未来からのエージェント

第二部 セカンドエージェント

プロローグ

時間管理局の暗い一室。何人かの人間が密談している。
ひとりは、かつて、キョンとみくるが朝比奈さん(大)の意をうけて
様々な工作を行ったとき、出現して妨害を図ったあの、目つきの悪い
未来人の青年だった。年配の男性がその青年に言った。
「結局、うまくいかなかったではないか」
「まあまあ、次の手段はちゃんと考えられていますよ。御安心を」
「そうかね。口ばかりでないことを祈るよ」
「何、純真無垢なエージェントを送るなどと言う非常識な選択をした
連中を見返してやりますよ」


第一章 マナ

その日は朝から、みくるのクラスはちょっと騒がしかった。どうやら転校生が来る
らしかったのだ。どのクラスにもひとりはいる情報通の生徒がやってきて、
「すっげえ美少女らしい」とやったもんだから騒ぎは大きくなった。鶴屋さん、
みくるに続いて第三の美少女となれば、このクラスが全校男子生徒の垂涎の
的になるのは間違いが無かった。だが、この時はまだ、みくるは「お友達に
なれるといいな」などと能天気なことしか考えてなかった。「消され」かかった
あの大騒動からまだ、1週間もたっておらず、おっとりとした性格のみくるとしては
次なる嵐の予感を感じる余地は全然、無かったのだ。

クラスの担任に続いて、その少女が入って来ると男子生徒がどよめいた。腰まで
伸びた黒髪に隠れて顔こそみえないが、華奢な身体つき、立ち居ふるまい、は
その少女が「ただもの」ではないことをはっきりと物語っていた。誰もが思った。
「これは、かなりの美少女だぞ!」
「それでは、転校生を紹介する。みんな仲良くしてほしい。彼女の名前は....」
が、その後の説明はみくるの耳には届かなかった。その少女が俯いてた顔を
ふいにあげて、みくるの方をキッとにらんだからだ。その少女は規準をどうとっても
美少女に属するのは間違いなかった。整った、それでいていかにも憎めない感じの
こまっしゃくれた顔立ち。ちょっと人を小馬鹿にしたような微笑。正面から見ると
スタイルもいいし、肌もつやつやで透き通るようなそれでいて健康そうな色を
たたえていた。が、みくるを驚かせたのはそんなことではなかった。みくるの
方をみながら艶然と微笑んでいるその顔にみくるは見覚えがあった。マナだった。

第二章 異変

1時間目の授業を、みくるはまんじりともせずに聞いた。殆ど、
内容は頭に入ってこなかった。いずれにせよ、それはどうでもいいことではあったが、
問題は管轄官と連絡がまったく取れないことだった。マナの顔を見た瞬間、
みくるは脳内ディスプレイを立ち上げると、未来へのコンタクトを図ったが、
でたのは管轄官の温厚な笑顔ではなく、冷たい管轄官秘書の無機的な表情だった。
「管轄官と話させて下さい!」
「現在、管轄官は通話にお出になれません」
「そんな....。じゃあ、誰か他の人と..」
「現在、一切の通話が停止状態です。かけ直して下さい」
というと通話は一方的に切れた。
一体全体、どうなってしまったのか。なぜ、管轄官はみくると連絡がとれない
状態にあるのか?未来では何が起きているのか?未来で起きていることとここに
マナが出現したことには何か関係があるのか?呆然としたまま休み時間に
自分の椅子にすわっているみくるに近付いて来た生徒がいた。マナだった。
「朝比奈さん、こんにちわ」
「こ、こんにちわ」
みくるはドギマギしながら返事した。そのちょっとハルヒを思い出させる顔つきには
ハルヒがその言動とは裏腹にいつもたたえているひとつの表情が決定的に
欠けていた。思いやり、という表情が。
「悪いけど、あなたの役目、このわたしがとって代わらせてもらうわ」
「ど、どういう意味でしょう?」
「涼宮ハルヒの観察者、の立場よ。あなたじゃ役不足ってことよね」
「役不足って..」
「観察者わね、朝比奈さん、観察対象と仲良く遊ぶのが役目じゃないのよね、
悪いけど。じゃあ、そういうことだから」
言いたいことをいうとマナは去っていった。彼女が、みくると置き換わると
朝比奈夫妻もマナを娘とみなすようになるのか?それはみくるには耐え難かった。
あんな思いやりのかけらもなさそうな、少女が朝比奈夫妻の愛を一身にうける
立場になるなんて。昼休みになるとようやく通信が回復したが、出てきたのは
いつもの管轄官とは全然別の人物だった。
「あの、管轄官は....」
「今は、わたしが管轄官だ、みくるくん」
「そんな...」
「君の処遇については現在、検討中だ」
「検討、中?」
「そうだ。別の候補者が検討されている。一週間、様子をみて、より相応しい方を
観察者にすることが検討されている。以上だ」
「あ、あの...」
みくるが何も言わないうちに、通信は一方的に切れてしまった。呆然としている
みくるの携帯が震えた。メールが来たのだ。のろのろと携帯をとりだして、
開いたみくるの目にこんな文面が飛び込んで来た。

