俺は目を覚ます。
妹のノルマンディー上陸のような荒々しさはなく、緩やかな目覚めだった。
その小さな手は俺の肩を遠慮がちに揺らしていた。
「……あ、あの」
か細い声が聞こえる。
「……あ、あの」
その聞きなれた声は俺を覚醒するのには十分だった。
「な、長門!?」
上半身をがばっと起こし、長門らしき人物の顔を凝視する。
ギザギザな髪型に、吸い込まれそうな瞳の上を覆う眼鏡。
――長門だ、確実に。
でも、どうしてここに?
というか、眼鏡をかけている?
ぐちゃぐちゃになった思考をなんとかまとめてみる。
寝起きドッキリか? いや違うな、長門がそんなことをするはずがない。
……眼鏡? もしかして、あっちの世界の長門か?
「……どうしたん……ですか?」
長門は首を傾げて不思議そうに俺を見つめる。
いや、それは俺が訊きたいんだが。
「いや、どうして長門がここにいるのかと思って」
「え、どうしてって」
「それにあんたは長門って言っても、本物の長門じゃないな?」
しまった。言ってしまって後悔する。
この長門にとっては自分が本物の長門有希だろ。
少しは考えろよ俺。
「わたしは長門有希です」
 
「それは分かってる」
問題はなんで長門がいるのかってことだ。
それに、俺の世界にいる長門じゃない。
もしかして、長門によってまた世界改変が行われたのか?
長門にエラーが溜まっていたのか?
「あ、あのご飯できでます」
長門はそれだけ言って俯いた。
「呼びに来てくれたんだよな? ありがとう」
「は、はい」
そうだ。
この長門には非はないんだ。
優しく接してあげなきゃダメだ。
俺は少しばかり落ち着いてきたので、周囲を確認する。
確かに俺の部屋だ、間違いない。
昨日やり途中だった課題が机の上に置きっぱなしになっている。
目に入った時計を見やる。
九時か……って、完全に遅刻じゃねーか!
「まずい、完全に遅刻だ!」
「だ、大丈夫ですよ。今日は日曜日ですよ」
「それじゃあ、なんで起こしたんだ?」
「今日は……デートの約束をしてるんです」
「そ、そうか……ってそんな約束した覚えはないんだが」
「えっ」
途端に泣きそうな顔を浮かべる長門。
「ご、ごめん。したよな。うん、した」
俺が慌てて繕うと、長門は小さく微笑み、こくりと頷いてくれた。
 
だってよ、しょうがないだろ?
長門と瓜二つで、違うのは性格だけなんだぞ?
長門を泣かせるなんて俺には到底できそうにない。
「それじゃあ、ご飯」
「ああ、分かった」
 
「ところで、母親も妹もいないんだが知ってるか?」
「……出かけました」
既にダイニングテーブルには朝食が用意されていた。
「これ、長門が作ったのか?」
いつもの席に座りながら長門に訊いてみる。
「そうです」
キッチンの方に向かった長門から聞き取れるか取れないかの声が届く。
「核心的な質問をしていいか?」
「……はい」
長門は俺の目の前に焼いたトーストを置いてくれる。
そして、俺の目の前に座ると、真剣な目で俺を見つめた。
「どうして長門はここにいるんだ?」
本当に尋ねたかったのは「なんで俺はここにいるんだ?」だったが、とりあえずこちらを訊くことにした。
俺がここにいる理由を長門に訊いても分からないだろうしな。
「あなたがここに住めって言ってくれたんです」
「へっ?」
俺はそんなことを言った記憶はこれっぽちもないが。
……そうか。俺じゃなくて、『前にここにいた』俺が言ったんだな?
とりあえず、ごまかした方がいいな。
「あ、すまん。なんか長門が一緒に住むってのがまだしっくりこないんだ」
 
