『長門有希の報告』では敢えて報告しなかった部分を書き抜いて、ここに保管しておく。
情報統合思念体は、この部分についての内容は一切把握していない。言わばわたしの……『隠し事』。
斜体部分は、本報告で報告した部分。
今度は彼女がわたしを洗う。
「うわ~。有希の肌って、ほんま白いなぁ~。それにめっちゃすべすべやし。」
【うわ~。有希の肌って、ほんと白いわね~。それにすっごくすべすべだし。】
彼女は背中だけでは終わらせなかった。
「……そこは自分で洗える。」
「ま、ええから、ええから。気にしたらあかん♪」
【ま、良いから、良いから。気にしちゃだめよ♪】
彼女の手が、わたしの腕を、腹を、脚を、洗ってゆく。彼女は、わたしの身体を撫で回しながら、怪しく囁いた。
「……やっぱりここは、敏感なとこやから、素手やんな?」
【……やっぱりここは、敏感なとこだから、素手よね?】
彼女は、顔を真っ赤にしながら、にやけた顔で言う。
「…………」
わたしは無言で返す……はずだった。
「……えっち。」
思わず口をついて出た言葉。何とか視線は彼女の瞳を捕らえたままで言うことに成功した。彼女は目を見開き、耳はおろか首まで真っ赤にした。
「……!?!?!?!? ……っ……!!」
『ぼんっ!!』という擬音語が聞こえてくるかのようだ。
「……! 有希っ! 覚悟しぃや!! そういえば、まだあんたの胸、揉んでへんかったもんなぁ!! 今日は……徹底的にっ! 揉んで!! 揉み解して!! 揉みしだいたるでぇっ!!!!」
【……! 有希っ! 覚悟しなさい!! そういえば、まだあんたの胸、揉んでなかったもんねぇ!! 今日は……徹底的にっ! 揉んで!! 揉み解して!! 揉みしだいたげるわっ!!!!】
そう宣言すると、彼女はわたしの……小さい……胸を後ろから鷲掴みにした。
「はふぅん。」
思わず声が漏れる。わたしにこんな機能が備わっていたことに初めて気が付いた。驚き。
「っ!! ……ゆ、有希……あんた、めっちゃ色っぽい声出すんやな……」
【っ!! ……ゆ、有希……あんた、めちゃ色っぽい声出すのね……】
「……萌え?」
「はっきり言うわ。」
彼女は断言した。
「情熱を持て余す。」
彼女の中の『何か』に火がついた。
「激しく萌えた! 感動した!! 涼宮ハルヒ、いっきま~っす!! むしろいただきますっ!!!!」
かくして、わたしの大平原の小さな丘は、涼宮ハルヒの猛攻により、20:30(ふたまるさんまるじ)、陥落した。
小さな丘……言っていて悲しくなった。
わたしは彼女に後ろから羽交い絞めにされ、かつ寝転がった彼女の上に仰向けにされ、両脚を彼女の両脚に固定されながら、小さい、胸を蹂躙されていた。背中に柔らかい二つの感触が伝わる。
「……当たっている。」
「当ててんのよ!」
彼女の体格は、同年齢の平均的女子よりも、いわゆる『良い体』をしていた。対してわたしの体格は、極めて起伏に乏しい設定になっている。
今までその点を気にしたことは一度もなかった。何より気にする理由がなかった。しかし、今はなぜか気になる。非常に気になる。普遍的な人間の言葉に置き換えると、とても『悔しい』。そしてとても『羨ましい』。
やはり今日のわたしは、どこかおかしい。そしておかしいのは、わたしだけではなかった。
「んふふん? 有希ぃ~? 我慢せんで、もっと色っぽい声出しても、ええんやで~?」
【んふふん? 有希ぃ~? 我慢しないで、もっと色っぽい声出しても、良いのよ~?】
「…………」
「気持ち良過ぎて声も出せへんか~? 無表情なんは、相変わらずやな。……ぃょぉι、次行ってみよう!」
