長門ふたり
 
第四章 ダブル消失
 
長門さんが二人いるのにもすっかり慣れてしまった今日このごろ。
なにしろ、二人いたおかげで命拾いまでしてしまった以上、
もはや、文句をいう筋合でもなくなってしまった。
彼も、自分の二重化が起きてからは下手に二人のうちどちらかを
帰らせようとするのは問題があると思い直したようだ。
長門さんも一日交替で登校してくるし、記憶は完全に同期しているので
僕や彼の様に二人の長門さんを区別できる人物以外にとっては、
事実上、何の問題もない。もともと、長門さんはSOS団員以外とはろくに
接点もないわけだし、そうそう強烈なことなど起きようもなかったのかもしれない。
結局、人間の慣れとは恐ろしいもので我々SOS団員は、事の次第にまったく
気づいていない涼宮さんをふくめて、長門さんが二人いる状況に適応しつつあった。
 
文芸部室に赴くと、早く来すぎたのか、長門さんしかいなかった。今日はAの当番日
なんだな。特に言葉をかわすこともなく、だまって席に付く。次にやって来たのは彼。
「よう、もう一人の長門は元気か?」
「元気。あなたは昨日、であったはず」
「まあ、そうだが」
たわいもない会話。
待っていると涼宮さん、朝比奈さん、もやってくる。
涼宮さんがまた「おもしろい」ことを考え付き、彼が憤慨し、僕が
涼宮さんの肩をもって、彼が激昂し、などなど、静かとはいえないまでも、
日常的な日常。僕はすっかり油断していた。もう、このまま何も起きないものだと。
 
翌朝、ベッドから起き上がると、携帯にメイルが来ていた。
 
これから、世界を改変する。もう一人の長門有希が存在しない様に。
しかし、もう一人の長門有希も同じ事を考え付いた。
同時に世界改変を敢行した場合の影響は未知数。
異常事態が起きた場合、私の方を残すように世界を再改変して欲しい。
探すべきキーはあなたが知っているはず。
 
長門A
 
発信時刻は昨日の23:34。改変。長門さんがかつて、涼宮さんの力を駆使して
世界を改変したことは彼から聞いていたし、もとに戻すための彼の
悪戦苦闘ぶりもよく知っている。まさか、自分がそれに巻き込まれるとは
思わなかった。世界はどう変わったのか?
とりあえず、起きて朝食をとる。少なくとも、僕の家族には何も異常は
起きていないようだ。さりげなく、さぐりを入れてみたが、僕の家族の
記憶は僕の記憶と齟齬はないようだった。
 
世界改変の最初の影響に気づいたのは機関に定時連絡を入れようしたとき。
携帯からは機関関係の連絡先がごっそり無くなっていた。
嫌な予感。とにかく、登校しようとロッカーから制服を取り出してみて、
変化は決定的なものであることに気づいた。制服は北高のそれではなかったのだ。
驚いたことに、僕が改変後の世界で通っている高校について、僕はある程度知識があり、
どうやって登校するかさえ知っていることに気づいた。
 
とりあえず、どうしようもないので登校することにした。
高校もよりの駅で降りて駅に向かって歩いていると突然、誰かに腕を
とられた。
「おはよう!」
驚いて相手をみるとそこには100ワットの笑顔があった。
涼宮さんだ。その瞬間、僕はこの世界では涼宮さんとつき合っていることに
なっていること、しかも、高校生としてはいささか行きすぎたレベルの
「深い」つき合いになっていることを「思い出した」。
一気によみがえった記憶で耳まで真っ赤になっていると涼宮さんは
「なに、照れてんのよ。いまさら」
と僕の腕をとったままぐいぐい歩き始めた。
聞くだけ無駄だとは思ったが、一応、
「長門さん、や、朝比奈さんや、彼はどうしてます?」
と聞いてみた。
「はあ?何いってんのあんた?頭大丈夫?」
という返事。まあ、通っている高校まで違ってるんだから
SOS団があると思う方がどうかしている。
機関が無い以上、涼宮さんには力が無く、よって長門さんも
朝比奈さんもいないのだろう。これではSOS団がある方がおかしい。
となると、後は、彼だな。彼は涼宮さんに力があろうがなかろうが、
存在しているはずだ。どっちの長門さんにせよ、彼が
いない世界を望むわけは無いから、存在しているはずだ。
 
