Extra.3 長門有希の夢想 ~Report.07 追加報告~


 Report.07の夜に見た、夢の内容を報告する。
 この夢を見る以前に、『彼』の夢の内容を聞いていたため、その記憶が影響して、内容の一部がその夢と酷似している。
 夢の内容は、自分が経験したものの中で特に印象深いものが反映される傾向にある。つまり、わたしが『彼』から聞いた夢の内容が、わたしにとって非常に印象深いものであったことを意味する。これは換言すると、わたしの『願望』が現れていると解釈できるかもしれない。
 ただし、その点について、わたしはコメントできない。したくないから。


 涼宮ハルヒが自らの力を自覚した。彼女はすべてを受け入れる覚悟を完了した。
 SOS団員は、それぞれその正体を明かす。
 朝比奈みくるは、未来を固定するためにやってきた、未来人。
 古泉一樹は、涼宮ハルヒの作り出す閉鎖空間に対処する、超能力者。
 長門有希は、涼宮ハルヒを観察するために作り出された、宇宙人。
 そして、それまでの彼らの行動を告白する。
 『知らぬはハルヒばかりなり』
 涼宮ハルヒは、彼らのこれまでの苦労を思い、そして憂いた。苦労の原因がすべて自分であること。その事実を自分だけが知らなかったこと。その事実は自分にだけは伏せられなければならなかったこと。伏せられなければならなかった理由が、自分の弱さにあること。
 涼宮ハルヒは、彼らに謝罪し、その労を労った。
「みんな、今まで全然気が付かなくて、本当にごめんなさい。そして、本当にありがとう。」
 シンプルな言葉だが、彼らにはそれだけで十分だった。これまでの自分達の行動が、無意味でなかったことが証明されたから。
「あなたに選択肢は、二つある。」
 長門有希は言った。
「一つは、その力の消滅を願い、普通の人間になること。もう一つは、その力の存続を願い、共存していくこと。」
 長門有希は続けた。
「選択する権利と義務は、あなたにある。」
 長門有希は、涼宮ハルヒの瞳を真っ直ぐに見据えて言った。
「自分の考えで行動すればいい。それがあなたの未来。」
「あたしの……未来。」
 涼宮ハルヒは、団員に問うた。
「ねぇ……もしあたしが力の消滅を願ったら、みんなは……どうなるの?」
「あたしは、未来へ……帰るべき場所へ帰らないといけません。でもこれは、涼宮さんの選択の結果に関係なく、です。」
 朝比奈みくるは答えた。次に古泉一樹が答える。
「僕は、ほとんど何も変わりませんね。元々僕の、いえ、僕達『機関』の人間が『力』を使えるのは、閉鎖空間の中だけです。その限定的な超能力も無くなれば、『機関』は晴れて解散、僕達もまた『普通の人間』に『戻り』ます。もっとも、用事が済んだわけですから、僕も元いた場所に帰ることになりますけどね。すぐ近く、とは言えませんが、二度と会えないほど遠いわけでもありません。その点は、安心してください。『機関』だって、何だかんだ言って共に死線を潜り抜けた、いわば『戦友』。超能力抜きにしても、今後も付き合いは残ると思いますよ。」
「……有希。あんたは?」
「…………」
 最後に、長門有希は、しばらく沈黙したあと、平坦な声で答えた。
「わたしは、自律進化の可能性を探るために、あなたを観察する目的で作成されたインターフェイスの一体。」
 彼女は涼宮ハルヒを見つめたまま言う。
「あなたが自分の力を自覚した時点で、わたしの役目は終わった。あなたの選択に関わらず、わたしの有機情報連結は解除される。」
「っ……!? そんな……!!」
 息を呑む涼宮ハルヒ。構わず長門有希は続ける。
「支障がないと判断されれば、わたしに関するあなた達の記憶は消去されずに残る。」
「でも、でも……っ!!」
「へいき。」
 長門有希は即答する。
「わたしも、元の状態に戻るだけ。他のみんなと同じ。それが自然な状態。」
「!? ゆ、有希っ!!」
 涼宮ハルヒが驚愕する。長門有希は――涙を流していた。
「あんた、泣いて……っ!」
「おかしい。」
 長門有希は、誰にでも困惑していると分かる声で呟いた。
「このような、感情の涙を流す機能は……わたしには備わっていない、はず、なのに……」
 次第に声が震えていく。
「信じ、られない、でも、うっ、今の、ひくっ、わたしは、あなたと、みんなと、離れるのは、寂しいと…思って、いる。」
 嗚咽交じりの途切れ途切れな声で言う。溢れる涙を拭おうともせず。
「ふっ、ふえええっ!!」
「みくるちゃん!?」
「な、長門さん……! ずっ、ずるいです~! ふっ、ふええ……最後は、な、泣かずに、ひくっ。」
 彼女は丸い目を潤ませながら言う。
「泣かずに行こうと思ってたのに――――!! ふええええええええええええんん!!」
 彼女は号泣しながら、涼宮ハルヒに駆け寄り、抱きついた。
「へぇ――――ん! 涼宮さはぁ――――ん! お、お別れは! 寂しいですぅ――――!!」
「みくるちゃん……」
 涼宮ハルヒは涙目で朝比奈みくるを受け止める。
「……わたしも、もう会えないと思うと……とても寂しいと感じる。」
 長門有希は、涼宮ハルヒに歩み寄ると、静かに涙を流しながら彼女に抱きついた。
「有希……っ!!」
 涼宮ハルヒも大粒の涙を流しながら、彼女達を抱き締める。
「みんな……っ! 素直じゃなさすぎ……っ!!」
「おやおや……あなたからそんな言葉を言われる日が来るとは。」
 古泉一樹は、口調だけはいつもの調子で言う。溢れる涙は隠しようがない。
「…………」
 キョンは、だんまりを決め込んでいる。
「……っ!」
 俯いた顔からは、目は陰になって見えないが、その頬には光る筋が見える。彼もまた、声を殺して泣いていた。五人分の泣き声が遠く響く。


