長門有希は文芸部員兼SOS団の団員である。そして、宇宙人の作ったヒューマノイドインターフェースでもある。
今日もいつものように放課後の文芸部部室で、人を撲殺出来そうな厚さの本を読んでいた。
部室には有希の他に、SOS団団長、涼宮ハルヒ。
超能力者で、機関の構成員の副団長の古泉一樹。
未来的萌えマスコットキャラ朝比奈みくるが居た。
 
3人は今日、ある共通の話題を話していた。
ハルヒは不機嫌そうに、一樹は笑顔の奥に不安を隠し、みくるは俯き一樹の様に不安を隠せずに。
 
「さて、彼が来なくなって一週間以上が経った訳ですが・・・」
 
「キョン君・・・本当にどうしちゃったんでしょうか・・・?」
 
先週から4人以外の団員、本名は不明の団員であるキョンという名の男子生徒が学校に来なくなっていた。
そのことについて3人は話していたのだ。有希は本を読みながら3人の話を聞いていた。
 
「電話をしても出ないし・・・風邪じゃ・・ないですよね・・・?」
 
「あの馬鹿が風邪なんか引くわけ無いでしょ!馬鹿は風邪を引かないって学会で証明されてるのよ・?
きっと、そう、あれよ!キョンは暗いところがあったからヒッキーになっちゃったのよ
許せないわね、学校はともかくSOS団を無断欠席するなんてSOS団に有るまじき許されない行為だわ!
これからキョンの家に行って引き摺りだして来るわよ!?いいわね?」
 
「そうですね、何かあったのなら家族の方にも事情が聞きたいですしね」
 
「有希も行くでしょ?」「……………」
 
コクリと、有希は無言で頷いて分厚い本を閉じた。
 
SOS団一行は学校から真っ直ぐにキョンの自宅に向かった。
 
「しかし・・・彼も全く困ったものですね
彼のお陰で涼宮さんの閉鎖空間の発生確率が通常の3倍です。
最近は落ち着いてきて安心しきっていたらこれですからね」
 
「涼宮さんもキョン君が居ないとなんだかイライラしてて落ちつかないようですからね・・・」
 
「えぇ、僕も彼の顔を見ないとムラムラして来ますよ」
 
「「………」」
 
「・・・・・・時に長門さん、彼について何かご存知な事はありませんか?
例えば長門さんとは別の派閥の者が動いていた事は無かったか、等です。
何かがあったにしても彼なら何かしらの連絡をくれるでしょうし
学校を休む、それも無断でです。今までの彼なら有り得ないことです。
何か異常事態が発生して、彼は連絡と取れない状況下にある。
また、あるいは彼自身に何かが起こっている・・・」
 
「わからない。……異常は検知出来ていない」
 
「・・・そうですか。
長門さんにもわからないとなれば本当に涼宮さんの言うとおり塞ぎ込んでいるだけかもしれません・・・、ね」
 
ハルヒはムスっとした顔のまま3人と話そうとはしなかった。
その後一行は無言のままキョンの自宅に着いた。
 
ハルヒは物凄い勢いでインターホンを押した。
少し待っているとキョンの妹が出て来た。
 
「あっ!ハルにゃん!それに有希ちゃんにみくるちゃんに阿部さん!」
 
「古泉です」
 
「こんにちは妹ちゃん、ねぇ、キョンいる?」
 
「・・・キョン君ね、ずっと前から部屋の中から出てこないの・・・
でね、声かけると『うるさい!』って怒鳴って怖いの・・・なんだかキョン君じゃないみたいなの・・・
ねぇ・・・ハルにゃん・・・キョン君どうしちゃったのか知ってる?」
 
