いつものように、閉鎖空間へ入った僕は、いつもと違うその光景に驚きました。
空間の灰色はいつもより白寄りで、『壁』も少々柔らかくなっていました。
それは別に気になることではありませんが、驚くべきはそこに現れたモノです。
《神人》が現れるのを察知した僕達は、その方向へ目をやりました。
しかし、そこで破壊を行っていたのは、《神人》ではなく・・・
 
青い、獣でした。
 
「あれは・・・何ですか?」
僕が仲間の一人に聞くと、その人は「解からん」と答えました。
まぁ当然でしょう。僕に解かっていないのに他の人が解かっている筈がありませんから。
「いつもより慎重に対処しよう。行くぞ」
仲間の一人のこの言葉で僕達は、力を解放し赤い玉に変身しました。
その獣は、《神人》に比べて動きは素早かったものの、強さは《神人》とさほど変わらず、意外にあっけなく倒されました。
そして、閉鎖空間が崩壊したとき僕は・・・いえ、我々は全てを知りました。
何故知ることが出来たのかは説明出来ません。何故か、というやつですよ。
「古泉、どういうことかは解かったな?」
「ええ、伝わりました」
仲間にそう返しながら、僕は思いました。
 
今度は彼ですか・・・、と。
 
事の発端は、恐らく1時間程前のことです。
「ちょっと皆聞いて!良いこと思いついたわ!」
文芸部室で、ネットサーフィンに興じていたらしい涼宮ハルヒが突然立ち上がり、声高らかに言いました。
約一名、怪訝そうな顔をしている人が居ますが、彼が苦言を呈すのは彼女の次の言葉を聞いてからでしょう。
「知ってると思うけど、最近この辺りで窃盗が多発してるのよ。見つけた人を殴ったりもしたらしいわ」
それは怖いですね。などと相槌を打とうか悩みましたが、止めました。
「じゃぁもう解かるでしょ・・・?」
ここで彼女は、一息間を入れてから大声で言いました。
「SOS団で、この犯人を捕まえるのよ!!」
「異議あり!」
早いですね。
「流石に今回は、『はいそうですか』とついていくわけにはいかん。何しろ危険すぎる」
「何?怖気づいたの?」
「ああ、そうとられても構わない。絶対やめとけ」
「何よ全く・・・ねぇ、古泉君は賛成でしょ?」
流石の僕でも、今回は流石に賛成しかねますが・・・。
「ええ、大変よろしい意見だと思います」
・・・別に自己嫌悪に陥ったりしませんよ?
「ほらキョン!怖がってるのはあんただけよ!観念しなさい!」
彼が僕を睨みつけてきました。申し訳なくは思いますが、事情は解かってくれている筈です。ですよね?
「ハルヒ、本当に何があるか解からない。死ぬかもしれんぞ?」
彼は、真面目な声でそう言いました。しかしそれに対して涼宮ハルヒは、
「大丈夫よ!あんたの骨は私が拾ってあげるから!」
その発言はマズイ。そう思った矢先です。
 
「ふざけんな!!!」
彼が怒声をあげました。
「あんたの骨は私が拾う?ふざけんな!そうなるとしたら、俺はお前のせいで死んだってことだぞ?そんなやつに骨なんか拾って欲しくないし、葬式にも呼ばないようにする」
何か無駄に現実味を帯びている発言ですね。いや、そんなことはどうでもいいのです。問題は・・・
「俺はいいとしても、朝比奈さんは!・・・古泉も長門も!そうなるかも知れないんだぞ!?」
「な、何なのよ・・・」
問題は、涼宮ハルヒです。このままでは確実に閉鎖空間が発生します。
「べ、別に、ただのちょっとした冗談でしょ!何真に受けてんのよ!それに私は団員を死なせるようなヘマはしないわ!」
「言ってることが完全に矛盾してるんだよ。しかもまだその盗っ人を捕まえる気でいるのか?いい加減解かれよ!」
彼の言葉を聞いた涼宮ハルヒは、しばらく黙ったあと、こう言いました。
「じゃぁもういいわよ!別にそんなに真面目に言ったわけじゃ無いんだから!この話はやめ!無し!」
何と、彼女が一度言ったことを撤回するとは。
「ああもう!」
彼女がドスンと椅子に座りました。
どうやらこの騒ぎで閉鎖空間は発生しなかったようですね。安心しました。
「解かれば良いんだよ」
・・・しかし、そうはいかなかったようで。彼が椅子にやはりドスンと座った瞬間、僕は・・・閉鎖空間が発生したことを知りました。
「すみません、僕は用事があるので先に帰らせて頂きます」
僕はそう言って、足早に部室を出ました。
 