   みくるくん、申し訳ない。こんな形でしか、連絡できなくて。
   この様な形での連絡さえこれが最後だろう。本当に済まない。
   こっちではいろいろ起きている。今、善後策を検討中だが
   解決までに時間がかかるかもしれない。君のところに送りこまれた
   「候補者」はこの上もなく邪悪な存在だ。君一人では対抗することも
   適わないだろうが、君には仲間がいる。君が消されかけた時に身の
   危険も顧みず、君を守ろうとしてくれた仲間たちがね。彼らの
   力を借りるんだ。そして、候補者を駆逐してくれ。健闘を祈る。
  
管轄官だった。どうすればいいか見当もつかなかったが、とりあえず、
相談できる相手は...、キョン君しかいなかった。

第三章 侵入

みくるが授業を終えて、部室に行くと、髮の長い少女がハルヒと話し込んでいた。
マナだった。
「あ、みくるちゃん、いいところに来たわね! この子、知ってるでしょ?
みくるちゃんのクラスに今日転校して来たのよね?なんとSOS団に入部希望なのよ!
転校して来たその日に映えあるSOS団に入部希望とは見る目があるわよね?」
マナはくるっと振り向くと、つい先ほどとはうって変わった猫撫で声でこういった。
「マナです。よろしく」
みくるは呆然として返事ができない。マナはそんなみくるに構わず、部屋の脇に
ずらっとつるされたコスチュームのそばにかけよると、
「わあっ、可愛い!着てみてもいいですか?わたし、こういうの大好きなんです!」
というが早いか、いそいそとメイド服を身に着け始めた。
「素晴しい、マナちゃん、それでこそSOS団員よ」
ハルヒは手放しで賞賛している。マナが着るとメイド服はまさにぴったりという感じだった。
「お茶をいれますね」
マナは、みくるとハルヒにお茶をいれ始めた。「とって代わる」とはつまり、
こういうことなのだ。
「あの、わたし...」
「いいんです、わたしがやりますから。朝比奈さんは座っていてください」
ハルヒは満面の笑顔である。しばらくすると、長門さんや古泉くん、キョン君が
やって来て、「メイド服を来た新入部員」を目にして意表をつかれたが、
ハルヒが「マナちゃんは今日からメイド決定」と宣言したのでそうなってしまった。
控えめなみくると違って、積極的なマナは古泉くんやキョン君に積極的に
話しかけている。まるで、ずっと前からSOS団の一員だったようだ。
部活がおわり、マナが着替えるのを待って、みんなで肩を並べて下校した。
「優秀な」新入部員の登場にハルヒは上機嫌である。管轄官はマナが「この上もなく
邪悪な存在」と言ったはずだ。どこが?確かに、マナはみくると「とって代わる」
とは宣言した。でも、それは、邪悪な存在、ということとは違う。
みくるは自分でもマナのことをどう考えればいいのかよく解らなくなった。
が、勿論、マナが「正体」を表すまでそう長い時間はかからなかった。

