大騒動の文化祭から1ヶ月が過ぎ、俺の学校生活も、
比較的穏やかなものに戻っていた。
季節は11月、深まる秋の気配が色づいた木々の葉の色にいやがおうにも感じられる。
そんな今日この頃。

今日も今日とて、俺は退屈な授業に欠伸を抑えながら、
貴重な青春時代のひと時を、こうして教室で過ごしている。
2年生の秋といえば、そろそろ大学受験の足音が聞こえてくるようにもなり、
予備校に通いだす者、授業に一層に身を入れるようになる者、と様々だ。
俺はというと、母親が予備校の取り寄せる予備校のパンフレットに目を通すこともせず、
だからといって学校の授業に身を入れるわけでもなく、
テストの成績は相変わらず平均ライン。
可もなく不可もなくという、そんな怠惰な学校生活を送っていた。
そんなある日、いつものように登校し、教室のドアを開けた俺に、
嬉々として話しかけてくる男がいた。
谷口である。

「オイ!キョン!ビックニュースだ!」
なんだなんだ、五月蝿いな。また女にフラれでもしたのか?
「バーカ、その逆だよ!何とこの俺が昨日街で逆ナンされたんだよ!」
驚いた。あの谷口が逆ナンされるだなんて。
今日は雪が降るな、って11月だし、最近冷え込みも激しいし、
雪が降ってもそこまで驚くことでもないのだが。
「しかも、相手は光葉園女子の子だ!かなりクオリティは高かったぜ!」

光葉園女子学院。
俺達の通う学校の坂の下にあるハイソなお嬢様学校だ。
ちょうど1年前位も、谷口はそこの子と付き合ってるって騒いでだっけ・・・。
まあその子にはいつの間にかフラれたみたいだがな。

「俺が駅前をブラブラ歩いてたら向こうから声をかけられたんだよ。
 メールアドレスも勿論交換済みさ。へへっ、羨ましいだろ、キョン」
俺はちっとも羨ましくなんかないぞ、という素振りで谷口の話を聞いている。
しかし谷口に声をかけるなんて、その女の子も余程見る目がないか、
自爆するのが大好きだとしか思えないな。
「お前が涼宮とワケのわからん集団で遊んでる内に、この俺様は一歩ずつ
 オトナへの階段を上っている、っていうワケだ」
むむむ、なんともムカツク言い草だな。

「まあまあ、そんな怖い顔するなよ。
 そんなキョンにも取って置きのいい知らせがあるんだ」
谷口は得意満面にそう言い放つ。
「いい知らせ?なんだそりゃ?」
谷口はフフン、と鼻を鳴らし、
「実はその子から合コンをしようっていうお誘いのメールが来てるんだ。
 向こうはその子の友達連中を含めて3人を予定しているらしい。
 だからこっちも勿論3人必要でな、国木田に声かけたらOKだった。
 あとはキョン、お前をメンバーとして考えているってワケだ」
合コンか・・・。生まれてこの方一度も経験したことがないな・・・。
少し興味はあるが、ここで安易に食いついてしまうのも何かな・・・。
「俺は・・・そういうのは・・・ちょっと」
渋る俺に谷口は、
「オイオイ、折角のチャンスをフイにする気か?
 向こうは相当カワイイ子ぞろいみたいだぞ?
 絶対損はしないって!」
強調する谷口。そこまでカワイイ子揃いなのか?

「成る程な、そこまでいうならどれ程のもんかこの目で確かめてやろうじゃないか」
俺は、谷口がそこまで言う光葉園女子の女子連中に少し興味が湧いた。
ああ、別に変な下心があったワケじゃないぞ?
最近SOS団の活動にばかり時間を取られていたからたまには息抜きも必要とおもっただけさ。
本当だぜ?

「お前も素直じゃないな~。興味があるならあるって言えよな。
 ま、とにかく合コンは今週の日曜日だ。
 詳しい時間や場所はまた後で連絡するぜ」
そう言うと谷口は、ご機嫌に口笛を吹きながら自分の席へと戻っていった。

こうして俺達の合コン参加が決定したというワケである。

今週の日曜日か・・・その日ならSOS団の活動も特にはない。
それでなくても俺は文化祭のバンドにおけるドラム演奏のおかげで、
腕は腱鞘炎になっちまうしボロボロだ。
たまにはそれぐらいの息抜きも許されてしかるべきだろう。

勿論・・・ハルヒには口が裂けても言えないが、な。

そして日曜日。
俺は谷口と国木田との待ち合わせ場所である駅前へと向かう。
「あ、きたきた」
俺を見るやいなや手を振る国木田。
「おい、おせーぞ」
時間に間に合ってるにもかかわらず、来たのが最後ってだけで文句を言う谷口。
なんかハルヒみたいだぞ。

「悪いな、で、先方は?」
「最初はファミレスで落ち合うことになってるんだ。
 待たせてるかもしれないし、急ぐぜ」
そう言ってスタスタと歩き出す谷口。
ファミレスって・・・もうちょっとマシな場所の選択肢はないもんかね。
男としての底が知れるぞ?谷口よ。

俺達が入ったファミレスはいつもSOS団の市内探索パトロールの折に
ペアの組み分けで利用しているところと同じだった。
何とも不思議な因果だね。
まあ、俺としてはこのファミレスじゃ、
ハルヒに奢らされたという悪しき記憶しかないんだがな・・・。

「お、いたいた。あそこのテーブルだぜ」
谷口が示すテーブルには確かに俺達と同年代ぐらいの女の子が3人座っていた。
遠めに見ても・・・うん、まあそれなりの子達だ。
少なくとも「こりゃねえだろ」と思うほどの破壊力を持つ容姿の子はいない。

「こんちは~、待たせちゃったかな~」
そんな軽いノリでテーブルの女の子達に声をかける谷口。
それに気付いた3人の内の1人が立ち上がり、こちらに手を振っている。

テーブルに座る俺達に、一番右側、奥の席に座っていた女の子が声をかける。
「ごめんね~谷口君。今日は無理行ってメンバー集めてもらっちゃって」
「いやいや全然」
親しそうに谷口と会話を交わす。
話の流れから推察するにこの子が谷口を逆ナンし、合コンの提案をしたのであろうか。

「それじゃあ、全員揃ったことだし、まずはお互い自己紹介でもしようか」
谷口が、我こそはと言わんばかりに場を仕切りだした。
自己紹介はまずこちらから。
奥に座っている順に谷口と国木田がまずはそれぞれ自己紹介をする。
さあ・・・次は俺の番かな、と思った矢先――

「コイツはキョンだ。キョンってのはあだ名なんだけどもはや本名より定着してる。
 皆もキョンって呼んでやってくれ」
谷口が俺を遮り、勝手に自己紹介をしてしまう。
フザケンナ、俺は自分の本名すら言わせてもらえないのか?
「まあまあ、キョン」と宥める国木田が間にいなかったら、
俺はお前に渾身の右ストレートをお見舞いしていたところだったぜ。
そんな俺を尻目に、
「面白いあだ名だね~!よろしく!キョン君!」
一番右の子がそう言ってアハハと笑う。
釣られて他の2人もクスクスと笑っている。
チクショウ、厄日だぜ今日は。

「それじゃあ今度はコッチの番だね!」
谷口の正面、一番右の子が張り切った様子で言う。
どうやら向こうの仕切り役はこの子らしい。

「まず私!名前は平野亜矢(ひらのあや)っていいます!
 『あーや』って呼んでねっ!」
谷口の正面、一番右の子は平野さんというらしい。
明るく、ノリの良い子で、控えめな茶髪(校則のせいか?)と耳元のピアスや
胸もとのネックレスなど、おしゃれに気を使っている感じのいかにも今時の女子高生だ。
容姿は・・・うん。言うことないね。カワイイ子だ。
まあちょっとギャルっぽい感はするがな。
「私は、千原実里(ちはらみのり)!『みのりん』でいいよ!」
国木田の正面、真ん中の子は千原さん。
平野さんと同じく、性格は明るそうだ。
肩まで伸びたキレイで艶のある髪の毛が美しい、
これまたなかなかのクオリティの高い容姿の子だ。
しかし・・・何でまたこんなレベルの高い子達が俺達みたいな特段何の特徴もない普通の男と合コンなんかするのかね?
「最後になりました。私、後藤由布子(ごとうゆうこ)っていいます。
 どうぞよろしくお願いしますね」
俺の正面、一番左側の子は後藤さん。
自己紹介をするその口調からもわかる通り、礼儀正しく、おしとやかな印象の子だ。
スラリと伸びた黒髪や控えめな仕草からもいかにも『お嬢サマ』っていう感じだ。
まあ、光葉園女子はお嬢様学校らしいしな、もしかしたらどこかの社長令嬢ってこともあるかもしれない。
ただ、こんな子が先の今時のギャルって感じの2人と友人関係ってのもちょっと意外だ。

こうして女性陣の自己紹介は終了した。
しかしこうして、3人並ぶといかにも『3人娘』って感じだな。
『3人娘』というと嫌でも、ハルヒ、長門、朝比奈さんの我がSOS団の女性陣を思い出してしまうが・・・
まあ今は置いておこう。

自己紹介を終え、俺達は適当に頼んだ料理をつまみながら、
彼女達と歓談していた。

谷口はとにかく場を盛り上げようと、話に話しまくり、ギャグも飛ばす。
しかし如何せんサムイ・・・。
それに比べたら、たまにポツリと言う国木田の機転の利いたジョークの方がずっと面白く、彼女達も笑っていた。
それでも谷口は持ち前のノリのよさで、平野さんや千原さんと楽しそうに話していた。
俺は・・・正直こういう場でどんな話をすればよいのかわからない。
経験がないってのもあるし、それ以上に慣れない場で緊張していたのだろう。
ロクに話に加わることも出来ず、何となしに注文したアイスコーヒーのストローを
チューチュー甘噛みすることくらいしかやることがなかった。
俺ってもしかしてイタイ奴?

そんな場に溶け込めない俺を見かねたのか、前に座る後藤さんが声をかけてくれた。
「そう言えばキョンさんは、北高祭のバンド演奏でドラムを担当されていましたよね?」
驚いた。『キョンさん』なんていう語呂の悪い呼び方を生まれてこの方初めてされたというのもそうだが、
俺がSOS団で文化祭のステージにバンドで出演したことを知ってるのはもっと驚いた。
「実は私、北高の文化祭を見に行かせていただいたんです」
成る程な。それなら俺のことを見かけていても不思議ではない。
しかし光葉園女子ほどのお嬢様学校の子がウチみたいな普通の学校の文化祭を見に来るってのもこれまた意外だな。

「そうそう!思い出した!あの時ドラム叩いてた人だよね?」
後藤さんの言葉に反応する平野さん。
「あーあの人がキョン君?全然気付かなかったよ~。
 キョン君のバンドの演奏凄かったよね~」
同じく千原さん。
どうやらこの2人もウチの文化祭を見に来ていたらしいな。

場に溶け込めていなかった俺も、バンドの話題が出るや否や、話題の中心になった。
ちょっと気恥ずかしいが・・・悪い気はしないな。
俺がもてはやされてるのが気に入らないのか、谷口はつまらそうな顔をしている。
友よ、そう僻むな。これがこの世の摂理。必然なのだよ。

「そう言えば、あのベースやってた人、イケメンだったよね~。
 あの人なんていうの?」
平野さんが更に思い出したように俺に尋ねる。
ベースをやっていた男・・・アイツのことか・・・。
「ああ、ソイツは古泉一樹っていう奴だよ。俺の部活の同僚」
「へー、あの人はカッコよかったな~。キョン君今度よかったら紹介してくれない?
 同じ部活なら仲もよいでしょ?」」
ああ、また古泉か。ほんと、イケメンは得だよな。
ただ残念ながら平野さん、アイツは真性の変態だ。
そもそも女性に興味があるのかどうかっていうところからアヤシイしな。
しかし、合コンの場にもかかわらず、別の男の話題が出るようじゃ・・・
谷口が特に期待しているだろう今日の『成果』なんてたかが知れてるよな・・・。

