「ハルヒしっかりしろよ! 死ぬなよ絶対に!」
 俺は手術室へ運び込まれるハルヒをただ叫びながら見送ることしかできなかった。
 ここは機関が関わっている病院だ。あの後、タンカーへ機関所属のヘリコプターが救助に来てくれた。
そして、真っ先にハルヒを救うべく病院へと駆け込むことになった。いつまでも時間封鎖状態にしておく訳にもいかない。
 さらにまずいことに朝比奈さんの意識がいっこうに回復しない。気絶している程度のはずで目立った外傷もないのに、
全く目を覚まそうとしないのだ。ハルヒともども病院に担ぎ込まれ精密検査を受けることになっている。
ハルヒはさておき朝比奈さんは俺たちの時代の医療で調査するとまずいものが見つかったりしないかと一瞬不安になったが、
古泉曰く、機関がその辺りの情報を全て押さえているから大丈夫とのこと。
 正直、ハルヒの神懸かり的パワーを使えるようになった長門に二人を健康にしてもらいたかったが、
「涼宮ハルヒとの情報連結はかつてない行為。どういった制限があってどこまでできるのかも不明。
精密な構造になっている有機生命体の構築情報を再構成するような行為は危険が伴う。やめておいた方がいい」
 そう首を振った。長門がそう言っているんだから、俺にはそれを受け入れることしかできなかった。
「大丈夫です。僕の知る限り、ここの医者は皆とても優秀です。きっと涼宮さんを救ってくれますよ。
朝比奈さんも時期に目を覚ますでしょう」
 待合室で頭を抱え込んでいる俺に、古泉が慰めの言葉をかけてくる。んなことはわかっているさ。
だが、二人の無事な姿をこの目でしっかりと見なければ安心できないのもまた事実。
 時計の針が刻まれる音が耳につく。1秒1秒しっかりと脳裏にしみこんできた。この1秒が進む間にハルヒたちは
どうなっているのだろう? 悪化している? 回復している? ああ、余計なことしか頭に浮かんでこねえ。
 困惑と不安をますます増大していく俺を見かねたのか、古泉は俺の背中を叩き、
「外に出て空気を吸ってきたらどうです? 待っているだけでは息苦しいだけですよ。気晴らしをしてきた方がいい」
「…………」
 俺は古泉の言葉を受け入れ、無言で外へ向かって歩き出した。
 
