私が対人用ヒューマノイド・インターフェースである以上、人間との接触、コミュニケーションをとるにあたっての基本的な知識は持っている。
でも、それを応用するキッカケがない。私には話を盛り上げる知識は納められている、だが、話をかけるための体の知識はない。
だから私は、用もなく人に話をかけるというコミュニケーション方法はとれなかった。とる必要性もないと感じていた。
ごく稀に私に話をかけてくる人はいた。クラスメイトの女生徒が、稀に私に質問形式で話をかけてくる。
私はその質問に不都合がない範囲で簡潔に答える。不都合がある場合は答えず聞こえないふりをする。
それが終わると必ず、女生徒は自分のいるべき集団に戻る。そして私の反応を口頭で簡単に述べる。
たまに私の方をチラチラ見ながら。私にはそれがなにを表すのかわからなかった。わからなかったけれど、少しだけ悲しかった。
三度目のそれから三日と一時間後に、廊下で偶然、女生徒が数人で私の話をしているのを聞いた。内容を個条書きすると以下の通り――
 
・気が弱くておとなしい
・何を考えているのかわからない
・活字中毒
・友達がいなくて寂しそうだけど友達を作ろうとしていない
・話かけても反応がない、または薄い
 
――というものだった。そのうち話は私にはわからない話題になった。
それはともかく、私に対する憐憫や不満がほとんどを占めていたことに少しだけ驚いた。
その日の夜に私の中にエラーが発生した。原因は、人間のいうところの“ストレス”だった。
結局は“可哀想”という弱者への憐憫に満ちた感情から、彼女らは私に、稀に話しかけてきているということで理解した。
しかし、それは本音ではなく建前であると気付いたのはもう少し後の事だった。
彼女らは、まだ日の浅い仲の自分の環境を取り巻く集団に自分の存在を誇示し、さらに“優しい人”と周りに理解せしめることを頭に置いた上で行動していたのだと思う。
それからはSOS団の活動から帰り、家で涼宮ハルヒと自分を取り巻く環境のことを整理しようとするとエラーが発生するようになった。
原因はやはり“ストレス”だった。布団にくるまれながら、私は、私に感じるはずも発生するはずも無いストレスと同時に、無気力感が溜っていくのを感じた。
どうして……?
夢を見ないはずのヒューマノイド・インターフェースの私はその日、人がいう“夢”を見た気がした。
 
私は空気のように誰からも相手にされず、教室の片隅から私の席を眺めている。私の席には私じゃない私がいた。
クラスメイトと楽しそうに話す私がいた。
笑顔、驚いた顔、不満げな顔、にやけた顔、照れる顔……どれも私に備え付けられていながら、それが私の表情であることが驚愕なほどだった。
私じゃない私には、一般的な感情の表し方が備わっていた。
私じゃない私は、クラスメイトに囲まれて、私にはわからない話題を次々と話す。
クラスメイトのみんなが笑う。その中には、私のクラスではないあの人もいた。“彼”も。
私はただ立ち尽くしていた。なにかが悲しかった。
現実と夢のかけ離れた比率が悲しかったのか、“彼”が、私じゃない私と一緒に、楽しそうに私のよこを通り過ぎて行ったのが悲しかったのか、わからなかった。
でも悲しかった。
 
朝からエラーが発生した。
 
私は焦っていた。表情に表す方法がわからないために“彼”も涼宮ハルヒも、朝比奈みくるも古泉一樹もそれに気付かなかった。それでいいと思った。
私は確かに焦っていた、私の中に存在し増殖しはじめるエラーの対処に。
そのうち私が私でなくなる気がして、恐怖に震えた日が続いた。私はストレスを解消しなければならなかった。
読書もその方法には入らなかった。
現実ではない空間を頭の中に作り出し、サイドビューから繰り広げられるスペースアクションも現実逃避の扶助にしかならないことを知っていた。
要約すると、私は誰かと話をしたかった。ただそれだけだった。私のエラー内容を聞いてくれて、適切なアドバイスと相槌を打ってくれる人が欲しかった。
でも私には作り方がわからなかった。
そんな私が惨めに思えて悲しかった。という感情を持て余していたことなんて、誰も思わなかった。そう思って“いた”。
 