その日はさんざんだった。学校についてからも涼宮さんはバカップルぶりを
臆面もなく続けた。もともと、周囲の目を気にしない彼女のことだから
この状況下では当然の展開だろう。昼休みも当り前のように僕の机に
やってきて、あろうことか、おたがいに相手に食べさせると言う行為を
全く当然の様に行った。周囲はもう、見てみぬふりと言うか我々は
いないと言うように振る舞っている。
 
下校も当然のごとく、涼宮さんが右腕にぶら下がった状態。彼女の目は早くも
熱っぽく僕を見つめていて、「いつもやっていること」への期待でいっぱいだ。
ここまではなんとか相手に合わせて来たがここから先も、となると
かなり抵抗がある。こっちの世界ではさんざんやってきたことらしい、とはいえだ。
「涼宮さん」
「何よ」
「今日はちょっと行きたいところがあるのですが」
「どこ?」
「僕の古い友人を御紹介したいと思いまして」
「へえ、誰よ」
たちまち、彼女の目が疑惑で曇る。
「いえ、男性ですよ」
「そうなんだ。よかった。古泉くんもてもてだから、またかと思っちゃたわ」
僕はどんな修羅場をここにいる涼宮さんと演じたのだろうか?
どうやら、僕のこっちの世界での記憶は完全では無いらしい。
 
北高へ通じる坂道を登って行く。さて、どうやって彼を探したものか。
が、そんな心配は全く必要が無いことがすぐに解った。ぞろぞろ坂を
降りて来る北高生の列の中に彼がいたのだ。向こうもすぐ僕を認識したようで、
こっちに向かって歩いてきた。ただ、問題は、彼の右腕には朝倉涼子が
ぶら下がっていることだ。その目つきやしぐさから、かなりの程度まで、
彼と朝倉涼子の関係が、こっちの世界での涼宮さんと僕の関係に近い様に
設定されていることが解った。どっちの長門さんの趣味かはしらないが、
結構な事だ。
 
「よう」
「あなたに会えて安心しました」
朝倉涼子と涼宮さんは表面的にはにこやかだが、
おたがいに相手を値踏みしている感じだ。
自分の「もの」をとられるのではないかと疑心暗鬼なんだろう。
僕達はそのまま坂を降りると、いつも入っている喫茶店に入った。
注文をすると僕達は二人でトイレにたった。女性陣は既に
打ち解けた感じだ。ここは敵対関係に入るより、同盟を結んだ方が
得策と感じたんだろう。
「どうなっている」
「御存じ、でしょう」
「ああ、長門から連絡があった。もう一度、世界改変をすると。
止める間もなかったな。自分の方が「負け」たら自分が残るように
再改変してくれと言ってたな」
「で、長門さんは北高に?」
「どっちもいないよ」
「人間化された長門さんもいないのです?」
「いない」
「そうですか」
「どうする?」
「おそらく、お互いに相手を消去しようとして、
どっちもいなくなったんでしょう」
「それはいいが、なんでこんなに大きく世界を変えたんだ?
必要ないだろう」
「わかりませんが、おそらく、我々がもとの世界に戻りたいと思わなくなるための
方法でしょう。僕と涼宮さんをくっつけておいて、こっちの方が幸せだと
思うようにしているのですよ。あなたと朝倉さんも同じです」
僕と涼宮さんがこっちの世界でしていること、特に二人っきりの時にしていることを
朝倉さんと彼がしている(ことになっている)なら「男冥利に尽きる」
という状態のはずであり、もどりたくない、と思わせるに充分なはずだ。
「しかし、俺が朝倉とくっついちまったら、長門は困るんじゃないのか?」
「そこは実に問題ですね。ただ、御自分の魅力に自信が無かったのかも知れません。
現状でもあなたは涼宮さんとくっついているようなものですから
こっちの世界であなたと朝倉さんがくっついていても
事態が悪化するわけではない。長門さんの目的は単に、
もうひとりの長門さんを排除することだけだったのでしょう」
「いつ、俺がハルヒとくっついたんだ?こっちの世界で俺が
朝倉とやってるようなことを俺はあっちでは
ハルヒもふくめて誰ともやってないぞ」
そんなことはどうでもいいのだが。とにかく、
事態の打開が先だ。
「とりあえず、SOS団の部室に行きましょう」
「あいつらはどうするんだ?」
「今は気にしてもしかたありません。もし、世界を元に戻すことが
できれば、彼女達は消滅します。もし、できなければ
それはそれで問題ですが、一日、すっぽかしたところで
どうにもならないでしょう。万が一、どうかなってもどうということは
ありません。ないしろ、改変前の世界では我々は彼女達と
その様な関係は結んでいなかったんですから、その様な
関係が解消されても失うものはないわけですから」
「まあ、そうだな。出よう」
僕達はこっそり、裏口から喫茶店を出た。
北高にとって返し、文芸部室に忍び込んだ。
「やっぱり、あれでしょうか?」
「あれだろうな」
PCのスイッチを入れる。
予想通り、起動画面は表れず、代わりにプロンプトと
文字メニューが出た。
 