その後俺達一行はファミレスを出て、次に駅前のカラオケボックスに足を運んだ。
ファミレス→カラオケ、とはまた随分無難な選択であるが、まあこれが高校生の限界かなとは思う。
ただ、お嬢様学校に通うくらいの女の子達だ。
もっと洒落た場所選択をしなければ白けられるとも思ったが、
意外にも3人ともカラオケにはノリノリだった。

まず平野さん。この人は非常に歌が上手かった。
特にロック調の曲が得意らしく、そういう系の曲を多くリクエストしていた。
まさに力強く元気な歌声だ。
うーん・・・文化祭のバンドの時のハルヒを思い出すな。
千原さんは流行のポップス系が得意らしく、こちらの歌唱力もなかなかだった。
『済んだ歌声』という形容がまさにピッタリな、キレイな歌声だ。
どこか長門を思い出させるような声だな。
後藤さんはというと・・・正直音痴だった。
ただ自分の音痴に自覚はないらしく、しっとりとしたバラードを満足げに歌い上げていた。
平野さんと千原さんがこちらに目配せをして苦笑いしていたのは、
その辺のことがあったからなのかもしれない。
だがしかし、音痴ではあるがその声は非常に可愛らしく、キュートだった。
正直脳にクルね、この声は。中毒になりそうなくらいだ。
俺が日常的に萌えている朝比奈ボイス並みの破壊力かもしれない。

さて、肝心の俺らはというと・・・。
まずは谷口。流行のラブバラードを情感たっぷりに歌い上げたが、
正直その歌唱力は可もなく不可もなくといったところだ。
どこまでも地味な男だな、谷口よ。
そして驚くべきは国木田。コイツは事もあろうにアニソンなぞをリクエストした・・・。
合コンでアニソン・・・。間違いなく引かれるだろ、と俺は思ったが歌いだすとあら、びっくり。
ムチャクチャ上手いのだ、コレが。
どこの合唱部だ?というくらいの張りのあるテノール。
電波ミュンミュンのアニソンが賛美歌に聴こえたくらいだね。
女の子達にも大ウケだったみたいだ。
そして俺は、正直歌には自信がないので無理はせず、
中学生の頃に流行っていた曲を適当に歌い、お茶を濁した。

カラオケボックスから出ると、外は既に真っ暗。時刻は8時を回っていた。
さすがにそろそろお開きだろうと思っていると、
谷口がいつの間にか俺の傍ににじり寄っており、何やら耳打ちをする。

「さあ、キョン。こっからが本番だぜ。
 お気に入りの子と2人きりになるチャンスをつくってやる」
ニヤケ顔で囁く谷口。2人きりって、そんなの可能なのか?
「もう時間も時間だし、家まで送るって名目で2人きりで帰るんだよ。
 そこで上手くやって、アドレスでもゲットせい。
 更に上手くいけばそのまま・・・ってこともあるかもな。ウヒヒヒ」
何とも変態じみた笑いだ。コイツは結局ソッチ方面の思考しかないワケか・・・。
盆と正月がいっぺんに来たぐらいのメデタイ頭の中なんだな、きっと。

「ちなみに俺は由布子チャンを誘うつもりだ」
「後藤さんのことか?あんなお嬢サマっぽい子、お前には荷が重いだろ」
オチャラケとスケベ心の権化のような存在である谷口とあのおしとやかな後藤さんが釣り合うとは到底思えない。
「バーカ、わかってないな。あーゆう世間知らずそうな女の子ほど、
 優しい口説き文句のひとつでも使えばコロッとイっちまうモンなんだよ」
その口説き文句が今までにどれ程の成功確率だったかということについてコイツは失念しているらしい。
俺が把握する限りは、明日人類が滅亡する確率より低いはずなんだがな。

「既に国木田は実里チャンと一緒に帰ることになっている」
何?いつの間に!虫も殺さぬような顔をしているくせにやるな、国木田よ・・・。
「キョン、だからお前は亜矢チャンと一緒に帰れ。あの子だったらお前も文句はないだろ?」
まあ確かに誰だろうと文句はないのだが・・・。
「そういうわけだ。上手くやれよ。
 俺は早速由布子チャンを誘ってくるぜ。へっへ~・・・今夜は決めるぜ!」
これまたキモい二ヤケ顔の谷口。まあ・・・せいぜい健闘を祈らせてもらおう。
ただ明日学校でお前を慰めている暇はないからな。そこんとこは注意しろよ?

谷口は何とか後藤さんと一緒に帰る手筈を整えることが出来たようだ。
後藤さん・・・気をつけてくださいね。ソイツはスケベ心のカタマリですから。
国木田はいつの間にか千原さんと一緒に帰ってしまっている。
アイツにも明日詳しく話を聞かなきゃな・・・。

「それじゃあ、寂しい余りもの同士、途中まで一緒に帰ろうか?」
平野さんが声をかけてくる。
彼女は『途中まで』、と言っているが時間も時間だし・・・
ここは家まで送るのが男として正しい行動なんだろうな。
平野さんの家はここからひと駅分くらい歩いたところの住宅街にあるらしいし、
ソレぐらいの距離ならまあ問題はない。勿論、送り狼になるようなことはしないさ。
そんなこんなで並んで歩いている間、平野さんはずっと喋りっぱなし、
俺はそれにただ相槌をうつという感じだった。やっぱり元気な子だ・・・と、

「実はね・・・取って置きの話があるんだよ」
いきなり平野さんは口に手を沿え、ヒソヒソ声になった。
「取って置きの話?」
「そう!実はね、由布子いるでしょ、今日あの子谷口クンのことを
 スゴク気に入っちゃたみたいなの」
俺は耳を疑った。あの純粋培養のお嬢サマという感じの後藤さんが、
よりにもよって『北高彼氏にしたくないオトコランキング』で確実に上位を狙えるだろう谷口のことを気に入るとは。
「マジデスカ?」
思わず聞き返す俺に平野さんは、
「マジもマジ、大マジだよ。
 だから私と実里で気を使って谷口クンとわざわざ2人きりになるように仕組んだんだから」
これは本当に明日にも人類滅亡の危機が現実のものになるかもしれない・・・。

しかし、アリエナイ。
ツンデレじゃないハルヒ、お喋りな長門、胸のない朝比奈さん、
ホモじゃない古泉、にょろにょろ言わない鶴屋さん、眉毛の細い朝倉、
それくらいにアリエナイ。
あの後藤さんが谷口のことをお気に入りだなんて・・・。

「あの子、男に免疫ないからな~。上手くやってるか心配だよ」
と、友人を憂う平野さんだが、俺は更に憂鬱だ。
谷口も後藤さんのことがお気に入りみたいだったし・・・
これは本当にどうにかなっちまうのかもしれない。
あの谷口があんな清楚で可憐なお嬢サマと付き合っている光景を想像をしてみるがいい。
世の計りがたさに対する諦念と形容しようのない憤怒に駆られる俺の憂鬱な気持ちがわかるはずだ。

そんな憂鬱な気分に支配され、ウンウンうなっていると
「じゃあ、私の家ここら辺だから、ココまでいいよ」
と平野さんが俺に声をかけていた。
「あ・・・そうなんだ。それじゃあ、今日はどうも」
決まりきった社交辞令を述べる俺に平野さんは、
「それじゃあ今日は楽しかったよ!
 明日谷口クンにその後どうなったかちゃんと聞いてみるといいよ。じゃ~ね」
そう言って去っていった。

うーん、谷口がね・・・。まあ、明日詳しい話を聞いてみればいいか。
「あ、そういえばアドレスとか聞いてないな、俺」
今更ながら気付く俺。普通の男なら今日1日の成果がなかったという事実に、
海より深い悔恨の念を抱くところであろうが、俺はそれでもまあいいかな、と思う。
正直、平野さんの高いテンションにはついていけなかったし・・・。
ああいうタイプはハルヒだけで十分だし、な。

翌日、俺は登校するや否や谷口の姿を探した。
昨日の件について詳しく話を聞かなければならない、がまだ姿は見えない。
ちなみに実は、国木田も千原さんから俺と同じような話を聞いたらしく、驚いていた。

「まさか、あの後藤さんが谷口を、ねえ。僕もビックリだよ」
「まあな、で、国木田よ。そういうお前は昨日あの後千原さんと何か展開はあったのか?
 アドレス聞くとか、そういうの」
「いや、特になかったよ」
何だ、俺と同じか・・・。そうなると昨日の合コンの勝ち組は谷口だけ、ということになる。
なんかムカツクな・・・と思っていると、
「ウィース」
谷口が教室に入ってきた。ソレを確認するや否や俺と国木田は谷口に駆け寄り、
その首根っこを掴むと男子トイレまで引っ張っていく。
「オイオイ・・・!いきなりなんだよ!?」
「五月蝿い、お前はこれから公開裁判にかけられる運命なんだ。勿論、拒否権も黙秘権もないぞ」
我ながらハルヒみたいな傍若無人な台詞だ。それでも谷口には然るべき制裁を与えねば・・・!

「で?昨日あれから後藤さんと何か展開はあったのか?」
男子トイレに谷口を押し込み、俺は質問を投げかける。
すると谷口はいつものキモい二ヤケ顔をさらにニヤケさせた。
そのキモさは当社比で10倍以上だ。
「へっへっへ~。キョン君、国木田君。
 俺はやっぱり君達より先にオトナへの階段を上ることになりそうだ」
その言い回しがあまりにもムカついたので一発殴っといた。割と本気で。

「ふっふっふ、嫉妬は醜いぞ、キョン」
殴られたのにもかかわらずニヤケたままの谷口。本格的に故障か?
「もったいぶらずにさっさと昨日のその後の顛末を話せ」
「そうだよ、僕達凄い気になってるんだから」
俺と国木田の同時攻撃に谷口はやっと口を割る気になったらしい。
「実はだな~、あの後彼女を家まで送る途中にケータイ番号とアドレスを聞かれちまったんだな、コレが。
 言っとくが向こうからだぜ?これはもう、俺に気があるのは間違いないな」

何と!あのどちらかというと控えめな印象で、友人の平野さんにも『男に免疫がない』と言われていた
後藤さんが自分から谷口の連絡先を聞くとは・・・。
これは悔しいが本気で後藤さんは谷口に好意を持っているのかもしれない・・・。
「そんで、昨日から早速メールのやり取りをしてるってワケだ。
 こりゃあもうオチるのも時間の問題だぜ・・・」
ご機嫌な谷口。俺と国木田はぐうの音も出ない。その時、
『ピロリロリーン♪』
谷口の携帯から電子音が響く。
「お、早速またメールだ。なになに・・・
 『今日学校が終わったら一緒に喫茶店でもいきませんか?私良い店知ってるんです』
 だとよ~。こりゃあれか?デートの誘いってやつか?
 こりゃあ放課後は忙しくなるな~。ハッハッハ」
谷口は鼻歌でボーイズタウンギャングの『君の瞳に恋してる』を口ずさみながら、
トイレを出て行ってしまった。

「これは・・・本当に後藤さんは谷口に気があるみたいだね」
国木田がため息をつく。
「ああ、非常に遺憾だが認めざるをえないな」
俺もため息をつく。
「しっかし、世の中には色んな女がいるもんだ」
俺は世の中の理不尽さをひしひしと感じていた。

~interlude1~
そしてその日の放課後、俺はいつものようにSOS団の部室にいる。
そこでこれまたいつものように古泉とボードゲームの対戦に勤しんでいるわけだが、
俺のアタマの中は別にそんなことはどうでもよかった。
そう、谷口のことが気になってしょうがない。
今日、これからアイツはデートとか言ってたし・・・。
正直羨ましいかもしれない。