――暫くして
 
外傷が無いのに満身創痍の身体を無気力に動かして、食料調達に行く。
もしまだ食料が僅かでもあったなら行かなかったと思う。行きたくなかったと思う。
カレーの味しかしない業務用カレー粉の缶を手に取り30個を籠に積む。一ヶ月は確実にもつ量を積み終えた矢先に、聞き慣れた声を耳にした。
「長門……?」
突発的に振り向いた先には“彼”がいた。童女と共に私のように食料調達のために。ちなみにこの童女が彼の妹であると気付いたのは少しののちだった。
「……食料調達。」
 
私の返答は確かに、相手の疑問を解消する内容。でもこんなこと言いたいとは思っていないのに私の、周囲に対して固定化され始めた表面がそれを拒んだ。
もっとあの時みたいに話がしたいのに。
でもそれは別の話。
「……そうか」
「……そう」
 
「……なあ、長門。おまえこの頃「キョンくん、このお姉ちゃん誰?」」
彼の言葉を遮って不意に彼にすがりつくように身を寄せていた童女が尋ねた。
彼をあだ名で呼んでいるため、私はこの童女を親戚または彼の近所の人間だと勘違いした。
「ああ、えっとな……」
彼が言い淀んだ。私は不意に焦燥を覚えた。彼は私のことをなんと言って紹介するのだろうか。
部活仲間? 同級生? 果ては宇宙人? ……私にはわかっている、この状況下では彼は高い確率で“知り合い”と答えると。
(部活仲間、同じ部活の、部員の、と答えた場合彼は恐らく童女に自分の部活動を紹介することになる。
SOS団などと言えるはずもないため童女は知らず、彼は言わないことになる。そして私は彼と同じクラスではない。)
でもそう思いたくない、彼にそう言って欲しくない。私はそう思った。
何故? こんな幼い子供に虚勢を張ろうというのか。私にはわからない、わからない、
わからないけれどもそうであって欲しいと望んでいない“長門有希”が私の中にいる。
私の中の私は、「情報操作すればいい」と言っている。でも私はそれによって彼の口からでる偽りを望んでいない。
ゆっくりと口を開いた彼を凝視しながら私は、私の中の私を打ち消すように感情を殺した。
 
「……友達だよ、友達。長門有希っていうんだ」
 
私の中で何かが弾けた。彼は友達と言った。情報操作もしていない。
彼の口からでたこの場限りの、それでいてどこまでも真実の本音が私の耳に谺した。
「じゃあ……有希ちゃん?」
私の中で爆発しながら互いにその居場所を求め続ける安心感や焦燥感、不信感に喜び、その他の凄まじい量の感情。
彼の妹が何を言ったのか、その時は聞き取れもしなかった。
「まあ、そうだな。で……こっちが俺の妹の……って、お、おい!! な……長門……!?」
私は私自身気付かないまま、彼の胸を弱く掴み、そのシャツを涙で濡らしていた
 
彼は私を友達と言った、それはなんてありふれた言葉だろうか。
ただ気軽に話せるだけの交流が浅い人間でも友達、自分の悩み事を打ち明けられそれに適切なアドバイスをくれる人間も友達。
あまりにも身近に感じるものであることが“当たり前”のそれが私に欠けていた。
それでも私はその欲を表面上に表せずに、誰にも知り得るはずのない私の内面を必死に抑えていた。
私の一番欲しいものを私自身が無意識に遠ざけて、それでも欲しがって追いかけて、やっとつかんだSOS団という宝物、でも私はその使い方がわからなかった。
私にとって一番大切なもの、それが文芸部室にいる皆。ここの皆なら私の話を聞いてくれる、教室にいる皆とは違う。
そう思っていた。それだけに私はSOS団から浮いている気がすることが怖かった。
だが、自分ではそう思っていただけなのかもしれない。
私は、クラスメイトに不満や憐憫の感情を抱かれることでエラーが発生した。
そして放課後、SOS団の活動で涼宮ハルヒが閉鎖空間や不可思議な現象を起こそうとする片鱗を見ると、先程のを上回る量のエラーが検出された。
夜、夢の中で“彼”が私ではない私と楽しそうに話しているのを見て、今までにない量のエラーが発生した。
そして今、私は“彼”に「友達」と呼ばれて、私の中のエラーが七割ほど削除されたことを確認した。
それが意味するものは……
 
