【読まれる前に】
本作は長編・『涼宮ハルヒの覚醒』のおまけとなっております。
上記作を未読の方はご注意ください。
 
 
「みんな……ありがとう。」
…。
…。
…何で俺達は長門にお礼を言われているのだろうか?
皆を見てみるが皆困惑の表情を浮かべている。
でもそんな事はどうでも良い。
だって…。
長門が今、最高の笑顔で微笑んでいるのだからな…。
…。
…。
…状況が分からない?
…。
…。
…安心してくれ。
俺にもさっぱり分からない。
いつも通りの放課後、昨夜みた夢の話をしていた時に突然長門が立ち上がり俺達にお礼を言ったのだ。
しかしさっきも言った通りそんなことはどうでも良い。
長門が微笑んでいる。
それで良いじゃないか…。
…。
…。
…しかしこの後、俺達に予想できない悲劇が起こる…予想出来なかったとしても誰が俺を責められようか…?
…。
…。
…。
長門が口を開いた。
 
「言葉だけでの感謝では足りないと思い料理を作ってきた。」
…。
…。
…時が止まった。
あくまで俺と朝比奈さん、古泉の3人だけだが…。
「有希、何作って来たの?」
「肉じゃが。」
「へぇ~、美味しそうね。」
「今から温める。」
「手伝うわ。」
長門とハルヒはガスコンロへ向かい肉じゃがを鍋に移し温め始めた。
…。
…。
「…集合。」
俺の言葉に従い、朝比奈さんと古泉が俺のそばに来た…2人の顔には悲壮とか絶望とかそんな感じの物が浮かんでいた。
おそらく俺にも同じ物が浮かんでいる事だろう。
…。
「で…何の罰ゲーム何だこれは?」
「…僕には思いあたる事はありません。」
「わたしもです…。」
さっぱり分からん…しかし一つだけ分かっている事。
このままでは俺達の命は長くない。
…。
…。
 
「とりあえず長門さんに謝りませんか?」
「そうですね…僕達が何をしたのかわかりませんが…謝りましょう。」
「ああ、心の底から謝れば長門もきっと分かってくれるだろう。」
俺達は長門の所へ向かった。
…。
…。
『ごめんなさい。』
…。
…。
俺達は長門に頭を下げた。
…。
…。
…正直に言おう。
頭を下げたどころでは無い…俺達3人は長門に土下座をしていた。
特に示し合わせた訳では無い。
俺と朝比奈さん、古泉は当たり前の様に土下座していた。
俺達がどんなに必死か分かっていただけただろうか?
…。
…。
「…意味が分からない。」
「何やってんの?あなた達?」
長門とハルヒは不思議そうな目で俺達を見つめている。
「いや…俺達が何かお前にしてしまったんだろ?」
「今後は僕達一同気を付けますので怒りを収めて頂けませんか?」
「ううっ…お願いしますぅ~。」
 
…。
…。
「理解不能…私は怒ってなどいない。」
「…だって…ならなぜ肉じゃが?」
「…感謝を形にしただけ…それに肉も沢山手に入ったから。」
……肉って…たしかミノタウロス?
…。
…。
どうやら長門は怒っている訳では無く本当に感謝の証として肉じゃがを作って来たみたいだ。
「じゃあまずはアタシが味見するわね。
団長の特権よ。」
そう言ってハルヒは肉じゃがに箸を伸ばした。
ハルヒ…それは味見じゃ無い。毒味だ。
頼むぞ団長殿。
…。
ハルヒは肉じゃがを箸で口に持っていこうとしたが…口から10cmぐらいの所でその動きが止まった。
 
…どうしたハルヒ?
…。
「あれ…何でだろう…これ以上手が動かないの…。」
ハルヒは手を震わせながら言った…どういう事だ?
「…なるほど。
マッスルメモリーですね。」
古泉はそう呟いた。
マッスルメモリー?
「何だそれは?」
「マッスルメモリー…筋肉の記憶。
涼宮さんはその力…いや、都合の良い頭でしたか…。
…まぁそれにより前回の悲劇を覚えていません。
しかし頭は覚えていなくても体は覚えているのです…これを食べてはいけないと…。」
「なるほど…で、どうなるんだこれから?」
「わかりません。涼宮さんの頭が勝つか…体が勝つか。」
…。
…。
 
ハルヒの体、すまない。
きっとお前は生きるために今必死で闘っているんだよな…でもハルヒには毒味役としてその役割を全うしてもらわないといけない。
だから頑張れ、ハルヒの頭…。
…。
…。
時間にしたら1分ぐらいだろう。
ハルヒの頭と体の闘いはやはりハルヒの本体とも言える頭に軍配が上がった。
…。
…パク。
…。
次の瞬間、ハルヒはスローモーションの様にゆっくりと倒れ…動かなくなった。
…。
…。
…ゴッドスピード涼宮ハルヒ…。
 