だからそんな悶々とした気持ちをボードゲームで古泉にぶつけてたってワケだ。
相変わらず弱いな、コイツ。
朝比奈さんは、新しいお茶っ葉と格闘中。
長門はハードカバーの分厚い本を征服中。
そんないつものSOS団の光景だ。
文化祭まではずーっと多忙だったからな。
コレぐらいまったりした日が続くのも悪くない。
バタン!
そんな平穏を、ぶち破るようなドアの開く音。
もうお分かりであろう。我等が団長様のお出ましである。

ハルヒは団長机にどっかと座ると、部室内を見渡し、言う。
「実は今日は取って置きの面白い話があるんだけど」
面白い話?なんだ?なんだ?とうとう異世界人でも発見したか?
ハルヒは静かに語りだす。
「実は昨日、日曜日ね。あたしは1人で街をブラブラしてたの。
 まあ、不思議探索パトロールの一環ね」
ほう。折角の休みの日までSOS団の活動に費やすなんて、さすが団長、気合の入り方が違うな。
「そしたらね、駅前でキョンを見かけたの」
俺の背筋が・・・凍りついた。

~interlude2~
「いつもの集合場所の駅前に行こうとしてるみたいで、急いでたわ。
 そしたら駅前には谷口と国木田がいたのよね」
無表情で語り続けるハルヒ。
俺は既に顔面蒼白だ。
「まあ、別にね。たまの日曜日だもの。
 キョンだって男友達と遊びに行くことぐらいあるでしょ。
 あたしだっていくら団長だからといってそこまで団員のプライベートを縛るつもりはないわ」
何だ・・・別になんてことはない話だ。安心した・・・。

「キョン達は集まるや否や、どっか行っちゃたみたいだし。
 あたしもそこまで暇じゃなかったからパトロールを続けようと思ったわ。
 でもね、何か小腹が空いたから近くのファミレスでちょっと何か食べてこうと思ったの」
え・・・それって・・・。俺はまた背筋が凍りつくような錯覚を覚えた。
「まあ行ったのはいつもSOS団でも行ってるファミレスね。
 適当になんか食べてすぐに出ようと思ってたけど・・・
 そこでなんと、トンデモないものを発見しちゃったのよ!
 なんだかわかる?キョン」
何で俺に聞くんだハルヒよ・・・そんなの俺にわかるワケ・・・ある。
俺は答えることが出来なかった。
「何と!さっき見たばかりのキョン達が偶然同じファミレスにいたのよ!」
ああ・・・神様・・・今日も厄日なんですか?というか俺には厄日しかないんですかね?
「しかも!どっかの他校の女の子3人組と楽しそうにお話しながら、ね」

ああ、終わったよ。俺の人生が。
一番見られちゃいけないやつに昨日の合コンの一部始終を見られてしまったんだな。
「アレは所謂ひとつの『合コン』ってヤツね。
 相手の3人組、なかなか可愛かったじゃない。
 まあ、みくるちゃんや有希ほどじゃないけどね」
ハルヒの目は、笑っていない。

~interlude3~
「と、いうわけでキョン。昨日のことについて何か言い訳はあるのかしらね?」
そう言いながら、にじり寄ってくるハルヒ。その顔が今は悪魔のように見える。
「浮気ですか・・・キョン君?」
悲しそうに呟く朝比奈さん。
というか浮気というものが成立するにはその前提としてステディにお付き合いしているお相手が存在しないとですね・・・。
「鬼畜」
長門がポツンと呟く。
ああ、鬼畜ですか、そうですかい。長門に言われるとダメージが半端ないな。
俺のハートにクリティカルヒットだよ・・・。
「僕というものがありながら・・・あなたっていう人は・・・」
五月蝿い、古泉。テメエは黙ってろ。
「さあ、キョン。言い訳がないってことは罪状を真っ向から認めるってことね?
 ああ、そんなコワイ顔しなくても大丈夫よ。痛みを感じる暇なんてないから」
さりげなく俺の死刑が確定したようだ・・・。

「あたし、最近小さくて無防備なものをみると内側からぐちゃぐちゃにしてやりたい衝動に駆られるのよね」
それはアタマの病気デスヨ、ハルヒサン。早く病院に行かないと。
「キョン君不潔です・・・不本意ですけどキョン君には罰を与えなければいけませんね・・・」
金属バットを取り出す朝比奈さん。どうしてそんなものが部室に?
「・・・・・・」
相変わらず無言の長門。
しかし、ハードカバーの本にパンチして貫通させるなんてお父さんは感心しないなあ。資源は大事に、ね?
「こうなったら仕方ありませんね。少々強硬な手段を取らざるえないようです」
なぜかズボンのベルトをカチャカチャと緩め始める古泉。意味ワカラネー。
ああ、でも何か下半身に異様な寒気が・・・。特にお尻の辺り・・・。
「さあ?覚悟はいいわね?キョン」
俺はその日、星になった・・・。


翌日、朝の教室に谷口が登校してきた。
昨日の放課後はあの後藤さんとどこぞの優雅な喫茶店でデートだったはずだ。
しかも相手は自分のことを憎からず思っている、とくれば、あの谷口なら
どれだけ浮かれて今日の朝を迎えたことだろう。
その浮かれきっているだろうニヤケ顔を想像するだけでムカツクな。

「ウィース」
しかし、そう言って登校してきた谷口の様子は意外にも普通であった。
と言うよりも下を向いて、どこか元気がないようにも見える。
まさか・・・俺の頭の中のCPUがある1つの可能性を弾き出す。

「そういうことか・・・ご愁傷様だな、谷口。
 まあ一発目のデートで・・・なんて逆にお前らしいと思うぞ?」
俺は慰めるように谷口の肩を叩く。
谷口は俺の顔を一瞥し、また視線を足元に戻すと、
「何言ってんだ?デート自体は上手くいったぜ」
俺の言わんとすることを把握していたのかのような答えを寄越す。
「何だよ、上手くいったんならよかったじゃないか。
 それなのにそんな陰気な顔して、何かご不満でもあるって言うのかい?」
あんな可憐なお嬢様とデートして、それでいて不満があるなんて言ってみろ。バチが当たるぞ。
「いや、そーいうことじゃなくてだな」
どうも歯切れの悪い谷口。一体どうしたものやらと思っていると、
谷口は頭を抱え、ポツリと言った。

「俺、マジであの子のこと・・・好きになっちまったみてえだ」
そういうことか・・・って、え?ナニヲイッテルノダコイツハ?
「いやな・・・最初はあの光陽園女子の子だし、あわよくば・・・ぐらいにしか思ってなかったんだが、
 昨日デートしたらな・・・カワイイんだよコレが。
 話し方から仕草から何まで、な。しかも性格もいい・・・」

大きくため息をつく谷口。
コレは所謂あれか?恋する乙女が相手のことを想う余り悩む、みたいなそんな感じか?
谷口にそんな悩みが訪れる日が来るなんて・・・。
そんな余りにも意外な変貌振りに驚いていると、谷口は、
「俺・・・あの子に・・・由布子チャンに・・・告白するぜ」
と、言った。
その顔も、声色も、これまでに1度も見たことがないくらいの真剣さだった。
こんな谷口を見るのは初めてだ。
「そう、か・・・頑張れよ」
そんな真剣な谷口に対し、俺はそう声をかけるのが精一杯だった。



さらにその翌日の朝、谷口が教室に入ってくる。
その顔には・・・まるで人生の幸せを全て手に入れたかのような、
そんな嬉しそうな笑みが張り付いていた。
「俺・・・由布子チャンと付き合うことになった・・・。
 告白したら・・・『私も谷口さんのこと好きです』って・・・。
 ・・・ヤッター!!!!」
クラスの全員が振り返るような大声で叫ぶ谷口。
例外はハルヒであいつは谷口のことなどどうでもよいらしく、1人だけ違う方を向いている。

「そうなんだ、やっと谷口にも春が来たね」
そう言って国木田も我が事のように喜んでいる。
そして俺は正直かなり嫉妬心があったが、
「よかったな、谷口」
今までの谷口のフラれまくり人生の苦労を思うと、自然とそう言っていた。
しかし、イイ子を捕まえたもんだな、谷口よ。
やっぱり、ちょっと羨ましいぞ。

その後、興奮しっぱなしの谷口を何とか落ち着かせ、詳しい話を聞いたところ、
谷口はわざわざ夜に後藤さんを近くの公園にまで呼び出して、告白したらしい。

そう言えば昔ハルヒが、
『告白がほとんど電話だったのは何なの、あれ。そういう大事なことは面と向かって言いなさいよ!』
とか言って、世の男共の情けなさを非難していたことがあったな。
まあ、電話に頼ってしまうのは恥ずかしいからなんだろうが、
その恥ずかしさに気持ちが負けちゃうようじゃ、所詮その程度の気持ちってことだもんな。
その点から言っても、今回の谷口の本気度が伺えるってモンだ。

更に聞くに、今週の土曜日に改めてデートをする約束をしているらしい。
延々とそのデートコースのプランを語り続ける谷口の顔は本当に嬉しそうだ。
こりゃあ、本格的に俺は谷口に先を越されてしまったみたいだな。

ちなみに、谷口の話によると後藤さんはやはりと言うべきか、根っからのお嬢様だったらしい。
何でも父親は大企業の重役、母親は有名なファッションデザイナーで、兄は有名国立大に通う秀才だ、とか。
家には専属のメイドまでいるらしいし、ガレージには高級外車が何台も常駐してるらしい。
それはそれは、さぞかし裕福な家庭だことだろう。
谷口よ・・・もしかしてこれが『逆玉の輿』ってヤツかもしれんぞ?

さすがにノロケ話にお腹一杯になってきたところで始業のチャイムが鳴り、
担任の岡部が教室に入ってくる。
俺は自分の席に戻りながら、幸せの余韻に浸る谷口の顔を横目に見ていた。

まあ・・・何だ。良かったな・・・谷口よ。

さて、土曜日である。
俺はなぜか――先週の日曜の合コンの時と同じように駅前にいる。
別にまた合コンをするってワケじゃないぞ。
今日はSOS団の市内探索パトロールだ。
ココ最近は、俺が毎週土曜日に例のドラム演奏のおかげで患った腱鞘炎の定期診断のため、
病院通いをしていたせいで、恒例のパトロールは行われていなかった。
しかし、ここ最近俺の腕の経過は順調で、医者に義務付けられていた毎週1回の通院が、
これからは月に2回ぐらいのペースで済むようになったのだ。
まあ、最近は大分腕を使えるようにもなってきたし、怪我が治ったのは本当に祝うべきことだ。

そんな事情を知って、我がSOS団団長涼宮ハルヒ閣下は早速パトロールの実施を俺達に命じたというワケだ。
今日も今日とて集合時間の10分前には着いたにもかかわらず、
「遅い!罰金!」
と、カミナリを落とされ、チーム分けのために立ち寄った喫茶店で奢らされるハメになった。
ああ・・・また毎週定期的に俺の財布の中身が磨り減っていく日々が始まるわけか・・・。

そして何と、今日は珍しいことに午前中はハルヒとペアになった。
俺としては朝比奈さん辺りとペアになれれば快気祝いにも丁度良かったのだが、
そんな文句を言えば命はないということも重々承知している。
まあ、たまにはハルヒと2人きりというのも悪くないと自分に言い聞かせ、午前の探索に向かった。

「ちょっとキョン、わかってるでしょうね?病み上がりとはいえ容赦はしないわ。
 サボったりしたら死刑だからね!」
唾を飛ばさんばかりの勢いで俺をたきつけるハルヒ。俺が怪訝な顔をすると、
「あーら、合コンに行く元気はあるのに何か文句はあるのかしら?」
痛いところを突いてくる。逆らうと怖いので、
「はいはい、わかってるさ」
と、降参と承服の意を示すしかなかった。

しかし、この何の何の変哲もない至って普通の街に、
ハルヒを満足させるだけの不思議な出来事など転がってるはずもないワケであり、
そもそも、俺の最も身近に宇宙人、未来人、超能力者というこの世の不思議の権化みたいな存在が
3人もいるのだから、それを考えてしまうとこの市内探索にミジンコの体重ほどの
やりがいを見出せないというのも無理のない話である。