第四章 陰謀

次の日、定時連絡にでたのはやはり前日の無表情な「管轄官」だった。
「あの、前の管轄官は...」
「君の任務は、涼宮ハルヒの観察だ。人の心配をするより自分の心配を
することをお勧めするよ。任務を続けないならな」
「はい...」
管轄官に何が起きたのか?マナはなぜ「邪悪」なのか?マナがみくるに「とって
代わった」場合、みくるはどうなのか?みくるは管轄官に聞きたいことが山程
あったが、あのメール以来、連絡は途絶えていた。みくるは両親に「行ってきます」
と告げると、家を出て学校に向かった。普段からあまり注意深いたちでは無かった
が、その日は特にいろいろ考えていたせいでぼーっとしていたのだろう。
みくるは「みくる、危ない!」という声ではっと我に帰るまで、どこをどう歩いたか
全然、記憶がなかった。はっとして気づくと、自分は横断歩道を渡っている最中で、
黒塗りの乗用車が猛スピードで突っ込んで来るところだった。もうだめ、と思ったとき、
誰かが後ろからみくるの襟首をつかんでひきずり倒した。思わず、しりもちを
ついたみくるの目の前を先ほどの乗用車がブレーキもかけずに通り過ぎた。
「どこ見て運転してるんだろね、まったく」
振り返ると、憤然とした顔をした鶴屋さんがすぐそばで憤然と仁王立ちしていた。
ぼうっとしていて、赤信号で渡ったのかと思い、信号をみたみくるの目に
飛び込んで来たのは、静かに点滅する歩行者用青信号だった。どうやら、
赤信号で踏み出したわけでは無かったようだ。
「みくる、大丈夫かい?」
「あ、はい」
「どんな奴が運転してるんだか解らないんだからもっときをつけて歩かなきゃだめにょろよ、みくる!」
「ごめんなさい」
その時はまだ、みくるは自分の身に起きていることをよく理解していなかった。

次に同じ様なことが起きたのは、昼休みのことだった。ぼんやり校舎沿いを
歩いていると、涼宮ハルヒにふいに後ろから声をかけられた。
「みくるちゃん!」
「はい?」
思わず立ち止まって振り返ったみくるの後頭部をかすめて何かが地面に激突した。
「ひっ」
大きな音に思わず身をすくめたみくるのそばにハルヒが駆けよって来る。
「あぶないわね、あたったらどうすんのよ。こらー、気を付けなさい!」
ハルヒは誰もいない上に向かってどなっている。いくら鈍感なみくるでも
何かがおかしいことに気づき始めた。
「キョン君、お話しがあります」
みくるはキョンを呼び出すと、未来との通信が制限されていること、
マナが自分と観察者の地位を争っていることを打ち明けた。
「マナさんが、未来人だというんですか?」
「はい。そうだと思います」
「でも、なんで、朝比奈さんと争うんですか?」
「わかりません。きっとわたしがとろいからもっとできるエージェントに置き換えたいのじゃ
ないかと..」
「でも、それはおかしいですね。もし、そうなら、なぜ、このタイミングで、ですか?
理由がよく解りません。それに朝比奈さん(大)は朝比奈さんが途中で置き換わるなんて
言ってなかったし。妙ですね」
「それと、わたし、狙われているかも....」
みくるは今朝の車と昼休みの植木鉢の話しをキョンにした。
「それも妙な話しなんですね。とにかく、長門さんと古泉に状況を調べてもらいましょう。
少なくとも、機関は朝比奈さんが別の観察者に置き換わることを望まないようですから、
協力してくれるでしょう」
「すみません、お願いします....」
キョン君は部室の方に去っていった。自分はどうすべきだろう?キョンといっしょに部室に
行くべきだっただろうか?それとも、マナを問い詰めるべき?
この時間平面に送られて以来(正確には、送られた、と思い込まされて以来)、みくるは殆どの
場合、傍観者に過ぎなかった。実際に行動を迫れる場合にはキョン君が助けてくれた。
重要なのは涼宮さんやキョン君で、自分はたまたま、来ただけの存在だった。
だが、今や、みくるは未来人達の最大の秘密(過去に恒常的なエージェントを派遣できない)を
知る数少ないこの時間平面における存在だった。それに、わざわざ、マナの様な存在を
送り込んでみくると取って代わらせようとしている勢力が存在し、それはみくるの命を
狙っているのかも知れなかったのだ。
「朝比奈さん」
急に声をかけられて、みくるは驚いて振り返った。マナが立っていた。いつのまに、ここに来たのだろうか?
「思ったより、手強いのよね。すぐかたがつくと思ったんだけど。わるいけど、実力行使させてもらうわ」
マナはスプレーの様なものをとりだすと、みくるの顔に向かって噴射した。あとのことjはよく覚えてない。

