「じゃ、また明日なー」

「おう。またなー」
「またやろうぜー」

別れの言葉を発し、俺達は友人の家を出た。
つるみ始めてからまだ1~2ヶ月ほどだが、なかなか気のいい奴らだ。
やはりスマブラは最高のパーティーゲームだと思う。
これさえあれば、大抵の奴と打ち解けることが出来る。

「PKサンダーの体当たりって強すぎねぇ?」
「あんなの、普通はそう簡単に当たんねぇよ」
「確かにそうなんだけどな。『無理矢理当てさせる』奴がいるからなー」
ああ、俺はそういうの大好きだよ。
他人の力を使って自分の利益にする、策士っぽい作戦がな。
「お前らしいわ」
褒め言葉だ。


「またなー」
「おう、またー」

交差点で、最後の友人と別れる。
俺の家は、ここからチャリで5分ほど。
腕時計で時間を確認。6時52分。
家に帰って、庭で20分ほど素振りしたら、ちょうど飯の時間ってとこか。
さ、今日の晩飯はなんだろうな。いい感じに腹が減ってるから楽しみだ。

「ふー、いい湯だったー」

ちょっとジジ臭い言葉を吐きつつ、俺は自分の部屋でごろんと横になる。
そのまま3分ほど横になってから起き上がり、俺は机の上の本を広げた。

昨日から読み始めた、ぶ厚いSF小説。
やっぱりタイムトラベルものは熱いと思う。
今日の授業中も、この本のことで頭がいっぱいだった。
主人公は、未来からやってきたという女性と共に過去に跳ぶ。
未来を正しい方向へと導くための『規定事項』を守るため、
おつかいとも言える、謎の行動をとらされる主人公。
その行動を邪魔しようとする、女曰く『規定事項を破ろうとする組織』。
俺が思うに、この未来から来た女の方が、実は悪者だと推測しているのだが…
さて、真相は如何に。

目を開けると、そこには灰色の空が広がっていた。

辺りを見回すと、なんだこりゃ、何で俺は外にいるんだ?
しかも俺が寝てるここは、横断歩道のど真ん中だ。
そもそも、街中のくせに車1台通ってないのはどういうことだ?

…はて。これはこれは。
何というか、ミステリの匂いがするな。俺の得意分野だ。

ミステリの鉄則。まずは情報を収集し、整理すること。
まずは、俺の最新の記憶を取り出してみよう。

今日(?)の夜、俺は読んでいたSF小説を3分の2ほど読んだところで時計を見て、
もうそろそろ寝なくてはいけない時間であることに気づいた。
それから洗面所で歯を磨き、明日の授業で使う、教科書ノート資料集をかばんに詰め込んだ。
最後に部屋の電気を消し、自分のベッドにダイブ。就寝。
それから、トイレに起きた記憶も無ければ、外に出た記憶も無い。

なら簡単なことだ。これは夢だ。

俺が実は夢遊病患者で、自分でも知らない内にここまで歩いてきた可能性も考えたが、
そもそも、この周囲の状況はおかしすぎる。
空は灰色だし、建物や標識などの物体も、薄く灰色がかっているように見える。
イメージとしては、そう、時が止まっているような、そんな感じ。
何というか、現実感が全くない。
そのわりには、道路に触れている皮膚の感覚なんかがリアルすぎる気もするが…

「※●×○×※?」
「―――っ!」

なんだなんだ。
今、頭の中で何か響いたぞ。

「―――聞こえる?」

声が聞こえる。
いや、聞こえると言うと語弊がある。
これは、頭の中に、直接響いている。
鉄琴のようなイメージ。女、か?

「―――聞こえているなら返事をして。」

どうやって。

「―――あ、返事っていっても分からないのかな?
―――ええと、頭の中で、考えるだけでいいの。
―――ただ、私に『伝える』イメージが必要。
―――どう?聞こえてる?返事できる?」

ああ、聞こえてる。

「―――あ、よかったぁー。ちゃんと通じてた。今、どこにいるの?」

…横断歩道の真ん中だよ。

「―――それじゃわかんないよ。もっと目印になりそうなものとかないの?」

俺は辺りを見回す。
…今気づいた。よく見たらここは、駅前のすぐ近くの通りじゃないか。

…ええと、××駅は分かるか?

