あたしは何時も、見上げるようにしてその人の顔を見るの。
何時の間にか大好きになっていた、キョンくんの……、お兄ちゃんの、友達。
あたしの、大好きな人。
「……どうしたんですか、妹さん?」
当たり前だけど、その人にとってのあたしは、友人の妹でしかない。
すっごい優しい笑顔であたしのことを見てくれるし、あたしのちょっとしたわがままめいた言葉を聴いてくれたりもするけど、でも、それだけ。
一緒に遊んでいるキョンくんや、他の友達みたいにはなれない。
特に、あの人みたいには。
「えっと……」
袖を引っ張ったけど、言いたい言葉があるわけじゃなかった。
ただ、そうしたかっただけ。
「ねえねえ、古泉くん、ちょっと用意してほしいものがあるんだけど」
「あ、はい、何でしょう」
ほらね。
あの人に呼ばれたら、古泉くんは、何時もそっちを見ちゃうの。
古泉くんの一番は、何時だって決まっている。
あたしは、絶対に彼の一番にはなれない。
何時の間にやら盛り上がり始めた古泉くんとハルヒさんを見て、キョンくんが溜息を吐いている。あたしがこういう光景を見ることはそんなに多くないけれど、前に有希に聞いた感じからすると、これが何時もの光景みたい。
何時も、かあ。
あたしには、何時も、何てほどの繋がりが、無い。
あたしはそんなに近くに居られない。
だってあたしは、ただの友人の妹。年齢だって違う。
もう何年かすればきっと関係なくなるはずのそれは、今のあたしにとっては、ただの重荷でしかない。
せめて、キョンくんとの年の差がもう少し少なかったら。
せめて、ミヨちゃんみたいに大人っぽかったら。
そんなことを考えてみても、現実は何も変わらない、変わってくれない。
少しでも大人に近づけるように牛乳をたくさん飲んでみたり、勉強を頑張ってみたりしても、五歳という年齢の差は、本当に、どうしようもならない。
どうしてあたし、この立場にいるのかなあ。
どうして、古泉くんのこと、好きになっちゃったのかなあ。
「……どうした、気分でも悪いのか?」
「ううん、なんでもない」
心配そうな顔をしてきたキョンくんに対して、あたしは出来るだけ何気ない振りをして首を振った。
これは、キョンくんには気づかれちゃ駄目なことだから。
キョンくんは、あたしにすっごく優しいんだよね。
邪険にする振りをしてくるときも有るけど、それは、愛情の裏返し。
あたしは、ちゃんと分かっている。
分かっているから。……あたしには、それが重い。
もし、あたしに好きな人が居るなんてキョンくんが知ったら。
もし、それが自分の友人だなんてことを知ったら……、あたしは、そういうことを考えたくない。
あたしは、キョンくんの優しさの裏側を見たくない。
あたしは、あたしの愛情の裏側を、誰かに晒したくは無い。
それから、キョンくんと古泉くんが買い出しに行って、SOS団の女子三人と、あたしと、シャミセンだけが家に残った。コタツの四隅で、あたしはちょうどハルヒさんと向かい合う形。
ハルにゃん、なんて呼んだりもしたし今でも呼び方自体を変えるつもりは無いけど、心の中までも同じままで居るのは、多分、無理。
「あーあ、妹ちゃんは良いわよねえ」
「何がぁ?」
独り言めいたハルヒさんの言葉を、あたしがつかまえる。
放っておいても良かったはずだけれど、あたしは、ハルヒさんにそんなことを言われる筋合いは無いって思っていたから……、ううん、違うな。
有るって分かっていても、言われたくない。
多分、そういうことなんだ。
どうしようもないのは、きっと、あたしだけじゃない。
「んー、まあ、キョンみたいのとはいえ、きょうだいが居るじゃない。あたし、ひとりっこだからさ」
「そっかあ……」
煮え切らないハルヒさんの言葉、曖昧なあたしの言葉。
ハルヒさんは、キョンくんが好きなんだろうな。
でも、それと同時に、キョンくんの一番が今のところ自分ではなさそうだってことを、心のどこかで理解しているんだと思う。ハルヒさんは破天荒な人だけれど、頭の回転自体は早い方みたいだから。
だから、ハルヒさんは思わず言ってしまったんだろう。
……おかしな話だよね。
あたしだって、心のどこかで、ハルヒさんに成り代わりたい、なんて思っているのに。
あたしには、好きな人が居ます。
あたしの好きな人は、他の女の子が一番大事です。
その女の子は、あたしのお兄ちゃんが好きみたいです。
お兄ちゃんは……、あたしが、大事なんだろうな。
何でかなあ……、どうして、上手く行かないんだろう。
風向きが少し違えば、きっと、みんな、幸せになれるはずなのにね。
どうして、恋って難しいんだろうね。
終わり