◇◇◇◇
 
 病院の隣には大きな公園があった。俺は特に行く当てもないのでそこをふらふらと散策する。
平日とは言え午後の昼下がりなのに誰もいない。朝比奈(黒)の襲撃事件のため、みんな家に引っ込んでいるんだろう。
連中が消滅したという事を知っているのは俺たちぐらいなものだ。
 公園を一周した辺りで俺は足の疲れを感じて適当なベンチに座る。空を見上げると、うろこ雲が一面に広がっていた。
 ようやく終わった。それなのに達成感どころか胸くそ悪い後味の悪さだけが残った今回の事件。
 俺は自分の環境を守るために戦って、朝比奈(黒)の未来を消し去った。
 初めて未来を変えた訳じゃない。以前に朝比奈さん(大)に指令に従い、朝比奈さん(みちる)とともにその指示に従った。
その時はそこまで難しくは考えなかった。だが、今回の一件で思い知らされた。その行為がどれほどのものであるかを。
「キョンくん、隣いいかしら」
 背後から聞こえてきた声。俺は振り返らないかった。声だけ聞けばわかるし、それに――
「嫌です。今あなたの顔を見れば何をするか、自分でもわかりませんから」
 俺はそう言い放った。ひどい言いようだったが罪悪感はこれっぽちも生まれない。
「嫌われちゃいましたね……」
 悲しげな声。嫌われるようなことをやっていたんだ。俺は宇宙人でも未来人でも超能力者でもない。
ごくごく普通な一般人なんだよ。当然、怒ったりむかついたりするのも一般人レベルだ。
「今回のことについては謝って済む話じゃないと理解しています。それでもどうしてもやらなければなりませんでした」
「……これだけの被害をまき散らしてでもですか?」
「ええ」
 躊躇なく即答する朝比奈さん(大)に俺の頭は沸騰した。ふざけんな。あれだけ人を巻き込んだってのに、
よくも平然とそんなことが言えるな。
「種明かしをしますね。もうわかっているとは思うけど、あの別のわたしは別の未来に存在していた可能性の一つでした。
ただ、その未来はあたしたちが決して望まないようなものにつながっていたため、過去に存在している分岐点に対して
改変を行っています。結果、その未来への道筋は消滅して、あの別のわたしも消えるはずでした」
「…………」
「でも、実はその未来でとんでもない失態が発生していたんです。調査員として派遣されていた――あ、わたしと同じような
立場の人なんですけど、その人があの朝比奈みくるによって捕らえられてしまっていたんです。
通常即座にTPDDを使用して時間遡行で逃げればいいんですけど、それがどうしてもできなかったみたい。
理由は目下調査中ですが、わかっていません」
 俺はちらりと目だけを朝比奈さん(大)の方へ向けてみる。俺の座っているベンチの背もたれに腰をかける彼女の背中が
目に入った。格好は俺が部室で朝比奈さん(大)と初めて会ったときと同じものだった。
「調査員は逃げることもできずひどい拷問を受けたみたいです。わたしはその現場を見た訳じゃないけど、
回収されたときは外見からでは誰なのかわからないほどだったと聞いたわ。でも、それ以上にまずいことがあった。
それは禁則事項を解除してしまっていたこと」
 禁則事項――朝比奈さん(小)も言っていた言葉として発声できなくする制限。それを解除だと? そんなことが可能なのか?
「本来は解除なんてあり得ない話なの。でも、その時はわたしたちの組織もまだ規律が甘かったんでしょうか。
詳しくわかりませんが、そこの未来に足を踏み入れていた調査員は非常に格の高い人だったの。
どちらかというとどの言葉を禁則事項にすればいいのか調整して、実際にそれを実施する立場のような人。
だから、禁則事項の解除の仕方も知ってしまっていた。今から――わたしのいる時間平面から見ればとんでもない大失態です。
拷問に耐えられず、自分の立場・目的などを洗いざらいしゃべってしまったんですから」
 それはそれで当然な話だと思うぞ。誰だって嫌なことから逃げ出したくなることはある。拷問なんて受ければ、
何もかもしゃべりたくなって当然だな。
「限度って言うものがあります。そのことが原因で禁則事項の取り扱いが見直されてさらに強化されました。
現在では同じような問題発生しないことになっています。すでに起こってしまっていた問題については、わたしたちは、
問題にはならないと判断していました。本来ならばその朝比奈みくるたちは絶望するだけで終わっていたはずだから。
だって、彼らの世界にはTPDDもないし、長門さんのような存在も確認されていません――いない訳じゃないと思うけど。
そして、ほどなくしてその未来は消滅しました。改変を行ったのはわたしです。それで終わりだと思っていました」