選択肢:
 
長門Aのいる世界にもどる
長門Bのいる世界にもどる
現状維持
 
「なんだこれは」
「つまり、長門さん達は我々に選択しろといっているわけです」
「AとかBってのはなんだ?」
「私にメイルをよこしたのが、A、あなたにメッセージを送ったのがBです」
「なんでそうなる?」
「いや、私が勝手にそう区別していたので」
「長門が二人いる世界には戻れないのか?」
「その様な選択肢は無いようですね。おそらく、二人の長門さん達は
 
選択肢:
 
元の世界にもどる
現状維持
 
というメニューを出すように設定したのでしょう。元の世界、とはこの場合、
自分で無い方の長門さんがいない以外は元の世界と同じ世界です。で、両方の力が
競合して、どっちの長門さんもいない改変後の世界が出現したのでしょう」
 
「キーは?」
「この場合、我々二人のようですね。おのずとキーは揃ったわけです」
「どうすりゃいい」
「いい機会じゃないですか。これで長門さんは一人になる。
Aを選んでもBを選んでも我々には同じです」
「本気で言ってるのか?」
「いえ、冗談です。我々は長門さんが二人いるおかげで命を救われたのですから、
どっちかを選ぶのは不謹慎ですね」
「しかし、このままの世界じゃ二人ともいないんだろう?もっとまずい」
「そうですね」
さて、どうしたものか。
彼は突然、とんでもないことを言い始めた。
「長門、こんな選択肢を選ぶつもりは無い。どれも選ばないぞ。
おまえは前の時だって、もっとましな選択肢を残したじゃないか。
今は、長門がふたりいる世界が本当の世界なんだ。
俺はどっちかの長門がいない世界なんて認めないぞ」
リセットボタンを押す彼。再起動。メニュー。
 
選択肢:
 
長門Aのいる世界にもどる
長門Bのいる世界にもどる
現状維持
 
「無駄ですよ」
しかし、彼はまたリセットボタンを押した。
何回も何回も再起動する。同じメニューが出る。
何時間たっただろうか。いい加減、眠くなってうたた寝を始めた僕に
彼の叫び声が聞こえた。
「やったぞ!」
画面には
 
選択肢:
 
元の世界にもどる
現状維持
 
というメニューが出ていた。
「驚きましたね、でも、この「元の世界」がどんな世界か
解ったものではないですよ」
「いい、俺は長門を信じるよ」
彼は迷うこと無く
 
元の世界にもどる
 
を選択した。
 
.
.
.
.

 
結論から言うと、もとの世界はもとの世界だった。
長門さんはいまでも二人いる。彼が望んだ通りになったわけだ。
ちょっと残念だったのはもう1日くらいあっちにいても良かったかな、
と思うことだ。そうすれば、僕も彼も一晩くらいは「いい思い」
(それも「すごくいい思い」)ができたのになあ。

 

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最終更新:2020年03月15日 22:31