そんなイマイチやる気のない俺とは対照的に、鼻歌でベイ・シティ・ローラーズの
『二人だけのデート』を口ずさみながら得意げに街を練り歩くハルヒ。
と、そんなデパートのおもちゃ売り場を前にした子供のようにはしゃぐハルヒが、
急に立ち止まり、声を上げた。

「あれ?アイツ・・・谷口じゃない?」
ハルヒは人並みの中から見覚えのある人影を見つけたようだ。
って谷口!?・・・アイツは今日確か・・・。
「女と歩いてるわ、アイツ。っていうかあの女、
 この前キョンが行った合コンの相手グループの中にいなかった?」
ああ、とうとう気付いちまったか。
そう、今日は谷口が後藤さんと何度目かのデートをしているはずの日だ。
何とも運の悪いことだ。まさかハルヒに見つかるなんてな・・・。

「何よ、谷口と一緒にいるの結構可愛い子じゃない。
 コレは・・・不思議のニオイがするわね」
意味のわからないことを言うハルヒ。

「はぁ?何でだよ?」
「だってあのバカの谷口があんな可愛い子とデートなんて出来るわけないじゃない」
ヒドイ言われようである。まあ谷口だしな・・・。
「きっと何か裏があるに違いないわ・・・。わかった!
 そうよ!あの女はきっと女子高生に身をやつした宇宙人ね。
 しかも地球侵略を企てているハズよ!」
どうやらハルヒのアタマも故障しているらしい。

「何言ってるんだお前は。そんなワケないだろう。あの2人は付き合ってるらしい。
 この前谷口が教室で叫んでたじゃないか」
「そんなの聞いてなかったわ」
言い切るハルヒ。ああ、そうだったな、コイツはあの時1人だけ全く興味ない風にそっぽ向いてたからな。
「しかしわかってないわね、キョン。あれは宇宙人の作戦のひとつよ。
 可愛い女の子に化けることで地球の男を油断させるのよ。
 それで最後には洗脳してしまおうって寸法ね」
変な電波に洗脳されているのはお前の方だろう。
大体そんな珍奇な手段で地球人をたぶらかそうとする宇宙人なんて、長門が聞いたら笑うぞ。
宇宙人ならもっと手っ取り早い侵略の方法を取ることも出来るだろうに。
そんなツッコミをする暇すら与えず、ハルヒは機関銃のように喋りまくる。
「こうなったら今日はあの女と谷口を尾行するわよ!
 もしかしたら宇宙人のアジトに辿り着けるかもしれないわ!」
「オイオイ、マジかよ・・・」

どうやらハルヒがかかった洗脳はかなりタチの悪いものだったらしい。
こうして、俺達は谷口と後藤さんのデートをコッソリ尾行することになってしまった。
人のデートを尾行するだなんて悪趣味な行為に気乗りはしないが、
俺としても、あの2人がどんなデートをするのか気になる、というのもまた正直な気持ちだった。

結論から言うと、谷口と後藤さんのデートはごくごく普通のもので、
ハルヒが面白がるような宇宙人的な不思議イベントなぞ起こることもなかった。
駅前の商店街で一通りショッピングを楽しんだ後(さすがに後藤さんはお嬢様なだけあって、
入る店も俺が名前を知らないような横文字の並んだブランド品を扱うようなブティックとかだった)
普通なら入るのも躊躇われるような高級そうな雰囲気の喫茶店に入った。

俺とハルヒは谷口と後藤さんの座る席から上手く死角になるような席を何とか確保し、
2人の監視に勤しんでいた。
ちなみに何か頼まないと流石にアヤシイということでメニューを開いてみたが・・・
なんじゃこりゃ・・・ゼロの数がちと多いのではないか?しかもハルヒは、
「勿論アンタの奢りよね?」
とか抜かしてやがるし・・・。

さて、結局のところそんな普通のデートなワケだから、これといってハルヒが食いつくようなこともないのだ。
「何よ、ちっとも宇宙人らしき素振りを見せないじゃないあの女。
 あのままUFOに谷口を拉致するとか、仲間の宇宙人に連絡の電波を送るとか、
 それぐらいしてもいいはずなのに」
ブーたれるハルヒ。
「谷口も谷口よ、二ヘラニヘラしちゃって、バカみたい。
 宇宙人に洗脳されてるとも知らないで。呑気なものよね」
俺からすればこの意味のない監視活動に尽力している俺等の方がずっとのんきだと思うがな。
「だから後藤さんが宇宙人なわけないだろ」
俺はご立腹のハルヒを宥めるように言う。
しかし、谷口のヤツ、意外に上手くやってるんだな。
いつものアイツならアホな自爆フラグを立てまくって愛想尽かされてもおかしくないぐらいなのに。

俺は談笑している谷口の顔を遠目に見つめる。
楽しそうな笑顔を浮かべてやがる。
こちらからは背中しか見えない後藤さんの表情を窺い知ることは出来ないが、
それでも谷口のその表情を見るだけで2人のデートの濃密さがわかるってもんだ。

『俺、マジであの子のこと・・・好きになっちまったみてえだ』
自らの想いを俺に吐露した時の、いつになく思い込んだような谷口のだった表情が思い出される。
・・・そうか。アイツは『本気』だったんだな・・・。
そんな真剣なアイツに対して、俺はこうしてコソコソ探りを入れるようなマネして・・・。
何か自分が恥ずかしくなってきた・・・。

俺が自責の念に囚われていると、谷口と後藤さんはやおら席を立ち、レジへと向かっていった。
どうやら会計を済ませて、店を出るつもりらしい。
「ここでは何の動きも見せなかったけど・・・まだまだ油断は禁物だわ。
 きっとこれから谷口のことを人気のない路地に連れ込んで、更なる洗脳を施すとか。
 こうしちゃいられないわ。キョン、あたし達も尾行を続け・・・」
「もういいだろ?ハルヒ」
俺はハルヒの言葉を遮った。
「ずーっとつけてきたけどお前の言うようなことは何もなかった。
 それに、いくらお前でもわかるだろ?アイツの顔を見れば・・・。
 谷口は真剣だ。本気で後藤さんのこと、好きなんだよ。
 そんな真剣なアイツの思いを茶化すようなマネはもう止めようぜ?」
俺は駄々をこねる子供をあやすような口調でハルヒに語りかけていた。

「・・・!何よっ、それ!」
と、一瞬不機嫌に顔をゆがめたハルヒだったが、
俺の言うことの真剣さが通じたのであろうか、少しの間黙ったあと、
「わかったわ。アンタがそこまで言うなら仕方ないわね」
と、尾行活動の中止を宣言してくれた。

それから更に数日、谷口と後藤さんのお付き合いも順調なようだ。。
何だかんだ言って谷口はダチだしな。アイツが幸せな毎日を送っていると言うなら俺としても悪い気はしない。
ただ、あんな麗しい女性と付き合える谷口のことが羨ましいのも事実であり、
俺にもいつか誰かと付き合う日が来るのかな、なんて他愛もないことを考えることもあった。
そうすると当面の候補は・・・俺の周りにいる女性ということになる。
なぜかハルヒの顔が浮かんだが、俺は無理やりその脳内ビジョンを消し去った。
頭の中で『お前もツンデレだね~』なんて謎の声が聞こえたが努めて無視する。
全く、ハルヒと付き合うだなんて俺が10人至ってカラダが持ちそうにもない。
朝比奈さん辺りだったら喜んでお付き合いさせていただくのだがな・・・。
そんなどうでもいい妄想に気を取られていると、いつの間にか国木田が俺の席に来ていた。
「ちょっとキョン、いい?」

いつぞやの男子トイレ。こんなところに集まってナイショ話だなんて何か女子みたいだ。
そんなトイレに俺を連れてきた張本人である国木田は、思いつめたような顔をして話し始める。

「ねえ、キョン。最近谷口の様子がおかしいと思わない?」
「谷口の様子?そら、あんなカワイイ子と付き合ってるんだ。ご機嫌だろうな」
国木田だってそれは知っているだろうに。なぜ今更そんなことを聞くのだろう。
俺の返答に国木田は首を振り、
「そうじゃなくてさ。最近谷口がめっきりやつれたような気がしない?
 疲れきってるっていうか・・・」
「ああ、デートやらなんやら頻繁にしているみたいだしな。そのせいじゃないのか?」
国木田は「わかってないなあ」みたいな表情をし、ため息をつくと、更に真剣な口調になる。
「キョン気付いてない?最近谷口よく朝遅刻してくるでしょ?
 しかも授業中も寝てばっかりだし・・・放課後はすぐ帰っちゃうし・・・
 それに彼女と毎日デートしているにしても、あの憔悴しきった顔はおかしいよ。
 普通ならもっと楽しそうな顔をしてるはずだよ」
むむむ・・・全然気付かなかったな。

「谷口、何か僕達に隠し事があるんじゃないかって気がするんだよ。
 それに、何か悪い予感がする」
「考えすぎだろ?」
「いや、僕の予感はよく当たるんだ。本人に確かめてみても損はないよ」
いつになく強気な国木田。ここまでコイツが力説することなんて、
中学からの付き合いである俺ですら見たことがない。

「そうか・・・お前がそこまで言うんなら・・・」
「そうだね、昼休みにでも谷口を捕まえて話を聞いてみよう」

そして昼休み。俺と国木田は谷口を人気のない裏庭に呼び出した。
「おいおい、こんな所に連れて来て、何の用だよ一体?」
戸惑いの表情を見せた谷口。しかしすぐにいつもの調子を取り戻し、
「まさか?俺と由布子チャンのラブラブ生活について聞きたいとでも言うのか?
 仕方ねーなー、教えてやろう!お前等にだけ特別だぞ?」
とおちゃらける。
しかし、そんな谷口の表情に僅かな影があることに鈍感な俺もやっと気付いた。

「最近の谷口・・・なんかおかしくない?」
国木田が口火を切る。
「毎朝遅刻してきてはすぐに爆睡だし、放課後はすぐ帰っちゃうし・・・。
 何よりも凄い疲れた顔をしてるよ。何か悩みでもあるんじゃないの?
 もしかしてお付き合いが上手くいってないとか?」
谷口は目に見えて動揺し始める。
「バ、バーロー!そんなわけ・・・」
「鈍感な俺でもやっと気付いた。今のオマエ、何か無理してる気がするぞ」
俺も国木田に続く。
谷口は黙り込んでしまった・・・。

国木田がいつになく感情的に、言葉を投げる。
「僕達友達でしょ?悩みがあるなら話してよ。
 何か力になれることもあるかもしれないし・・・。
 隠し事をされるのが・・・一番悲しいよ」
驚いたな、ここまで国木田が友情に篤いヤツだったなんて。
ホント人ってわからないもんだ。

そしてそんな国木田の熱弁に心動かされたのか、谷口はがっくりとうなだれ、
「実はな・・・」
と、語り始めようとする。しかし、なかなかその後の言葉が続かない。
「やっぱり上手くいってないのか?」
俺は恐る恐る聞いてみる。少なくともハルヒと尾行したときには円満に見えたのだが・・・。

俺の問いにもしばらく沈黙を貫いていた谷口だが、やっとのことで話し始めた。
しかし、その内容は余りにも衝撃的なものだった。

「実は・・・彼女・・・重い病気を患ってるらしいんだ・・・」

絶句した。俺も国木田も。
今谷口の口から出た言葉が一体何なのか、正確に把握するのに随分時間がかかった。

「心臓の・・・病気らしい・・・別に今すぐにどうなるってワケではないらしいが・・・
 ほおって置けば確実に悪くなって・・・最終的には・・・」

その先を谷口は言えなかった。俺達も聞きたくなかった。
まさか・・・ウソだろ?合コンの時はあんなに元気そうだったじゃないか・・

谷口の口から語られた事実は、俺の予想の遥か斜め上を行っていた。
国木田も余りの衝撃に言葉を失って立ち尽くしている。
そして、一番辛いはずの谷口はそれでも気丈に話を続けた。