「そう・・・ちょっと上がらせてもらうわよ。みんなも一緒に来て!」
 
一行はキョンの妹を加えてキョンの部屋前に来た。
最初ハルヒがドアを開けようとしたが内側から鍵がかかっていて開かなかった。
 
「ちょっとキョン!あけなさい!妹ちゃんまであんたの事心配してるのの?
あんた何とも思わないの?聞いてるんでしょ?四の五の言わなくてもいいから開けろ!」
 
「キョンくーん、あけてー・・・」
 
「ほら、あんたの大好きなみくるちゃんも言ってるでしょ?開・け・な・さ・い!」
 
そう言うとドアの内側から鍵の外れる音がして、ドアが開いた。
ドアの向こうにはキョンと思われる人間が立っていた。
 
「・・・キョン・・・・・・?」
 
ドアが開いた先には痩せこけ、全身からは生気が一切感じられないキョンが居た。
ハルヒたちは最初、それがキョンでは無く橋の下でうろついているホームレスが
キョンの代わりに部屋に居座っていたと思ってしまったぐらいだった。
恐らく一週間以上部屋から出ていなったのだろう。
臭いの元を想像したくないほどの臭いが漂ってきていた。
 
「・・・なんだよ、うるさいだろハルヒ
わざわざ大声出さなくてもちゃんと聞えてるぞ」
 
「あんた・・・キョンよね?・・・大丈夫なの?」
 
ハルヒはキョンを見て、文句を言うよりも先に今の姿を心配してしまった。
流石のハルヒも今のキョンの状態が異常である事に気付いてのだ。
 
「何言ってんだ?大丈夫なわけないだろ?
もうな、疲れたんだよ。お前に振り回されるのも。
後ろの3人のくだらない相手をするのもな・・・ってこれは禁則だったか?
ま、どうでも良い事だがな。いい加減迷惑だ、俺は一般人なんだ、お前らと居るのにはうんざりなんだよ・・・」
 
「…」「そんな、キョン君・・・うそ・・・」
 
「わかったらさっさと帰ってパトロールでも何でも勝手にやってくれ
俺を巻き込むのはもうやめてくれ、ほら、帰れよ」
 
キョンは涙の後のある血走った目で、4人を睨んだ。
 
「お前ら・・・そう、お前らのせいだよな。
お前らのせいで俺は何度も殺されそうになった。
わがままに付き合わされて、奴隷の様にも使われた。
俺が何かしたか?お前らに迷惑の1つでもかけたか?
俺が悪いのか?そうなのか?お前らにそういう扱いをされなきゃいけような事、してたか?
・・・疲れた。もうどうでもにでもなりやがれ。世界が終わろうが俺には関係無いね」
 
「そ、そんな事無いです・・・キョン君は・・・その・・ごめん・・なさい・・・
私のせいですよね。あなたを巻き込んで・・・うぅ・・・っ・・・」
 
「朝比奈さん、謝らなくていいんですよ。ただ俺の前から消えてくれればいいだけなんです」
 
「ちょっとキョン、あんた何よ!言いすぎじゃないの?
だいたい何よ、世界が終わるって、変な小説の読みすぎで頭おかしくなったんじゃないの?」
 
「お前が言うなよ。何度も言わせるな、帰ってくれ」
 
「・・・あなたらしくはありませんね。
あなたは何だかんだと言いながら今までの状況を楽しんでいたはずです。
それが急にこの心変わり、何かあったのでしたらお話をききますが?」
 
「気付いただけだよ」
 
「…………失望した」
 
「あぁ、そうしてくれた方が俺も楽だ、さぁ、帰ってくれ!」
 
その後キョンはドアを閉め鍵をかけ、また部屋にとじこもってしまった。
キョンの妹は兄の突然の変化に驚き、困惑し、訳もわからず泣いた。
4人は同じように泣いているみくるを連れてひとまずキョンの妹も一緒に喫茶店に行った。
 
「ねぇ、有希、古泉君・・・。
あいつをあそこまで追い詰めたのって・・・あたし・・・?」
 
「………違う。私のせい」
 
「涼宮さんのせいなどではありませんよ。
・・・いささか僕も彼に無理をさせていたかもしれません。
ですが納得がいかない部分が大きすぎませんか?
突然です、ある日突然彼がああなってしまうとは普通考えられませんよ」
 