「―――うん。分かるよ。ていうか、今その駅の中にいる」

じゃあ、東口から出て、正面にある道路を左に進んでくれ。
で、1個目の交差点で右に曲がれば俺がいる。

「―――りょうかいしましたー。急いでいくね」

りょうかいしたらしい。
んでもって、急いでくるらしい。

しかし、ここまではっきりとした夢は初めてだ。
普段は、もっとモヤっとした感じというか、ここまでの現実感はない。
これはあれか、俺がまだ小学校の頃に、

『自分でゆめをあやつってやりたいほうだいするんだ!』

って色々と努力した結果が、ようやく実を結んだんだろうか。
しかし、こんなわけ分からん状況は望んだつもりはないんだがな…
深層心理、ってやつか?それなら何が起こるか分からんしな。

…まあいい。
よく分からんが、さっきの奴も、悪い奴ではなさそうだ。
ただ待ってるだけってのも暇だし、俺も交差点まで行ってやるか。

交差点まであと10メートルというところで、交差点の角のパン屋の陰から、
人影が飛び出してくるのが見えた。
薄いピンクの服を着た小柄なシルエット、っつーかそれどう見てもパジャマだろ。
こちらに振り向く。

思った通り女。しかもなかなか可愛い。
年は、俺と同じくらいか?
子供っぽい顔つきをしている。

「いたいたー」

ぱたぱたと、俺に向かって駆けてくる。
俺は手を挙げ、極めてフレンドリーな笑顔を向ける。
やっぱり、可愛い子と接するときは、勝手ににこやかになってしまうもんだろう?
男として。

「こんにちはー、…あ、こんばんは、か」
「こんばんは」

別に、この昼か夜かも分からん状況で、そんなこと気にせんでいいだろうに。
口調からも察するに、どうやらこの女はすこしのんびりした性格らしい。

「ねえ、あなたはどういうことか分かる?この状況」

ああ、多分これは俺の夢ですよ。
って、俺の夢の登場人物にこういうのも何かアレだな。
この娘も、俺が作り出したものってことだしな。
ここはとりあえず、

「すいません。僕には、ちょっと分かりかねます」
「んー、そっかぁ。いったいどうなってるんだろうねぇ」

…数秒の沈黙。

「あ、そうだ。
ねえキミ、キミは何の能力を持ってるの?」


能力?何のことだ。
さっきのテレパシーと何か関係があるのか?

「えへへ、わたしの能力はテレパシー。さっきあなたと通信したでしょ?
この空間の中でしか使えないけど、任意の人と、頭の中で会話できる能力。
あなたは?」

あなたは?、って言われてもな。
残念ながら、今の俺には現実世界の俺と同じく、何の力もない。
どうやらこの娘にテレパシーが備わってるのは確かなようだし、
この夢の中だけでも良い、俺にもそんなファンタジー的能力があったら是非とも欲しいものだが、
今の俺には何の能力もない。俺には分かる。

………?
なんだろう。違和感が、ある。

「あのね、私は昨日ベットに入って寝たのは確かなんだけど、気がついたら駅でねっころがってたの。
暫くぼーっとしてたんだけど、突然、あなたが『来た』ことに気づいたのね。
そのとき、私にテレパシーが備わったことも、その使い方も、突然『知った』の。
そこで、あなたと通信をこころみたってわけ」

違和感の正体が分かった。

さっき俺は、『今の俺には何の能力もない。俺には分かる』
そう考えた。しかし、これはおかしい。

確かに、俺に何らかの能力があるということを示すことは出来ない。
しかし、能力がないということを示すことも出来ないのだ。
そうである以上、『何の能力もない』ことが分かる事はありえない。
しかし、さっきの俺は、今の俺に何の能力もないことが『分かった』。
理由はない。ただ、そう感じたのだ。
ある意味では、これも能力と言えるかもしれない。