「来年のアタマに・・・渡米して向こうの病院で手術をするらしい・・・。
 成功の確率は・・・五分五分だとか・・・」

俺はやっとのことで谷口に話しかけた。
「それ・・・マジなのか・・・?」
すると谷口は拳を固く握り締め、顔をしわくちゃにして、
「俺だって・・・信じたくねえよ・・・」
と、言葉を振り絞る。
「でも・・・あの子がウソを言うわけねえ・・・」
そして、顔を伏せ、また黙りこくってしまった。

「そうか・・・だから最近の谷口の様子がおかしかったんだね・・・」
国木田がポツリと言う。こうして、ここ数日の謎の伏線が回収されたわけだ。
しかし・・・俺は何故気付けなかったんだ・・・。
きっとこの数日、谷口はアタマがぶっ壊れそうになるほどに、悩みに悩んだはずだ。
そんな谷口の異変になぜ俺は気付けなかった?
何が『僕達友達でしょ?』だ・・・。俺はその役割を・・・ちっとも果たせちゃいない・・・。
自分の鈍感さを本気で呪いたい気分だ。

こうしてどうしようもない自己嫌悪に襲われていた俺。
そんな俺を尻目に、谷口は更に衝撃の事実を語る。

「実はな・・・そのために俺、最近バイトを始めたんだ・・・。
 深夜の工事現場で・・・トシは適当に誤魔化してさ・・・。
 ここのところ毎日だったから・・・ヘトヘトになってたんだ・・・。
 遅刻も爆睡も、さっさと帰ってたのも、そのためさ」
「バイトって・・・まさか・・・」
国木田が恐る恐る尋ねる。
「手術にはかなりカネがかかるらしいんだ・・・。俺達みたいな高校生じゃ到底想像もつかないくらいの、な」

ここ数日の疲れきった、憔悴しきっていた谷口。
その原因が今、解明された。
しかし俺は、ここで1つの疑問を持つ。

「でも・・・後藤さんの家は凄い金持ちなんだろう?
 大事な娘の手術代ぐらい・・・難なく出せるはずじゃ・・・」
そんな俺の疑問自体が浅はかであったことを、次の谷口の台詞で俺は思い知らされた。

「ああ・・・手術の費用は全く問題はないらしい。でもな、そんなことは関係ない。
 彼女が重い病気にかかってるんだ。俺は医者じゃないし治すことは出来ない。
 だとしたら・・・俺に出来ることはひとつだろう?
 俺の稼いだ分なんて手術費用からしたら雀の涙ほどにもならないが・・・、
 だからってじっとしてるなんて・・・俺には無理だ」

谷口は語りに語る。
目からは涙が溢れ出ている。鼻水もダラダラだ。グチャグチャに歪んだ顔は正直言ってムチャクチャ不細工だ。
しかしそんなことは関係ない。だからといって谷口を馬鹿にするようなヤツがいるなら、俺はそいつをブン殴る。
今のコイツは・・・もう俺の手の届かないところまで行ってしまっているのかもしれない。

沈黙が俺達を包む。
秋の風が木々を揺さぶる音だけが響く。
そしてその風に巻き上げられた落ち葉が悲しいくらいに青い空へと舞ってゆく。
誰もが黙して語ろうとはしない。
その理由は・・・谷口はこみ上げる感情から言葉が出なくなっているのであり、
俺と国木田は今の谷口にどんな立派な慰め文句を投げかけようが、そんなものは陳腐でしかないということを
よくわかっていたからだろう。

その沈黙を破ったのは・・・またしても谷口。
「俺はな・・・1人の女の子に尽くし通すなんてバカバカしいと思ってた」
涙も鼻水も、いつの間にやら収まっている。
「女の子なんて所詮見た目が全てだし・・・適当に楽しく遊んで・・・、
 あわよくば付きあう。それで十分だと思ってた・・・。
 1人の子に惚れて惚れまくって・・・『オマエだけだよ』なんて抜かすのはアホくさいと思ってた。
 なるべく多くのカワイイ子と楽しく付き合えれば・・・それでいいと思ってたんだ」
俺と国木田は谷口の話に黙って耳を傾ける。
「でも・・・今はどうだい?由布子チャンに惚れ込んで・・・初めて付き合った中学生みたいに
 はしゃいで・・・しまいにはこんなボロボロになってまであの子ために・・・なんてな。
 ハハハ・・・つい最近まで一番ダルいと思ってたクソ真面目な恋に、ハマッっちまってるなんてな。
 ヘッ・・・いいお笑いモンだよな」
自嘲気味に笑いながら語る谷口。

「そんなことない」
国木田が即答する。俺も即座に反応する。
「ああ、そうだ。そんなことは、ない。
 今のオマエは・・・凄いヤツだよ」

秋の風は――段々厳しさを増す。
もうすぐ冬がやってくる。冷たさを増す風の気配が、俺達を包んでいた。

~♪
Well I followed her to the station (彼女について駅まで行った)
With a suitcase in my hand (スーツケースを抱えて)
Yeah, I followed her to the station (彼女について駅まで行った)
With a suitcase in my hand (スーツケースを抱えて)
Whoa, it's hard to tell, it's hard to tell (このなんとも言えない気持ち)
When all your love's in vain (愛しても無駄だとわかったとき)

When the train come in the station (電車が駅にやってきて)
I looked her in the eye (俺は彼女の目を見つめた)
Well the train come in the station (電車が駅にやってきて)
And I looked her in the eye (俺は彼女の目を見つめた)

Whoa, I felt so sad so lonesome (俺は悲しくて寂しくて)
That I could not help but cry (たまらくなって泣き出した)

When the train left the station (電車が駅を出発した)
It had two lights on behind (ふたつの光を残して)
Yeah, when the train left the station (電車が駅を出発した)
It had two lights on behind (ふたつの光を残して)

Whoa, the blue light was my baby (青い光は彼女のもの)
And the red light was my mind (赤い光は俺の心)

All my love was in vain (俺の愛は無駄だったのさ)

All my love's in vain (俺の愛は無駄だったのさ)
~♪
http://www.youtube.com/watch?v=M4oOmzFCQa8

深夜の部屋。
何となくひねったラジオから聞こえてきたのは古臭いブルースのメロディ。
外国のどっかの有名なロックバンドの演奏らしい。
その番組のDJが解説にするには、愛しき女性との別れを歌った典型的なブルースの歌詞らしい。
美しいアルペジオとスライドギターが耳に響く。

俺はそのメロディに身を委ね、ボーっと虚空を見つめながら、
今日の出来事について考えていた。
谷口の衝撃の告白と悲壮なまでの決意。
どんな言葉にも置き換えることが出来ないような『本気』をそこに見た。
そして、俺は一体そんな谷口のために何をしてやれるのか。
『友達』としてどういう風に向き合えばいいのか。
そんなことについて思案し続けていた。

翌日、学校での谷口は、昨日のような涙も、苦しい表情も見せず、気丈に振舞っていた。
誰かに話しかけられればいつものようにおちゃらけた口調で面白くもないギャグを飛ばす。
そんな谷口は・・・見ていて痛々しかった。
放課後、やはり谷口は終業のチャイムが鳴るや否や教室を飛び出していった。
今日もアルバイトがあるのだろう。
そんな谷口を尻目に、俺はいつものようにSOS団の部室に足を運ぶ。

その日の団活では、俺は終始上の空だった。
朝比奈さんの出すお茶にも手をつけない。
古泉がボードゲームの対戦を誘ってきても無反応。
ハルヒの呼びかけにも応えない。
そんな俺に、ハルヒはとうとう堪忍袋の尾が切れたようで・・・、
「ちょっとキョン!アンタさっきから住宅ローンがあと30年も残ってるのにリストラされた中年オヤジみたいに
 放心状態になったりして!神聖なるSOS団の活動を一体何と心得てるのかしらね?」

俺はそのハルヒの怒鳴り声で我に返った。
「・・・っと、スマン・・・。何か言ったか?」
「・・・ったく!もういいわよ!」
ハルヒはそう言い放つとまたデスクトップのスクリーンへと視線を戻してしまった。

そんな調子の狂ったバネみたいに弾力のない反応の俺に、朝比奈さんも古泉もいぶかしむ表情を見せる。
長門だけは相変わらず本に張り付いたままだがな。
「ひとつ・・・聞いてもいいか?」
俺は誰を対象としたわけでもない、所在無い問いかけを口にする。
それに最初に反応したのはやはりハルヒだった。
「まったく!呆けていたと思ったらいきなり何よ?
 今日のアンタ、ホントおかしいわ。
 まあ、何を考えてるのか知らないけど・・・言ってみなさいよ」

「もし・・・あくまでももしの話だが・・・、
 俺が・・・大きな手術が必要な不治の病に犯されてるって知ったらどうする?」
我ながらもう少し上手い聞き方はなかったのかと思うが・・・まあ仕方ない。
「はあ?何言ってるのよ、アンタ」
ハルヒは呆れたように団長席の椅子に大きくもたれかかる。
「ままままままさか・・・キョンくん・・・死んじゃうんですか?・・・
 そそそそそそんなの嫌ですよぅ~・・・キョンくんが死んじゃったら私も・・・」
朝比奈さんはどうやら何か勘違いしてしまったようだ。今にも泣きそうな顔をして狼狽する。
ただ、そこまで心配してくれるのは悪い気はしない。
「いやいや、そんなことはありませんよ。変なこと聞いちゃいましたね」
俺は朝比奈さんを安心させるように、笑顔を作る。

「僕の知り合いに腕利きの外科医がいます。その人に何とかお願いするでしょうね。
 彼を助けてくれ、と。その為でしたら多少の出費も厭いませんよ。
 これまた知り合いに使い道がないほどの資産を持つような人もいますし、ね」
古泉は真剣に応えた。ちょっと嬉しい。
おそらくその外科医や資産家っていうのも例の『機関』の一員なんだろうな。

もう1人の団員、長門はさっきまで本の虫だったかと思うと、
いつのまにか本をパタンと閉じており、俺の方を凝視すると、
「私が、させない。あなたは死なせない」
と、ポツンと、はっきりと言った。
確かにこれ以上頼りになる言葉はない。不覚にもまたちょっと嬉しい。

そして我等が団長様は、
「そんなありもしない『if』の話なんてくだらないわ!
 それにキョン!アンタがそんな簡単にくたばるワケないでしょ!?
 変な話はよしてよねっ!」
厳しいお言葉だが、ハルヒなリの心配も伺え、何か暖かいものも感じた。

皆こんなに俺のことを・・・。
そんな思いとは裏腹に、俺が谷口に何をしてやれるか。
その考えがまとまることは、ついぞなかった。
ちなみに、谷口のことについてハルヒ達に話すことは、勿論なかった。

――帰り道、俺はいつもの通学路をひとり歩く。
11月になって日もめっきり短くなり、既に空は真っ暗だ。
ふと・・・ここ数日はなかったはずの大きな看板が目に入る。
『工事中につき、通行止め』
どうやら、今日から道路工事を取り行っているらしい。
この道を通らないと家に帰れないんだが・・・仕方ない、遠回りするか。

『ガガガガガ・・・』
大きく響く機械の音。
その隙間から工事に勤しむ屈強な男達が大声で声をかけあうのが聞こえる。

「おい!新入り!サボってんじゃねえぞ!さっさと動け!」
一段と野太い声が響く。どうやらこの道ウン十年のベテランが入ったばかりの新人を怒鳴りつけてるようだ。
「す、スイマセンっ!今すぐ!」
それに応える若い男の声。俺はその声に聞き覚えがあった。
まさか・・・!

