにもない。
といってもだ。ケンカするのもつまらん。かといってこのままおとなしく帰ってもな。ではどう………
「あ、そうだ、釣り堀にでも行くか」
「へえ、そんなとこ知ってんだ」
「歩いて行ける距離じゃねえがな」
「電車でいくの?」
「自転車で行ける距離さ」


かくして俺達は俺の家に戻り、自転車を引っ張り出した。
自転車を山側に向けて走らせること20分。目指す釣り堀に到着した。
ここはニジマスしかいない。人気スポットではないが、地味に楽しい。
ハルヒは物珍しくきょろきょろ辺りを見回していた。いるのは家族連れとカップル。それぐらいしかいない。
二人分の料金をまとめて俺が払い、竿と練りえさを受け取った。
ハルヒに竿と練りえさを渡し、バケツを二つ手にして池に向かう。
池の水は澄んでいて、そこそこのサイズのニジマスが泳いでいる。よくこれで釣れると思うよな。釣れるんだ、これが。
釣ったニジマスは食うことになるので、調子に乗るとニジマス地獄が待ってるぞ。注意しろ。
「ふうん」ハルヒは針に練りえさをくっつけながら言った。「分かった」
「繰り返すが調子に乗るな」俺はバケツに池の水を汲みながら言った。「ほどほどにしとけよ。釣った分は食うんだからな。一人で10匹とか釣るなよ」
「分かったって」ハルヒは澄まし顔のまま、糸を垂らした。
「ああ、椅子がいるな。借りてきてやるよ」ハルヒの横に水をいれたバケツをおいてやった。もう一つのバケツで池の水を組む。
「やさしいわね。ひょっとしてあたしに惚れた?」
「おもしろい冗談だな」俺は立ち上がった。「今度使わせてもらおう」
「誰によ。ふん、柄にもなく照れちゃって」ハルヒはこちらを見ることもなく言った。「ほら、早い事、椅子もってきなさいよ」
むすっとした顔が水面に映っていた。

二時間ほど釣りを楽しんだ結果は二人合わせて14匹だった。
内訳はハルヒが9匹、俺が5匹だ。ハルヒは喜んでいるし、俺もまずまず満足だ。
竿を返して、魚をお店の人に渡した。
「ノルマは一人7匹ね」ハルヒは事もなげに言った。「問題ないわね」
「釣った分食えよ」
「ひどい。そんな事いう人じゃなかったのに」ハルヒはニコニコ笑みを浮かべながら言う。「なんてね。別にいいじゃない、食べられるでしょ?」
「で、どうします?」お店の人が尋ねてきた。「塩焼きにしますか?」
「それでお願いします」ハルヒが即答し、お店の人は頷き、座敷に案内された。

ハルヒは悠々7匹のニジマスを平らげた。俺はといえば、7匹目を前に箸を動かしているところだ。
醤油と塩を駆使すればなんとかなるか?などと思っていたが、そんな必要はなかった。すいすい腹に収まるのがなんとも不思議だな。
「今度はみんなで釣り大会もいいかもしれないわね」
ハルヒは足を崩し、ウーロン茶を飲んでいる。満足げな表情は捕食後のサメを思わせるね。
「ああ。ボーリング大会でもいいかもしれんがな」
「ね、次はどこにいこうか?」
「まだ遊び足りねえのかよ」俺はニジマスをひっくりかえしながら言う。
「いいじゃない。今日はまだ終わってないのよ」ハルヒは穏やかな表情で言った。「まだまだ日も高いわ」
「まったく………ああ、そうだ。カラオケでもいくか?」
「いいわね。腹ごなしにぴったりだわ」

自転車で町中にとって返すと、日が傾きはじめた。風が少しだけ出てきて、すこし肌寒い。
長袖とは言え、ハルヒはTシャツ一枚なわけで大丈夫なのだろうか。
「大丈夫よ。中に着てるから」
「そうか」うっかり中に着てる物を想像しそうになるね。ま、リビドーを溜め込んだ健康的高校生男子一般に通じることだろうがな。
「体の中心さえ冷やさなければ平気なのよ」
「なるほど」
「それにこのTシャツ、普通のTシャツとは訳が違うもの」
なんだかよくわからんが、深夜の通販のような口上が始まりそうだ。ここは話題を変えたほうが良さそうだ。
「で、どこに行くの?」
「カラオケ屋だ」
「どこのカラオケ屋よ」
「いつものところでいいだろう」
「たまには違うとこ行きましょうよ」
「あそこ以外、知らないぞ?」
「じゃあ、教えて上げるわ。そのとおり行きなさい」
ハルヒは俺の背中に地図を書くのだが、それはくすぐったいだけだと何度言えばわかるのだろうか。
やはりハルヒに右行け左行けと指図されながら、自転車を走らせることになる。
「ここよ」
ついたところはなんの変哲もないカラオケ屋だった。確かにここには来た事はない。そもそもこんな場所にカラオケ屋があるとは知らなかった。
「安かったりするのか?」
「知らないわ」
「てことは、来たことないのか?」
「うん。場所は知ってて、一回行ってみたかったところなの」
「そういうことか」
「そういうこと」ハルヒは俺の手首をつかんだ。「さ、行きましょう」