「残念ながら、僕には何の能力もありません。僕には『分かり』ます。
…僕からも質問です。
あなたは、何故、自分にテレパシー能力が備わったと気づいたのですか?」

彼女は、んー、と少し悩んだあと、

「ごめん、上手く説明できないんだけど、唐突に気づいたの。
あたしはテレパシーが使える、って」

どうやら、俺の考えは正しかったようだ。
俺が、自分に能力がないことを理由もなく自覚したように、
彼女もまた、自分にテレパシーが備わっている事を、理由もなく自覚したのだ。

その時々の状況から、できるだけ情報を集めだし、それを元に推理をする。
うん、これこそミステリーの醍醐味だ。
夢の中でも推理を行うなんて、ミステリ好きとして、何だか誇らしい気分だ。

…ん?

「あ。また来た」

そう、来た。この空間に、人が来た。
一人…いや、また一人増えた。
まだ来る。もう一人来た。
全部で4人か。

「どうします?合流しますか?」
「うん、そうしよ。ちょっと声かけてみるね」

先ほど来た4人と通信してるらしい彼女を視姦しつつ、
俺は自分の考えを進めた。

とりあえず、これは俺の夢らしい。
どうしてこんな夢を見ているのかは知らん。
この先の展開がどうなるかも分からん。
ただ、何だか面白いことが待っている感じがひしひしとする。
本を読むたびに、妄想した世界。
現実では絶対に起こらない、ファンタジーな世界。
それも、夢の中なら容易に実現する。
さっき来た4人も、この娘のように、能力を持っているのだろうか。
今の俺に能力はないが、これから発現することはあるのだろうか。

―――正直、胸が、躍る。

「つうしんしゅーりょー」

俺は思考を中断し、彼女の次の言葉を待った。

「んっとね、この場所とは反対方向なんだけど、あの人達も駅の近くにいるんだって。
だから、とりあえず駅の中で待ち合わせってことしといたけど、いいよね?」
「ええ。かまいませんよ。…行きましょうか」

俺は、彼女と並んで駅への道を共にする。

「さっき来た4人。どんな感じの人でした?」
「んっとねー。ひとりは、高校生か大学生くらい?の女の人っぽい。
それと、20代くらい?の優しそうな感じの男の人と、
30か40くらい?の男の人と、
50歳くらい?のおじさんって感じの人。
みんないい人そうな感じ」

声だけでそこまで判断できますか。

「だいたいわかるよー」

そうですか。しかし、いい人そうなら安心ですね。
正直、こちらに危害を加えるような人達なら、逃げなければいけないところでしたし。

「あはは、そういえばそうだねー」

そんなことを話してる内に、もう駅はすぐそこだ。
―――と、

「あ、また来たね」

俺も感じた。数分前に新メンバー登場かと思ったら、
それに会う前にまたメンバー投入か。今度は何人だ?

「ん、と…7人かぁ。いっぱい来たなぁ」

全くだ。

「それじゃ、いまから通信するから、ちょっと待ってて」
「…いや。それはちょっと待ってくれ」
「?」

プレッシャーを感じる。
とても強大な、押しつぶされそうなプレッシャー。
例えるなら、ファンタジーでいうドラゴン。
倒さなくてはならない敵のような、感覚を、後ろに感じる。

俺は振り向く。

遠くに。
青い巨人が、見えた。

瞬間、俺は『分かった』。

これは夢なんかじゃないこと。
俺たちは、あの巨人を倒すために、ここに集められたこと。
俺たちには、その能力があること。
あの巨人は涼宮ハルヒという少女が生み出していること。
涼宮ハルヒは、世界を思う通りにする力があること。
あの巨人を倒さなければ、この世界と現実世界が入れ替わってしまうこと。

あれを倒さなければ、世界が滅んでしまうこと。


横にいる彼女を見る。
彼女も理解したようだ。
俺は彼女と同時に、光球に変身する。
ピンポン球くらいの、赤い球。
青い巨人に向かって、一直線に飛ぶ。

途中で、何個もの光球と合流した。
数を数えると、2、4、6、俺を含めて全部で13個か。
ここに来た人間は全員来てるようだな。
この人数がいれば倒せる。
きっと、倒せる。