 ――近くをサイレンをけたたましく鳴らした救急車が通り過ぎる。朝比奈さん(大)はそれが通り過ぎるのを待ってから続ける。
「でも、ある時ある時間平面に武装した集団が発生したの。既定事項どころか、予定されていた事柄には全く載っていない人たち。
ひどい暴れようでした。それこそ、虐殺といってもふさわしいほどに。そして、その時間平面にいた調査員は全て殺されました。
得られるだけの情報を得てから全て奪ってからね。どうしてTPDDも持っていないのに時間遡行ができるのかは
未だに解明できていません。長門さんに聞いた方が早そうなんだけど」
 あいつら、別のところでも同じ事をやっていたのかよ。
「それからというもの、彼らは神出鬼没のように現れ、TPDDを持つ調査員に襲いかかりました。しばらくはそんな状態が
続いたんですけど、途中からわたしが重点的に狙われるようになりました。どこかであの時間軸を消し去ったのが
わたしだったという情報を得たんでしょうね。彼女らはわたしを抹殺すれば、結果的に改変が行われずに
自分たちの世界を守れると信じ切っていたみたいです。でも、わたしを消しても別の人がやるだけですから、
全く意味のない行動でしかありません」
 恐らく朝比奈(黒)が一番激高したのは自分自身によって自分の世界が否定されたことだったんじゃないだろうか。
俺にはそう思えて仕方がない。でなければ、朝比奈(黒)がそこまで朝比奈さん(大)を執拗に狙う理由がわからない。
朝比奈さん(大)をやっても別の人間が実行するだけ。そのくらいのことは俺にだってわかる話なんだから。
「彼らの行動は次第に時間平面の状況を悪化させていきました。無作為に移動を繰り返しては暴れ回るから、
因果的な矛盾点や欠落の発生が膨大になっていったの。このままでその内時間そのものの流れがおかしくなってしまう。
だから、わたしたちはここで彼女らを仕留めようと計画を練りました。それが今回の一件です」
「あいつらの掃討作戦の一環に俺たちは組み込まれていたって事かよ……」
「すみません。謝って済む話ではないでしょうけど、こうするしか他に方法がなかったの。
あなたたちに送ったあの指令書。あそこは未来への分岐点になっていました。あのあなたが石を投げ込むかそうでないかで
未来は大きく変わるんです。詳しくは禁則事項なので話せませんが。本来はあの地底湖に何も生きないことが
わたしたちの望むことでしたが、あそこであえて別の未来に向けさせました。そして、彼女らをその時間軸へと引き込んだ」
「あの武装集団があそこに現れたのもあなたが狙っていたことなんですか?」
「言っていませんでしたね。彼女らの時間移動には一定のパターンがあることが調査の結果わかっていたんです。
それは未来への分岐点で出現する可能性が極めて高いこと。だから、あそこであの朝比奈みくるたちが現れる可能性はあると
予測していました。確実ではありませんけど」
 やっぱりあいつらを引き込んだのは朝比奈さん(大)じゃねえか。俺の頭がまた沸騰を始める。
「作戦は順調に推移しました。いったん彼女らが消え去ったときは失敗しちゃったかと思いましたよ。
でも即座に彼女らは戻ってきたときは――すみません、正直に言います。ほっとしました」
「…………」
 俺は無言を貫くしかなかった。口を開けば最後、とんでもなく汚らしい言葉で朝比奈さん(大)を罵りかねないからだ。
「予想外だったのは、長門さんが全く情報操作能力を使っていなかったことと、そんな状況でも彼女らを
全て倒してしまったこと。すごいとしか言えなかったわ」
「じゃあ、もうこれで終わりって事ですか?」
 俺はわざとらしく大きなため息を吐いて言う。だが、朝比奈さん(大)は、
「いいえ、まだ最後の仕事が残っています。あなたは知らなくていいし、これはあなたのためにもなります。
知らなくていいことはたくさんあるんですから……」
 そう否定した。
 最後の仕事? なんだそれは。待てよ。さっき俺があの地底湖に石を投げ込む行為が未来への分岐点になっているといった。
そして、今はそこで朝比奈さん(大)が望まない未来に進んだ……
 俺ははっとして振り返る。だが、すでにそこには朝比奈さん(大)の姿はない。
 最後の仕事とはすなわちこの時間軸を消去して、俺があの地底湖に石を投げ込まない時間軸で上書きすること。
つまり今ここにいる俺たちは全て消されるんだ……
「ふざけるなよ! 散々俺たちを利用し尽くして、終わったらごみ箱に捨てるってのか!
それが今回の事件の一因になっているんだぞ!」
 俺が放った罵声はただ虚しく公園に流れる風にかき消されていった。
 今ならわかる。あの朝比奈(黒)が味わった絶望って言うものが。
 