「……あたし、決めたわっ!!」
 一頻り泣いた後、涼宮ハルヒは宣言した。
「あたしは……」
 皆は涙を拭うのも忘れて、固唾を呑んで、彼女の次の言葉を待つ。
「あたしは……普通の人間になる!」
 彼女は、古泉一樹を見やる。
「古泉くん。これでもう、あなた達『機関』の人間に迷惑を掛ける事も無くなるわ! 安心してちょうだい!」
「それはそれは……」
 古泉一樹は言葉に詰まった。
「何と表現したら良いのか分かりませんが……」
「良いって、良いって! それより、今度『機関』の人に紹介してよね! 直接会って話とかしたいし。」
「ええ、喜んで。」
 古泉一樹は、如才ない笑顔で答えた。
「みくるちゃん!」
「は、はいいっ!?」
「あんたが未来に帰るのは仕方がないことなのよね。そっちに家族とかもいるだろうし。」
「はい……」
「でもね?」
 涼宮ハルヒは人差し指を突き立てて続けた。
「あたしは絶対、あんたとまた会うんだからね!? これは……そう、『既定事項』なのよっ!!」
 涼宮ハルヒはウィンクしながら言った。
「!! は、はいっ!! また、会いましょう!! 約束ですっ!! そう、『既定事項』ですっ!!」
 朝比奈みくるは、泣きながら満面の笑顔で答えた。


「……有希。」
「……なに。」
「あんたは、情報連結解除……『消える』ってことよね?」
「そう。」
「その決定権は、情報統合思念体とかって奴が、握ってるのよね。違う?」
「違わない。」
「だったら、あたしが望むことは決まってるわ……」
 涼宮ハルヒはびしぃっ! と『天』を指差した。中指で。
「あんたは絶対に消させない! もし消そうってんなら、逆に情報統合思念体とやらの方を消してやるわっ!!」
 涼宮ハルヒは、普段の自信に満ちた立ち姿で、『天』に咆えた。
「あたしの能力が消えてからコトを起こそうったって無駄よ! そんなの先刻お見通し! そうなった時にはあたしの力が復活して、情報統合思念体んとこに乗り込んでやる! 前にキョンが言ったみたいに、大暴れしてでも有希のこと取り返してやるんだから! そうなるように設定しておくんだからね! あたしの力は、そういう都合の良い力なのよっ!!」
 涼宮ハルヒは力強く親指で大地を指しながら、宣言した。
「だから、有希! 安心してちょうだい! 少なくとも……あたしの目の黒いうちは、あんたを消させたりなんか、誰にもさせやしないわ!」
 眉と口の端を同時に吊り上げる、独特の器用な笑い顔で、涼宮ハルヒは高らかに宣言した。
「……ありがとう。」
 長門有希は、静かに一言、そう呟いた。溢れる涙の種類は、間違いなく変わっていた。長門有希は今、涙を流している。『歓喜』という名の暖かい涙を。