情報統合思念体によって与えられた私の感情のタガは、僅かだが彼が溶かしてくれた。
情報統合思念体は、一介の人間の脳を60億集めたとしてもその内容をゆうにパンクさせる知識知能情報量を集っている。
その情報統合思念体が対人用とし完全と判断して私を造った。それの綻びを彼は見つけた。
それは無意識にしても彼の一勝であり情報統合思念体の一敗であった。
その瞬間から私は私の中の優先順位を情報統合思念体よりも“彼”に采配した。
つまりは情報統合思念体、そして情報統合思念体が私に観察対象として委ねた涼宮ハルヒ、
そして情報統合思念体が私に観察対象として委ねた涼宮ハルヒが創ったSOS団より上位に“彼”があがった。
私にとって一番大切なものが彼になった。


 
私は今、マンションの自室にいる。ここにいる人間は一人だけ。そして私は人間ではない。
 
「長門……?」
「待って……まだお湯が沸いてないから」
「いや……あ、ああ」
彼は狼狽している。
彼はあの後、感情爆発によって泣きじゃくり思考がままならない私を一度マンションまで送った。
その後、彼は彼の妹を家まで送り、また大急ぎで私のマンションに来てくれた。
その間、私の感情爆発の規模が少しずつ小さくなっていき、彼が玄関の扉を破壊する勢いでノックする頃にはなんとか平静を保てる状態になっていた。
「どうぞ……」
「あ、ああ……悪いな」
黄色く濁ったお茶を出し、人間の社交事例を終えた私は、意を決して話し始めた。
「あなたは悪くない、悪いのは私」
「長門……?」
「私は情報統合思念体によって造られた対人観察用ヒューマノイド・インターフェース……」
 
…………
 
おおよその説明と謝罪を述べた私に、彼は哀れむような、それでいて自分をさげすむような目をして言った。
「……長門」
「なに」
「……すまなかった」
「……何故?」
「俺は、長門のこと……」
「……言って欲しい」
暫く沈黙が続いて、私が催促しようとすると途端に彼は口を切った。
 
暫く沈黙が続いて、私が催促しようとすると途端に彼は口を切った。
「……俺は、長門のこと、本当にただ宇宙人としてだけしか見てなかったと思う」
「……」
予想していなかったことを口にされた。
「いつも一人で本読んでるおまえを見て、一度、言おうと思ったんだ……おまえ……」
 
おまえ……寂しいとかないのか……? ってな……
いつも一人で本読んでて、表情も薄くて、それに宇宙人なんだから寂しいとか悲しいとか……そういうのねえんだろうなって思っててな……
話かけても必要最小限のことしかいわないだろ……?
だからもしかしてただの人間なんかに無駄に話かけないでほしいとか、馴れ馴れしくしないでほしいとか思ってんじゃないかっても思って……
だから、俺が言うのもなんだけど……緊急時以外は空気みたいにいてもいなくても同じ様に扱っててもいいんじゃないかって……そんなふうに思って……頼る時だけ頼って、最低だよな……?
なんかさっきから「思って」ってのが多いよな……でも俺がそう思ってたのは事実なんだ……だから、すまなかった……長門
 
正直に、素直に、私はショックを受けた。
彼に人間として扱われていなかったこと、いてもいなくても同じだと思われていたこと、それより、私の無意識が彼にいらない心配を募らせていたことが。
 
「……だけどな」
「……?」
「気づいたんだ、昨日。長門の様子がおかしいって」
 
昨日もいつも通り、ハルヒが朝比奈さんに迷惑極まりない行為をして、古泉が偽善者スマイルでそれを眺めて……いつも通りだけど、なにか足りないって……
長門、おまえは昨日本当に本を読んでいただけなのか……?
足りなかったのは規則的におまえがページをくくる音だったんだ。
ふと気づいて、おまえのほうを見ると、ぼーっとしたまま視線だけ本に落としてて……その目が、悲しい色してたって分かるのは、多分、俺だけじゃない……
 
「……」
「そう、思ったんだ……だから……だから、その……俺にできることがあったらなんでも言ってくれないか……?」
 
「……あなただけ」
「……えっ?」
 
私は空気のような存在。誰も私の少しの変化に気づきはしない。
いつも人間が呼吸し、吸い吐きしている空気の成分のなかで、酸素量が1%増えても誰も気付きはしない。それと同じ。
 
でも あなたはそれに 気が付いた
 
誰もが私がそこにいることが当たり前になりすぎて、そして私に自己主張がないために誰も私を見なかった。
それは当然といえば当然のこと。
 
誰だって変化のない実験に興味は示さない。
でもあなたは私を見ていた。ではあなたにとって私を見るに値する理由は何?
 