カラオケで各々20曲づつ歌えばどうなるだろうか?
一曲3分としても40曲だから120分となる。最近の曲は一曲5分も珍しくない。
メドレーなんか長いのになれば、10分近いのもある。
そういうのを歌えばどうなるか。
2時間のつもりが、さらに2時間延長して、結局4時間。
外にでれば、当然夜になっていた。晩飯残っているのだろうか。気になる時間帯になっていた。
「いやぁ歌ったわね~」ハルヒは上機嫌だった。「すっきりしたわぁ」
「歌い過ぎだぜ」喉が痛いぜ。
「いいじゃない。ちゃんと割り勘にしてあげたんだし」
「してあげた? 当たり前だろう?」
「たまに奢ってくれたって罰当たらないわよ?」
「釣り堀で奢ってやったじゃねえか。忘れたとはいわさねえぞ」
「そういうこともあったわね」
「わざとらしい。……遅い訳じゃねえが、送ってくぞ。乗れ」
ハルヒは荷台にまたがった。腰の当たりをつかんでいる。
「道交法違反の教唆で捕まるわよ?」
「訳のわからんことを」
「自転車の二人乗りは道交法違反よ?」
「じゃ降りろ」
「さ、そろそろ行きましょう」事もなげにハルヒは言った。

ハルヒを家まで送り届けてやった。が、ハルヒはなぜかムスっとしたまま自転車を降りた。
「ありがとうぐらい言っても罰は当たらねえだろう?」
「ありがと」ハルヒはそっぽをむいたまま言った。「…つまんない」
「なにがだ?」
「別に。なんでもない」ハルヒは吐き捨てるように言った。「鈍感だから無理よね」
そしてハルヒは小さく手を振りながら、家の中に消えていった。


自転車を漕ぎに漕いで、なんとか晩飯にありつけた。
風呂に入り、小さな日常の幸せを満喫しつつ、さらなる幸せのために自室に戻った。
が、妹の宿題を見てやる羽目になってしまう。もう小6なんだから、ちょっとは自分で頑張ってほしいんだがな。
妹の宿題が片付き、携帯電話を手にベッドに転がり込んだ。
気づかなかったが、我らの救世主谷口からメールが届いていた。DVDの感想を聞いている。が、まだ未見だ。
まだ家の中は静まり返っていないし、あと1時間はおとなしくしているに限る。
そういう旨の返事を打った。
偉大なる谷口からの返事は即帰って来た。
『そうか。おまえが喜びそうなジャンルな筈だからな、楽しみにしとけ』
そいつは期待大だね。といっても、俺の喜びそうなジャンルつーのは一体なんだろうか。そいつもお楽しみか。

さて。DVDを視聴したいのはやまやまだが、まだまだ油断できない時間ではある。なにか時間つぶしをしてからのほうがいいだろう。
あまりの大作っぷりに途中で投げ出したRPGの続きでもやろうか、それとも熱いシューティングに燃えるか。
ふと、ハルヒの横顔が脳裏に蘇る。一日たっぷり遊んだはずなのに、なぜか不満たらたらといった様子だった。
電話がかかってくる前に電話しておけば、いいところで邪魔されることもなくなるだろう。
そう結論ずけ、ハルヒへ電話をかけてみた。
コールの音もそこそこにハルヒが出たのは予想外だったがな。
「もしもし」
『なによ。なんか用事?』刺のあるハルヒの声にすこし驚いた。
「そういうわけじゃないが。寝てたのか?」
『ベッドの中にはいるけど、寝てはいないわね』
「そうか。いや、気になったもんでな。どうしてるかと思ってな」
『あんたを想って考え込んでた、なんてことはないから安心しなさい』
「それは結構なことだ。そろそろ寝るのか?」
『もう寝ようと思ってたけど、寝付けないのよね。遊びすぎたからかな』
「ミルクでも暖めて飲めばいいんじゃないか?」
『ふん、子供じゃあるまいし』
「結構効くぞ」
『そう? あとで試してみるわ』
「じゃ、そろそろ切るぞ」
『え?あたしが寝付くまで、しばらく付き合いなさいよ」
「なんでだ」
『いいじゃない、明日日曜日なんだし。遊びに連れ回した責任ってものがあるでしょう?』
「お前も喜んでたじゃねえか」
『もっと喜ばせて……なんて言ったらどうする?』
「どうすりゃ喜ぶんだ?」
『夢の中に連れてってよ』ハルヒの声にくすくす笑いが交じった。『ホント眠いんだもん。でも眠れないから』
「まったくわがままな奴だなぁ」
『そんなあたしにときめきを隠せないのは誰よ』
「誰だろうな?」
『意地っ張り』
「お互い様かもしれんぞ?」
息を飲んだような気配が電話の向こうから伝わってくる。
『ばーか。そんなことあるわけないでしょ。なに言ってんだか』
「そうか。そうだろうな」

俺は布団を引き寄せ、ハルヒが寝付くまで相手をしてやった。

かすかな寝息を確認した俺は電話を切った。もうこんな時間か。
まったくいつになったらDVDが見れるんだろうか。
そう思いながら、俺も眠りについた。


おわり

 

同じ作者が書いた続編は、着信あり?です。

違う作者が書いた続編は、素直な気持ちです。

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最終更新:2020年12月14日 04:03