全てが歪んだ日
 
本気でハルヒを好きになってしまった。だからこそ気付いたのかもな。
……はじめっから何もかもを監視されてしまっていたことにな。
 
気付いたのは探索の日、ハルヒとペアになった日のことだ。
傍若無人さに振り回されながらも、幸せを感じながらハルヒについて行っていた。
「キョン! ちょっとジュース買って来なさい! 10秒以内!」
やれやれ……わかったよ、ちょっと待ってろ。
この時、10秒以内ってのを忠実に守ろうとしたのが転機だった。
走って自販機まで向かった時、俺の視界の端にある物を捉えた。
それは、俺達と逆側を探索しているはずの3人の姿だった。
何故あいつらがここにいる? しかも……ビデオカメラをハルヒに向けながら。
俺はその時、ある仮説を抱いたんだ。
『あれは、機関に報告するための映像で、それはずっと昔からやっていることだ』
……違うか? 古泉。
「……さて、何のことでしょうか?」
あくまでもシラを切り通すつもりらしい。
あの日から何度も問い詰めているが、この調子だ。
 
しかしだ、古泉。ネタは上がっている。フェアじゃないってことで喜緑さんに情報提供をしてもらったんだよ。
古泉は一瞬だけ眉をしかめ、少し余裕の消えた笑みで答えた。
「情報統合思念体の穏健派ですか……。あなたもなかなか策士ですね」
誤魔化すな。早く全てを語れ。
一つ息を吐き、古泉はゆっくりと語りだした。
「ええ、あなたの言う通りです。ついでにあの大規模な閉鎖空間が発生した後は、あなたも監視しています」
ハルヒだけじゃなくて俺もか。まったく……嫌な野郎だぜ。
「あなたが僕達を見つけた日は、他の二人も同様の任務を受けていたため、あのような行動を取りました」
……長門に……朝比奈さんもか。
俺はここまで聞くと、心を決めた。
今日、俺は、全てに抵抗を始めてやる。ハルヒを普通に愛する為に。
機関だろうが、情報統合思念体だろうが、未来人だろうが、俺とハルヒに関わる奴等に抵抗してやる。
「すみません、謝ります。あなた達に不快な思いをさせるつもりはなかったんです」
謝らなくていい。……代わりに、抵抗するなよ。
古泉に向かってナイフを突き付けた。
「な、何を……?」
ふざけるな。俺もハルヒも、お前等に監視されることを望んでいない。
いいか、俺は今日ハルヒに告白する。普通の学生として、自分の下心しかない告白をだ。
涼宮ハルヒの《鍵》なんかじゃない、ただ一人の《キョン》としてだ。
そんなシーンを貴様らに見られてたまるか。刺されるのが嫌なら、機関をハルヒから遠ざけろ。
古泉はすでに笑顔を浮かべられない状態で後退りをしていた。
「や、やめてください! それに、機関を涼宮さんから遠ざけるなんて上が許すわけが……」
じゃあ、刺されろ。
 
俺は古泉の腕にナイフを突き立てた。
悲痛な悲鳴が響く。人通りのない場所だから問題は無いがな。
「はぁ、はぁ……や、やめてください……うぐぅっ!」
次は腹の辺りを刺した。生命に関わらない位置を狙って刺す。
古泉は地面に尻をつき、ガタガタと震えていた。
……友達のよしみだ、殺しはしない。次に機関の連中から何かあったりしたら、全てをぶち壊す。
ハルヒにあること無いことを言ってでもな。それが嫌なら……上を必死で説得するんだな。
最後に思いっきり頬を拳で殴り飛ばして、その場を去った。
あと二人か、邪魔な奴等は。
ナイフの血を拭き取り、電話で長門と朝比奈さんを呼び出し、学校の部室へと足を進めた。
 
……待ったか?
「いい」
相変わらず、本を読みながらそいつは居た。
いつまでその余裕が続くのか楽しみだ。
お前さ、探索の時に俺達をつけてたんだよな?
「………………」
返ってくるのは無言だけ、か。予想通りだが。
裏切られた気分だぜ。四六時中お前と、古泉の機関と、未来人に監視されてたなんてな。
長門の表情が少し変わった。
「どうしてそれを?」
 