そのとき発生したのが、先に話した新しい閉鎖空間です。
 
翌日、僕はいつものように文芸部室へ入りました。そこには、運良く長門有希と朝比奈みくるしか居ませんでした。
「二人はまだですか?」
僕がこう聞くと、朝比奈みくるが「まだ、ですね」と短く答えてくれました。というか貴方、彼女と二人でよく耐えられましたね。
「調度いいですね。貴方達二人に話しておかなければいけないことがあります」
僕がこう言うと、長門有希は読書を中断し、僕の方へ体を向けました。
「涼宮さんのことですか?」
朝比奈さんが聞いてきました。
「いえ、発端は彼女ですが、問題は涼宮さんではありません」
「え、じゃぁ・・・もしかして、キョン君?」
「そうです」
この言葉に朝比奈さんは心底驚いた様子でした。長門さんの表情は全く変化しませんが。
「キョン君が・・・どうかしたんですか?もしかして昨日の・・・」
「恐らくそうです。朝比奈さん、昨日僕が帰ったあとの様子を教えてもらえませんか」
「ええ・・・二人共怒って帰ったりはしなかったんですけど、それから喋ったりはしませんでした・・・」
なるほど、そういうわけですか。
「あの、それでキョン君が・・・」
「ええ、お話しましょう。二人とも、ここに座ってください」
長門さんには無視されることを覚悟していたんですが、ちゃんと僕の前の席に座ってくれました。
 
「それではお話しましょう。まず昨日二人が喧嘩して、そのあとも気まずい雰囲気が続いていた。そうですよね?」
朝比奈さんが無言で頷きました。
「そのとき僕は、解かっているとは思いますが、新たに発生した閉鎖空間に向かっていました」
長門さんも、液体窒素のような目を僕に向けてくれていました。一応聞いてくれているようですね。
「そこには、いつもの《神人》では無く獣が・・・《神獣》が居ました。それ自体は対したことは無かったんですけどね」
「あの、それの何処にキョン君が・・・」
「聞いてください。その閉鎖空間には、いつもと違うところが他にいくつも見られました。何故だか解かりますか?」
「いや、私はその分野のことはちょっと・・・」
まぁそうでしょうね。
「その異次元空間は、涼宮ハルヒ以外の誰かが発生させたものと考えられる」
長門さんが今日初めて喋ったかと思ったら、非常に的確なところを突いてきました。
「ご明察です、長門さん」
「まさか・・・その誰かって・・・」
「ええ、そうです」
 
「昨日の閉鎖空間は、彼によって作り出されました」
 
「えっと・・・どういうことですか?」
朝比奈みくるは理解できない様子でした。まぁ仕方無いでしょう。
「いいですか?彼は昨日、涼宮さんと喧嘩をしました。すると、涼宮さんは何を望むでしょう?」
「それは・・・仲直り?」
「そうですね。間接的に言うと彼が機嫌を戻すことを望んだわけです。そこで、彼女の力はどう働いたでしょう?」
僕がこう聞くと、二人共(まぁ長門有希は元々そうなんですけど)黙ってしまいました。所々に質問を交えた解かりやすい説明かと思ったんですけど。
「答えはこうです。彼の機嫌を良くするため、彼にも世界を改変する力を与えた」
…話が突飛すぎたんでしょうか。二人共黙ったままです。
先に口を開いたのは、朝比奈さんでした。
「そんな・・・それは本当何ですか?」
「本当です。まぁ僕も間違いであって欲しいんですけどね、仕事が2倍に増えるわけですから。しかも二人ともメランコリー状態ですし」
そんなことを言ったら自分がメランコリーになって来ました。今日から睡眠時間は2分の1かも知れませんからね。
 
「それは・・・どうすれば直るんですか?」
おっとっと、話の本題はそこでした。
「そうですね。これは僕の推測ですが、多分合ってます。要は彼の憂鬱を回復させてあげれば良いんです。そして最終的に二人が仲直りすればすべて丸く収まります」
「へぇ・・・なるほど・・・」
二人には理解してもらえたようです。
「そこで、貴方達にはあまり二人を刺激しないで頂きたいのですが・・・」
「はい・・・そうですけど、私にも何か出来ることは・・・」
貴方が動くと、余計面倒なことになりそうなんですけど・・・。
「貴方はとにかく普通にしていて下さい。いつものようにお茶も出してあげて下さい。それだけで彼にとっては充分です」
「解かりました・・・」
「・・・」
長門さんは、話が終わったのを悟るといつもの定位置へと戻って行きました。
「思念体には報告しなくて良いんですか?」
「既にした」
流石、早いですね。
「何か指示は?」
「観察を続けるべき、と」
「そうですか・・・」
とりあえず長門さんをあてにしてはいけないようですね。
 