…。
…。
「はわわわわわわ…」
「や…やはり…。」
「悪夢再び…か。」
長門は呟いた。
「また美味しすぎて気絶した。」
…。
本気で言ってるな長門。
次は…誰だ…?
…。
長門はゆっくりと振り向き…その瞳は朝比奈さんを捉えた。
「ひ…ひえええ。」
次の瞬間、朝比奈さんは長門に捕まっていた。
「朝比奈さん!!」
「彼女はもう…駄目です。」
「バカやろう!朝比奈さんを見捨てるのか!」
俺は朝比奈さんを助ける為動こうとした…が…。
…。
…。
朝比奈さん…何なんですかその顔は…。
朝比奈さんは助けに向かおうとした俺に潤んだ瞳でゆっくりと首を振った。
その顔はなんて穏やかな…。
 
そう、これから自分に何が起こるか理解し、それを受け入れた顔…殉教者の様な顔をしていた。
(…今までありがとう。)
朝比奈さんは唇をそう動かし、肉じゃがに向かい口を開けた。
「朝比奈みくる、ありがとう。」
長門はそう呟き朝比奈さんの口に肉じゃがを入れた。
…。
…。
バタッ
…。
…朝比奈さんは倒れ…動かなくなった。
…。
…。
(次は…)
(僕達…)
長門はゆっくりと振り向いた。
(次はパターン的に僕でしょうね…。)
(いや、そう思わせて俺かもしれん。)
(長門さんのみぞ知る…ですか。では僕は左に逃げます。)
(わかった。俺は右に。)
俺と古泉はアイコンタクトを終え動いた。
…。
…。
ガシッ
…。
…。
次は…俺の番だった…。
 
まてまて!普通俺は最後だろ!
俺が逝ったら誰がこの後を解説するんだ!
…。
バタッ
…。
俺は長門に押し倒された。
「あなたには苦労をかけた。ありがとう。」
長門はそう呟き箸で肉じゃがを掴み俺の口元に突きつけた。
俺 絶 対 絶 命 !
(古泉、助けてくれ。2人で協力すればきっと何とかなる。
そこの窓から一緒に逃亡しよう!頼む!助けてくれたら冷蔵庫の中のプリンをお前にやるから!)
…。
俺から古泉に向けたアイコンタクト。
…。
…。
伝われ!俺の思い。
…。
…。
…。
 
~ここより古泉サイド~
…。
…。
彼は今、長門さんに押し倒され最後の時を迎えようとしていた。
絶対僕が先だと思ったのですけど。
…ん?…彼が何か…
…!?
…そうですか…分かりました。
…。
…。
『俺はもう駄目だ。せめてお前だけでも逃げてくれ。
そこの窓からなら逃げられる。
みんなの分まで生きろ!
後、冷蔵庫のプリンはお前にやる。俺にはもう必要ないからな…あばよ。』
…。
…。
…ですね。分かりました!あなたの気持ち。僕はみんなの分まで生きます!勿論冷蔵庫のプリンも美味しく頂きますので心配無く!
…。
…。
僕は彼に微笑み窓に向かった。
…。
…。
タッタッタッ…バッ!
僕は窓に飛び込んだ。
 
…。
…。
スコーン
「痛!」
ベチッ
「ぐっ!」
…僕の頭に何かが飛んで来て命中し、バランスを崩した僕は壁に激突した。
振り返ると彼が僕を睨んでいる…。
…。
…。
…本当は分かっていました。
…。
…。
『古泉、助けてくれ。2人で協力すればきっと何とかなる。
そこの窓から一緒に逃亡しよう!頼む!助けてくれたら冷蔵庫の中のプリンをお前にやるから!』
…。
…。
…ですよね。
すいません。
でも…しかた無いじゃないですか…。
 
…。
…。
バタッ
…。
…。
彼が倒れた。
…逝きましたか…次は…僕…。
…。
…。
気づくと窓とドアのあった場所はコンクリートの壁になっていた。
…。
今この部室に生きている人間は僕と…。
「古泉一樹、最後のお礼はあなた。」
…この長門有希。
僕は立ち上がり長門さんと向き合った。
「あなたは私を命懸けで助けてくれた。だから一番美味しい所を。」
なんの事だかわかりません。
ただ分かるのはこのままだと確実な死が訪れるということ。
 