「そ、そうです……ね」
って、全然ごまかせてねーし。
「え、あ! 俺達って一緒に住んでどれくらいになるっけ?」
「二ヶ月ぐらいです」
「もう、そんなに経つのかぁー。ははっ、ははは……」
カレンダーを見る限り今日は二月の終わり。
つまり、俺がここの長門に会った後、もともとこの世界にいた俺と付き合ったわけか。
しかも同棲までしてなにをやってるんだ?
「あの、早く食べないと冷めちゃう」
「あ、ごめん!」
即行でトーストにかじりつき、目玉焼きに手をつける。
長門が出してくれたコーヒーを味わいながら、目の前にいる長門を見つめる。
見られているのに気付いているのか、おどおどしながらトーストを口にくわえている。
いつもの長門と違って、ちびちびと食べる、ハムスターのような食べ方だ。
そんなわけで、長門をじろじろと見ながら食事を食べ終えた俺はまたしても長門に尋ねてみる。
「デートって、どこに行くんだ?」
「……図書館に行って、家に帰ってきて、一緒に本を読むんです」
「それだけでいいのか?」
長門は驚いた顔を見せた後、ゆっくりと頷いた。
もう一つ訊きたいことがある。それは――
「長門、俺達って付き合ってるのか?」
瞬間に顔を赤らめて視線を逸らすという、あからさまな反応のおかげで付き合っていることが確定した。
そして、俺は思う。
ここは長門に合わせておくべきだ、と。
俺が元の世界に戻るまで、ここでは長門の彼氏を演じておこう。
その方がこの世界に影響を与えないし、それになにより、長門を悲しませなくて済む。
 
「デート、楽しみだなぁ」
柄にもなくそんなことを言ってみる。
長門は本当に嬉しそうな顔をして、大きく頷いた。
いつもの長門と違い、しっかりとした感情表現も出来るし――あっちの長門にもわずかだがあるがな――、これが長門が望んだ『長門』なんだな。
感情に素直で、話せて、任務なんかを義務付けられていない自由な姿。
 
俺達は着替えを済ませ、家を出た。
雪は積もっていなかったが、極端に冷える風が俺達を襲った。
「寒いな」
「……寒いです」
寒いと言っても現状は変わらんのに口に出してしまうのは何でなんだろうな?
手を擦り合わせ、息で手を温めていると、長門が俺をじっと見つめていることに気付いた。
「ん、どうした?」
「……手」
あ、こっちの俺は長門と手を繋いで歩いてたわけね。
俺は長門の手を取ると――とても冷たくて、小さいものだった――指を絡めた。
「行こうぜ。駅の向こうの図書館だろ?」
長門はゆっくりと首肯する。
そして俺は気付いたのだが、女の人とこうして手を繋いでデートをするということが初めてだったのだ。
思わぬ形で実現した都市伝説に、夢とは何と儚いものよと溜息をついた。
 
俺達は図書館につくまで終始無言を通していた。
何も話すことはなかったし、下手に話して墓穴を掘る可能性があったからだ。
それに、長門もそれでよかったらしい。
たまにちらちらとこちらを伺うように上目で見つめてきては俺と目が合って逸らす、ということを繰り返していた。
さて、図書館の話は特別変わったことはないのでいいだろう。
長門は相変わらずハードカバーの小説を吟味しては戻し、吟味しては戻しを繰り返していた。
高いところにあるものが取れないときは俺の袖を引っ張って、指をさして指示した。
こっちの長門はあっちの長門とは違い全くの非力なので、本は俺が持ってやった。
俺は俺で長門オススメの本を一冊借りて、そんな歩き回る長門にくっついて回っていた。
長門が一通り選び終えると、カウンターに向かい、あの日俺が作ってやったカードを使った。
長門によると、あれから何度もカードを使って本を借りているという。
本を借り終え、腹が減っていた俺達は――長門は腹を鳴らして恥ずかしがっていた――図書館に併設されているレストランに向かった。
相場より三百円は高いだろう値段に腹を立てたが、たまにはいいだろうと決めたわけだ。
俺達は二人ともオムライスを頼み、ジュースは金が掛かるのでやめておくというのが言葉も要らずに決定した。
オムライスは半熟タイプのもので、デミグラスソースの味は悪くなかった。
長門はオムライスを半分ほど残した。
尋ねるとお腹一杯らしいので、やはりあっちの長門とは違うなということを再認識した。
オムライスを食べ終え、デートということで俺が払い、図書館を後にした。
なんだかんだで既に日は傾いて、三時を迎えていた。
寒くなる前に帰ろうと、長門の手を取り、帰り道をなぞった。
途中、ハルヒとハルヒに連れられて歩く古泉を見たが、声を掛けないことにした。
ややこしくなるのも嫌だったし、それに他に理由もあった。
正直に言うと、ハルヒが他の男と一緒にいるのを見るのが嫌だったのだ。
――嫉妬。簡単に言えばそうかもしれない。
そんなわけで、俺と長門は日が落ちる前に家にたどり着いた。
さっそく俺の部屋で本を読むことにした。
 