第5章 誘拐

みくるは、ムカムカした気分の悪さと共に目覚めた。目をこすろうとして、手がしばられていることに
気づいた。みくるは手足を椅子にしばられた状態で座っているのだった。
目をあけると目の前には、マナと、いつかの目つきの悪い未来人の青年が立っていた。
「早く、やれよ」
と青年がいうのが聞こえた。となりに立っているマナは、手に、鶴屋さんがもっていたのと
良く似た銃を構えていた。
「どうして...」
みくるは思わず、マナに尋ねた。自分の命を奪ってまで、なぜ、置き換わろうとするのか?
「それはね、わたしも『生きたい』からよ」
「どういう意味ですか?」
「あいかわらず、鈍い奴だな。お前は本当ならとっくに死んでるんだ。俺たちが
干渉しなければな。つまり、この時間平面ではお前は余計者ってわけだ」
「でもね、余分な寿命が欲しいって思ってるのはあなただけじゃないのよ、朝比奈さん」
「別に、わたし、のぞんだわけでは」
「じゃあ、要らないわよね、余分な寿命。わたしは欲しいから。ゆずって頂戴」
「まだ、話しが....」
「こいつもすぐ死ぬんだよ。交通事故でな。俺たちが干渉しなければそれは変えられない」
おどろいてみくるはマナの方をみた。マナの顔は真っ青だった。
「あなたは死ぬべきだったのに、涼宮ハルヒの観察者として選ばれたと言うただ
それだけでのうのうと生きているのよ。わたしだって生きたいわ」
「どうして、この人を助けてあげないんですか?」
みくるは未来人の青年に聞いた。
「おいおい、それは無いだろう。エージェントなんだから知ってるだろ?
死すべき運命の人間を次々救っていったら歴史はめちゃくちゃだ。
お前を助けたのは緊急事態だったからさ。だが、二人は要らいないんだよ。
一人いりゃあ充分なのさ」
それからその青年はマナに向かっていった。
「やっちまえよ」
みくるはそのとき、滅多に感じたことがない怒りを感じていることに気づいた。
「どうして自分でやらないんですか?」
「何?俺は未来から来た人間だからな。直接手を下すのはまずいんだよ」
「汚い」
「何?」
「全部、マナさんに押しつけて、自分は何もしないつもりなんですね」
「なんだと?」
「マナさん、よく考えて。確かに私は、本当はいないはずなのに、未来人に
助けてもらいました。でも、今、幸せなのはそのおかげじゃありません。
仲間がいるから。キョン君や長門さんや涼宮さんや古泉くんや鶴屋さんが
いてくれるからです。他にもたくさんのお友達。そのおかげでわたしは
幸せなんです。マナさん、みんなに嘘ついてわたしをこっそり殺して、
それで幸せに生きていけるんですか?」
「でも、わたしは死にたくないのよ!」
「死ぬって誰が決めたんですか?未来人がそう言ったから?」
「見たのよ。自分が交通事故で死ぬところを」
「わたしもみました。あなたとそっくりの少女が車にひかれるところを。
でも、その時は、あなたはわたしがおきかわるべき少女だと言われたわ。
あなたがわたしに置き換わるんじゃなくて、わたしがあなたの代わりに生きるんだと」
「....」
「未来人のいうことは全部、本当なんですか?本当のことを知っているからって
言うとは限らない。マナさんは死ぬかも知れないし、死なないかも知れない。
わたしだって、そう。死ぬはずだったのに、こうして生きている。
未来は変わるんです。自分の力で変えられる。だまされないで!」
「ごちゃごちゃとうるさい女だな。さっさとやれよ」
「そうね。そうするわ」
と、マナは構えた銃を未来人の青年の方に向けた。
「おい、なんの真似だ、危ないだろ」
「だから?もし、わたしに撃たれて死んだら、過去に戻って、自分が死ぬのを防いだら
どう?未来人ならそれくらい、簡単でしょ?」
「おい、よせ」
マナはゆっくりとこれ見よがしに引き金を引いた。
次の瞬間、青年の姿は消えてなくなり、轟音と共に、青年のうしろの壁が崩壊した。
舞い上がった埃がおさまったとき、部屋に青年の姿は無かった。
「死んだんですか?」
「そうじゃないでしょ。きっと、未来に帰っただけよ」
マナはみくるに近寄ると、縄を解いた。
「いいんですか?これで?」
マナはかぶりを振った。
「ううん、ごめんなさい。どうかしてたわ私。あなたの言う通りよね。
未来は変えられるのよね。自分が交通事故で死ぬって決まってるなんて
おかしいわよね」
「ありがとう」
「どうしてお礼をいうの?それより、気を付けてね。未来人達はまだ諦めてないかも」
「はい」
幽閉されていた建物を出た二人はそのまま部室に戻った。部室には、心配そうなキョン君と
古泉くんがつめていた。
「朝比奈さん、急にいなくなったんですごく心配したんですよ」
「あ、ごめんなさい。わたしが急に具合悪くなっちゃって、朝比奈さんに
つきあってもらってたんです」
「携帯にくらい出てくれても」
「ごめんなさい。病院に言ったんで、二人とも携帯電話を切ってたので。
あ、お茶をいれますね。朝比奈さんは座っていて」
みくるはキョンのとなりに行くとこっそり言った。
「もう、大丈夫です!」
「本当ですか、朝比奈さん?何があったんですか?」
みくるはその時、生まれて初めてキョン君にうそをついた。
「それは...、禁則事項です!」