「それは……」
 
私にはある。あなたを見続ける理由が。もしそれとあなたの理由が一致するなら……
 
「俺は……長門のこと……」
 
「長門のことが好きだから……それじゃダメか……?」
 
……初めて温かさを感じた気がする。それは外気温、湿度、そういった外界の自然の定理や淘汰されいくこととは全く異なる“内”の温かさ……
 
知らない内に流れた涙は頬を伝っていく。これが私の内に溜めていたストレスなのかもしれない……知らない内に溜めていた……それなのかもしれない……でも、もう大丈夫。
 
「……長門?」
 
その声で心臓が止まっていたような感覚から抜け出した。
 
「あなたにできること……そしてしてほしいこと……それは」
 
「ずっと一緒に居てほしい」
 
私の中で“私”が優しく笑った気がした。まるで、なにかを祝うように。
 
END




 
分岐
 
「ハァ……ハァ……」
「……ん……」
あれから二ヶ月後、84回目の性交が終わって、彼は荒く息をついた。
あれから私と彼……キョン君はすぐ深い仲になっていった。お互いを想い合うもの同士ならば必然のことであるらしい。
私はキョン君を欲した、それと同じ様にキョン君も私を欲してくれた。その結果、生物の最大のコミュニケーション方法のひとつであり命、名の存続方法である性交に行き着くことは自然であったと考えられる。
「有希……」
「…………?」
一時的に思考を停止した。キョン君と話すときは人類にとってあまりに過度である思考情報回路をしようすることは避けている。その方が私らしくて好きだからと言われ、嬉しかったから。
「有希……何よりも一番好きだ……愛してる……」
キョン君が私を上に覆い被さるように抱いて言った。私はただ顔を紅くして彼に抱きつくほかなかった。でも、それが一番幸せだった。
 
だからこそ 悲しかった
 
このことを 彼に伝えるのが
 
身を 切り刻むよりも


 
「……私は明日の朝、情報統合思念体によって、処分される……」
 
向き合う形で腰をおろし私の煎れたお茶をのんでいるキョン君が……彼が、瞳に映る。夜の暖かい風が、彼と一緒に買ったカーテンを揺らした、それを見るのも苦痛だった。
「……有希……?」
彼はまるでただ名前を呼ばれただけのような反応をした。この純粋すぎる目も苦痛、悲しい。
「……私はあなたと一緒にいる時間、涼宮ハルヒの観察を停止していた……しざるを得なかった……」
「……」
「……情報統合思念体は私にエラーが発生した、或いは初期システムエラーの見落としと判断し不必要と確認……」
「……有希……?」
ダメ、私は聞こえないふりをしなければならない。あなたの優しいところを見たくない。
「……明日7時に私の情報連結を解除し、さらに違うタイプの対有機生命体観察用ヒューマノイド・インターフェースを地球に送る……」
 
沈黙が流れた。私も彼も何一つ喋らないまま5分が過ぎた。そして、彼が口を開いた。
 
「……嘘だ……」
 
本当に嘘だったら嬉しい……認めたくないのは私も同じ……でも真実……
 
「……嘘だっ!!」
 
今までどれほど、有希を愛して、有希と時間を過ごして、有希と分かりあってきたと思ってんだよ……? 俺は有希が好きで、有希が俺とずっと一緒にいてくれたら、本当に死んでもいいって思ってた……
でもこんなのってねえだろ……!? 不必要!? 俺が必要としてやる、情報統合思念体の分も誰かの分もみんなの分も!!
……だから……だから……
「有希……嘘だって言ってくれよ……」
俺はいつの間にか両目を完全にボヤけさせ、シャツを濡らしていた……自分にこんなにも身近な人間の消失……死に免疫がないなんて思ってなかった……
「……これは……真実……」
私もいつかのように涙を流していた。あの時は何が悲しくて何が嬉しくて泣いたのかわからなかったけど、今は嫌というほど分かる、痛みを伴う涙だった。
「あ……ああ……俺は……俺は……」
彼が言葉になっていないながらも、私にはわかる言葉を喚きはじめた。
「う……ウアアアアアァァァァァァァァァ!!」
 
――バンッ!
 