二人がやってきたのは、それから5分程後のことです。
最初は、二人で一緒に来たものですから、一瞬もう僕が尽力する必要は無いかと思ったんですけど。
「「・・・」」
二人の険悪なムードは、決して楽観視して良いものでは無いようですね。
僕は、二人に向かって「こんにちは」と挨拶をしました。二人とも、小さな手の動きがあっただけでした。
「涼宮さん、昨日言っていた窃盗犯の件ですが」
長門さんを除く全員の視線が僕に刺さってきました。まぁ本来ならこれは禁句とするところでしょうからね。
「昨日捕まったようですよ。また犯行に及ぼうとしたところを住人に取り押さえられたそうです。しかもその住人というのは女性だとか」
実を言うと、それは組織がやったことです。ちなみにその住人というのは森さんのことです。
「へぇ、すごいわね」
反応薄いですね・・・。
「それで涼宮さん、僕から一つ提案があるのですが」
「何?」
「近県に最近、宇宙でとれた鉱物やロケットの模型などを展示した博物館が出来たそうです。そこに多少地球外生命体についてのブースもあるとか」
「それで?」
それで?とは・・・。
「今度我々でそこに向かってみませんか?何か得るものがあるかも知れませんよ」
「ふーん、考えておくわ」
普段の彼女なら一週間何も口にしていない肉食動物より早く食いつくところだったのですが・・・。
 
こうなったら少し強行手段に出ますか。
「すみません、ちょっといいですか?」
「ん?俺か?」
「そうです」
僕は、彼を連れて部室を出ました。
「どうせハルヒと仲直りしろとかそんな話だろ」
部室のドアを閉めるなり、彼が話し掛けてきました。
「ええ、解かっているなら話は早いです。今すぐにでも涼宮さんと和解して下さい」
「俺も出来るならそうしてやってもいいがね、何しろハルヒは今日一日まったく口を利かん」
貴方の後ろの席でブスッとしてる彼女の様子が目に浮かびますね。
「今回は特に非常事態です。一刻も早く事態を解決して下さい」
「何がどう非常事態なんだ?」
「それは・・・」
今彼に話すわけにはいかないでしょう。
「今は言えません。事態が収束に向かえば教えて差し上げることが出来るでしょう」
「はぁ?なんだそりゃ」
「とにかく、あなたと涼宮さんが今の状態のままだと世界が危ないんです。そこだけはよく理解して下さい」
彼は渋々といった感じで
「解かったよ」
と言うと、部室へ戻って行きました。
 
「・・・」
彼は一体何が解かったんでしょうね。
今は部室全体が、いつもは優しい女教師が突然大声で怒鳴った後の教室のような静けさを保っています。
「帰る」
その沈黙を破ったのは涼宮さんでした。彼女がそう言うと同時に長門さんも本を閉じました。
僕は彼にアイコンタクトを送りました。いつもは解かってくれていないようですが、今回だけは理解してくれたようです。
「ハルヒ・・・」
カバンを取って部室を出て行こうとする涼宮さんを彼は引き止めました。
「何よ・・・」
「その・・・なんだ?俺達もあの程度のことでこんなに怒って、バカらしくないか?」
「仲直りしたいならしたいってそう言いなさいよ」
彼の顔に少し、何と言うか・・・イラつきのようなものが見られました。
そんなことを言うのは彼女も和解を望んでいたからですよ!と彼に伝えてあげたいのですが、アイコンタクトだけでそんな複雑な文を伝える能力は残念ながら持ち合わせていません。
「まぁいいわ、謝ったら許してあげる」
ほう、それは良かったです。と、思ったのですが次に彼の口から出てきたのは「すまん」でも「ごめん」でもありませんでした。
「それは、何に対して謝るんだ?」
「もちろん、団長である私に対して暴言を吐いた罪よ」
「・・・そうか、すまなかった」
 