……今は血だらけになった古泉が丁寧に教えてくれたよ。
言うや否や、長門が飛び掛かって来た。……速すぎるっての。
「あなたの精神が異常になっている。改変を施す」
長門が少し口を開いた瞬間、俺は呟いた。
『ジョン・スミス』と。
思念体ごと、お前も消すぞ?
「ならば、記憶の改変も施させてもらう……むぐっ」
喋り終えた一瞬のスキを突き、口にハンカチを押し込んだ。それをさらにタオルで押し出せないように縛った。
俺が考えた、長門の呪文対策だ。……効くかは知らんが。
口を塞ぎ、手を縛った。ということで長門は足で攻撃をしてきたが……やはり普通の女だ。
小柄な体だからパワーも無い。
放たれた蹴りを掴むと、長門を地面に叩き付けた。
もがきながら、顔を苦痛に歪ませている。痛みに苦しむ長門を見るのは初めてだ。
ともかく、こいつは喋れる状況にするのはヤバい。逃げられても困る。
そう考えた俺は、ナイフを取り出し、両足に順番に突き立てた。
喉の奥からくぐもった叫びが聞こえる。情報操作が出来ないと痛覚も消せないんだな、この宇宙人は。
とはいえ、女をいたぶるのは趣味じゃない。
体をバタバタとさせる長門を引き起こし、椅子に座らせた。
生かしてやる。その代わり、二度と俺とハルヒに手を出せないようにするがな。
事前に調べた声帯の位置を確認して、そこだけにナイフを突き立てた。
あまり深くしたわけじゃないから、言葉が出なくなっただけだろう。
「………………っ!!」
声にならない叫びをあげ、のたうち回り、椅子から落ちた。
「…………え?」
最後の一人が来たようだ。未来から来ているそいつは、目を丸くしていた。
 
「キョ、キョン……くん? 何して……るんですか?」
見てわかりませんか? ……そういえば、あなたも俺達の行動を見てたんでしたっけ?
一歩、二歩と近付いて行くと、腰を抜かしたのか、その場に座り込み動けなくなっていた。
「い、いや……殺さないで……」
大丈夫ですよ、殺しませんから。
「ほ、ほんとで……「ただ、俺達に干渉したくなくなるように痛めつけるだけです」
はいつくばったまま、手だけで逃げようとし始めた。まったく惨めだな。
手を思いっきり踏み付けると、俺の足にすがりついてきた。
「ごめんなさいごめんなさい! 嫌だ、痛いのは嫌だよぉ! もう干渉しないように上に伝えますからぁ!」
……物分かりがいいですね。わかりました、許しますよ。
ただ……《上》とやらに伝えといてください。未来を崩すのは簡単ですよと。
例えば、あの少年を殺す……とかね。
踏み付けている足に全体重を乗せた。メキメキと手が音を立てた。
「う……あぁ……」
朝比奈さんはすでに涙を流し放心状態になっていた。
これで、邪魔する奴や監視する奴はいなくなった。
あとはハルヒの所に行くだけだ。……と思った時、ドアから人影が覗いた。
「有希! みくるちゃん! キョン、あんた何を……」
ハルヒ、待ってたぞ。どうしてもお前に伝えたいことがあったんだ。
「な、何よ! それより救急車……えっ?」
長門の止血をするハルヒを抱き締めて、キスをした。もう好きすぎて止まらん。
俺だけを見てくれ。お前のことが大好きなんだ。こいつらはずっと俺達を監視してた。それが許せなくてやったんだ。
「か、監視って……みくるちゃん?」
 
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! もうしませんから、もうしませんから許してぇ!」
さっきのが堪えたのか、あっさりと謝りやがった。
ハルヒ、お前とちゃんとした恋愛をしたい。誰にも監視されてなくて、いつも二人でいたいんだ。
ジッと見つめると、目が合った。頼む、俺だけを見てくれ……。
「うん、ありがとう。あたしもキョンが大好きよ。……でも、有希やみくるちゃん達が怪我してるのも放っておけない!」
ハルヒは俺から目を逸らし、長門の止血作業を再開しだした。
……ハハハ、前が霞んで見えねぇよ。
気がつくと、ハルヒの後ろに立ってナイフを振り上げていた。
「す、涼宮さん!」
朝比奈さんの声が響くと、ハルヒは振り向いた。
俺はこの手を、こいつに振り下ろすつもりなのか? ……出来るわけないだろ。
 
心臓に刺さる異物感。結局、俺は自分にナイフを突き立てた。
「キョン! キョン! どうして……どうしてよ!」
知らねぇ……よ。最期までお前だけを見れてよかった……。
「いやだ! せっかく告白してくれたんじゃない! 最期なんて言わないでよ!」
もし、もし認めたくなかったら……全部なかったことになるように祈ってくれ。
面白いことが起こるかもしれないぞ。
……じゃあな。
そこで俺の視界は暗くなった。
最期までハルヒを愛せた。それだけで俺の人生は満足だったさ……。
 
おわり
 
ーーー
 
こんにちは、喜緑です。
あの日、世界は涼宮さんによって改変されました。
というより、探索の日まで戻されたと言うのが適切でしょうか。
彼が死んだことや、彼が仲間を傷つけたのを全部否定したかったのでしょう。
私はその全てのことを、改変後に情報統合思念体から教えられました。
また、同じ過ちを犯さないように止めろとの指令を受けましたので。
このことは、もちろん長門さんは知りません。
……あ、そろそろ時間です。クジを操作しに行かなくちゃ。
どうせなら、長門さんを彼と二人にしてあげようかしら……うん、そうしましょう。
 
……あ、長門さんの表情が少しうれしそうになりましたね。……よかった。
さぁ、それじゃあ私も会長と出かけなくちゃ!
全てが歪んだ日が、幸せな日に変わりますように……。
 
おわりのおわり

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最終更新:2020年08月18日 15:43