ハードカバーSF、俺にとっては意味をなさないカタカナ語の羅列が書かれた謎の本だ。
長門は長門で今までそうしていたのか、俺のベッドの上に座り、壁に寄りかかって本を読んでいた。
俺もその隣に寄りかかり、無駄に重いハードカバーを読み始めた。
読み始めると面白いもので、いつの間にか物語に引き込まれていった。
少しすると、横にいる長門がそわそわしだし、しきりに俺を気にし始めた。
「どうしたんだ?」
とりあえず訊いてみる。
確かに前に来た時も長門は俺に見られていると、徐々に顔を赤らめ、しきりに気にしていたからな。
長門はなんでもないと首を振った。
そうか、なんて気にしないフリをしてみるものの、どうしても気になってきて、話に集中できなくなる。
俺のその様子に気付いたのか、唐突に長門は俺の腕を掴み、そして俺の肩に頭を乗せてきた。
膝の上に本を置き、目を瞑る長門。
こっちの俺は長門とこういう関係なんだな。
と、冷めて考えようとするものの、くっついてきている長門のことを考えると興奮せざるを得なかった。
諦めて本を置き、肩にある長門の頭を見つめる。
頭のくらくらするような甘い匂いが、鼻を刺激してくる。
俺は正面に向き直し、少しでも心を静めようとする。
だが、そんなことは関係なしに、俺のものは恥ずかしいぐらいにいきり立っていた。
そのままの格好でどれだけいただろうか、長門は頭を離し、俺を見つめてくる。
とろんとした瞳が扇情的で、取り込まれそうだった。
長門は前屈みの姿勢のまま、目を瞑ると、俺にゆっくりと口付けた。
俺は気が動転しながらも、こっちの俺と長門はこういう関係なんだと言い訳を作ろうとしていた。
長門はその柔らかい唇を離すと、上目で俺を見つめ、また目を閉じた。
明らかに俺からのキスを求めていた。
頭の中ではこんなことしちゃいけないとは分かりながらも、身体は言うことを聞かなかった。
というのも、長門を傷つけたくないという怪しい大義名分があったからだ。
 
そんな大義のもと、俺は長門を騙して、いやらしいことをしている、むしろそれが俺を突き動かした。
長門に自ら唇を重ねる。
長門の薄い、柔らかな唇に。
何度も重ねあい、次第に物足りなくなってきて、舌を絡めあった。
お互いの唾液が混じりあい、線を引いたが、そんなことは気にしている余裕はなかった。
目の前にいる長門がただ、欲しかった。
その柔らかな身体に身を埋めたい衝動だけが俺を突き動かしたのだ。
口付けながら、長門のカーディガンを脱がす。
そして、長門の小さな膨らみに手を伸ばした。
長門が小さく、声をあげる。
恥ずかしいのか口を押さえようとするが、俺の口でそれを塞いだ。
キャミソールのようなひらひらした服を捲り上げ、ブラジャーの上から長門をゆっくり揉む。
長門は少しずつ声を大きくしていった。
そのまま後ろに手を伸ばし、ブラジャーのホックを外そうとしたが、いかんせん初めてなのでうまくいかない。
それに気付いたのか、長門は頬を赤らめながらブラジャーのホックを外してくれた。
そんな長門が可愛くて、俺は長門を押し倒して、上になった。
露になった長門の小さな膨らみは俺を興奮させるには十分だった。
他のところよりよりいっそう白みを帯びた膨らみに、小さく起っている乳首が愛らしかった。
長門も感じてくれているんだと思うと、さらに興奮は増していった。
気持ちを落ち着かせようと、長門に長い長いキスをした。
幾分か落ち着いたのか、一つの疑問が浮かんだ。
『ここの世界の』俺と長門はどのくらいまでの関係なんだろうか、ということだった。
もしかしたら、今ぐらいまでかもしれないし、最後までしてしまっているかもしれない。
しかし、そうだからといって俺はもう止める事はできなかった。
今すぐにでも長門に自分を埋めたかったからだ。
自分勝手な俺を許してくれ、長門。
 