◇◇◇◇
 
 脱力感に足を引きずりながら病院の待合室へ戻った。古泉はどこかに行ってしまったらしく姿が見えない。
代わりに長門がひっそりと誰もいない待合室の椅子に座っていた。
 そして、長門の隣に倒れ込むように座った。
 しばらく重苦しい沈黙が二人の間を支配していたが、
「さっき大人の方の朝比奈さんに会ってきた。俺たちのいるこの時間軸を消去するそうだ」
「そう……」
 長門の返事もどことなく力がない。俺は続ける。
「なあ、長門。結局あの危ない連中の後ろにいたのはなんだったんだ? どうせ消えてなくなるんだ。
冥土のみやげに教えてくれよ」
「情報統合思念体」
 長門は自らの親玉の名前を即答で返した。そのまま続ける。
「正確に言うならば、情報統合思念体の中に存在しているゆがみの一部。彼らはゆがんだ思考パターンを持ち、
他の情報体から切り離されて存在している。彼らの行動には論理的な制約やパターンは存在せず、
有機生命体的の思考に例えるならば勝手気ままに動く。でも、当然情報統合思念体の大部分は彼らを危険視しているため、
普段は封鎖状態に置かれていた。しかし、情報統合思念体の急進派がそれらに接触して今回の一連の騒動を起こさせた」
「長門も言っていたが、どうして主流派って奴はそれを阻止しなかったんだ?」
 俺の言葉に長門は身体を大きく震わせた。こんな人間的な反応を彼女が示したところを見るのは初めてだ。
「……主流派はその動きを全て把握していた。でも、動かなかった。それはなぜか? 彼らは知っていた。
たとえ涼宮ハルヒやその周りにいる人間に多大な影響を及ぼす結果となっても、結局朝比奈みくるの異時間同位体によって
なかったことにされることを」
 俺はたまらずに椅子を拳で殴りつけた。長門が怒って当然だ。どいつもこいつもなかったことにすればいいと思っていやがる。
臭いものにはふたをしておけばいいってのか? だが、ふたをされた俺たちは一体どうすりゃいいんだよ。
「主流派は情報入手のいい機会と考えた。また急進派の不満そらしにも利用した。急進派にとって今回は願ってもない
情報観測のチャンスだったから」
 まるで政治の世界だな。長門の上の連中もそうやって見下しながら良いように俺たちをうごかしているだけだ。
 そこで長門はすっと立ち上がり俺の前に立った。そして、俺の肩に両手を置き、吐息がかかるほどに顔を近づけて、
「させない」
「な、なにをだ?」
「あなたたちを消させたりはしない。わたしの全能力を持ってそれを阻止する」
 長門、お前は一体何をする気なんだ?
「わたしは今情報統合思念体とは情報連結を行っていない。代わりに涼宮ハルヒとの情報連結状態にある。
だから、彼女の情報改変能力を利用してあなたたちの意識を上書きされる予定の時間軸へ送り込む。
そうすれば少なくともあなたたちは抹殺されたことにはならない。世界の一部を改変することによってそれを実現する」
 だがそれでは今ここに存在している人たちは結局消されることに……
「それはわかっている。だが、わたしは決断した。ただ黙って消されることはしない。しかし、どうやっても全ての人を
救うことはできない。だったらせめてわたしの守りたいもの守る。それしかないし、それでいい」
 長門の決断。みんな助けられないのなら、せめて……。
 ここで俺ははっと気がつく。ハルヒの神的パワーを利用して世界を変えるってのは……
「待て長門! おまえはあの時と同じ事をするつもりか!?」
 あの冬の12月18日。ハルヒの情報創造能力を活用して世界を改変したときにやったことと同じ行為。
あれだけの事ができるというなら確かにSOS団メンバーぐらいの意識をもう一つの時間軸へ移動させることなんて可能だろうが、
長門は? 病室で聞かされたことの中に処分を検討するというものがあった。結局それ以降、長門がどうこうなることは
なかったことを考えると無罪放免になったのだろう。だがもう一回やったとなればどうなる?
さすがに長門の親玉も黙っていないかもしれない。
「ダメだ! お前を犠牲にして助かってもうれしくも何ともない! そんな不完全な救済なんて!」
「大丈夫。もう一つの時間軸に言ってもきっとわたしは存在している。同じ姿で同じ声、ただ保有している情報が違うだけ。
あなたはそれに気がつくことなく、淡々と時間が過ぎていく」
「いいや絶対に気がつく! 俺だけじゃない。朝比奈さんや古泉もだ。ハルヒに至っては即座に気がつくだろうよ!
あいつの勘はとんでもないからな!」
「…………」
 長門は俺の問いかけに答えない。決断したと言った。その中には例え自分が消去されてもいいということも含まれていた。
 最後の最後の最後の最後まで。どうしてこんな選択をしなければならないんだよ。
「あの時のわたしの行動はエラーの蓄積によるものだった。でも今の行動は違う。明確な意思に基づいて行っている。
誰に何と言われようが、わたしは自分の判断が間違っているとは思わない」
 いつになく強い口調だった。そして、視界が暗転を始める。もう時間がない。
 俺は全力で叫んだ。
「いいか! どうせ俺たちのことを見ているんだろ! だったら聞こえるよな! 俺は絶対に今回のことを忘れない!
万一、長門を消したり別のものに置き換えたりしてみろ! お前らに宣戦布告してやる! ハルヒでも何でも使って、
お前らの存在を完全に抹消してやるからな! そんときは覚悟していろ! 絶対に――」
 ………
 ……
 …
 