これで事態は解決、と僕は胸を撫で下ろしました。しかし、彼の言葉はまだ続いていました。
「しかしだな、お前も俺にあんなこと言ったんだ。お前も当然俺に謝るべきだよな?」
「はぁ?」
この空気は・・・良くないですね・・・。
「何で私があんたに謝らないといけないのよ!」
「それは今説明しただろ?しかもお前、俺には謝らせといて、お前は何も無しだってのか?」
「私は団長よ?あんたより偉いの。それにね、私は今まで人に謝ったことが無いの」
「ハッ、ひねくれた団長様も居たもんだぜ」
ああ、もう・・・。
「落ち着いてください二人共。謝るとか謝らないとか、そんなことどうでも良いじゃないですか。そもそも、僕達は同じ団の仲間じゃないですか。仲間に礼は必要無いとはよく言ったものです」
「同じ団の仲間?こいつと仲間なんざまっぴらごめんだな」
「あらキョン。意見が合うわね」
こう言うと二人はそっぽを向いてしまいました。
「貴方達は仲直りを望んでいる筈です。なんだかんだ言ってお互い思いあってますからね。それなのに何故素直にならないんですか?」
心に踏み込むようなことを言うのはあまりよくないとは思うのですが、この場合仕方ありません。
「貴方達にとって、どうするのが良いか。考えて見てください」
しばしの沈黙の後、涼宮さんが口を開きました。
「帰る」
今度は、誰も止めようとしませんでした。
 
バタンと扉が閉じられると同時に、彼が話し掛けてきました。
「なぁ古泉、何でお前今ハルヒの味方をしなかったんだ?」
「貴方の言い分も正しいと思ったので」
というのは嘘ピョンで・・・嘘です。
「うそつけ」
バレましたか・・・。
「まぁ良い。さっき言えない事情がある的なことも言ってたしな。じゃぁ俺も帰るからな」
彼も、足早に部室を出て行きました。
 
「あのぉ・・・大丈夫なんですかぁ・・・?」
ずっと黙っていた朝比奈さんが、やっと喋りました。
「どうでしょうね。あまり状況はよくないようですが」
「どうしましょう・・・」
「とりあえずは僕に任せて置いてください。悪い方向へは向かわない筈です」
「わ、解かりました」
いざという時は、長門さんの力を借りることになるかも知れませんが。
「それでは、僕達も帰りましょうか」
「はい」
 
そうして、僕達も帰宅しました。
 
その夜に、僕は気付くべきだったんでしょうね。
 
驚くべきだったのは、その日の夜に閉鎖空間が一つも発生しなかったことです。
それでも僕は簡単に眠るわけにはいかず、いつ閉鎖空間が発生してもいいように僕は自宅で、待機していました。
 
突然ですが、貴方は今何をしていますか?
まぁ「パソコンの前に座っている」と答える人がほとんどでしょう。その中に「息をしている」なんて言う人も居るかも知れません。
それでは、呼吸以外で人間が常時意識せずとも行っていることはなんでしょうか?
そう、瞬きです。
特に至近距離からコンピューターのディスプレイを直視している貴方達は、回数が増えるかも知れませんね。
まぁそんなことは大したことでは無いのですが。
それでまぁ何故突然こんな話をしたのかと言いますと、それはあとの話に繋がります。
 
僕も人間ですから皆さんと同じように瞬きをします。
その時も「いつ閉鎖空間が発生するか解からないから瞬きしない!」なんてことは考える筈も無く、当然それをしていました。
回数なんか数えてる筈もありませんから言えませんが、それは多分午前12時頃のことだったと思います。
そのとき僕は、瞬きをしました。
いえ、瞬きをするのは当然なんですが、驚いたのは次の瞬間です。
僕はほんの0.1秒程目を瞑っただけの筈でした。
 
僕が目を開けたとき、僕は僕達の通う高等学校に居ました。
 
説明が下手で申し訳ありません。
要約すると「僕が自宅で瞬きをしたら、いつの間にか北高に来ていた」そういうことです。ご丁寧に制服まで着せられてね。
ちなみに、詳しい位置としては後者の入り口前に当たります。
いえ、それでも訳が解からないのは解かります。僕も解かりません。
ただ、僕ももう慣れてしまったのか、そんなに驚いたりはしません。
間違いありません、ここは閉鎖空間です。
「古泉一樹」
僕が現状の把握に乗り出そうとしたとき、背後から聞き覚えのある声がしました。
「ああ、長門さん、朝比奈さん。貴方達も来ていたんですか?」
「来たっていうかぁ・・・夜寝ていたら突然長門さんに起こされて・・・」
「2分14秒前。私達はここへ転送された」
我々3人が・・・呼ばれた?
「それにしてもここに居なければならない人物が二人欠けていますね。何処でしょうか?」
と言うより、本当ならその二人だけで役者は十分な筈なんですが。
「あそこ」
長門さんがグラウンドを指差しました。
「おやおや・・・」
そこには、その二人が並んで眠っていました。ふふ、何も手を繋ぐことは無いでしょう。
 
