目が覚めると、朝日が完全に昇りきってない空からは本日の晴天ぶりが覗える窓の外を見ながら、とても悲しい気持ちになった。
夢の中で何か大切な物を失ってしまう、そんなありきたりだけどめったに見ることの無い妙に現実染みた嫌な夢。
そんな夢を見ただけでとても悲しい気持ちになった。そんな幸先の良くない一日から動いた運命の話である。




 
悪夢で目が覚めた俺は、朝から憂鬱な気分で過ごした。学校へ行ってもどこか集中しておらず上の空だった。
ただ過ごしているだけの決して充実していない日常。少しだけハルヒの持ってくる非日常が恋しくなった。



 
「キョンくん、大切なお話があるんです。部活が終わったら少し待っててもらえませんか?」
 
たまたま廊下で会った朝比奈さんに突然そんなこと言われて焦ったが俺は了解する旨を伝えたのは今日の昼休みの事である。
SOS団の活動中の俺は、また未来絡みか、と戦々恐々として朝比奈さんの事をまともに見れなかった。
今朝の夢の事もあるし、もし過去に行って何かを失ったらどうしようなんて考えていた。
 
平静を装っていてもたどたどしいのは致し方ない事だと思う。ハルヒも古泉も俺の様子がおかしい事に気付いたみたいだが、家の事だからとごまかした。
そして長門の本が閉じ、本日の活動が終了を告げたあとで俺は「少し考えたいことがあるから先に帰ってくれ」と言って部屋に残った。
ハルヒは不機嫌な表情を作ったが、明日にでも説明するからと伝えたら納得してくれたのか帰っていった。そして俺はハルヒ達と一緒に部屋を出て行った朝比奈さんを待つ。
 
コンコン、とノックする音が聞こえて朝比奈さんが入ってきた。
夕日に赤く染められた朝比奈さんは複雑そうな表情に緊張が混じっているのが見て取れる。
 
「遅れてごめんなさい。涼宮さん達に怪しまれないようにしたら時間がかかっちゃったの」
「いえいえ、ハルヒの性格も朝比奈さんの未来的な事情もわかってますから」
俺も十分朝比奈さんの都合をわかっているつもりだ。朝比奈さんの為ならできるだけ何かをしてあげたいと思う。しかし、もう何も知らずに未来に行くのは勘弁して欲しいとも思っていた。
 
「で、今回はどんな指令が来たんですか?」
未来が絡んでいる事はわかっていたんですね、と言い次の言葉を続けた。
 
「それが、最近の涼宮さんは安定しているのでこれからはもう少しキョンくんと仲良くしても良いと許可がでたんです。
私はキョンくんの事が好きです。でも涼宮さんに知られるとまた世界が不安定になってしまうから、気持ちだけでも伝えようと思って…」
 
予想外の展開だ。朝比奈さんの事情を知っているだけにこんな事になるとはまったく思わなかった。
 
「私がキョンくんと結ばれる事はありえません。でも、何もできないのはとても辛い事なので、私の気持ちを知った上でもっと親しくして欲しいんです。
私はいずれ未来に帰ってしまいますが、どうか私の気持ちを知っていてください」
 
朝比奈さんは何とも悲しそうな表情を浮かべた。そして、こんな言葉を思い出した。
 
『わたしとあんまり仲良くしないで』
 
もしかしたら未来の朝比奈さんはこのことを言っていたのかも知れない。
長く続く高校生活において仲良くしないで、と今までは思っていたが違うみたいだ。今回の『親しくして欲しいんです』という言葉に対して『仲良くしないで』欲しかったんだろう。
という事は、未来の朝比奈さんはきっと俺と仲良くして、とても悲しい別れをしたんだろう。
しかし、ここで仲良くしないことは未来を変えることにはならないのか?
 
わかっているのは朝比奈さんが俺を好きと言ったこと。しかしハルヒに気付かれてはいけないこと。そして近い将来に必ず別れがくること。
俺は今朝の夢も手伝って、、失うことを恐れて手にしない事も考えた。いつか来る不幸をともなった幸せを手にするべきか悩んだ。
考えたが答えはでなかった。もっと深く考えたくもあったが朝比奈さんが緊張した表情で待っているのでとりあえずの言葉を紡ぐ。
 
「朝比奈さんの気持ちはわかりました。」
と言いながら考える。考えながら言う。これを繰り返す。
「けど将来必ず別れがくる、そのときに朝比奈さんは辛くなると思いますよ?」
 
「覚悟はしています。キョンくんにも将来、絶対に悲しい思いをさせてしまうとわかってても何もしないで終わるのは嫌なんです。」
朝比奈さんは悲しそうな表情を浮かべた。俺は意を決して言う。
 
「…俺も朝比奈さんの事好きですよ。でも朝比奈さんは未来人だから、と諦めていました。でも俺も朝比奈さんの言葉で気がつきました。
何もしないでいると、絶対に後悔します。俺も朝比奈さんと一緒に居たいです。覚悟を決めました」
「えっあっ…ありがとうございます!」
「でも、ハルヒには知られたらいけないんでしょう? それなら今までと変わらないんですけど、それでもいいんですか?」
「気持ちを伝えるだけでも良かったんです。でも、キョンくんもわたしのことを好きって言ってくれて、それだけで満足です」
朝比奈さんは幸せそうな顔をしていた。きっと俺も幸せそうな顔をしてるんだろう。内心は複雑だけど。
 
「俺はガマンできないですよ。俺の事が好きだったら、ハルヒがいないときは必ず一緒に、なるべく2人きりでいれる努力をすることを約束してください」
俺は意地悪い表情をうかべて言った。朝比奈さんは少しうれしそうな、それでいて困った表情を浮かべた。
「ふふ、キョンくん、意地悪ですね」
 
そうして俺は朝比奈さんを抱きめてキスをした。ハルヒに見つからないように2人で手を繋いで帰った。
 
人は必ず最愛の人と死に別れるんだ。俺たちは別れまでの時間が他の人よりちょっと短いから、他の人よりも幸せな時間を過ごそう。
そして、2人満足して別れよう。絶対にムリだが、今だけはそう信じて幸せな時間を創っていこう。そう決心した日の出来事だった。
 
翌日の俺はハルヒに昨日の事を問い詰められたので、妹とケンカしてしまい落ち着いて考えて見ると俺が悪かったのでどうやって謝ろうか考えていた、と答えた。
ハルヒに「あんたロリコンだったの!?」なんて言われた。そして何であたしに相談しないの!っと散々文句言われて、次からは相談すると言ったら次も何ももうケンカするなと怒られた。
放課後のSOS団での俺と朝比奈さんは、昨日までの通りに普通に接している。
そして探索で2人になったときと日曜日はハルヒに見つからないようにデートを重ねた。
いつ来るかわからない別れと、それとハルヒに怯えながらのデートは恐ろしくも楽しい。
 
恋は障害があったほうが燃えるとのは本当なんだな。
そうして俺は短い朝比奈さんとの生活を続けていく。


 
未来の朝比奈さん、俺はあなたのお願いを聞くことはできませんでした。将来は悲しい思いをさせるのはわかっていますけど、今は幸せなひと時を共有しています。
あなたはきっとこうなることを分かっていてお願いしてきたんでしょう。俺が未来を変えない事を。

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最終更新:2020年08月21日 01:23