「古泉くん、これで、良いのよね……?」
「これはあなたの判断です。誰にも止める権利はありませんよ。でも、まぁ……僕の個人的な感想を言わせてもらえれば、考えうる最善の結末かと。」
「そう……ありがと、古泉くん。」
「いえいえ。あなたが上手くまとめてくれたおかげで、僕達の苦労も報われます。」
 古泉一樹は、いつもの笑顔で答えた。
「キョン……あんたには、今まで随分苦労させたわね。」
「……まあな。」
「やっぱり、怒ってる?」
「怒ってなんか、ねえよ。」
「本当に? あたしと一緒にいることで、あんた随分辛い思いしたんじゃない?」
「あのな、ハルヒ。」
 キョンは涼宮ハルヒに向き直り、告げた。
「苦労しなかったと言えば、嘘になる。でもな、俺はそれでも、お前やSOS団のみんなと一緒に、ありえない非日常な世界を、それなりに楽しんでたんだ。」
 そして彼は、彼女との出会いの日、彼女に話し掛けた日、彼女がSOS団を結成した日……これまでの、彼女と、SOS団の思い出を語った。もちろん、時間遡行して中学生時代の彼女と会った七夕のこと、長門有希が世界改変を行い、その結果再びその七夕の日に戻ったこと、それら不可思議現象も含めて。
「普通の人間になっても、お前はお前だ。これからもよろしくな、ハルヒ。」
「ありがとう……キョン。それから……ジョン・スミス。」

「うっ、ひっく……そろそろお別れです……すん。」
 朝比奈みくるは泣きながら、静かに告げた。
「帰還命令が発令されました。駐在員の総員退去……みんな『帰り』ます。長いお別れ……です。」
「……っ、みくる、ちゃんっ……!!」
 その場にいる誰も、涙を止めようとはしなかった。
「涼宮さん、キョンくん、長門さん、古泉くん……みんな……」
「みくるちゃん! 絶対、また会うんだからね!? 約束なんだからね!?」
「はい…っ! やくそく、です……っ!!」
 朝比奈みくるは、涙を流しながら、宣言した。
「もっとたくさん勉強して、いっぱい努力して、今のあたしより禁則事項を少なくして……! いつか、きっと……必ずっ! みんなに、会いに来ます!! みんなを助けに来ます!!」
 やる気のポーズで、ここに彼女は契りを交わした。
「それじゃあ、皆さん……さようなら。また会う日まで……」
 彼女は、泣きながら微笑み、手を振りながら言った。その姿がほのかな光に包まれ、衣服が煌めく砂粒に変わり、消えていく。もはや彼女は一糸纏わぬ姿だが、いやらしさは感じない。全身がほのかな光に包まれ、目鼻口しかはっきりとは見えない。あとは輪郭だけ。そしてその姿が薄くなり、次の瞬間、完全に消滅した。
「……現在時空から消失した。朝比奈みくるは、自分の時空に『帰還』した。」
 長門有希が、静かに告げた。その口調には、どこか寂しい響きが含まれていることに誰もが気付いていた。
「有希。」
 涼宮ハルヒは、涙を拭い、長門有希に言った。
「今、思い付いたお願い。こんなことを頼めるのは有希だけなの。聞いてくれる?」
「いい。」
「あたしの目の黒いうちは、あんたを消させないって言ったけどさ。その後のことは考えてなかったの。」
 涼宮ハルヒは、真剣な目で長門有希の瞳を見つめて、懇願した。
「その後どうするかは、あんたに任せるんだけど、一つ、どうしてもやってほしいことがあるのよ。」
「…………」
 長門有希は、沈黙で答える。真摯な瞳を涼宮ハルヒに向けたまま。
「未来で……みくるちゃんの時代で、彼女を迎えに行ってあげてほしいの。」
 涼宮ハルヒは、長門有希の手を取り、続けた。
「方法はあんたに任せる。未来のみくるちゃんが迷わないように、この時代のあたし達に会いに来れるように……っ!」
「…………」
 コクンと、誰の目にもわかるように、長門有希は一つ頷いた。
「やくそくする。」
「ありがとう……っ、有希!!」
 涼宮ハルヒは、長門有希に抱きついて、感謝の意を示した。長門有希は、優しく抱き返しながら、そっと囁いた。
「だから、安心してほしい。」
「うん、うん……っ!」
 また涼宮ハルヒの目に涙が溢れる。そんな彼女を長門有希は、無表情で見つめながら抱き締めていた。しかし、この場にいる、長門有希と付き合いの長い彼ら二人にははっきりと分かっていた。彼女のその無表情には、優しい色が浮かんでいることを。