攻撃方法はこうだ。
奴の身体に接近し、奴の身体に『爆薬』を仕掛けて行く。
あいつの振りまわす腕に当たらないように。
同じ所に、何度も、何度も『爆薬』を仕掛ける。
量が溜まったら、皆で一斉に発動させる。
あいつの身体をぶっ壊しまくって、奴が原型を留められなくなったらこっちの勝ち。

まずは、腕を切り落としてしまうのがセオリーか?
奴は、腕を振り回して、ばったんばったんと周りのビルを薙ぎ倒している。
いや、ばったんなんて可愛いもんじゃないな。
解体業者もびっくりの超パワーで、回りのものを薙ぎ倒して行く。
あれに当たったらどうなる事か。
怪我ですめば僥倖。運が悪ければ死ぬだろうな。

正直、なんでこんなことをやらなきゃならないんだ、とは思う。
しかし、このまま放っておくわけにはいかない。
世界の命運は、俺達にかかっているから。
俺たちにしか、出来ないことだから。
そう、涼宮ハルヒに決められたから。

青い巨人に接触するまであと約10秒。
俺は、全員に聞こえるように声を張り上げた。

「まず腕を落とそう!奴の攻撃手段を封じられる!」

「分かった」
「りょーかい」

次々と賛同の声が上がる。
良かった、ここで反対されたらどうしようかと思っていた。
チームワークは悪くなさそうだな。
俺は真っ先に巨人の腕に向かい、『爆薬』を仕掛ける。
次に、彼女が続く。
俺が『爆薬』を仕掛けた場所から寸分違わず、彼女も『爆薬』を仕掛ける。

それから3人が、俺達に続き、同じ場所に『爆薬』を仕掛けた。
残りの8人は、好き勝手飛び回っては『爆薬』を仕掛け回り、
すぐに爆破させ巨人の気を引かせている。

誰がいつの間に考えたか知らんが、いい作戦だな。
このミッションは、早くこいつを倒すことも重要だが、
それ以上にこちらがダメージを受けないことが重要となる。
だから、陽動の為のエンバーを多めに割いて置くべきだ。
これから先、何回もこいつらは出現する。
だから、戦闘の度に戦力が減ってしまっては困るのだ。

…こういう作戦は、俺が考えたかったんだけどな。
俺以上の策士が居たか。しゃーないな。
軍師役はそいつに譲るとしよう。

今は、
こいつを倒すことに専念する。


実際のところ、やっていることはわりと単純作業だった。
とにかく相手の振り回す腕に当たらないように気をつけながら、
腕に『爆薬』を仕掛けていくだけ。

どれくらい仕掛けたら良いのかは分からない。
しかし、もうかなりの時間この作業を続けている気がする。
そろそろ、爆破してしまっていいんじゃないか。
俺は声を張り上げる。

「そろそろ、やっちゃいませんか!?」
「うん、そだねー!」
「そろそろいいでしょう!」
「じゃ、今から10秒後に爆破しましょう!」

俺は10数えながら、最後の爆薬を仕掛けに行く。
勿論、相手の攻撃に気を配ることを忘れずに。

あの娘が秒数を叫んでいる。

「さーん!」

俺は既に、奴の腕からは離脱している。

「にー!」

この攻撃で、奴にかなりのダメージが与えられるはず。

「いーち!」

他の奴らも全員、奴の身体から離れている。

「ぜろー!」

爆破。


すぱ。

少々拍子抜けする音。
しかし、確実な、大きなダメージ。
奴の腕は切り落とされ、地面に落ち、光の粒となって蒸発する。

途端、奴は暴れだした。

今まで最初に出現した場所からほとんど動かなかったのに、
腕を切り落とされた痛みのためか、猛烈に暴れだす。
脚を大きく動かし、
奴も身体がでかいもんだから、
その1歩は思っていたよりも大きく、
振り回した片腕が、光球の一つに―――

あれは、あの娘―――

光球が、勢いよく地面に叩きつけられた。
変身が解かれ、人間の姿へと戻る。
ぐったりとした身体。

俺は何も考える事が出来ず、
気がつけば、彼女に向かって飛んでいた

彼女の元に向かいながら、呆然と考える。
あの左腕は、不自然な方向に曲がっていないか?
さっきから、ぴくりとも動かないのは何故だろうか。
目も開けないのは何故だろうか?