「この空間については、貴方の方が情報が多い筈。統合思念体とも交信が出来ない。貴方が指示を出すべき」
ふふ、彼女に頼られることになるとは、思ってもみませんでした。
「長門さん、この空間に現れる《神人》と《神獣》についてはご存知ですか?」
首肯。
「それらと戦うことは可能ですか?」
「解からない」
長門さんはそう言ったあと、僕に向かって右手を差し出し、
「手」
と言いました。握手を求められているんでしょうか?
僕がその手を握ると、長門さんはぶつぶつと呪文のような物を呟きました。
「な、長門さん?大丈夫ですか?」
朝比奈さんが長門さんの目の前で手を振りました。確かに今の長門さんは、目の焦点が合っていません。
「大丈夫ですよ」
僕がそう言うのと、長門さんの目が元に戻ったのはほぼ同時でした。
「検知出来ない能力。コピー出来ない」
僕の能力のコピーを試みていたんですか。
「そうですか」
しかし、少し安心しました。長門さんにその能力が備わったら、僕の出る幕は全くありませんからね。
「指示を」
「ああ、すみません・・・」
さて、どうしましょうか。今のところ《神人》も《神獣》も現れては居ないようですし。
「とりあえずは様子を見ましょう。彼らに接触するのも止しておきましょうか」
「え、何ですか?」
朝比奈さんが聞いてきました。
これに対して、僕はフフと笑ってから言いました。いえ、笑ったのはわざとではありませんよ?
 
「二人がここで、何をするのか気になりませんか?」
 
「そ、そんな!ダメですよ!」
最初に声をあげたのは、朝比奈さんでした。
「そ、そんな!えーと・・・そんな・・・」
みるみるうちに朝比奈さんの顔が真っ赤になってしまいました。
「いえ、別に深い意味はありませんよ。流石に彼らもここでナニかするようなことは無いでしょう」
「ふぇ!?わ、私は別に・・・」
その顔は女性として非常に魅力的でしたが、それは置いておきましょう。
「彼らがここでどんな行動をするのかは資料的価値があります。特に涼宮さんのは」
「はぁ・・・なるほど・・・」
何処に資料的価値があるのかは正直よく解からないんですけどね。
 
「起きた」
長門さんが再びグラウンドを指差しました。
見ると、涼宮さんが上半身を起こして、繋がれた手をボーっと眺めているところでした。
数秒後、その手を振り払い、彼女は横でまだ寝ている彼を起こしにかかりました。
「あの・・・これをずっとここで眺めているんですか?」
「そうですよ。見つからないように気をつけて下さい」
今は彼女の些細な疑問に答えている暇はありません。
「何を言ってるか聞こえませんね。長門さん、解かりますか?」
長門さんは首肯してからこう言いました。
「会話の内容を再生することも可能」
それは要するに盗聴ということですよね?
「お願いします」
「解かった」
長門さんが答えた瞬間、再び目の焦点がずれました。数秒たったあと、長門さんの口が開かれました。
「ちょっとキョン!何であんたこんな所に居るのよ!?私も!」
・・・なんというか、声質が長門さんのままだからか、非常にシュールな感じがしますね。
「ああ、ああ・・・お前のせいだろうがよ」
今回は恐らく貴方のせいでもあるんですよ。
「はぁ?何で私のせいになるのよ」
涼宮さん口調で喋る長門さんは、それはそれで資料的価値があるような気がしましたが、長門さんを見ていても埒があかないので、僕は再び二人がいる方へ目をやりました。
「それにしても、起きた直後の口論とは、仲が悪いですね」
「そうですね・・・」
 
そのうち「そうですね」じゃ済まないことが起きるかも知れません。一応身構えておきましょう。
と思った、正にその瞬間です。
本当にピッタリその時に、二つある校舎の間に《神人》が現れました。
いえ、正確に言うと、その校舎の影に隠れていた僕にそれを見ることは出来ませんでしたが、感じることは出来ました。
「ここを急いで離れてください」
「え?何でですか?」
「いいから早くお願いします」
僕は「何でまたこんな夢を見るわけ!?しかもあんたと二人!ヤダヤダ!」などと言っている長門さんを背負い、走り出しました。
今度も間一髪、《神人》が僕達が隠れていた校舎を破壊しました。あのままあそこに居たらあのガレキに埋まっていたでしょう。
「ふぇ!?なんですかアレ!?あの大きい人ぉ!」
「《神人》です。涼宮さんはアレを使ってストレス発散をしているわけです」
手短に説明を終えると、僕は長門さんをその場に降ろしました。
「ああもう!お前のせいで俺の人生滅茶苦茶なんだよ!俺の日常を返せ!」
長門さんが、そう叫んだときですね。
「ふぇ・・・あ、あれは・・・今度は何なんですか?」
「彼が生み出した《神獣》です」
「あの大きな人の・・・キョン君バージョン・・・ですか?」
「そういうことです」
やはり校舎――と言っても《神人》がほとんど破壊してしまいましたが――の間に、それは現れました。
「だから何で私のせいなのよ!?」
長門さんがそう叫んだとき、《神人》が《神獣》を手で攻撃しました。
「ああ、お前は知らないんだな!でもとにかくお前のせいなんだよ!」
今度は、《神獣》《神人》に体当たりをかましました。
 