「こうして自分の時間に帰った彼女は、必死で勉強しました。」
 その時、彼らの背後から、声がした。
「それまでどこか頼りない所があった彼女は、人が変わったように努力しました。」
 声がゆっくり近付いてくる。
「難しい試験にも挑みました。試験に落ちてもめげず、何度も挑戦しました。」
 声がすぐそばまで来た。
「すべては、あの日の約束を果たすため。」
 声は、続けた。
「そして、その努力は実を結びます。彼女は、約束を果たせるだけの力を得ました。」
 皆が振り返る。
「お久しぶりです、涼宮さん。といっても、あなたにとっては、ついさっき別れたばかりなんですけどね。」
 朝比奈みくるが、そこにいた。
 つい先刻別れたばかりの彼女より、ずっと大人になって。
「……!?」
 涼宮ハルヒは声も出せず、固まっている。
「急なことで驚いたでしょうが、わたしはわたし。朝比奈みくる本人です。ただし、あなたが知っているわたしより、もっと未来から来ました。」
「みくる……ちゃん、なの……?」
「はい。」
 朝比奈みくる(大)は、ウィンクしながら答えた。
「みくるちゃん……みくるちゃぁぁぁぁぁん!!」
 涼宮ハルヒは泣きながら朝比奈みくる(大)に駆け寄り、抱きついた。
「わたしは、約束を果たすため、この時間に戻ってきました。とはいっても、今この時間は、約束を果たし終えた後なんですけどね。」
「うん……うん……ずっと、ずっと、あたしに気付かれないように、助けてくれてたのよね!?」
「はい……正確に言うと、涼宮さんと、この時間に来ていたわたしに知られないように、ですけどね。」
 朝比奈みくる(大)は、顔を上げて言った。
「今日この時間に来たのは、他でもありません。すべてが終わったこの日、この公園で。」
 彼女は決意を込めた表情で続ける。
「すべてをお話しするために来ました。」


「わたしも同席させてもらう。」
 もう一つ、声が生まれた。
「わたしも、あなた達に話すことがある。それに、会いたいとも思っていた。」
 声の主は、長門有希。
 ただし、今の長門有希と違って、少し大人びた印象。スーツを着こなし、その顔には、とてもよく似合う知的な眼鏡を掛けている。
「わたしも、あなたとの約束を果たした。」
 長門有希(大)は、涼宮ハルヒに言った。
「わたしは、彼女が駐在員としてこの時間に来るよう、様々な手配を行った。」
「それを知ったのは、今の権限を手に入れてからなんですけどね。」
「話は長くなる。落ち着いて話ができる場所がいい。」
「それなら。」
 長門有希(小)が言う。
「わたしの部屋がいい。これまでの出来事の、舞台ともなった。」
「そうですね。そうしましょう。」
「そんなに、込み入った話になるのね?」
 涼宮ハルヒが問う。
「はい、いろいろと。他人には聞かれたくない話でもあります。」
「じゃあ……部屋の持ち主が許可してるんだから、良いわよね。」
 同意する、SOS団一同。
「うふふ。皆さんお揃いですね。今日は久しぶりに、腕によりを掛けて、美味しいお茶を淹れますね♪」
 朝比奈みくる(大)は、本当に嬉しそうな顔で告げた。
「あ、そうだ。折角だから、本格的にお茶を点てましょう! 実はこの時代に来たときに、すっかりハマっちゃって……」
 朝比奈みくる(大)も、二人の長門有希も。涼宮ハルヒも、SOS団一同も。誰もが、楽しそうな、幸せそうな表情で、移動する。長門有希(大)は、誰にでも分かる表情で。長門有希(小)は、彼らにだけ分かる無表情で。
 土曜日の昼下がり。
 ある晴れた日のことだった。


【本報告:Report.07 長門有希の幸福


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最終更新:2020年03月15日 18:58