第六章 終焉

次の日、マナはSOS団脱退を表明して、ハルヒをおおいに嘆かせた。
「せっかく、萌えキャラがダブルキャストになったと思ったのに。
これで不思議現象出現確率は半減だわ!」
みくるはマナに聞いた。
「本当にこれで良かったの?」
「ええ、大丈夫。でも、これからも友達でいてね。あんなひどいことしておいて
ずうすうしいけど」
「そんなことないよ。悪いのはあの人達でしょ。マナちゃんを利用しただけだよ」
鶴屋さんの時みたいに。ひどい連中。
翌朝の定時連絡は元通り、前の管轄官が出てくれた。
「管轄官!」
「みくるくん、すまなった。こっちはなんとかおさまりがついた。
一種のクーデターが勃発してね。反主流派に一時的に主導権を握られてしまったんだ。
だが、向こうは急に手を引いてしまってね。君のおかげだよ。ありがとう」
「そんな...」
「わたしはマナを『邪悪』と決めつけてしまったがね。君はずっとうまく
やりとげたようだね」
「そんなことないです」
「.....。そうそう、ひとつだけアドバイスだ。マナとあまり親しくしない方が方がいい。
あとでつらくなる」
「え、どういう意味ですか?」
「言葉どおりのいみだよ、みくるくん。それでは」
みくるは考え込んだ。つらい?どうつらくなるというのだろう?みくるには解らなかった。
だが、わかるまでほんの2、3日しかないことをその時のみくるは知らなかった。