…………。
 
彼は急に出ていってしまった……どこにいったのかはわからない……そして私は追いかけてはならない……そんな気がした……
 
後数時間で消える私の全ての記憶は、こんなにも軽率に扱われるのだろうか……? こんな時だからこそ、傍にいて優しく頭を撫でて欲しいのに……彼は自分の感情整理の為に私との残された時間を浪費している……
最低だ。私にとってこれは完全に予想外であって、更に彼に失望するに値する現状である。私が今まで愛した彼は、いざとなると恐さに逃げ出す自分勝手な人間であると……判断する……
 
そう判断する……なんてそんなことができたら……どれほど楽か知れない……
 
どれだけ私の中の彼を嘲笑し、惨めで弱く汚らしい存在として認識しようとも……私の中の彼の記憶がそれを難くなに拒む……
彼を嫌いにならなければ私が悲しむのに……彼を嫌いにならなければ……っ……そんなこと……でき……ない……
 
涙が止まらなかった
 
……いつの間にか睡眠(スリープ)状態になっていた……
暖かい風とまどろむようなほのかに明るい空が、彼と一緒に選んだカーテンの隙間から流れ込む……今の時刻は午前6時27分……私が消えるまであと33分……
私は彼を探していた。すぐに見つかった。彼はベランダにいた、帰ってきていた。
「…………」
 
私にはかける言葉が見つからない……誰が責められるというの……? たった一人で、急に私がいなくなるということを聞かされて……出ていってしまったことを……
原因は全て私の怠慢のせいなのに彼は一言もそれには触れずに……きっと苦しかったはず……きっと悲しかったはず……でも私にはどうすることもできない……もう私にはあなたを守ることができない……
「有希……」
どうやら私に気づいていたみたい……
私はベランダの柵に体を預ける彼の横に立った。
「有希と初めて会ったのは、あの図書館だったよな……」
私は無言で返事をした……彼はいつもより口数多く話だす……時間はあと10分もない……
 
あの時は有希のことも全く知らなくて……まさかこんなふうになるなんて予想もつかなかったな……
そういえばあの時の有希はどことなく微笑んでるように見えて……
このカーテン買いに行ったこと覚えてるか……
あの時は有希が……
そういえばあんなこともあったな……
有希が……
 
もう やめて !!
 
いつの間にか私の胸元には大きく濡れたシミが出来ていた……
 
全部覚えてるから……あなたがくれたもの全部……あなたの仕草や言葉……優しくしてくれたこと……時には厳しく戒めてくれたこと……全部覚えてるから……
だからもう……一人で感傷して辛い思いをするのは……やめて……最後の最期にあなたを傷つけたくない……!!
 
そう言い放つと同時に長門は俺の胸で大きく泣いた……俺が今してやらなきゃならない、してやれることは……頭をなでてやることくらいだ……
 
なあ長門……俺は……
 
俺はお前がいなくなっても何も変わらない
 
お前がやってくれたことは全てこれから俺が自分でやる
 
だからもう大丈夫だ
 
でもこれだけは忘れないでいてくれ
 
俺は長門有希と一緒にいられた時間を忘れないよ
 
私の覚えている彼の最期のキスは この世界のどんなものより温かく そして 汚れないものだった
 
俺は目の前の砂を見ていた
 
そして振り返り
 
呟いた
 
「ハルヒ」
 
……有希……
 
それは少し前までの私の名前……今は名前がない……あなたは誰……?
 
……有希……
 
違う、有希は私、あなたも有希……?
 
……有希……!
 
聞こえている、大きな声を出さないでほしい……あなたは誰?
 
……有希……!!
 
……誰……!? あなたは……あなたは……「あなたは誰!?」
「俺は俺だよ」
 
地味なデザインの照明に、地味な壁……目を開けるとそこは私の家だった。
そして私の隣には、あぐらをかいて座っている彼がいた。そして横には、少し前まで私の観察対象であった“涼宮ハルヒ”が、いた。
……私には何が起きたのかわからなかった。情報統合思念体に情報を求めようとした、しかし繋がらなかった。とにかく彼に抱きつきたかった……しかし今は涼宮ハルヒがいる、この状況を確認するのが先。
 
「……これはどうい」「有希っ!! 有希ぃ!! 良かった……ねえどうしたの!? なんであんなところにいたの!? あ、それより怪我は!? 怪我はない!?」
 
私が口を出そうとした瞬間に涼宮ハルヒは私の両肩を強く揺さぶり叫んだ……
 
…………?
 
状況が把握出来ない情報が多すぎる……怪我……?……私のいた場所……?
 