【気持ち良過ぎて声も出せないの~? 無表情なのは、相変わらずね。……ぃょぉι、次行ってみよう!】
「あふん!」
また声が漏れた。彼女の手が、わたしの股間部分を撫でる。
「意外とふさふさしてるんやね……」
【意外とふさふさしてるのね……】
彼女は、わたしの股間、会陰部その他のいろいろな部分を優しく丁寧に洗浄した。
「ええかぁ~? ええのんかぁ~? 最高かぁ~?」
はっきり言って、今の彼女は、いわゆる『えろおやぢ』である。
何が彼女をこうしてしまったのだろうか。やはり不安定な精神状態のときに異性装をさせたのがまずかったのだろうか。
ということは、結局のところわたしの行動の結果、わたしがこのような状況に置かれているわけで、人間の言葉で言うところの『自業自得』、過去におけるわたしの行動の責任を現在のわたしが取っているわけで、そもそもなぜわたしはあの時、わざわざ『男装』を提案したのかを考えてみるに、彼女の属性と最もかけ離れた属性として男性を選んだからであって、しかし、彼女の麗しの男装姿を見てみたいと少しだけ思ったのもまた事実であり、ああ、もう何を考えているのか分からない。とりあえずこれだけは確実に言える。
「……きもちいい。」
彼女は、とても満足した顔をした。彼女の瞳が妖しく光る。
もう、どうにでもしてください。
…………
………
……
…
わたしが彼女の太ももの上にちょこんと腰掛けると、彼女に後ろから抱かれる格好となった。
「時間まで、有希を抱っこさせてな?」
【時間まで、有希を抱っこさせてよね?】
「……当たっている。」
「当てとぉねん♪」
【当ててんのよ♪】
彼女の暖かく柔らかい二つの感触をはじめ、様々な情報が背中越しに伝わってくる。
彼女の手は、時折わたしの胸等を撫で回しているが、そこに性的な意味は感じ取れなかった。単に、触り心地の良い部分を気の向くままに触っているのだろう。
……服の中に手が差し入れられ、直に撫で回される。服越しではもどかしかったのか。
……彼女にとっては、わたしの股間も、触り心地の良い部位なのだろうか。分からない。
傍目には愛撫にしか見えない行為を行っているにも関わらず、彼女からは一切の性的な衝動を検知できない。むしろ非常に落ち着いている。彼女は純粋に、『心地よさ』を堪能している。……わたしの股間は絨毯代わり?
体重を彼女に預けてみる。彼女のふくらみがより強く感じ取れる。彼女に強く抱きしめられた。暖かく柔らかく、それでいて力強い何かに包まれる感覚。
このように密着すると、なぜかとても『安心』する。これが、人間が肉体接触を求める理由の一つなのかもしれない。
もしかしたら、日頃彼女が朝比奈みくるにいたずらをするのは、このような肉体接触への欲求が現れたものなのかもしれない。
つまり、彼女はいつも『不安』なのだ。そして『寂しい』。そしてわたしは、そんな彼女の……『支え』、になりたいと思っている。
おかしい。本来あり得ない、というより、あってはならない考え。
彼女は、観測対象。そしてわたしは観測者。
観測者が観測対象に干渉してしまっては、観測結果がおかしくなってしまう。
やはりわたしは処分されることになるのだろうか。今は、彼の『威嚇』が効いているだけで。あるいは、このようなわたしの行動も含めて、壮大な観測なのだろうか。わたしは観測しているつもりで、実は同じく観測されているのだろうか。
そんな懸念も何もかも、彼女の感触ですべて消えてしまう。無知で無力で脆弱な有機生命体である人間が、とても頼もしく感じる瞬間。それは、肉体を持つ有機生命体にしか感じることのできない感覚。作り物とはいえ、同じく肉体を持つわたしにも感じることができる。これも人間の、奇妙な魅力。