「残念ですが長門さん、その肉じゃが消させてもらいます。」
「…何故?私はあなたの為にこれを作った。それは不許可。」
「僕に…出来ないとでも思っているのですか!」
僕は両手に力を込めた…大丈夫、力は使える。
「怖い顔…あの時と同じ。
……たしかに素敵かも…。」
さすが普通の時でも異空間化している文芸部室、力の九割ぐらい使える。
でもやはり自分を光の玉に変える事は出来ないみたいだ。
「でもあなたでは私に勝てない。すぐに食べさせて終わりにする。」
…勝率は…一割の一割以下か…絶望通り越して笑えてきますね…。
「ええ、すぐに終わります。僕が肉じゃがを消してね。」
…だがやるしかない。
「…あの時と同じ。」
長門さんは良く分からない事を呟いた後肉じゃが入りのお椀と箸を持ち、僕に突進してきた。
僕も長門さん…いや、肉じゃがへと向かい突進した。
 
…。
…あれからどれくらい時間がたったのだろうか?
おそらく5分ぐらいだと思うが僕には3時間にも4時間にも感じられていた。
…1分がこんなに長いなんて…。
僕の体中が肉じゃがの汁だらけだ。
…背中の汁が一番濃いか。
長門さんは強い…何よりも素早くて攻撃が肉じゃがに当たらない…とことん当たらない!
「何故そんなに頑張るの?」
…逝きたくないからですよ。
 
長門さんは肉じゃがを掴んだ箸をなぎ払って…!?
…肉じゃがが僕の口を掠めた。
「…おしい。」
あと数ミリで口の中に入っていた…。
僕は右手の光を肉じゃがに向かって投げた……やはりよけられた。
「そろそろ終わりにする…肉じゃがが冷める。」
長門さんは再び僕に突進してきた……箸を僕の口に一直線に…。
ーー!?
僕はとっさに体をズラし口への直撃は避けたが汁が口の中に入った。
「ぐっ!」
視界が歪む…足が震える…汁が入っただけでこれか…。
僕はとっさに手を伸ばし長門さんの持つ箸を奪いとった。
良し…取った!
…。
…。
長門さんは僕から飛び退いたあと…。
…。
…。
スタスタ
…。
…。
新しい箸を取りにいった…。
…。
…馬鹿ですね…僕は。
 
「…不思議。箸じゃなくてお椀をその光で狙えばあなたの勝ちだったのに…。」
…まったくもってその通りです。
先ほど口に入った肉じゃがの汁のせいか足が動かない…絶体絶命ですね…。
長門さんは再び肉じゃがを箸で掴み僕に突進してきた。
…。
…。
長門さんの動きがゆっくりに見える…これがドーパミン効果ってやつですか…。
この軌道…そのまま口に入って…即死だな…。
…。
…。
…。
「……。」
僕は右手で肉じゃがを掴んだ箸を握りしめていた。
…僕はまだ…死ねない。
そのまま長門さんの腕を掴む。
 
長門さんは僕が何をしようとしたのか分かったのか飛び退こうとしたが…。
「遅い!」
左手で放つ0距離攻撃。
赤い光に包まれ、肉じゃがは静かに消滅……え?
…。
…。
長門さんは僕がそうすると最初から分かっていたかのようにかわしていた…。
「あなたがそうするのは分かっていた。」
次の瞬間僕の口に肉じゃがが入った…。
…。
…。
ズキューン
…。
…。
バタッ
…。
…。
…。
 
~ここより長門サイド~
…。
…。
私が肉じゃがを古泉一樹の口に入れると彼は静かに倒れた。
「お礼完了。」
私の作った肉じゃが…成体ミノタウロス5体分の一番美味しい所を使って作った肉じゃが。
美味しさのあまり気絶するのも無理は無い。
でももう少し食べてもらいたかった…。
「……う…。」
古泉一樹?
…。
…。
「…な…長門さん…。」
「なに?」
「…もう一口…食べさせて…もらえませんか…?」
彼は震えながら言った。
「…量が少なかったらしく…逝けませんでした…。」
私の肉じゃがをもっと食べたいと言ってくれている。
古泉一樹…傷だらけになりながら私を助けてくれた…。
そして私の肉じゃがをもう一度食べたいと…。
何…この感情は…エラー?
でも…嫌じゃない…。
「…このままでは…生き殺しです…せめて…ひと思いに…。」
 
私は頷く。
「あ…ありがとう…ございます…。」
そして彼の口に肉じゃがを入れた。
…。
…。
バタッ
…。
…。
気絶した。
…。
…。
古泉一樹…みんな…ありがとう。
…。
…。
…。
彼らが目を覚ますのは3日後となる。
…。
…。
…おしまい。

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最終更新:2020年03月11日 21:08