              *
             
マナがSOS団を脱退した数日後、いつもどおり肩を並べてみんなで下校している時、
みくるの携帯にマナから電話がかかって来た。
「朝比奈さん?」
「マナちゃん?いまどこですか?」
「駅前で買いもの」
「ああ、楽しそうですね。わたしに何か用ですか?」
「ううん、別に。ちょっと話したくなってさ。朝比奈さん、ありがとう。
あの時、あなたに向かって引き金をひいていたらと思うとぞっとする」
「そんなことないですー。あれはマナちゃんが自分で決めたことです」
「ううん。でも、今はきっと大丈夫だなって思えて来て、なんであのときは
自分がすぐ死ぬって不安になったんだろう。信じられない。あのときはさ、わ..」
突然、通話が切れた。あれ?と、そのとき、とおくでドンという鈍い音が聞こえた。
「今の音、なにかしら?」
ハルヒが尋ねた。
「さあ、でも、ずいぶん大きな音でしたね?」
「これは調べない手は無いわね。行くわよ古泉くん」
「あ、はい」
ハルヒと古泉くんは駆けていってしまった。
「長門、なんなんだあれ?」
「駅前商店街でガス爆破があった。死亡者も出た模様」
「なんだって?俺たちの知っている奴か?」
「ちょっと待って」
みくるはマナにかけ直した。しかし、電話から聞こえて来るのは
「おかけになった携帯電話は、電波がとどかない範囲にいるか電源が...」
というおなじみのメッセージばかりだった。
「死亡者は1名。17歳の少女。北高の生徒」
「おい、嘘だろ。俺たちの知ってる奴か?」
「そう。死亡者の氏名は○○マナ」
がちゃっと音がしてみくるの携帯が地面に落ちた。
「うそ...」
「長門、朝比奈さん、行こう。いってどうなるもんでもないが、ここにいても仕方ない」
駆け出した二人につづいて走り出そうとするみくるの肩を誰かが後ろから止めた。
振り返ったみくるの前にいたのは...
「管轄官!」
「みくるくん、行ってはいけない。つらいだけだ」
「ど、どうして、どうして、マナさんを助けてあげなかったんですか?管轄官は
最初から知っていたんですか」
「マナと仲良くするなといったはずだ」
「知ってたんですね?マナさんは最初から交通事故じゃなくてガス爆発で..」
「みくるくん、自分を責めてはいけないよ」
「でも、でも、あのとき、マナさんがわたしを撃っていれば彼女はきっと...」
「意味の無いことだ、みくるくん。これはマナの運命だった」
「でも、わたしはその運命を逃れてここでこうして生きているんじゃないですか?
マナさんだって」
「みくるくん、マナは不幸だっと思うかね?彼女は死の瞬間まで、自分が死ぬとは
思っていなかった。彼女は即死だ。痛みも苦しみも無かった。自分の死の期限を知ったまま
生き続けるのはつらいことだよ。『人を救うのは真実ばかりにあらず』だよ」
「それっていみが違うんじゃあ」
「そういう意味でもあるんだ。みくるくん。死ぬことが解っている人を全て
我々が救い続けたらどうなると思う?みくるくん?」
「そ、それは...」
「我々未来人はある意味では神なんだよ。この時間平面ではね。
いろいろなことを思い通りに変えることができる。だが、制限つきの
神でもある。過去を改変したらその影響は同然、我々自身にも及ぶ。
死ぬべき人を助けるのは影響が大きいんだ。そのすべての子孫の存否に
関わるからね」
「じゃあ、わたしはどうなんですか?」
「今はいえない。だが、君は近い将来死んだりしない」
「不公平です」
「そうかもしれない。だがね、これは我々未来人の宿命なんだ。仕方ないことなんだよ」
「でも...」
顔を上げたときにはもう、管轄官はいなかった。脳内コールも虚しく響くだけで
返答は得られなかった。

エピローグ

次の日の朝礼では、マナが死んだことが報告され、全校生徒が5分間の黙祷をささげた。
告別式には各クラスから代表が送られ、みくるのクラスは短いながらも同級生と
いうことでほぼ全員が参加した。ひつぎに入っているマナの死に顔はやすらかで
眠っているようにしかみえなかった。あれほどの事故にもかかわらず、外傷はほとんどなく、
全身を強く打ったことによるショック死とのことだった。
マナにはごくふつうの両親がいて、姉がいた。3人は悲痛な表情で、弔問客に
頭を下げていた。ふいに、朝比奈夫妻の死の映像がうかんだ。激しく頭を振って
その記憶を振り払った。マナの両親にはまだ、マナの姉がいる。朝比奈夫妻の
様な選択はありえないはずだ。

告別式の後、葬儀場の中庭で引率教員を待っていると、マナの母親がやってきた。
「朝比奈みくるさんでしょ?」
「あ、はい」
「マナがよろこんでいたのよ。転校早々いい友達ができたって。あの子ってああいう
きつい性格だからなかなか友達ができなくてさ。だから、あなたみたいな友達が出来て
本当によかった。短い間だったけど、ありがとう」
みくるは何も答えることが出来なかった。
みくるはこれまで、何もしらない自分がいつもはがゆかった。
機関の意を受けて、積極的に行動する古泉くん、思念体と一心同体で
力を発揮する長門さんにくらべて、自分はただ未来人というだけで何の知識も
能力もないままに過ごしてきた。
だが、今、みくるは、なぜ、自分が何も知らされていなかったかを徐々に
理解しはじめていた。未来を知っていると言うことは諸刃の刃だ。もし、
明日、キョン君や古泉くんが「交通事故で死ぬ」と知ってしまったら?
それでも、命を救ってはいけない、と言われたら?自分はどうする?
管轄官が言ったように、ここでは「未来人」は制限つきの「神」なのだ。
どんなことでも思い通りにできるが、その影響が自分自身に及んでしまう神。
『人を救うのは真実ばかりにあらず』という言葉を今、本当の意味で
みくるは理解しようとしていた。この時間平面で未来からきたエージェントで
あること。それはとてつもなく大変なことなのだということを。

 

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最終更新:2021年09月11日 03:01