「わたしが・・・キョン君を・・・『禁則事項』なのに・・
もう・・・ごめんなさい・・・ごめ・・・」
 
「朝比奈さんも気に病む必要はありませんよ
何故、彼がああなってしまったのか調べるのと
彼を正気に戻す方法を考えるしかありません
今はそれを優先すべきではないでしょうか?」
 
「・・・キョン君・・ごめんなさ・・ごめ・・・ごめんなさい・・・」
 
「・・・長門さん、朝比奈さんと涼宮さんと、あと妹さんもですね。
お願いできますか?急用が入りました」
 
「……解った」
 
有希はまず、3人を鶴屋さんの家に連れて行った。
鶴屋さんの所ならば色んな意味で安全だと判断したからだ。
みくるとキョンの妹は泣くだけでまともに歩く事もままなら無い状態。
それにキョンの妹をこの状態のままであの家に1人置いておく事は出来ないからだ。
幸い、鶴屋さんは快く受け容れ。とりあえずは、2人を床で寝かせてくれた。
 
「深くは聞かないけど何があったのかは教えてくれないかなぁ。
流石のあたしもみくると妹ちゃんがあの状態になってるの理由を聞かないわけにはいかないよっ」
 
「あたしが・・・キョンを壊しちゃったの・・・だから・・・」
 
「あのキョン君が壊れた・・・?うーん、あのキョン君がねぇ・・・?」
 
「あなたに責任は無い。全てはわたしが彼を守りきれなかったせい。
だから彼は重度のストレスにより精神を異常を来たした。
全てわたしの責任……」
 
「まぁまぁ、有希っこも自分も追い詰めちゃいけないよ。
何が原因なのかあたしはわからないけど・・・なんていうのかな。
キョン君が何かを抱えて、壊れてしまっててもその彼を支えて力になってあげるのが
友達の役目だと思うにょろよ。今は責任とか難しいことを考えるよりも。
キョン君をそっと包んであげるのが一番だと思うにょろよ」
 
「・・・そうよね、キョンを元に戻してあげないと、そうよね!うん!」
 
「……」 コクリと、長門は頷いた。
 
落ち着きを取り戻したハルヒはひとまず自宅に戻った。
その後有希はみくるを鶴屋さんに頼み、キョンの妹を聞いた親の勤め先に送った。
有希はそのままマンションに戻った。
 
有希は鶴屋さんの家ではああは言ったが、後悔していた。
キョンに言った一言を。自分の今までの行動を。
 
『…………失望した』
 
失望され、叱責されるべきは自分だ。
彼を追い詰めた。
彼の悩みに気付けなかった。
彼は私を気遣い、いつも見てくれていたのに・・・。
 
『…………失望した』
 
「…そう」
 
『…………失望した』
 
「私に」
 
『…………失望した』
 
「…………」
 
有希の携帯に、古泉から電話が来た。
 
【長門さん、もしもし、僕です。
閉鎖空間が全世界に展開されてもうダメかと思いましたよ。
数は半端じゃなく規模も今までの物とは桁違いでした。
ですが、先ほど突然自己収縮をし全て消えてしまいました。
これは涼宮さんが・・・なるほど、流石鶴屋さんですね。
ですが問題はこれからです、彼をこれからどうするか・・・。
具体的な方法は僕には思いつきません。何か名案はありませんか?
そうだ、彼は愛情に飢えてるんですよ!!そう考えるなら納得がいきます。
恐らく彼の心は枯れた川のようになっていると考えられます。
その渇きのストレスを他人に意味も無くあてているのでしょう。
そうとわかれば僕がここで一度彼に最大級の】
 
プツ
 
「………」
 
男は、笑っていた。
計画通りに事が進んでいる。
前々から種を蒔いていた甲斐があった。
これで満足の行ける結果になるだろう。
 
次の日、キョンを除く4人は放課後SOS団部室に集まっていた。
ハルヒは団長席座りどこかウキウキしたようで。
古泉は合いも変わらず。
みくるはメイド服は着ないでイスに座り俯き。
有希はページもめくらずただ本の一点を見つめて。
 