◇◇◇
 
 …
 ……
 ………
 ハルヒが風邪を引いて寝込んでいるらしい。しかも丸二日も。
 何と言うことか、あの体内に元気印が描かれ細菌なんてばりばり食い尽くしてしまうようなミクロ滅菌部隊を
体内に飼っているとしか思えない無駄に元気爆発女が風邪を引いただと? これは天変地異か超常現象の前触れに違いない。
神社か教会かお寺に行ってお祈りでもしてきたい気分だ。いや、エクソシストを呼び寄せて悪魔払いをした方が良いかもしれん。
もちろんハルヒに対して。
 てなわけでハルヒがいないにもかかわらず、俺たちSOS団メンバーはなぜか文芸部室に集まって
何をするのでもなく静かに時を過ごしている。朝比奈さんに至ってはなぜかメイド服まで着込んでいるからな。
ハルヒがいないんだから無理して着なくても良いというのに、これが習慣って奴か?
「大丈夫でしょうか。涼宮さん。みんなでお見舞いに行った方が……」
「それならさっき俺が電話してみましたよ。返ってきたのは、来たらコロス!でしたが。あの元気っぷりなら明日には
ぴんぴんになって学校に来ていますよ」
 電話の向こうでわめき散らすハルヒの声はいつも通りだったからな。面会拒絶状態なのは
どうせ弱々しい自分を見られたくないとかそんな理由に違いないから深くは考えないようにしよう。
 で、翌日の放課後。朝方から団員全員に電話による周知が飛んでいたようで、絶対に部室にいろ、いなきゃ地獄流しの刑とか
言われているらしい。ちなみに俺には電話はなく、朝に教室に来てからハルヒに聞かされたんだが。
そもそも同じクラスの俺は引きずられても連れて行かれる運命にあるんだから、言われようが言われまいが大して変わらん。
 ハルヒは案の上を俺を引きずって部室に飛び込むと、
「みくるちゃん! 有希! 古泉くん!」
 そう満面の笑みを浮かべて朝比奈さんと長門に抱きついた。ちなみに古泉には抱きつかない。さすがに恥ずかしいからか?
 ハルヒはもう二人をもみくちゃにするかのように頬を合わせまくり、
「本当に久しぶりだわ! やっぱりSOS団団員に一日3回はこうやって顔を合わせておかないとね!」
 そう爆発的笑顔を振りまく。やれやれ、本当に顔が発光しているように見える笑顔ぶりだ。見てるこっちが恥ずかしくなる
 といいつつも朝にハルヒの顔を見たときについ泣き出しそうになった俺がどうこう言えるわけもない。
何せ一度死にかけたハルヒが無事に戻ってきてくれたんだからな。こんな時まで照れ隠しをするつもりはねえ。
 
 あの一件。俺は断片的ながら覚えていた。長門に救われたこと、いろんな奴らにひどい目に遭わされたこと。
完全というわけにはいかなかったが、つなぎ合わせて何があったのかを推測するには十分の記憶量だった。
 珍しく新聞やらニュースなどをのぞいてみても、あの銃撃戦騒ぎについて報じているものはなかった。
やはりあいつら――いまいち誰に襲われたのか思い出しきれないんだが――はこの時間軸には姿を現していないらしい。
すべてなかったことにさてしまったようだ。だが、だからといって俺の心がすっきりするわけでもなかった。
あそこにいた多くの人々は今俺たちがいる世界によって上書きされてしまったんだから。
 ちなみに他のSOS団の面々にそのことについて確認していない。なぜか? 誰もそのことについて口にしないからだ。
ひょっとしたら全員憶えていないのかもしれないし、憶えていても黙っているだけなのかもしれない。
 ただ古泉はそれをにおわせるようなことは言っていた。あのニヤケスマイルの目を俺にじっと見つめて、
「黙っていた方が良いこともあります。口に出して言えばどこから情報が漏れるかわかりませんからね。
おっとこれは一般的な話であって別に特定の事例に対していっているわけではありませんので。
あ、機関の方々はみんな平穏無事に仕事をこなしていますよ。これはただの独り言ですが」
 こんな事を言っている。とりあえず、古泉の口調から俺は勝手に憶えているが黙っているということにしておこう。
 ハルヒが風邪を引いていた理由はよくわからんが、あいつも特に口にすることはなかった。朝比奈さんも長門も。
 
 ただ、一つだけどうしても確認したいことがあった。
 長門のことについてである。あの長門とのやりとり。断片的すぎていまいちはっきりしないが、
その時に俺は心の中に刻み込んでいたことがある。それ長門に対する質問だ。
 俺はSOS団が閉店した後、北高から帰る途中に聞いた。
 ――後悔していないか――と。
 普段の長門ならこう答えただろう。ここにいる長門の中身が別物であってもこう答えただろう。
 なにが?、と。
 だが返答は違った。それは――
「全くしていない」
 その声は毅然として自信に満ちたものだった……
 
 
~~完~~

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最終更新:2020年04月13日 08:58