「なんで・・・仲間割れをしてるんですか?」
「仲間・・・じゃ無いんでしょうね。恐らくあの2体は彼らの感情によって操作されています」
「じゃぁキョン君と涼宮さんがケンカしたらあの青い人達もケンカするってことですか?」
「そういうことです」
そのお陰で校舎はもう凄惨なる姿になっていますけどね。
「あの・・・古泉君、行かなくて良いんですか?」
「そうですね・・・」
涼宮ハルヒはこのことを夢と捉えるでしょうが、それでも能力を使っている僕の姿を見られるのはあまり好ましくありません。
それに、仲間が一人もいません。恐らく前回のように簡単に入れないようになっているのでしょうが、僕一人であの2体を止められるかどうか・・・。
「・・・いえ、やっぱり放っておきましょう」
「え?良いんですか?」
「そもそもあれは彼らがストレスを発散するために生み出したものです。放っておけば少しは落ち着くでしょう」
「それでも古泉君前に言ってたじゃないですか。閉鎖空間を放っておくと世界を飲み込んでしまうとか・・・」
「それは恐らく大丈夫でしょう」
「何故ですか?」
「彼が居るからです。彼ならなんとかしてくれるでしょう」
 
なんて楽観的なんでしょうね、自分でもそう思います。
「それでも、僕達はいつまでもここで彼らを眺めている場合ではありません」
「どうするんですか?」
「良いですか?僕達の、というか専ら僕のですが、僕達の課題は彼らに見つからないように行動し、この閉鎖空間を消滅させることです」
「じゃぁ古泉君があの青い人をやっつければ・・・」
僕は首を左右に振りました。
「それでは彼らに見つかってしまいます」
長門さんなら僕を透明人間に変えてくれるぐらいのことは出来そうな気がしますが。
「それは可能。属性変換ステルスモード。する?」
長門さんが一瞬だけ元に戻り、すぐまた涼宮さん口調に戻りました。
「結構です。正直言うと、僕一人ではあれを相手取ることは困難なんです」
「えーっと、それじゃぁ・・・どうするんですか?」
僕は肩をすくめてから答えました。
「正直解かりません。ただ、前回発生した閉鎖空間は、《神人》を倒してもいないのに一人でに消滅しました。今回もそのときに似ています」
「えーっと、ということは・・・?」
「いえ、別に彼らが接吻をすれば良いわけではありません。それに、それは僕達ではどうしようもありません」
「ふぇ・・・そ、そうですよね・・・」
顔が赤いですよ。
「じゃぁ、どうしましょう・・・?」
「ええ、今からそれを考えましょう」
まぁこの空間について一番知っている僕がわからないのに彼女達に解かるわけ無いんですが。
 
「まず、今の状況について考えてみましょう。まずこの空間は何故発生したと思いますか?」
「私は、そのことについてはよく・・・」
「簡単に考えてみてください。この空間は、基本的に涼宮さんが怒ったとき、怖がっているとき、イライラしているときなどに発生します。今は彼もそうです」
「えーっと、じゃぁ涼宮さんはキョン君とケンカして怒っちゃったから・・・」
僕は再び首を左右に振りました。
「いえ、それだと彼らと僕達がここに居る説明がつきません」
「・・・」
黙ってしまいましたか。
「長門さんはどう思いますか?あと、二人の会話の再生は重要なときだけで結構です」
長門さんは涼宮さんのセリフを中断し、「そう」と言ってから短くこう言いました。
「世界の再構成を試みている可能性」
「そうですね・・・」
僕もそれは考えたんですけど・・・。
「それはどうもしっくりこないんです。長門さん、貴方から見て涼宮さんが世界の改変を開始する兆候が見られましたか?」
「昨日の時点で、その確立は23.57%。平均よりは少し高い」
「前に実際改変を行おうとしたときの確立はどの程度でしたか?」
「99.92%」
「そうですか」
僕の見解とずれていなかったので安心しました。
「それでは今回は世界改変を意図して閉鎖空間を発生させたのでは無いようですね」
「そう」
「それでは、何故でしょう?」
早くも暗礁に乗り上げてしまいましたね。全く、いつもなら悩むのは彼の役目だと言うのに・・・。
 