「今日はここで解散、みんな帰って良いわよ!
あたしはこれから1人でキョンのうちに行くから!
3人は着いて来なくても良いからね」
 
そう言い残しハルヒは団員を残してダッシュで部室から出て行った。
ハルヒは考えた、キョンに謝ろう、そして抱き締めよう。
きっとそうしたら正気に戻ってくれる、何故かそんな確信があった。
謝って、謝って、心から謝れば、絶対キョンは許してくれる。
許してくれないはずは無い。許してくれるに決まってる。
 
「だって・・・キョンだもん・・・」
 
ハルヒはキョンの家につくとキョンの妹に挨拶もせずキョンの部屋に向かった。
ドアを開けようとするがやはり鍵がかかってあかない。
 
「キョン、昨日はごめんね、あたしが悪かったわ。
ねぇ、だから開けて、謝りたいのよ」
 
「・・・帰れ、帰ってくれ」
 
「もうあんたを扱き使ったりなんかしないわ。
今までやった事全部謝る・・・だから・・・」
 
「あ・・・・・俺は・・・っ!?なんだこれ、逃げろハルヒ、来るな!」
 
「・・・キョン?」
 
「ハル・・・に・・・・・・帰ってくれ」
 
「どうしたのよ?・・・キョン・・・?」
 
「帰れ」
 
「開けて、謝らせてよ・・・」
 
「帰らないと」
 
「・・・?」
 
「殺す」
 
その声は、ハルヒの知っているキョンの声には聞えなかった。
その声は、本気で自分を殺すつもりの声だった。
 
あぁ、もうキョンはダメなんだ。手遅れなんだ。
もうキョンは今までのキョンじゃないんだ、もうキョンは死んじゃったんだ。
自分が殺しちゃったんだ。キョンを殺したんだ。
ハルヒは、そう悟った。
 
ハルヒはそのままキョンの家から出て行った。もう二度と来ないと心に誓って。
 
そもそもどうしてこんな事になってしまったんだろう。
どうしてキョンが壊れてしまわなきゃいけなかったんだろう。
どうしてキョンにもっと優しくしてあげられなかったんだろう。
どうして、どうして。どうして?
 
「でも・・・全部あたしが悪いわけじゃない・・・」
 
ハルヒは誰かのせいにしてしまわないと、心が押しつぶされそうに思った。
そう考える自分を、さらに嫌に感じていた。
 
…そうよ、あたし1人が悪いわけじゃない・・・。
みくるちゃんも、一樹君も・・・そう、有希だって・・・。
有希・・・。有希?
そういえばキョンはいつも有希の事を見ていた。
そうよ・・・。有希が悪いのよ・・・・・・・・・。
 
感情の矛先は有希に向いた。ハルヒは、こう考えた。
キョンはいつも有希の事を見ていた。
それはきっと有希の事を好きだったからだ
そして、一週間前有希にその気持ちを伝えたんだ。
でも、有希はキョンを振った。そして、キョンはショックで死んだ。
そうに違いない。そうとしかハルヒは考える事が出来なくなってしまっていた。
 
「キョン、キョンの苦しみをあたしが晴らしてあげるわ。
そして、あたしもキョンの所に行くわ。
でもその前に有希を・・・有希には・・・」
 
ハルヒも、壊れた。
だがハルヒは笑っていた。
いつかのように。
 
ハルヒは学校には普通どおりに登校していた。
前の席は詰められ、ハルヒはキョンの座っていたイスに座る事になった。
クラスメイトは、ハルヒにとって唯一の親しい友達と言えるキョンが学校を辞めてしまって
またハルヒが以前のようにイライラして、そのとばっちりが自分にかからないかと戦々恐々だったが、意外にもハルヒはそんな事にはならなかった。
むしろ以前よりもよく笑い、活動的になっていた。
 
