第一章 それまで
1
6月5日放課後
無事二年生に進級出来た俺は、予想通りというか何というか、とにかくハルヒの前の座席
で学校生活を送っていた。いつの間にか中間テストも終わり、そろそろハルヒがまた何か
言い出しそうな気がしていたその日の放課後、今や習慣のように足を運んでいる、SOS
団アジトで朝比奈さんのお茶を堪能していると、そいつは、ドアを開けるやいなや、
「みんな聞いて、重大発表よ!!」
と、叫びやがった。
そして、俺が「先ずドアを閉めろ」と突っ込む前に、ハルヒは、
「来週の月曜日に隣町にでっかいショッピングセンターが開くっていうのは、しってるわ
よね?そこになんとオープン前日の日曜日に行けることになったの!ね、古泉君?」
「どういうことだ、古泉。」
と、俺の、精一杯の恨みと呪いを込めた言葉をさらっと流して、古泉は
「はい、僕の叔父の友達に、あのデパートの責任者が居るんですよ。その人が叔父に
特別招待券をあげたそうなんですけど、あいにく叔父がいけないのだそうで、僕たちの
所にまわってきたんです」
と、言った。お前の叔父は何者なんだとか、だいたい責任者ってなんだとか、いろいろ
と突っ込みたかったが、やめておいた。まあ、そんなところに、超能力者や宇宙人の力
が必要なことなどないだろうしな。それに今日は月曜日、日曜日までにはまだ時間があ
る。それまでは少なくとも平和に過ごせそうだと思っていた。このときは。
そして、その後はなんと言うこともなくすぎていき、その日の団活は終わった。
2
6月5日夜
家に帰ると、母親が、突然宣告してきた。
「明日から3人で旅行にいくから。」
「はぁ?3人?」
「そうよ。あんた以外の3人。あんたは留守番できるわね?」
「何でいきなり?」
「懸賞に当たったの」
まったく、何て親だ。いくらチケットが3人分だからって、俺も連れて行こうとは微塵も
考えないとは、いくらハルヒでもそんなことはしないだろう。いや、ハルヒなら俺らも巻
き込もうとするから絶対しないか。と、俺の家族はいったいどうなっているのだと絶望し
これからの行く末に不安を感じながら、寝た。思えば、このときに何かおかしいと気付く
べきだったのかもしれない。気付いたとしても何も変わらなかったかもしれないが。
約二時間後、それは、始まった。いや、おそらくそれはもう始まっていて、俺たちがそれ
に気付いたのが、そのときだったと言うべきだろう。
3
6月5~6日深夜
俺は、夜はねるものであって決して、電話をするために作られた時間だと思っていたが、
最近は、そうともいえなくなってきたようだ。それは今日、つまり今、俺の安眠を妨害し
て電話がかかってきたということだ。そういえば、以前もこんなことがあったなと思いつ
つ、通話ボタンを押すと、聞きたくもないやつの声が飛び込んできた。
「もしもし、古泉です。お察しでしょうが緊急事態です」
「なんだ、またハルヒが何かやらかしたのか?」
「いいえ。いいですか、落ち着いて聞いてください。涼宮さんが誘拐されました」
「ハルヒが!?だ、誰にだ!?」
「詳しいことは後で話します。すぐに駅前に来れますか?」
「解った。すぐ向かう」
ハルヒが誘拐された?何故?誰に?混乱する頭の中で、必死に準備をして、家族にばれな
いように、注意しながら、全速力で駅前へと向かった。そこには、見知った顔があつまっ
ていた。朝比奈さんは泣き顔、古泉はいつもの微笑みだがそこには、紛れもない動揺があ
った。そして、長門はいつもの無表情だった。
「お待ちしていました。きょう、長門さんの情報統合思念体とはべつの思念体のTFEI
が、長門さんに、接触してきたそうなんです。詳しいことは、長門さんに訊いてください」
「ああ、長門、教えてくれないか?」
俺が長門の方を向くと、長門はポツポツと話してくれた。
「わかった。今日の午前0時27分、わたしの家に情報統合思念体とは違う情報生命体
の端末が私に荷物を渡しにきた。その中には、4台の電子機器とこの手紙が入っていた」
俺は、差し出された手紙を受け取り、急いで中を見た。そこには、長門そっくりのワープ
ロで打たれたような字で、こう書かれていた。
「涼宮ハルヒは確保した。中の機器の時間が『0:00:00』になったとき、涼宮ハル
ヒは死ぬ。止めたければ、4人以内で以下の座標の地点に来い。*****」
「その電子機器というのは?」
「これ」
そう差し出された機械は、腕時計と言うより小型のテレビのような画面が付いた、タイマ
ーだった。そしてその画面には「84:32:29」と表示されている。
「……」
沈黙する俺の横で古泉が、
「とりあえず今は準備して明日その場所に行ってみましょう。学校へは機関から休む旨
を伝えてもらいましょう」
と言っていたが、俺は、長門に訊ねてみた。
「それ以外は解らないのか?」
「そう。向こうも情報統合思念体と同等の能力を持っている。こちらからでは、何も知るこ
とが出来ない。力になれなくて申し訳ない」
「いや、十分だ」
そういって、俺たちは帰宅した。
4
6月6日朝
そして翌日朝、俺は家族が出かけるのを見送ってから、家をでた。駅前に行くと、やはり、
もうみんな集まっていた。
「遅い、罰金」
と言う人を除いて。
指定された場所は、俺たちには解らなかったが、ここからかなり離れた場所だった。その
県に着いたときにはもう正午をまわっていた。俺は、焦っても無駄だとは思いつつも、自
分の歩く速度が異常に遅く感じ、いらだちをおぼえていた。
「あそこですね」
古泉が指さしたそこには、一つの不審な箱が置いてあった。
6月6日午後14時-タイムリミットまで後3日
続く