「あのぉ・・・涼宮さんは・・・あ、二人は・・・仲直りがしたかったんじゃないでしょうかぁ・・・?」
「仲直り?」
「はい、普通じゃ面と向かって言えないことも、こういう形でなら言えるんじゃないかって・・・思ったんじゃないでしょうか?」
「なるほど・・・」
しかし、
「しかし、朝比奈さん。あれを見てください」
僕達がこうしているすぐ近くには、《神人》と《神獣》が暴れていました。
「あれが、仲直りをしようとしているように見えますか?」
「あ、えーっと・・・やっぱり、素直になれないんじゃないでしょうか?」
それじゃ閉鎖空間を作った意味がありませんね。
「要するに、二人が和解すれば閉鎖空間は消えると、そう言うことですね?」
「え、ええまぁ・・・そう言うことになります」
まぁ、あながち間違っている感じもしませんが。
「しかし、そうなると益々僕達がここに居る意味が解かりませんね」
「恐らく・・・」
喋り始めたのは、長門さんでした。
「涼宮ハルヒの目的は、彼との和解」
「彼の目的は?」
「世界の改変」
なるほど・・・二人共違う理由で。
「では、何故二人が作った空間が一つになってしまったのでしょうか」
「目的は違っていても、やることは同じ。だから」
なんとなく言いたいことは解かりました。
 
「あの・・・どういうことですか?」
解かっていない人が一人居ました。
「二人は各々違う理由でこの空間を作ったということですよ。彼は世界の改変を行い、そこへ連れて行くべき存在として我々を選んだのです。光栄なことですね」
「はぁ・・・」
「そして彼女は、彼と和解するためこの空間を作り出し、彼を呼び出した」
「はぁ・・・なんとなくは解かりました」
それは良かった。
「じゃぁ何でキョン君は世界を変えようとしているんでしょうか?」
「詳しくは解かりません。涼宮さんに振り回される毎日が嫌になったのか、それとも涼宮さんと同じように非日常が広がっている世界を望んでいるのか」
朝比奈さんは何か一人で考えているようでしたので、僕は長門さんに聞きました。
「しかしそうなると、注意すべきは涼宮さんよりも彼と言うことになりますか?」
「それは断言出来ない。あの二人が和解することによって彼の能力は消え、結果的に元通り」
そうか、そうでした。
「それで結局僕達はどうすれば良いのでしょうか」
「傍観に徹すべき」
「・・・そうですか」
それでは結局何も進んでいませんが。
 
「あの・・・何で私達がキョン君達のところに行っちゃいけないんですか?」
貴方は関東圏では放送しない某討論番組に何故か出ている某女性タレントですか。
「理由はいろいろありますが・・・そうですね。例えば彼が僕達が居ないからという理由で世界の改変を躊躇っているのだとしたらどうでしょう。僕達がここに居ると解かれば、喜んでそれを始めるかもしれません」
「はぁ・・・」
「それに、涼宮さんはこれを夢と捕らえるはずですが、その登場人物が増えると現実味が増し『あれは現実だったのでは無いか?』などと疑い始める可能性も考えられます」
「はぁ・・・」
理解出来たでしょう、多分。
「彼らの会話に変化が見られた、再生する」
突然長門さんが喋り始めました。
 
「キョン・・・ここ・・・何処?」
「・・・遅ぇよ」
「ああ、また夢なんだ・・・夢の中でもあんたとこんなことして・・・バッカみたい・・・」
「俺もそう思うね」
「ああ、早く覚めないかしら。こういう夢だけ無駄に長いのよね」
「・・・」
「何よ」
「いや・・・」
 
「気付きましたね」
「何にですか?」
「ここから出る方法にですよ」
朝比奈さんはキョトンとして、
「どうするんですか?」
と聞いてきました。
「接吻ですよ。前回と同じ」
こう言うと彼女はまた顔を赤くしました。
「ええ!?で、でもさっきは、そ、その・・・すれば良いわけじゃ無いって言いませんでした?」
「今は今ですよ。少なくとも涼宮さんはそれで満足する筈です」
「・・・」
その瞬間をみたら、彼女の顔はもう林檎かトマトのようになるかも知れませんね。
「あまり頻繁に見られるものじゃ無いと思いますよ。これからは解かりませんが」
 