「あたし部活に行くから、またね!」
 
「じゃあね涼宮さん!」
 
「それにしても涼宮さん、前からは考えられないくらい変わったよね」
 
「うんうん、ky・・・誰だっけ?いつも彼女と一緒にいた紐が退学してどうなるかと思ったもん」
 
「彼がやめてこうなったのなら彼に感謝しなきゃね(笑)」
 
「名前なんか忘れたけど(笑)」
 
文芸部室には有希と一樹が居た。
有希は相変わらず分厚い本を読み、一樹は普段とは打って変わり真面目な顔していた。
 
「思っていたよりも事態は深刻のようですね」
 
「……彼の存在が北高生徒において異常なまでに希薄化している。
これは学校外でも同様かと推測される」
 
「これは、涼宮さんが無意識に彼の存在を独占しようとしているから、そうですね?
今までは微量にその兆候がありましたが涼宮さんは踏みとどまっていました。
それは彼女が内面では一般的、常識的理性を持っていたからです。
ですがここで急にその理性のたがが外れた・・・。
これは言ってしまえば巨大ダムが崩れたくらいに危険です。
彼女の理性がもはや意味を成さないとされば。
世界の法則が文字通り変わってしまいかねません」
 
「……今はその兆候は見られないがその可能性は大」
 
「ではその危険を回避する方法はないのでしょうか?
例えば長門さんの力で涼宮さんの力に一時的なロックをかけるとか・・・?」
 
「無理。涼宮ハルヒの能力は私たちの能力とは別次元。
その力の元に干渉し改変することは不可能。
出来たとしても情報統合思念体は許可しない」
 
「そうですか・・・」
 
「………それに、私の廃棄も検討されている」
 
「それはどういうことです?
長門さんまで居なくなってしまってはまた涼宮さんが不安定になって不利なのd」
 
「私はあれから、何度も涼宮ハルヒに消されかけた」
 
「消されかけた・・・?涼宮さんが・・・?」
 
「おそらく涼宮ハルヒは私を邪魔と考えている。
私への興味を無くしている、だから」
 
「あの涼宮さんが・・・何かの間違いという事は無いんですか?」
 
「私の存在を消す事を出来るのは情報統合思念体と私と同じインターフェースと涼宮ハルヒのみ」
 
「ではやはり、情報統合思念体があなたを消そうとしたのでは?または別の派閥が・・・」
 
「……この話はおしまい。涼宮ハルヒが来る
 
いつものように、そう、いつものように大きな音を立てて部室のドアをハルヒは開けた。
 
「遅くなってごめーん!あら、今日もみくるちゃんはまだなの?
もう、しょうがないわね・・・」
 
「涼宮さん、今日も元気そうでなによりです」
 
「一樹君も良い男で結構なことだわ、それと比べて・・・」
 
ハルヒはこれ以上無いというくらいの憎しみを込めて有希を睨んだ。
一樹はそのハルヒの目を見て、一瞬笑顔を崩してしまったほどだ。
有希はただ黙々と本を読んでいた。
 
「……」
 
「有希はあいさつも無しなの?無愛想にも程があるわ。
キョンでも・・・キョンでも一言は言葉をくれてたわよ?」
 
「………」
 
「・・・・ねぇ有希」
 
ハルヒは、自分でもぞっとするくらい冷たい声で言った。
 
「どうしてあんたがここに居るの?」
 
一樹はもう有希とハルヒを一緒の場所に居させてはいけないと考えた。
このままだと双方にとって良い方向になど向かわないだろう。
何より、今この空間に居る事で一樹の胃はキリキリと悲鳴を上げていた。
 
「ねぇ、なんでいるのよ?
キョンが死んじゃったのはあんたのせいなのに・・・どうして平然としてるの?
罪悪感の欠片も無いの?・・・もともと感情の少ない子だと思ってたけど・・・。
あんた・・・人間じゃないんじゃない?」
 