「おい!しっかりしろ!」

俺は声をかける。
彼女が、ゆっくりと目を開いた。

「……」

彼女は何も言葉を発しない。
いや、発せない、のか。

焦点のあっていない瞳。
それは、彼女の様態が如何に危険かを示していた。

落ち着け。

冷静になれ。

そう、俺はこれでも、策士キャラを自認している。
こういうときこそ、
一時の感情に惑わされず、
冷静に、
対処する。

彼女が重態なのはほぼ間違いないだろう。
意識がないわけではないようだが、かなり朦朧としている。
そもそも、あの速度でアスファルトに叩きつけられたんだ。
生きているだけでも僥倖といえるかもしれない。
全身に骨折、内臓破裂、脳に損傷等がある可能性が高い。
光球になってしまっては、この娘の身体を持ち上げることは出来ない。
ここは危険なのは分かっているが、下手に動かすことは出来ないし、
俺だけでは、人間1人を静かに移動させるのは不可能だ。

なら、
あいつを一刻も早く倒して、
現実世界に戻って、
彼女を、病院に連れて行く。

俺はここまでを3秒で考えると、再び巨人に向かって飛んだ。

「彼女が危ない。速攻でカタをつけよう!」
「わかった。なら、次は腰を狙うぞ」

その言葉を聞くより速く、俺は奴に向かって飛んだ。
既に片腕は切り落とされているから、腕に当たる確率は下がっている。
それでも、万が一にでも当たらないように。
アレに当たってしまえば、彼女が助かる確率は更に下がる。

そうだ、クールになれ俺。
感情的になってはいけない。
最優先事項を達成する為に、
俺は、全力を尽くす。

俺はひたすらに、奴の腰に爆薬を仕掛ける。
さっき一度爆破して分かった。
あれは爆薬の仕掛けすぎだ。
あれより、もっと少ない量で――あれの5分の1程度の量で――充分だ。
恐らく、あまりにも大きい衝撃が来たから、奴も暴れたんだろう。
さっき仕掛けた爆薬の量を、俺は大体覚えている。
そして、今、俺が仕掛けた爆薬で、ちょうどさっきの5分の1の量。

いける。

「爆破するぞ!」

「ごー!」

俺は叫ぶ。

「よん!」

できるだけ速く。

「さん!」

でも、あくまでも冷静に。

「にー!」

他の人達と、しっかり同タイミングで爆破できるように。

「いち!」

これで、

「ゼロ!」

終わりだ。

すぱ。

やはり少々間抜けな音と共に、奴の腰が斜めに切断される。
奴の上半身がずれ落ち、地面に接し、
下半身と共に、キラキラと光の粒になって蒸発する。


途端、重力が逆さまになったような感覚。
方向感覚が狂う。
俺はどこを向いているんだ。
上か?下か?横か?

背中に、柔らかい感触を感じる。
俺がいつも使っているベッドの感触。
じゃあ、今見えている壁は俺の部屋の天井か。
よく見ると、いつもの場所にあのシミがある。

ということはやはり、俺は家に戻ってきて、ベッドで寝ているらしい。

「!!!!!」

俺は跳ね起きる。
彼女はどうなった。
恐らくはさっきまで俺がしていたように、ベッドの上で寝そべっているのだろう。

あの身体で。

窓を見やる。
外が明るい。

時計を見る。
8時11分。

奴を倒した時間が、この時間だったのか。
それとも、奴を倒してから、俺は何時間か眠っていたのか。
それは分からない。そもそもどうでもいい。

とにかく俺は、早く彼女を病院につれて―――


「…どうやって連れてくんだよ、俺…」

今気づくと、俺は馬鹿か。
冷静なれと言っておきながら、ちっとも冷静じゃない。
俺はさっき彼女に初めて会ったのだし、
もちろん彼女の家なんか知るはずもない。
彼女の元に行く術はない。
どうする。
彼女を早く病院に連れて行かないと。
早くしないと、手遅れに―――