怒鳴られていた若い男は・・・谷口だった。
タンクトップ姿でアタマにタオルを巻きつけ、一心不乱に重そうな鉄の棒を肩に抱えている。
この冷え込みにもかかわらず、額からは汗が噴出している。
そういえば・・・アイツは年齢を偽って工事現場で働いてると言っていた。
まさか、こんな所で・・・。

「オイッ!何度言ったらわかるんだテメエはっ!いい加減クビにするぞ!」
「すいませんっ!一生懸命やりますから、それだけは勘弁を!」

俺はしばらくの間、その場に立ちつくし、谷口の姿を見つめることしか出来なかった・・・。

そして、その日の夜、ケータイに国木田から着信があった。
国木田は何かを決意したような真剣な声で、こう言った。
『キョン、よく考えたんだけどさ。僕もバイトを始めようと思ってるんだ。
 高校生に稼げる額なんてたかが知れてるだろうけどさ。
 僕も少しでも谷口の力になってあげたいと思ってね』

これで今回の件で国木田に驚かされたのは2度目だ。
「中学からの付き合いだが、オマエがそこまで友情に篤いヤツだとは知らなかったよ」
そんな感心しきった俺に国木田は、
『何言ってるんだよ、僕達友達だろ?
 もしキョンが同じ立場だったとしても、やっぱり同じことを考えると思うな、僕は』
不覚にもちょっと泣いたね。

そして俺の決意も固まった。
国木田に習って俺もバイトを始めよう。
それで少しでも谷口の・・・後藤さんの助けになれば・・・。
そうと決まれば、とりあえずまずは職探し、だな。
俺のモヤモヤした気持ちも少しは晴れたようだ。
谷口のために・・・この身を削ってでも協力してやろうじゃないか。

気まぐれにひねったラジオからは、昨日と同じブルースの曲が流れている。
悲しい別れを歌った歌詞らしいが、あいにく英語なんてサッパリな俺にはそんなことはどうでもいい。

When the train left the station (電車が駅を出発した)
It had two lights on behind (ふたつの光を残して)
Yeah, when the train left the station (電車が駅を出発した)
It had two lights on behind (ふたつの光を残して)

Whoa, the blue light was my baby (青い光は彼女のもの)
And the red light was my mind (赤い光は俺の心)
・・・・・・♪

美しいブルースの音色とともに夜は更けていく・・・。


さて、そんなこんなでアルバイト探しを始めた俺は、
コンビニで買った求人情報誌を頼りに、とある近所のガソリンスタンドに勤めることになった。
時給はそんなに高くないが・・・まあ高校生ならそんなものだろう。
しかし、谷口のことを思えば何とかそれなりの額を稼いで、何も言わずに渡してあげたい。
そうすると自ずと土曜や日曜の休日に出勤する必要があるワケだ。休日である分時給が高くなるしな。
早速来週からシフトに入るよう、頼まれてもいる。
ただ、ここで問題なのは最近再開されたSOS団の市内探索パトロールだ。
ハルヒの号令で行われるこの課外活動は決まって土日に行われるのであり、つまりは俺がアルバイトを入れてしまうと、
当面その活動には出席できなくなるのである。
とにかく、何とかハルヒの許しを請わなくては・・・。
俺はそのための適当な言い訳を考えながら、駅前へと自転車をこいでいた。
そう、今日は土曜日。件の市内探索が実施される日だ。

おそらく・・・少なくとも後藤さんが渡米するとかいう来年アタマまではアルバイトに集中することになるだろう。
そうすると今日が、参加できる日としては最後になるわけだ。
活火山のように怒り狂うハルヒが目に浮かぶ。さて・・・何て言ったものやら・・・。

結論から言うと、午前中はタイミングを逃して言うことが出来なかった。
始めに午前中のチーム分けのために、適当な喫茶店に入ったのだから
皆が集まる前で言う機会があったにもかかわらず、はしゃぐハルヒの顔を見てると、
どうも言う気が削がれてしまったのだ。
ちなみに午前はなぜかまたハルヒとペア。絶好のチャンスだったのにそこでも結局言えずじまい。
自分の度胸の無さが悲しくなってくる・・・。

そして今、午後のチーム分けと腹ごなしを兼ね、俺達はとあるファミレスにいる。
そう、後藤さん達3人との合コンが行われた、あのファミレスである。

これまた絶好の機会だ・・・。しかし良い言い訳が思いつかない・・・。
欲しいモノがあるから・・・一瞬で却下だろうな。
どうしてもとバイト先の知り合いに頼まれた・・・ダメだ、ハルヒならバイト先まで行って確認しかねない。
家計を助けるため・・・どう考えてもムリがあるだろ・・・。
働かなきゃ負けかな、と思った・・・って何を変な電波を受信しているのだ、俺は。

いっそのこと本当のことを言ってしまおうか?
事情が事情だけに流石のハルヒも断れないだろう、そう思ったが、
やはり谷口の気持ちを考えると安易に話すことは出来ない。
なぜなら谷口は俺達を友人として信頼して、自らの苦しい胸の内を告白したのだ。
もし俺がペラペラ言いふらしちまうようなら、それは谷口の信頼を裏切ることになる。
勿論、ハルヒのことも朝比奈さんのことも長門のことも古泉のことも、信頼はしている。
しかしソレとコレとは話が別だ。やはり話すわけにはいかない・・・。
どうしたものか・・・と悩んでいると・・・

「何よキョン。さっきからウンウン唸って。何か言いたいことでもあるの?」
ハルヒが俺の顔を覗き込んでくる。
「確かに・・・今日のキョンくん何かヘンですよ?」
朝比奈さんまでそれに乗じてくる。
「もしかして・・・何か変なものでも食べました?」
五月蝿い、古泉。俺はホームレスかっての。
「・・・恋の悩み?」
長門がボソッと呟く。惜しいな、長門よ。半分正解で半分はずれだ。

「まったく!シャキッとしないわね!SOS団の団員がそんなことじゃ困るわよ?
 とりあえず・・・午後の組み分けのくじ引きをしましょ」
ハルヒはそう言うと、割り箸を適当に5本取り出し、シャッフルし始めた。
マズイ・・・ここを逃すとまた問題は先送りになってしまう。
ええーい、こうなったら当たって砕けろだ!

「じ、実はだな、ハルヒ・・・俺、来週からアル――」
『ピンポーン ピンポーン』
言いかけたところで、来客を告げるチャイムが店内に鳴り響く。
俺達の座っていた席は入り口に近かったためか、その音はよく聞こえた。
ウェイトレスが入り口に向かって小走りで駆けていく。
俺の視界が、入ってくる来客を捉えた。
客は・・・3人組の女性だった。
パッと見、若い雰囲気だ。俺達と同い年くらいだろう。

ん?

俺はよくよく目を凝らして、その3人組を見つめる。
「おや?どうしたんですか?」
何かを言いかけてやめたと思ったら、急にあさっての方向を見だした俺を、隣に座る古泉が不審がる。
しかし、俺にはもうその声さえ耳に届いていなかった。

店に入ってきた3人組は――
誰あろう――
あの時の合コンの相手――
平野さんに――
千原さんに――
そして――

――後藤さんだった。

俺は背筋が凍る思いがした。
谷口の想い人にして彼女である後藤さんを含めた、この前の3人組が、
あろうことか俺達がいるファミレスに入店してきたのだ・・・。
何てタイミングの悪い偶然だろう。

3人は、ウェイトレスの女性に真っ直ぐ席に案内されていた。
どうやら俺がいることには気付かれてないらしい。
少しホッとした。
しかし・・・。
俺は3人組の、特に後藤さんをまじまじと遠目からに見つめていた。
まさか・・・あの子がそんな重い病気にかかってるなんて・・・、
そんな風には全く見えないんだがな・・・。

そして何と、後藤さん達3人組は俺達の座っている席から2つほど離れたテーブルに腰を下ろしていた。
オイオイ・・・いくらなんでも近すぎだろう・・・!と思ったが、
俺達と彼女達の間にもお客さんが座っている。
しかもどこかの高校の男子バスケ部か何かの連中らしく、皆背が高い。
そんな彼等が防壁になってくれたおかげで、彼女達から俺達の席は完全な死角になっている。

よかった・・・。
正直いまあの子達・・・特に後藤さんと顔を合わせても、何を話すべきか全くわからない。
むしろ後藤さんの顔を見た瞬間、あの苦悶と切なさに歪んだ谷口の顔を思い出してしまうだろう。
しかし、離れているとはいえ、おそらく声は筒抜けだ。
俺はなるべく静かに、多くを語らずにすると同時に、
さっさと目立たずに店から出るよう、皆を、特にハルヒを促すべきだ、と感じた。

「ちょっとキョン!何か言いかけたと思ったら、急に慌て始めたりしちゃって。
 ホントに今日のアンタおかしいわよ?」
どうやらハルヒは後藤さん達が入ってきたことには気付いてないらしい。
コイツは一応あの3人組の顔を知ってるからな。気付いて騒ぎ始めたら厄介だ。
あとハルヒよ・・・もっとボリューム落とせ・・・。

「いや、何でもない。それよりもう十分腹ごしらえも済んだろ?
 さっさと出ようぜ?」
俺はさも何の動揺もしていないかのように、声を抑え、ハルヒに呼びかけた。
しかし、
「まだ、くじ引きしてないじゃない!それにこの後デザートにパフェ頼もうと思ってたんだから。
 ね?みくるちゃん、有希?ああ、勿論アンタの奢りよね?」
同意を求められた朝比奈さんと長門は同時にコクコクと首肯する。
オイオイ・・・マジかよ・・・。勿論この愚痴はいつの間にか奢りになっていることに対してではない。
「ああ、あと僕もデザートを何か頼もうと思ってたんですよね。プリンなんかどうです?
 美味しそうですよ?よかったら一緒に頼みませんか?」
お前もか・・・古泉。まさかわかって言ってないか?

ここでまた変に慌ててもマズイ。ハルヒが騒ぎ出すだろう。
こうなったら出来るだけ己の存在を消し、時が経つのを待つしかない。
俺は心持ち、身をかがめた。幸いなことに向こうの席からは俺の背中しか見えないはずだ。
上手くやれば気付かれはしないだろう・・・。

ハルヒはウェイトレスを呼びつけ、パフェ3つにプリン1つを注文している。
俺は頼まないのかって?そんな気分でも状況でもない。
俺は時計を見る。クソッ、いつになく時間が経つのが遅く感じられる・・・。

今の俺はまさに崖っぷちだ。あと半歩でも下がれば海の藻屑だ。
はしゃぐハルヒ達とは対照的に、俺はこめかみに銃剣を突きつけられた捕虜のように固まっていた。
と、その時、俺のケータイがけたたましい着信音を響かせる。
こんな時に・・・出ていられないな・・・。俺はとりあえずシカトすることにした。
「ケータイ鳴ってますよ?」
古泉の忠告も無視だ。
・・・しかし、その着信は途切れることはない。
いつまで鳴ってるんだよ・・・と思い、俺はディスプレイを覗きこんだ。
発信者は国木田だった。
コイツが電話をかけてくることはそんなに多くないが・・・ここまでしつこいのは・・・。
俺は嫌な予感がした。国木田ほどじゃないが最近の俺は危険予測能力が鍛えられているらしい。
「もしもし」
俺は出来るだけ身も声も潜め、その電話に出た。

『キョン?やっと出てくれたね!大変なことになったよ!』
珍しい。あのいつも冷静沈着な国木田が、ここまで慌てているなんて。
「・・・何だ?こっちもそれなりに緊急事態なんだ・・・。用件があるなら早く・・・」

『谷口が・・・フラれたらしいんだ!!』

は?