そこから淡々と俺と長門の行為は進んだ。
長門の胸を揉み、長門の反応を楽しみ、穿いていたスカートを脱がせた。
布の上から割れ目をなぞると、長門は一段と声をあげた。
それがもっと聞きたくて、長門にもっと気持ちよくなって欲しくて、俺はその行為を続けた。
じんわりと濡れた割れ目を直接触ると、長門は腰をくねらせた。
そして舌でひだを舐め、クリトリスを転がした。
長門は素直に反応してくれて、声を出さないようにと口を押さえるのに必死だった。
「いいか?」
「……うん」
短い了承の後、俺は長門に限界まで固くなったそれを挿入した。
長門はひどく痛がったが、止めると嫌がったので、腰を動かし続けた。
長門の中は予想通りきつく、初めての俺には有り余る刺激を与えた。
それに俺はあせっていたのだ。
目の前で俺が腰を振ることによって、痛がる長門を見て、ひどい罪悪感に襲われていたからだ。
それでも腰を振り続けたのは、自分が気持ちよくなりたいだけではなかった。
涙を見せる長門の顔には恍惚感が浮かんでいた。
余りの愛おしさに、強く抱きしめ、そして、強くキスをした。
それが引き金だったのかもしれない。
「ごめん、もう出る」
「……あ、」
俺はあっさりと限界を迎えた。
あり得ないほどの精液を吐き出した。もう一週間は出せないだろうなと言うほどの。
俺はそのまま長門に重なり、ゆっくりとキスをした。
そして、二人で横になり、向き合った。
そしてもう一度キスをして、裸のまま抱き合った。
 
俺は目を覚ます。
妹のノルマンディー上陸のような荒々しさはなく、緩やかな目覚めだった。
その小さな手は俺の肩を遠慮がちに揺らしていた。
「……朝」
蚊の鳴く様な小さな声。
「……朝」
その聞きなれた声は俺を覚醒させるには十分だった。
「な、長門!?」
上半身をがばっと起こし、長門らしき人物の顔を凝視する。
ギザギザな髪型に、吸い込まれそうな瞳の上を覆う眼鏡は……ない。
――長門だ、確実に。
でも、どうしてここに?
というか、眼鏡をかけてない?
ぐちゃぐちゃになった思考をなんとかまとめてみる。
寝起きドッキリか? いや違うな、長門がそんなことをするはずがない。
……眼鏡? もしかして、『あっち』の世界の長門か?
 
長門は不思議そうに首を傾げる。
 
「今日は、図書館に行く」
「分かったよ」
「?」
「ありがとう」
俺はさっきと同じように長門を抱きしめた。
 
今日は長門と一緒に図書館に行く。
オムライスを食べて、こっちの長門は二つは食べるかもしれないな。
帰りは寒くなるから早く帰ろう。
そして、俺の部屋でゆっくりと本を読もう。
エッチな事は当然なしだ。
そういうのはゆっくりとやっていけばいい。
窓を開けると、外は雪が降っていた。
「長門、今日雪なんだな」
「そう」
じっと雪を凝視する。
『あっち』の長門への思いが雪に映っているような気がして、窓を閉じた。
「寒いな」
「……寒い」
窓を開けたせいで、極端に冷たい風が吹き込んでいた。
二月は終わり、春がやってくる。
『あっち』の長門への思いは、二月の雪がなくなる頃には一緒に消えていくだろうか?
 
おしまい。

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最終更新:2020年03月15日 19:08