「いつまで寝てんの早くおきなさーい!」

下の階から、少しいらついた母親の声が聞こえてくる。
その声を聞いて、俺は気がつく。

彼女は、中学生くらいの容貌をしていた。
ということは、この時間帯なら彼女も家族に叩き起こされているはずであり、
そのとき彼女の様子がおかしいことに気づいた家族が、病院に連絡を入れて―――

俺は自分の部屋のドアを蹴り開け、転げ落ちるように階段を降り、
居間の電話の元に駆け、受話器を取り上げた瞬間に119番をダイヤル。
母親が何か喚いているのは無視する。
相手が電話に出た音が聞こえた。

「もしもし!あの、今日の深夜から朝にかけて、全身に大怪我を負った、
中学生くらいの少女が運び込まれたという情報はありませんか!」

いきなりこんなことを言われても、電話口の人はびっくりするだろう。
しかし、今の俺には余裕がないんだ。

「あ、えっと、はい。十数分ほど前、そのような通報を受け―――」
「どの病院に搬送ですか!」
「え?えっと、あの住所だから―――×××病院かと―――」
「ありがとうございました!」

ガチャンと勢いよく受話器を置き、俺は玄関まで走る。
×××病院。近い。急げば10分もかからない。

俺の後ろで、母親がわめく声が聞こえる。

知った事か。

俺は靴を履き、玄関のドアを開けて即ダッシュ、チャリの鍵を3秒で外し投げ捨て、

全力で、自転車のペダルに踏み込んだ。

俺が病院に入ったとき、中は相当に慌ただしかった。
病院に入った瞬間近くの看護師に話しかけ、
その子は治療室に運び込まれたとこだ今はそれで忙しいから邪魔すんじゃねえと怒られ、
俺はおとなしく、自分の一番近くの椅子に座った。

俺は、少し疲れていたのだ。
あの巨人との戦闘はそれなりに体力を消耗するものだったらしく、
しかもそのあと全力で自転車を漕ぎ、
よく考えたら、あの空間にいた時間だけ睡眠時間も減っているわけで、
とにかく、俺は不覚にも眠ってしまっていたのだ。


そして起きたのが今、11時47分。
正直、自分のアホさ加減に心底うんざりしていたが、
いくら自分をタコ殴りにしたところで状況は何も改善する訳ではなく、
俺は受付のお姉さんに少し引かれるほどの早口で彼女の安否を聞き出し、
思ったよりも大した怪我じゃなかったみたいですよと微笑みかけられ、
俺にはその人が天使に見えたがそれはまあどうでもいい。
とにかく、俺は彼女の病室に向かったのだ。

俺は505号室、彼女の病室の前までやって来た。
ネームプレートには、『長岡』の文字。
受付の人が発した言葉と同じ。ここだ。
俺は深呼吸を一つして、ドアを開けた。


ベッドの上で寝ている少女は、まさしく俺があの空間で会ったあの娘だった。
隣りにいるのは母親だろうか。
ああ、そりゃ心配だろうな。
朝、娘を呼びにいったら何故か娘の身体がボロボロになってたんだ。
俺がドアを開けたせいか。
彼女は目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。

「………?」
「だめでしょ、まだ寝てなきゃ…?」

彼女が、自分の肩越しに何かを見ていることに気づいたからだろうか。
母親が後ろを振り向き、俺の姿を見た。

「あのね…、あの人と、話があるの」
「……?」
「だからね、ちょっと、席を外して欲しいかな、って…」
「…そう。分かったわ。お母さんは、下で飲み物でも買ってくるから」
「うん、おねがい」

おや、こんなにもあっさりと母親が退室するとは。
どうやら、俺が思っていたよりもずっと、彼女の怪我は軽いらしいな。

「…あれ?そういえば、どうして私がここにいるって分かったの?」
「…超能力?」
「え!?あの空間じゃなくても能力が使えるの!?」
「うそうそ。119番で教えてくれたよ」
「なーんだ。うそつきー」