「あの……」「有希、もう大丈夫だからね……!! 有希……良かった……有希ぃ……」
 
そういうなり涼宮ハルヒは泣きじゃくり、布団のかかっている私の足元によりすがった。状況が理解出来ない……
 
「説明して」
 
私は、愛おしい彼のほうに向き直って言った。感動の再開の一言目がこれではちょっと悲しいけど……今は仕方がない。
 
彼はうなずき、小さく私に言った。
 
「またあとで」と。
 
それから暫くの沈黙があったが、彼が涼宮ハルヒをなだめて、私に家から連れていった。涼宮ハルヒは相当私の事を心配していたようだが、私はわけがわからず何とも言えなかった。
 
ただ私がここにいることだけは確からしい……何故……私は消えるはずだったのに……
 
その後また、彼が私の家にきた。息を切らして。
 
「説明して」
私は即座にいい放った、でもそれとは裏腹に、説明なんていらない、また彼に会えて嬉しいと思った……けど口には出さなかった……
 
「ああ……」
 
私と対面して座る彼は、微笑みながら言った……
 
俺はあの後、つまり俺が有希のマンションから出ていってから、必死でハルヒを探した
朝四時に学校に忍び込んで名簿を盗みだし、朝の六時にハルヒの家まで向かった
夏休みなのにハルヒは何故か起きていた。俺は色々疑問があるであろうハルヒの両肩をつかんで言った
「昨日の夜から長門がいなくなった! さっきジョギング中に会ったマンションの管理人が、夜中に長門が出ていくのを見た!」
そういうとハルヒは急に不安そうになり「私は警察呼んで有希のマンションの近所に聞き込みしてくる!! キョンは有希のマンション行ってみて!! 早く!!」と俺に言った
俺はマンションに向かい、そこで朝七時を迎え、有希に最期の挨拶をした。有希が消えた直後そこに来たハルヒに「やっぱりここにはいない」と告げた
その後、ハルヒと俺は血眼になって有希を探し回った(俺はフリだけ)
そして……ハルヒは……有希が……ぴょこんとどこからか出てくる事を願った……とても強く……願った……
 
ハルヒの神の力が発動し、間もなく町から外れた山中で、機動捜索隊が有希を発見、生存を確認した
思ったようにハルヒが当然こうであるべき有希の出現を願ったために、常識の範囲内で片付けられる場所に有希は出現した
更にハルヒはもう二度と有希にいなくならないで欲しいと願った……そして情報統合思念体が消滅した……
有希はハルヒが今までそのイメージを思い続けた形の人間として出現したのだ、当然記憶を受け継いで……
そこまでがこの経緯であった……
 
「いや、まさかこんなアイデアが思いつくなんてな……俺は結構文才があるのかもしれないな……?」
 
彼がそういって笑った。
突拍子もない話だけど、そう考えるとつじつまがすべて合う……涼宮ハルヒの言動もなにもかも……
つまり……私はあなたのためにこの世から消えて……あなたのお陰でまた誕生した……
そして今ここにいる私は情報統合思念体の支配下にない私……
 
「これで、いつまでも一緒にいられるな……?」
 
ふと彼が言った。色々な疑問があった……情報統合思念体が存在しないとすると涼宮ハルヒがもし異常状態になった場合どうするのか……朝比奈みくる、古泉一樹はどうなるのか……
そこまで考えて……思考を中断した。
私が考えることじゃない……
私は人間なのだから……
 
私は異世界の宇宙人としているであろう長門有希に言った
 
「また、よろしく」
 
それは私の中の私だったんだろう……
 
「……まだ実感が湧かない……」
 
「……そうだろうな……」
 
「……強く抱きしめてほしい……」
 
「ああ、有希が望むなら」
 
なあ、有希……?
前にお前は俺に言ったよな?
SOS団の中で浮くことが一番怖い、って……
でもお前が思うほどお前は浮いてなんかいないし、ましてや嫌わてなんかいない……
だってそうだろ? 空気みたいに扱われてるって言った有希を、アレだけ願ってハルヒがいるんだぞ……?
味方がいないなんて臆病にならなくていいんだ
俺は有希を愛してる、みんなは有希の事を大切に思ってるんだからさ
だからこれ以上苦しまないでいいんだ……ずっと俺が、みんなが傍にいるから……
 
空気と同じく、あるのが当たり前な存在だとしても
みんな、空気がなきゃ生きていけないだろ……?
 
End...

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最終更新:2020年03月15日 18:20