ぷにぷにするものと、ふさふさするものを適当に撫で回す彼女と、撫で回されながら身体を預け本を読んでいるわたしの、どちらが甘えているのか分からない奇妙な昼休みも、予鈴と共に終わりを告げる。
「もうちょっとこうしてたいけど、しゃあないな。」
【もうちょっとこうしてたいけど、仕方ないわね。】
そう言うと彼女は、名残惜しそうにわたしを解放した。背中を支配していた感触が消失する。背中が寂しい。わたしも残念。
「ほな、放課後に。いよいよSOS団も今日からは団長も復活や! これまでの遅れを取り戻すで!!」
【じゃあ、放課後に。いよいよSOS団も今日からは団長も復活よ! これまでの遅れを取り戻すわ!!】
彼女は握り拳を固めて宣言した。
団長復活。
いよいよ、本格的に日常が再開する。彼女達と彼達の、わたし達の。
『SOS団』一同の日常が。
洗い物を済ませると、江美里は帰っていった。帰り際に、
「……ごゆっくり。」
という謎の言葉を残して。
涼子はわたしの部屋に泊まることになった。今までは江美里の部屋で過ごしていたのに。
そしてさも当然であるかのように、わたしと一緒に入浴した。
「…………」
「何よ、別に変なことはしないわよ!」
百歩譲って背中を流し合うのはともかく、湯船の中でわたしを後ろからしっかりと抱き締めることは、変なことではないのだろうか。
「良いじゃない、これくらい。涼宮さんとは一緒に入って、『あんなこと』や『こんなこと』したんでしょ?」
涼子はわたしの肩に顎を乗せて言った。それを言われると、反論できない。
「長門さんって、胸は控えめだけど、お肌はすべすべね。」
どこかで聞き覚えのある台詞を聞きながら、わたしは湯船から上がるまでずっと涼子に抱き締められていた。
風呂から上がれば、あとは寝るだけ。涼子はさも当然であるかのように、枕を抱いてわたしの布団に入る。
「…………」
「なぁに、長門さん? わたしの寝る格好、そんなに珍しい?」
彼女は大きなTシャツだけという格好。下着は着けていない。だが指摘の着眼点はそこではない。
「……なぜ、わたしの布団に……」
「ほら、早く寝ましょ? 明日は朝から忙しいんだから。」
わたしの指摘は流された。わたしも床につくと早速、涼子の腕が伸びてくる。
「…………」
「ほら、長門さん、もっとくっついて。」
「……えっち。」
「長門さんがこんなに可愛いのがいけないのよ♪」
そこまで言うと涼子は、少し声の調子を落とした。
「……最後くらい、一緒にいたい、もっと温もりを感じていたい。この気持ち、長門さんには分かってもらえると思うな。」
「…………」
わたしは涼子に抱き締められながら、こくりとうなずいた。
「……ありがと。」
涼子は静かに呟いた。しばらくわたし達は無言で抱き合っていた。やがて涼子が口を開く。
「ねえ、よく人間は、ヤらなくて後悔するより、ヤって後悔した方が良いって言うじゃない?」
……何となく、『やる』の文字がおかしいような気がする。
「手をこまねいているとジリ貧になるのが分かってる時、何でも良いから変えてみようと行動するよね?」
……鼻息が荒い。
「だから、ねっ?」
……何が『だから』で、何が『ねっ?』なのか、説明を要求する。
「お願い。」
……ウィンクされた。既視感を覚える。
わたしはあっさりと涼子に組み敷かれた。ぱんつ穿いてないのはそのためだったのか。迂闊。
「じゃあ、いただきます♪」
……またわたしは、同じ展開に陥った。
「今夜は寝かさないんだから♪」
……明日は朝から忙しいのではなかっただろうか。
そんなことを考えながらわたしは、生涯二人目の女性を相手した。
…………
………
……
…