「ちょっと、待ってください、涼宮さん。
長門さんは彼には何も・・・」
 
「古泉君は黙ってなさい」
 
「ですg」
 
「 黙 っ て ろ っ て 言 っ て る で し ょ ! ! 」
 
「・・・・・・」
 
「……そう、全て私の責任」
 
「ならどうしてここにいるの?キョンが居ないSOS団なんていらないわ!!
有希もいらない、どうして消えてくれないの!?」
 
「……」
 
有希は本を閉じて部室から音も無く出て行った。その背中にはハルヒの刺すような視線が突き刺さっていた。
 
有希は部室から出た後、そのまま自宅のマンションに向かった。
その帰路の途中、一樹から携帯に電話がかかった。
 
【長門さん、先ほどはすみません。
実は、お願いと言ったらいいのでしょうか。忠告とお願い半分です。
今度一切涼宮さんには近づかないで頂けますか?
これはあなたのためでもあります。
これ以上長門さんと涼宮さんを接触させてはいけないと僕は判断しました。
上も同意してくれました。
お願いです、涼宮さんの視界に入らないでください。
それが今は一番なんです、えぇそう、彼が居ない以上、今は・・・。
冷たい事を言うようですが・・・そうですか、すいません】
 
「………そう」
 
その夜、長門はキョンの豹変の調査をするためキョンの部屋に忍び込んだ。
それは長門にとって最後の任務だった。
この任務が終われば有希は完全に消される予定だった。
 
自分の体にシールドを施し、キョンの部屋に潜入した。
キョンはベッドの上で体育ずわりをしてずっと虚空を見つめていた。
その表情は、見たことも無いような安らかな笑顔だった。
 
「………」
 
やはり、自分が彼をこんなにしてしまったのだ。
そして今日その責任を取って私は消える。
最後に彼の顔を見て、彼の側で消える事は、私には許されるのだろうか。
 
「…!」
 
一瞬、キョンの姿がぼやけた。
まるでカメラのピントあわせをする時のように。
瞬間、微量の情報改変を有希は確認した。
その改変パターンに有希は見覚えがあった。
 
有希はシールドを解き、姿をキョンの前に現した。
 
「長門・・・こんな所に来ても・・・」
 
「…………やはりあなたの詰めは甘い」
 
「・・・ふ、何のことだ?」
 
「あなたは彼の体を乗っとった、朝倉涼子。
恐らくあなたの目的は彼を乗っ取る事でSOS団の人間関係を破壊し涼宮ハルヒの情報フレアを観測すること」
 
「やっぱりあなたには」
 
その瞬間キョンが身体が崩れるように、朝倉涼子がキョンの中から現れた。
 
「敵わないわね」
 
「でも今回はあなたも頑張った、でもわかったからには彼を取り戻す」
 
「あ、それ無理♪」
 
「私だって無駄に時間かけてきた訳じゃないもの。
あの時一度あなたに消されたとき、私は私を構成する情報の一部をキョン君に仕込んだの。
それからじっくり、私の情報を培養して、彼を構成する情報と入れ替えてたの。
もう彼の痕跡は無いわ、家族もほぼ完全に手中に収めてあるし。
もちろんあなたにばれないようにずっと注意して、ね。
そうそう、この子可愛いかったのよ。あなたの事を・・・あ、これ禁則だったぁ♪」
 
「……」
 
「で、どうするの?何をするにももう手遅れよ?
私を消しても、私の勝ちには違い無いもの」
 
「……」
 
有希は絶望した。
自分の甘さが、あの時気付いていれば・・・。
キョンを殺さずにすんだ。
そのキョンも、もうこの世の存在していない。
有希は、初めて涙を流した。
 
いつも自分を見て、気遣い、優しくしてくれ彼は。
図書館に連れてってくれた彼は。図書カードを自分のために作ってくれた彼は。
もう居ない。
朝倉涼子に乗っ取られ、消されてしまった。
自分も知らないうちに、おそらく自覚も無いまま意識が入れ替わり
そのまま彼は身体ごと、精神ごとこの世から消えてしまった。
 
「あら泣いてるの?長門さんが涙を流すとこなんて始めて見ちゃったぁ
ねぇ、悲しい?ねぇねぇ、自分の好きな人が死んじゃって悔しい?
うふふ、そんな事無いわよね。長門さんにそんな感情なんて元々無いもんね」
 
