突然舞い降りたのは黒い翼を持った天使……。
ちがう、そんなものじゃない。
季節は冬。たまたま、冬だった。
「人類の反応を見るために主流派主導のもとで異常を誘発させることになった」
「そりゃ一体どういうことだ?」
「南米に明日大型隕石が落ちる」
淡々と事実のみが告げられる。
「んなアホな、さすがに事前に観測くらいはできるんじゃないのか」
「すでに誤報を流してある。惑星規模で情報の改竄を行った」
誤報? そりゃどういうことだ?
「統合思念体は人類が地球から明日降下する隕石を観測できないようにした」
「何でそんなことをするんだ!?」
「わたしは観測係。詳しい情報は伝えられていない」
俺は愕然とする。意味が分からん。そんなことして何になるって言うんだ?
「人類が大量に死滅した際の彼女の反応を見る」
そう告げるこいつに感情らしきものは見受けられなかった。
「わたしは一時的に思考状態の凍結を受けている。わたしはただ当該地域の上空を飛び、見る」
……何をだ?
「実行結果を」
そう告げられて俺にできることなど何もないさ。
どうしてお前はそんなことを言うんだ? 俺に。
知らなきゃよかった。
正直言って、そう思った。
でなければ、不運の大災害のせいにできたのに。
なぁ、俺はずるいか?
知ってしまったからって、何にもできない。
テレビのニュースが情報をたれ流す。
――大変な報告がありました。かつてない規模の隕石が南アメリカ大陸に接近している模様。
一時間後には……落下すると、現地の住民は狂乱の渦中にあり……
あと、一時間。
なぁ、だったらいっそ、俺をそこに置いてくれよ。
……知りたくなかった。
「その羽みたいなのは何なんだ」
「飛行用オプション。通常は大気圏外に拡散する塵や雑多な物質。わたしの行動時のみ、思念体によって再構成されわ
たしの背中に装備される」
真っ黒に生えたそれは、翼と呼称する以外にない。
翼ってさ、空を飛ぶためのものだろ?
それに、どうして黒いんだ?
「目的は観測。夜間飛行をするため色を黒にした」
――中継が途絶えました。紛争が各地で発生している模様です。世界に点在する宗教聖地では、人々が祈りを捧げ……
あいつは、天高く闇夜を舞った。
何の迷いもなく、遠く、遠く。
俺は、ただ一人残された。
「他の連中は知ってるのか」
「知らない。あなたも言わないで」
吐く息が真っ白になる。
白はやがて何色に変わるのだろう。
あいつは、温度すら感知していないのだろう。
「寒いだろ、マフラー使えよ」
「いい」
「いいってお前……」
「……じゃま」
黒い立ち姿は、天使などではない。
(終)