~ 12月。
もうすぐ訪れるイベントを待ちわびて、
街や学校が少しにぎやかになる、そんな月。
放課後、私はいつものように部室にいる。
来るはずのない、あの人を待ちながら・・・ ~
「なぁ、古泉。ひとつ疑問があるんだが」
「なんでしょう?」
2年生になっても相変わらずゲームが下手な微笑みフェイスの持ち主に尋ねる。
珍しくハルヒは風邪を引き、朝比奈さんは受験勉強があるため欠席。
三人しかいない部室だからか、はたまた冬の寒さからなのかはわからないが、やけに声が響くような気がした。
「もし、朝比奈さんが未来から現在に来たとして、いつものドジっ子パワーを発揮して朝比奈さん自身が生まれないような状況を作ってしまったらどうなるんだ?」
~ あれからもう一年も経つのに、記憶だけが鮮明に残ってる。
ポケットには図書カードと古びた白紙の入部届け。
この入部届けだけが無情にも時間の経過を伝えてくる。
"彼がまたこのドアを開けたとき、もう一度だけ手渡したい"
そんな思いをあざ笑うかのように ~
少しおどろいたような、それでいてうれしそうな顔をするところを見ると、古泉の中のウンチク王を蘇らせてしまったらしい。
「タイムパラドックス、それも親殺しのパラドックスですね。」
なんだ、その物騒な名前は。
「タイムトラベラー自身が過去に戻り、彼自身を生む前の親を殺したとする。その場合、彼は生まれないはずなので、その殺人は起こらない、というパラドックスですよ」
やや込み入った解説をしながらもチェスの駒を動かす古泉の器用さに少し感心しつつ、そこから生じる疑問を投げかけた。
~ 部室の片隅に置いたままのパソコン。
あの時は文章を書くことぐらいしか知らなかった。
この中に彼に繋がる手がかりがあるような気がして、あれからいろいろパソコンの勉強もした。
「電源も入ってない、ネットにもつながってないパソコンが勝手に起動して、プログラム立ち上げることなんてありえないよ。ましてやそんなプログラムなんてあるはずが・・・」
コンピューター研の人もそう言っていたけど、見間違いなんかじゃない。
部室に来るとすぐパソコンを起動するクセがついた。
いつ彼からのメッセージが届いてもいいように ~
「いや、実際そうなりそうな事態は数多く起こったんだが」
思い起こせば何度危険なタイムトラベルをしてきたことか。ある意味、今この場所にいられること自体が奇跡みたいなものだ。
「一般的にはこの矛盾が"過去にタイムトラベルできない根拠"とされています。
しかし聞いた限りにおいて、あなたと朝比奈さんは過去に行った。
とすると、これには二通りの可能性が挙げられます。」
一瞬、「デジャブか?」と思うほど、妙に覚えのある会話。気のせいか・・・?
「 一つは矛盾が生じないよう、行動に制限がかかるというものです。
実際、あなた方が矛盾を生じさせないよう努力したという話を聞きました。
しかし、人間には自由意志というものもありますから、はたしてどうでしょうか。
二つ目の可能性は誰かが過去に行くたびにひとつのパラレルワールドが生じるというものです。
これであれば、仮に親を殺しても"自分が生まれる世界"と"別の世界からきた自分のせいで自身が生まれなかった世界"が別々にあるだけですから、矛盾は生じません」
~ プツン
急に消えたモニターとパソコン。
故障?もう年代物だからだろうか。
試しに少し叩いてみる。
何の反応もなかった。
きっと"もうあきらめろ"と神様が言ってるんだと思うことにした。
何か大事なものを無くしてしまった
そんな思いがして、少し悲しくなった。 ~
"パラレルワールド"
この言葉でデジャブの元がわかった。それもそのはずだ、古泉が言っていたのだから。いや、正しくは"もう一人の古泉"と言ったほうがいいのだろうか。あの時の朝比奈さん(大)の説明とは異なっているが、パラドックスを考えると古泉説がやや有利か?
「ということはあれか?今までのタイムトラベルやら時空震やらで飛ばされた分だけパラレルワールドが生じて、今も残ってるってことか?」
その時、本を読んでいた長門の視線が少し揺らいだのがわかった。
「まぁ、あくまで可能性の一つにすぎません。もし、パラレルワールドをうまく統合できるようなことがあれば、また別かもしれませんし」と、自分で入れたお茶を飲みながらクールに話す古泉の後ろで、本を読みながらも俺たちの話を聞いている長門。
タイムトラベルと時空震で再構築された世界。
もし残っているとするのなら、今頃どうしているのだろうか、あいつは・・・
~ ピポッ
何の前触れもなく、急にパソコンが起動した音がした。
少しにじんだ視界をぬぐってモニターを見る。
トクン
いつもと違う起動画面
トクン
薄い灰色のモニターだけが映っている
トクン
ゆっくり流れる文字
YUKI.N>_
~ 忘れようのない、あの日が鮮明に呼び起こされた。
これは私?違う、もう一人の“私”
あの後、涼宮さんや古泉さんから聞いたことが正しければ、
宇宙人が作った、魔法が使えるアンドロイドでSOS団の一員な“私”
ゆっくりと続きの文字が打たれる
YUKI.N>これが表示されているということは、あの後もこの世界が残っているということになる_
YUKI.N>そしてこのプログラムが起動、これを読んでいるのは“私”_
そう、“私”からのメッセージを読んでいるのも私
YUKI.N>あなたには謝らなければならない_
YUKI.N>私に蓄積したエラーを起因とする異常動作によりこの世界を生み出してしまった_
YUKI.N>この世界には情報統合思念体が存在しないため、世界の統合・修正・削除は不可能となる可能性が高い
さらに文字が流れる。この世界が生まれた詳細な理由が書かれた文章として。
でもそんなことはどうでもよかった。
あの人は今どうしてるの?あの人はこちらにこれるの?
YUKI.N>この世界とこちらの世界との接点は解除された
~ ・・・・分かってた、本当は。ただ認めたくなかっただけ。
もう会えないって事、本当はわかってた。
そう認めたら、モニターの中の“私”に腹が立ってきた。
なぜ、彼をそっちに戻したの?なぜ、プログラムを入れたの?なぜ、彼は私とずっと一緒に
YUKI.N>ゴメン
・・・あ、そっか、そうだよね。あなたも私なんだよね。
本当に望んでたのは、むしろあなたの方なんだよね。
この世界を作ってしまうほど、あなたもあの人が好きなんだよね。
プツン
そういうと、またモニターとパソコンは消えた。
きっともう直らない。なんとなくそれがわかった。
本を手に取り、外に出る。また、あの図書館に、あの喫茶店に行くために。