「ハルヒ、ここから出たいか?」
「出る?夢から覚めたいかってこと?」
「そうだ」
「そりゃぁね、今すぐにでも」
「何か俺に言うことは無いか?」
「何?私は謝らないわよ?」
「そうか・・・その方がお前らしいかな」
 
「ハルヒ・・・俺な、実はポニーテール萌えであると同時に、ツインテール萌えでもあったんだ」
「はぁ?」
「入学当初、水曜日に見られたお前のツインテールは、もう即刻退場処分をくらいそうなほど似合ってたぜ」
「また何言って――――」
 
「長門さん、もう会話の再生は結構ですよ」
「そう」
遠くからでもかろうじて見えます、二人の影が一つになっているのが。
「うわぁ・・・」
朝比奈さんの顔は、半分熟れた林檎かトマト程度には赤くなっていました。
「と言うか・・・あの・・・長くないですか?アレが普通なんですか?」
「もう終わりますよ。強制的にでも」
僕がそう言った瞬間、涼宮さんの姿が消えてなくなりました。ドロンした、っていうのはこういうことを言うのでしょうかね?
「行きましょう、彼が戸惑っています」
消えたのは涼宮さんだけで、彼はまだ残っていました。そこがどうなるか解からないところだったんですが。
僕達は、彼の下に向かって走り出しました。
 
「古泉!?しかも長門と朝比奈さんまで!何で?」
「説明は後日ゆっくり致しましょう。今はここを脱出する方が先です」
「そ、そうだな・・・」
彼は相当動揺しているようでした。彼の耐性もそこまで強く無かったと言う事ですね。
「涼宮さんとは仲直り出来ましたか?」
「いや・・・出来てないな」
「そうですか。では帰りましょう。涼宮さんと仲直りするために」
「いや・・・どうすれば良い?」
「そうですね・・・」
えーっと、どうすれば良いのでしょうか?
「ここから出たいと、そう強く願ってください」
「もう思ってるが」
「もっと強く」
「あぁ・・・」
彼がそう言ったときです。僕の頬に、何か冷たいものが当たりました。
「あ、雨です・・・」
それが何か理解出来たのは、朝比奈さんの言葉のお陰です。
「閉鎖空間に雨ですか・・・」
「おかしいことなのか?」
「少なくとも、今まではありませんでした」
「何か、気持ち良いな、この雨」
「・・・そうですね」
 
僕が、そう答えた瞬間。僕は自宅に居ました
 
正直、訳が解かりません。
自宅に居たら突然閉鎖空間に飛ばされ、他人の接吻するところを見せられ、そしてまた突然自宅に戻っていた。
「昨日のことを説明してもらおうか」
登校直後、僕のクラスの前で彼待ち伏せしていました。本当なら貴方に説明する前に自分が事態を把握したいのですけど。
「その話は部室でしませんか?ここで言えるような単純な話では無いので」
「今、言え」
「人が聞いています。あと、僕も貴方から聞きたいことがたくさんあります。部室で落ち着いてお話ししましょう」
 
「じゃぁ、お話し願いましょうかねぇ・・・」
と言う訳で僕はここで彼にことのあらましを話すことになりました。部室には今僕と彼しか居ません。
僕は全てを話しました、包み隠さず、全てね。
「俺にハルヒの力が宿ってた!?本当か!?」
「本当です・・・何かやましいことを考えていませんか?」
「そ、そんなわけ無いだろ!」
どうでしょうね。
「それで・・・見てたのか?」
「ええ、見てました」
ここで「何をです?」と聞くほど、僕も野暮ではありませんよ。
「そうか・・・」
「長門さんと朝比奈さんも見ていました」
「!・・・そうか」
 
「それで、今回はこちらが説明を求める番です」
「何のだ?」
「何故貴方が世界の改変を考えたのかについてです」
こう聞くと、彼は数秒考えるような仕草をしたあと、言いました。
「さっぱり解からん。ストレスか何かだろ」
「そうですか」
まぁ正直言ってそんなに気になることでは無いんですけどね。
 
その日の涼宮さんと彼には驚きました。
二人共、何も無かったかのように普段どおり会話を交わしていたのですから。
「キョン!これ見て!ここ、最近幽霊が出るって噂なの。近くだし、今度行きましょう」
「はいはい・・・」
これは僕の推測・・・それもかなり無理矢理ですが、彼は涼宮さんと普通に仲良く出来る世界を望んだのでは無いでしょうか?
世界改変と言っても、ごくごく小規模のものです。変わるのは、彼と彼女の関係だけ。
 
そして恐らく、その改変は実行されました。それがこの世界でしょう。
 
end.

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最終更新:2020年06月28日 22:51