国木田は今何て言った?
タニグチガフラレタ?どこの言葉だそれ?
後に古泉はその時の俺の様子を回想して、
「人間、本当に驚くようなことがあると、口では表現し得ないような表情になるものなんですね。
 あの時のあなたは・・・傍から見ていても異常でしたよ」
と語った。

「谷口が・・・フラれただ?・・・それって・・・あの・・・」
『そうだよ、後藤さんに、だ』
国木田は死刑宣告を告げる裁判官のような、冷たくハッキリとした口調で言い切った。
「・・・って・・・一体・・・どうして・・・」
俺は何とか言葉を搾り出す。
隣に座る古泉は勿論のこと、ハルヒも朝比奈さんも、長門までもが、
あまりの驚愕に絶句する俺を見て、いぶかしむ視線を向けている。

『それが僕にもわからないんだ・・・。さっき急に谷口から電話がかかってきてさ・・・
 谷口も大泣きして混乱してたみたいだからよく要領を掴めなかったんだけど・・・』
「そう・・・なのか・・・」
当事者である谷口の口から出たことであるなら、間違いや嘘である可能性は・・・低い。
『とにかくそういうことらしい。正直言って僕も今状況が掴めなくって混乱してるよ。
 とりあえずもう1回谷口に電話して詳しい話を聞いてみるよ。
 キョンも、もし谷口から連絡とかあったら教えて欲しい』
「・・・わかった」
国木田はそこで電話を切った。

俺は今度こそ言葉を失った。
薄ら冷たい脂汗が首筋から腹へとつたっていくのがわかる。
まさか・・・谷口がよりによってフラれるなんて・・・。
しかもよりによって・・・こんな時に・・・。
どうして・・・。

そして俺は、恐る恐ると、背後へ振り返る。
そこには・・・谷口をフッた・・・張本人が・・・。

さっきから俺はあの3人組に存在がバレないよう、こそこそ気配を消すことに終始していた。
だから気付かなかったのだろう。
彼女達3人が・・・思いのほか『楽しげに』談笑していた、という事実に。
そしてその談笑の輪の中心には・・・かの後藤さんがいたことに。

俺は耳を澄ます。
ガヤガヤとした昼時の喧騒に包まれたファミレスのフロア内でも、
彼女達の喋り声はよく聞こえた。

「そういえば由布子、『アッチ』の方はどうなったのよ~」
「え~?『アッチ』って?何のこと?」
平野さんが後藤さんに尋ねる。
あれ?後藤さんってあんな喋り方する人だったか?
もっとお嬢サマっぽい丁寧語を操っていた気がするんだが・・・。

「ほら、あの~、何て言ったっけ?例の合コンの時の・・・」
『合コンの時』・・・平野さんのその言葉に、俺はビクっとした。
「あー、確か谷口クン、だっけ?」
千原さんの口から出るその名前。
「あーそうそう、そういえば由布子そろそろ1ヶ月でしょ。ご苦労様!」
益々意味がわからない・・・。彼女達は何の話をしているんだ?
『そろそろ1ヵ月』って・・・もしかして谷口と後藤さんのお付き合いがか?
しかしその関係は・・・終わったはずだ。
後藤さん以外の2人はその事実を知らないのであろうか?

そして、全ての真相を暴く言葉が、後藤さんの口から発された。
「ご苦労様じゃないわよ、ホントに。
 いくら『罰ゲーム』だからってあんな冴えない男と1ヵ月も付き合うだなんて、
 ホント疲れたわ」
余りにも残酷な、その言葉が。

おおよそお嬢サマらしくない投げやりな口調は、今時の女子高生によくあるソレだ。
しかし、今聞こえた単語『罰ゲーム』ってのは一体?

「仕方ないでしょ。私達の中でテストの点数が一番低かった子が、
 『テキトーな男を騙して、1ヶ月間付き合う』っていう罰ゲーム。
 最初に言い出したのは由布子じゃない」
「だからって亜矢もさ、あそこまで冴えない男捕まえる必要なかったんじゃないの?」
「まあ、たまたま道を歩いてたところを捕まえただけだしね。それは勘弁してよ」
後藤さんが平野さんのことを非難しているようだ。

「でさー、結局どうしたの?」
千原さんがアイスコーヒーのストローを弄びながら、更に尋ねる。
「ああ、電話してさっきフったわよ。当たり前じゃない」
後藤さんが機械的に答える。
「うっそー!ひっどー!」
「もう1ヵ月経ったんだからいいじゃない。罰ゲーム終了、よ」

あたかも散在していた点がひとつの線に結ばれたかのように、
俺はここでだいだいの事の成り行きを把握した。
いや、把握してしまったと言う方が正しいだろう。
『罰ゲーム』
その単語が全てを表している。
後藤さんが谷口と付き合っていたのは自らの意志じゃない。
平野さんと千原さんに強要された罰ゲーム、その一環でしかなかったというのだ。

俺は背筋だけでなく、目の奥のほうまでスーッと凍えるかのような錯覚を覚えた。
そんな俺の表情を見て、古泉は目をむき、朝比奈さんは小さく震え、長門はパフェを穿る手を止めていた。
「ん?キョン、奥歯に物が詰まったような顔しちゃって。どうかしたの?」
ハルヒだけが俺に声をかけることが出来た。

そこからは彼女達の会話が更によく聞こえた。
神経が研ぎ澄まされていたのかもしれない。

「ふーん、それにしても由布子はやっぱり演技派だね。
 あんなに完璧に『お嬢サマ』キャラを演じきっちゃうなんて。
 合コンの時の3人もすっかり騙されてたよね~」
千原さんが感心する。
「あーら、私の家がお金持ちっていうのは本当だし、あながち間違っていませんでしてよ?」
後藤さんがいつかのお嬢サマらしいおしとやかな声を出す。
「やっぱりウマイじゃない。あの谷口とかいう馬鹿もすっかり騙されたって寸法ね」
平野さんも感心しきりだ。

「そういえば演技してたのは口調だけじゃないんでしょ?」
千原さんが思い出したように尋ねる。
「そうね、ありとあらゆるウソをついたけど、あの男、相当ご機嫌なアタマしてるわね。
 ぜーんぶ信じちゃったわよ」
そういってけらけらと笑う後藤さん。そして、

「この前もね、『私は重度の心臓の病に冒されているの』ってウソついたらさ。
 こーんな顔面真っ青にして、しまいには泣き出してさ~。キモかったわよ」
「きんもー☆」
「それで?」

「なんかさ、治療代のためにバイト始めたとかいってさ、毎日お金持ってきてくれるようになったわよ。
 バカみたいよね。私の家はお金持ちなのにね。まあ、もちろん遊ぶお金に使わせてもらってるけど」
「キャハハー」
「必死ー」

「あんな男が私と付き合うだなんて10年早いわよ」
「むしろ100万年?」
「男はやっぱり顔だしね~。その点あの男は0点!」
「同じ北高ならやっぱあの古泉君ぐらいイケメンじゃないと」
「そういえば合コンの時の他の2人は?確か国木田っていう人とキョンってあだ名の人」
「あー国木田君はまあ可愛かったけど、私ショタコンじゃないしねー」
「あのキョンとか言うあだ名の男は・・・特に印象なし?」
「どこにでもいる男って感じだったよね」
「少年Aみたいな?」
「そうそう、そんなの~」
「とにかくあの谷口って男、アイツはナシよね」
「その男と私をイヤイヤくっつけたのはどこのどいつよ」
「まあまあいいじゃん、もうフったんだし」
「まあね。しかしあの男、ホントキモかったわ。
 自分の顔しっかり鏡で見なさいっていうの」
「キャハハー」
「きんもー☆」

俺はいつのまにかスッと席を立っていた。
「どうしたんです?」
俺を見上げる古泉。
「キョンくん、怒ってます?」
恐る恐る尋ねる朝比奈さん。
「トイレ?」
微妙に的外れな長門。
「いきなりどうしたのよ?ホントに今日のアンタはまるで夢遊病患者ね」
そう言って呆れるハルヒ。
もう全部耳に入ってなかった。

俺はつかつかと席を離れ、歩いていく。
「ちょ、ちょっとキョン・・・!」
ハルヒの声も耳に入らない。

歩きつく先は、俺達の席から少し離れたところ、
女子高生3人組が仲睦まじく談笑するテーブル。
俺はその前に仁王立ちする。そして、

「こんにちは」

その挨拶に最初に気付いたのは平野さんだった。

「あれ?えーっと・・・あなたは?」
「その節はどうも」
「あ、あー、キョン君でしょ?この前の合コンの!」
平野さんはやっと気付いたらしい。
あとの2人も気付いたのか、互いに顔を見合わせている。

俺はその質問には答えず、自分の話を進める。
「実は今日は大事な話があるんだ」
「大事な話・・・?」
千原さんが首をかしげている。

「実は、俺、後藤さん、あなたのことが好きになってしまったみたいなんです」

「え?」
戸惑う後藤さん。

「あなたが俺の友達・・・谷口と付き合ってるのは知っています。でもそんなのどうでもいいです。
 俺は本気だ・・・だから、どうか付き合ってください」

「え・・・そんな・・・困ります・・・」
もじもじといかにも優柔不断なお嬢サマという感じで戸惑う後藤さん。
「ヒュー!コレは略奪愛ってヤツね、由布子やっるー」
平野さんが嬉しそうに煽っている。

「そんな俺の本気の気持ちを表すために・・・今日はとっておきのプレゼントも用意してあるんですよ」

「え?」
「プレゼントだって~、キョン君って見かけによらずアツイね~」
「何だろうね~?もしかして指輪とかだったりして~」
戸惑う後藤さんとはしゃぎたてるその他2人。

「え・・・でもそんなプレゼントなんて私・・・受け取れません」
丁寧にしゃなりしゃなりと答える後藤さん。
でももうそろそろいいだろう。

「そんなこと言わずにさ、まあ受け取りなよ」


「え・・・」
声をあげる後藤さん。もう遅いよ。

ベチャッッ!!

鈍い音が響く。

俺は彼女達のテーブルに置かれていた――
それはそれは美味しそうなストロベリーパフェを――
後藤さんの頭上から――
思い切りぶちまけたのだ。

平野さんや千原さんは口をあんぐり開けて、その一部始終を見守っていた。
ぶちまけられた本人は何をされたのかまだわからない、というような表情だ。

「まだあるんだ」

そして俺は続けざまに、テーブルの上に置かれたグラスを手に取る。

ジャーーーーーーーーーー・・・・

そして、グラスの中のアイスコーヒーを思いっきり頭の上からぶっかけた。

ふと見ると、そんな俺のとっぴな行動に目をむく、
ハルヒはじめ――SOS団のメンツの姿が見える。

ポタポタと後藤さんの髪の毛から滴り落ちるアイスコーヒー。
随分と高そうなお召し物はパフェのクリームでグチャグチャだ。

後藤さんはやっと自分の有様に気付いたようだ。
べチャべチャの頭、グチャグチャの服、それらをやっと認識したのか、
プルプルと震えだした。
垂れ下がった前髪のせいか、その表情はよく伺えない。
と、キッと俺の方を睨んだかと思うと・・・

「いきなり何すんのよっ!!」

と、店中に響きそうな大声で叫んだ。
ああ、やっとアンタも地が出たな。

俺は彼女を睨み返し、冷たく無機質な声で言い放つ。

「五月蝿い。もう2度と俺達の・・・谷口の前に姿を現すな」

自分でもこの時どれだけ怖い顔をしていたのか、わからない。
ただ腹の中も頭の中も煮えくり返ったマグマのようにグツグツと熱かった、それだけは確かだ。

唖然とする平野さんと千原さん、今にも飛び掛ってこんとする後藤さんを尻目に、
俺は落ち着き払った仕草でポケットから財布を取り出す。
そしてその中に入っていた全財産である諭吉1枚を取り出し、テーブルに置く。

「パフェ代とアイスコーヒー代、あとクリーニング代だ」

もしかしたら足りなかったのかもな。あんな高そうな服だし。
そんなことはどうでもよかった俺は、彼女達のテーブルに背を向けた。

その足で俺は自分のテーブルに戻る。
こっちでも同じく、皆唖然とした表情で俺を見ている。

「ちょっとキョン・・・アンタ・・・」
最初に口を開いたのはハルヒ。何を言うべきかわからないという表情だ。
それ以前に全員がこの状況自体を把握していないのかもしれない。
もしかしたら長門あたりはお見通しだったのかもしれないな。
なんせ、すぐに自分のパフェをすくっては、何事もなかったように口に運んでたし。

