その日も俺はパブロフの犬も舌を巻くであろう見事な条件反射を発揮し、SOS団の部室へと向かって
いた。我ながら健気なもんだね。
古泉によると色々な力が飽和状態となっているらしい魔窟こと我らが部室は、今日も今日とて朝比奈さ
んの天使のラッパの如き愛らしい返事とともに、俺を迎え入れて…はくれなかった。
ノックをしても返事がない。俺が一番乗りなんて珍しいこともあるもんだ、返事もないのだから朝比奈
さんのあられもない神々しいお姿に遭遇することもあるまい。遭遇したら遭遇したで、心の中の力の限り
のガッツポーズとともにドアを閉めればいいだけさ。
果たして、俺はアマガエルのきぐるみの頭だけをかぶった北高生男子と遭遇した。
「……」
「……」
シュールレアリズムを体現したかのような空間が完成した。見つめ合うカエル男と俺。ウゴウゴルーガ
のプロデューサーに紹介したいほどの完成度だ。このまま絵画の世界にでも押し込められるんじゃないか
と思ったほどだが、時間にして3秒ほどの後、俺はカエル男に背中を押されるようにして静かに部室を出た。
音もなく閉まる部室の扉、部屋を確認する俺。ああ、俺の帰巣本能が狂ったわけじゃないらしい。それ
はそうと、ひとつ重要なことがある。
何だ、あれは。
新手のジョークか、それとも、ついにハルヒが異世界人を召喚したのか、はたまたとうとう俺が狂った
のか。謎は深まるばかりだが、とりあえずもう一度部室に入ろう。
誰もいない…、何だったんだあれは。大抵の不思議現象では驚かなくなっている俺だが、今回のは不思議
というか不可解だ。訳わからなさ120%、免疫のない人間が一人でこんな珍妙な現象に遭遇したら、怖くなっ
て逃げ出してしまうのだろうが、残念ながら俺には免疫があるのである。変態的現象に対する耐性が。
カエル男は確かに北高の制服を着ていた。この学校一番のトンチキなプロフィールを持った男子生徒とい
えば古泉だろうが、あいつのは地域限定の能力だ。
…考えても始まらんな。誰か来るのを待つとするか。
「何してんの、キョン。妖怪でも見たような顔して。」
掃除を終わらせたハルヒが朝比奈さんとともに入ってきた。こいつの勘の鋭さは最早、第6感とか言う
レベルを超えているのは気のせいだろうか。いや、古泉に言うことを鵜呑みにするのなら、この我侭神様
が騒動の張本人と言う可能性も大いにあるわけだが。
「キョンくん…あの…私着替えないと…」
おわ、失礼しました。さすがに目の前で着替えを見て、間違えましたなどと言った日にはハルヒが人類
の歴史上最も恥ずかしい罰ゲームを考案しかねない。俺は湯飲み片手に廊下に出ることにした。
すると「廊下を歩く長門」という、俺にとってはコアラのマーチ眉毛つきくらいのレアな光景に出くわす
ことが出来た。
「よお長門。遅かったな」
「……」
長門は水晶のような瞳で俺をじっと見た後、髪の毛1本分ほど頷くと部室に入っていく、もう着替えは終わ
ったようだな。今日は古泉は来ないのか、久々にオセロでもしようと思ったんだがな。
「ご心配なく、たった今到着しました」
聞きなれた声が背後から響いた。俺からゲームに誘うことはあまりないので、嬉しそうにオセロを取り出し
てくる。なにやらオセロとリバーシの歴史についてご機嫌に語り始めたが、まあ他愛もないトリビアだったの
で気になる人は自分で調べてくれ。
SOS団の日常風景、今日も――「は」というべきか?――平和だ。さっきのカエル男は俺が疲れてたせいだろ。
そうに違いないよな。そう思わせてくれよ、な?
俺がアマガエルのきぐるみ(頭)がなくなっているのに気がついたのは、そう考えてすぐのことだった。