そういって柔らかに笑う。
うん、やっぱり、怪我は軽そうだな。
でも、一応は聞いておく。

「その、怪我は大丈夫なのか?」
「うん。お医者さんに聞いたら、全治2週間だって。
よかったぁー、地面に叩きつけられたときは痛くて痛くて、
あぁ、わたしここでしぬのかなーって思ったのに」

そういって笑う。

「でも、ごめんね。しばらく、あれに参加出来そうになくて」
「初陣なんだ、しょうがないだろ。名誉の負傷ってやつだ」
「うん…でも、涼宮さんの精神状態は、まだ不安定みたい。
近い内に…多分今日中に、またあの空間が発生する。
このペースだと、毎日でるのかな?
ごめんね。負担かけちゃって。
皆にも、わたしが謝ってったって、言っておいてくれないかな?」

ああ、言っておくよ。
皆だって分かってくれるさ。

「…ありがと。ところで、さ。ずっと思ってたんだけど。
…なんで、パジャマなの?」

…あ。
そっか、そのまま家から出てきたから、今の俺はパジャマ姿か。
いや、あの空間で長岡がパジャマ姿だったことを考えると、
俺はあの空間からずっとこの姿でいたわけか。
パジャマ姿の二人が光球になって、同じくパジャマ姿であろう仲間と共に、
青い巨人に挑む。なんともびみょーな光景だな。


「…じゃ、俺そろそろ行くわ」
「あ、待って」
「?」
「連絡先。教えて」

そうか。
これから連携をとっていくこともあるだろうからな、
能力者同士で連絡が取り合えた方がいいな。親に携帯をねだらないと。

「わたしはね、えっと、今えんぴつ持てないから、メモしてくれる?
そこにメモ用紙あるから」

そういって机の上を指差す。
遠慮なく頂戴しよう。

「電話番号は、090-××××-××××。
名前はね、長いに、岡田さんのおかに、水道から出る水に、世紀の紀。
長岡水紀。ながおかみずき」

次は俺の番だな。
メモ用紙に、自宅の電話番号と、自分の名前を書き、彼女に見せる。

「こいずみいつきくん、かぁ。これからよろしくね、古泉くん」







「おい古泉ー。今日俺ん家であそばねぇ?いつものメンツでさ」
授業が終わった瞬間、即座に荷物をまとめて走り出そうとする俺に、
クラスメイトかつソフトボール部(俺はもう辞めた)でよくつるんでいた奴が、
俺に声をかけてきた。ちなみにこいつはドンキー使いだ。投げがうっとおしいったらありゃしない。

「ごめん。俺、今日もバイトがあってさ」
「そっか。じゃあしょーがねーな」

俺だって久しぶりに遊びたいっての。
最近『バイト』で忙しい俺は、友達と疎遠になってきているのを感じている。
正直、このお誘いはかなり嬉しい。
しかし、俺達がやらないと、世界は滅亡しちまうんだよ。
だからサボることも許されなければ、失敗も許されない。
俺達が負けたらそこで世界は終了。
冗談抜きでな。

校門まで走っていくと、ちょうど黒塗りの車が現れた。
俺はそれに乗り込む。

「お願いします、新川さん」
「承知しました」

それにだ。
俺は、二度と、あのメンバーが傷つくのを見たくない。
あんな思いはもうゴメンだ。
もう誰も、傷つくところは見たくない。
見たくないから。

「あいつさー。最近付き合い悪くね?」
「ああ、古泉のこと?」
「毎日毎日バイトバイトってさー。部活も辞めやがるし」
「そんな毎日バイトなんてあるわけないのにな」
「何のバイトしてんのか聞いても、教えてくんないしな」
「あれか。俺たちのこと避けてんじゃね?」
「何で?」
「俺が知るかよ」
「でも確かにな。それくらいしか考えらんないよな」
「じゃあ、もう声かけんの止めたほうがいいか」
「だな」



  終わり

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最終更新:2020年06月15日 08:56