「……ち……ぅ……ちが………」
 
「何が?気のせいでしょう?
きっといつかみたいにエラーがたまってバグっちゃってるのよ。
あの時は流石私も焦っちゃった。でも面白い物が見れて楽しかったわ」
 
もう有希の顔は涙で濡れ、目は真っ赤になっていた。
心は、もう崩れていた。
 
有希は涙を拭いて、朝倉涼子を睨んだ。
せめて、この女だけは消さないと、気がすまない。
 
「私は、あなたを消して、私も消える」
 
「なぁに、敵討ち?そんなの今時流行らないわよ?
大人しく引き下がって学校で本でも読んでたほうがあなたも・・・」
 
朝倉涼子の足が砂のように輝き、さらさらと崩れていく。
有希が朝倉涼子の情報連結を強制解除したのだ。
 
「………」
 
だが、突然朝倉涼子は笑い出した。
まさに上手く行き過ぎてこれほどおかしい事は無いと言うように。
 
「気付かないの?もしかして私が言ってた事本気で真に受けてた?
キョン君の身体を乗っ取っているのは本当だけど。
実際は彼の情報の表面を変質化させてるだけ。
まだ、私の中で生きてるのよ?たまに正気に戻って困ってたんだから。
でもどっちにしろ彼は死ぬ、私と一緒に。
・・・この情報結合解除はもう手遅れでしょ?
せめて最後くらいは彼と話させてあげる・・・うふふ」
 
腰のあたりまで消えていた朝倉涼子の上半身が、キョンの姿に変わる。
 
「………!!」
 
「長門・・・悪かった・・・」
 
そこには彼が戻ってきた。
間違い無い、本物の彼がここにいる。
でも、またすぎに消えてしまう。
私が消す。
 
キョンは有希をじっと見つめていた。
その眼差しはまるで娘を見るような優しいものだった。
 
「長門、お前が気に病む必要は無いぞ。
俺が油断してただけだからな。
・・・お前には辛い思いをさせて本当にすまない。
これだけは言わせてくれ。
俺はお前たちと居て迷惑だなんて思ったことは一度も無いぞ。
確かに色々と面倒ごとには巻き込まれ方かもしれん。
だがそれは俺だって自分から首を突っ込んでいったからだ。
・・・本当にごめんな長門。
お前にはやっぱり最後まで世話をかけてばっかりだな・・・」
 
「嫌………駄目…」
 
「どうにもこうにもならないようだしな、まぁ、元々ここまでだったんだろう。
後悔は無い事も無いが・・・あ、お前を責めてるわけじゃないからな!」
 
有希はもう胸までしか無いキョンを抱き締め、耳元で何度も何度も謝った。
 
「だからお前が気に病むな・・・頼む」
 
キョンも有希を抱き締め返そうとするが腕も砂ようにさらさらと崩れた。
 
有希はそうしてるうちも色々な手を打っていたがどれもキョンが崩れるのを止める事は出来なかった。
恐らく朝倉涼子自身がこの情報結合解除をキャンセルできないようにロックしてあるのだろう。
有希は、いっその事自分も消えてしまおうと考えた。
 
それくらいの事は簡単に出来た。
有希の身体はザラザラとキョンが崩れるよりも早いスピードで崩れていった。
 
「・・・!?長門、馬鹿よせ!」
 
「大丈夫……」
 
そう言い、有希はもう首だけのキョンの唇に自分の唇を合わせた。
 
「・・・・・・」
 
キョンは有希の意図を理解し。
思っていたよりもずっとやわらかいな、という感触を感じた。
そして白く輝く、まるで白雪姫のような有希を見て、消えた。
 
有希はキョンだった砂を抱き締め。
どこか笑顔に見える表情のまま崩れて消えた。
最後に、最後だからこそ有希は笑えたのかもしれない。
 
鍵は消えた。まさに消失した。
もう二度と扉は開く事はないだろう。
鍵は消え、そして扉も開く事無く壊れてしまった。
いつか新しい鍵が表れようとも、その扉は開く事は無い、永遠に。
そう、ハルヒが、望んだからだ。


 
 ----おわり----

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最終更新:2020年03月15日 18:11