「俺・・・今日は帰るわ。
 ああ、あと俺今日はもう無一文なんだ。奢るどころか自分の食った分の金すらない。
 ハルヒ、悪いけど今日の分は立て替えておいてくれないか?
 明日ちゃんと返すから、さ」

「・・・ってキョン!ちょっと待ちな・・・!」

ハルヒの言葉が最後まで聞こえることはなかった。
こうして俺はファミレスを後にした。


ファミレスを出て数分、どこへ向かうでもなくフラフラと歩いていた俺のケータイに着信が入る。
国木田からだ。
「もしもし」
『キョン!?また緊急事態だよ!谷口と連絡がつかないんだ!』
「・・・マジか」
『さっきから何回も電話しても出なくて・・・メールも返信ないし・・・、
 心配になって自宅にまで電話したんだ。そしたら谷口のお母さんが言うには、
 アイツ昨日から家に帰ってないって・・・』
「・・・マズイな」

『もしかしたらヘンな気でも起こしたのかもしれない・・・って悪い予感がするんだ』
「よし、手分けして谷口のことを探そう。見つけたらすぐに連絡くれ」
『わかったよ!』
電話は切れた。

谷口はおおよそこの世の男性が経験するだろう中で、最悪のフラれ方をしたはずだ。
しかもあれだけ惚れ込んでいた相手・・・ときている。

『俺、マジであの子のこと・・・好きになっちまったみてえだ』

『俺・・・あの子に・・・由布子チャンに・・・告白するぜ』

『実は・・・彼女・・・重い病気を患ってるらしいんだ・・・』

『彼女が重い病気にかかってるんだ。俺は医者じゃないし治すことは出来ない。
 だとしたら・・・俺に出来ることはひとつだろう?』

『由布子チャンに惚れ込んで・・・初めて付き合った中学生みたいに
 はしゃいで・・・しまいにはこんなボロボロになってまであの子ために・・・なんてな。
 ハハハ・・・つい最近まで一番ダルいと思ってたクソ真面目な恋に、ハマッっちまってるなんてな』

谷口の台詞、真剣な表情、痛々しいまでに彼女に尽くすの姿――
そんな記憶が俺の脳裏に次々と蘇ってくる。

「チクショウッ!」

俺は走り出した。
どこにいるとも知れない、自らの想いをどこまでも貫き通した立派な友人を探して。

街中を走り回る俺に着信が入る。国木田だ!
「見つかったか!?」
『学校だよ!さっきクラスメートの阪中さんが犬の散歩してるところに出会ってね。 
 聞いたらトボトボと肩を落として学校の方へ歩いていく谷口を見かけたらしいんだ』
「よし!わかった!すぐに俺も学校に向かう!」
『うん、僕もすぐ行くよ!校門でいったん合流しよう!』

俺は走る――学校を目指して。
普段はゼーハー言いながら上っている長い坂も息1つ入れず駆け上がる!

校門の前にはちょうど同じタイミングで国木田がやってきていた。
「とりあえず校舎の中を探してみよう!」
「ああ!」

俺達は改めて手分けをして校舎内を探し回る。
土曜日の学校はグラウンドには練習に励む運動部の連中がチラホラいるが、
基本的に校舎内に人はいない。もし谷口が校舎内のどこかにいればすぐにわかるはずだ!
加えて、部室棟までくまなく探す。
しかしどこを探しても谷口の姿は見つからない。

「ハァハァ・・・いたか?」
俺は絶え絶えになる息を抑えて、再び合流した国木田に尋ねる。
「いや・・・見つからないみたいだ・・・」
緊迫した表情の国木田。
「あと探してないのは・・・」
「そうだな・・・屋上か・・・」

俺達は屋上目指して階段を駆け上がる。
今日が休日でなかったならば、これだけの爆走は即座に教師の注意を受けることであろう。
しかしそんなことはどうでもいい。
国木田の言う『嫌な予感』+想い人にフラれて傷心の谷口+屋上=・・・。
ここまで出揃ってしまったキーワードとその不吉な予感に突き動かされない人間なんていないだろう。

見えた!屋上の扉だ!
バタン!!と、扉を蹴り破らんかという勢いで俺は扉を開く。
いた!あの後姿は谷口だ!

谷口は屋上のフェンスの前に立ち尽くし、肩を落としている。
その後姿は遠めに見ても、寂しく、悲しい。

「チクショウ!」
俺と国木田は咄嗟に駆け出す。

「谷口!早まるなっ!!」
「キョン!ちょっと待って!」
国木田の忠告も聞こえないまま、俺は谷口に飛び掛り、渾身の力でダイビングタックルをかます。
もつれ合い倒れこむ俺と谷口。

俺は恐る恐る下敷きなっている谷口の表情を伺う。
しかし、その顔には――表情と呼べるものは1つも浮かんでいない・・・。

「・・・ったくいってーな。何すんだよいきなり・・・」
谷口はようやく言葉を発してくれた。しかしその声色に、いつもの明るさは全くない。

「・・・いてて・・・。いきなりダイビングタックルかましてくるなんて・・・、
 キョン、お前どうかしてんじゃねえの・・・?」
そう言いながらのっそりと上半身を起き上がらせる谷口。

「谷口・・・オマエ・・・」
「・・・もしかして国木田から聞いたのか?」
「ああ・・・」
「そうか・・・って別に自殺なんかしようだなんて思っちゃいねーよ」
俺はその言葉を聞き、やっと腕に入っていた力を緩めることが出来た。

俺は何も言わず、谷口を見つめた。谷口はそんな俺から視線をそらし、
「ああ、そうだよ・・・見事にフラれたよ。由布子チャンに・・・。
 『もうあなたとはお付き合いできません』って・・・それで終わりさ」
と、遠く虚空を見つめて語る。
「でも・・・病気のことは・・・?」
国木田が尋ねる。そうか、この2人はさっきのファミレスでの一部始終を知らないからな・・・。
「『それはこっちの問題だからもう首を突っ込まないでくれ』だってさ・・・」
「そんな・・・」

俺は谷口に、あのファミレスでの一部始終を、事の真相を話すべきか悩んだ。
しかし、次に俺の視界に入ったものがそんな思考すら奪い去ってしまった。

それは――谷口の涙。

「ヂ、ヂクショウ・・・情けねえよなあ・・・俺」
鼻水の混ざった涙を流しながら、屋上のフェンスにしがみつく谷口。
「それでも・・・それでも・・・好きだったんだから・・・
 仕方ねえーじゃねーかよな・・・グソ・・・」

もはや言葉にならなくなってきた谷口。
こんな姿を見せられたら・・・真相なんてとても話せたモンじゃない。

「ヂクショウ・・・ヂクショウ・・・好きだったんだよ・・・
 あの子のことが・・・由布子チャンのことが・・・」
こんな谷口に俺は一体何をしてやれるのか。
考えたところで出来ることなど結局1つしかない。

「オマエはスゲエ。やっぱりスゲエよ。俺みたいなヘタレじゃとてもそこまで出来ない。
 1人の女性をそこまで想うなんて・・・俺には出来ないよ・・・」
自然とそんな言葉が口をついて出た。

「そうだよ。谷口は情けなくなんかない。僕が保証するよ」
国木田も俺に続く。
「ああ、そうだな。オマエのことを『情けない』なんて言うヤツには・・・
 ストロベリーパフェとアイスコーヒーを頭からブチまけてやるさ・・・」
ついさっきマジでやってきたしな。

「キョン・・・国木田・・・」
谷口は俺達の顔を交互に見回す。
「うううう・・・・オマエ等・・・」
涙腺が完全に切れてしまったのだろう。またも一気に泣き崩れる谷口。
「うううう・・・ありがとう・・・ありがとう・・・でも俺・・・」
段々小さくなる谷口の呟き、そして・・・

「やっぱり・・・やっぱり・・・好きだったんだよっーーーーー!!」

一気に音量を増した叫び声を・・・青い青い空に向かって吐き出した。

擦り切れるまで、中身がカラッポになるまで、己の激情を吐き出した谷口。
そんな蹲って泣き続ける友人の肩を、俺は叩いた。

「・・・今日は呑むか」
「・・・へ?」
俺の急な提案にマヌケな声をあげる谷口。
「うん。そうだね!呑もう、呑もう!今日は無礼講だよ!」
あの国木田まで乗り気だ。
「オマエ等・・・」

「勿論、俺の奢りだぞ」
俺は胸をはって言い放つ。
「おおー、キョン太っ腹!勿論場所はキョンの部屋でいいよね?」
これまたノリノリの国木田。
あ・・・待てよ・・・俺全財産をあのファミレスで・・・。
「と、思ったけど・・・俺今日一文無しだ・・・」
今更気付くなんてバカじゃないだろうか・・・。
「なんだよ~キョン、仕方ないな~。
 じゃあ今日は僕が出すよ。ちょうどバイト代も入ったところだしね」
そういってウィンクする国木田。
そんな俺達を尻目に、谷口はキョトントしている。

「谷口よ、今夜は気の済むまで呑め、そして泣け。
 いくらでも付き合ってやるからな」
「そうだね。もういくらでも呑んでよ!」

結局その日の夜は、俺の部屋での大宴会と相まった。
谷口はこれでもかというほど酔っ払い、泣きに泣いた。
そうだよな。あれだけ惚れていたんだ。今すぐ気持ちの整理をつけろって言うのも無理な話かもしれない。
しかし、酔いまくって戻すだけ戻して(勿論後片付けは俺と国木田)テーブルに突っ伏して眠ってしまった谷口、
その背中は寂しく、悲しくもあったが、それ以上に俺には輝いて見えた。
何て言うのかな、一皮向けたって言うのか?

とにもかくにも俺の目にはそんな谷口の背中がどうしようもなく大きなものに映った。
正直この恋の結末は最悪だ。
これ以上ないってくらいトホホな結末だ。
でもな、俺は今では谷口、オマエを心から尊敬しているぞ。
友人として、男として、な。

いつの間にか国木田も寝てしまった。
俺は独り、酒臭い部屋でベットにもたれかかる。
ふと、いつかラジオから聞こえてきたブルースの音色を思い出す。
悲しいメロディーのはずが、今日ばっかりは不思議とそう聴こえなかった。

When the train left the station (電車が駅を出発した)
It had two lights on behind (ふたつの光を残して)
Yeah, when the train left the station (電車が駅を出発した)
It had two lights on behind (ふたつの光を残して)

Whoa, the blue light was my baby (青い光は彼女のもの)
And the red light was my mind (赤い光は俺の心)

All my love was in vain (俺の愛は無駄だったのさ)
All my love's in vain (俺の愛は無駄だったのさ)
~♪

『love in vain(むなしき愛)』か。
確かにむなしい結果に終わってしまったのかもしれない。
しかし、谷口はこの恋を糧に、きっと成長することだろう。
アイツの言葉で言えば、『オトナの階段を1歩上る』ってヤツか?
これは俺も負けていられないな・・・。

アルコールの回った頭でそんなことを考える。
ふと、ぐっすり眠る谷口に視線を向ける。

「ンンン・・・好きだったんだよ~・・・ムニャムニャ・・・」

どうやら夢にまで見ているらしい。
俺はそんな谷口の背中に適当に引っ張ってきた毛布をかけ、

「ホントにオマエはスゲエ。俺の自慢の『親友』さ」

そう、返事のないであろう呟きをしてみせた。

いやいやしかし・・・これは明日は絶対二日酔いだな・・・。
ああ・・・そういやハルヒ達には今日のことなんて説明したもんだろうか・・・。
絶対怒るだろうな・・・ハルヒ・・・。
まあいいか・・・明日考えれば・・・。
やがて俺は意識を手放していた。

月明かりが俺達を照らす。
俺も国木田も、そして谷口も――そんな優しい月に見守られながら、
スヤスヤと深い眠りに落ちるのであった。


―――FIN―――

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最終更新:2020年05月17日 18:28