俺はその日、朝から何かおかしかったんだ。
 
「キョンくんおっはよ~!」
いつものように妹に飛びつかれて起こされた俺は何故か目覚め一番からテンションがありえないくらい高かった。
普段なら「妹よ、もっと優しく起こせないのか?」 くらい思うハズなのに
「おお、おはよう。いつもありがとうな。」 なんて口走っていたのだ。
「えへへ~! ご飯だよ?」
よし! と、妹を抱っこしてしたまで降りてった。
「キョンくんやっさしぃ! 今日はどうしたの?」
そんな気分なんだ。嫌ならやめるが? と言った頃には下に着いていた。何でこんなに気分が乗ってるんだろうと考えたが気にしないことにした。
たまにはいいものだ。みんなに優しくしてやろう。うん、今日はそんな気分なんだ。
 
いつもよりハイテンションで学校へ行くと、俺とは正反対に不機嫌そうなヤツがいた。と言っても、あいつの場合は良くある事なんだが。
もちろんハルヒである。だけど今日はハルヒに話しかける前に国木田と谷口に捕まった。
「おはようキョン。」
「よう、キョン。」
ああ、おはよう。今日はクラス全体的に空気が沈んでないか?
「お前の後ろの席から出てる不機嫌オーラのせいじゃないか? キョンが中和してくれるのをみんな待ってたんだよ。」
そうなのか? 確かにクラスを見渡すと俺に期待の視線を込めてるヤツが多々いる。
「キョン!責任持って行ってこい!」
しょうがない団長様だな。よし、任せとけ!
「キョンが積極的に行くなんて珍しいね。じゃあ悪いけど任せたよ。」


 
「ようハルヒ。おはよう。何かあったのか?」
「何にもないわよ。」
ハルヒは窓を見ながら言った。
 
「そうか。それにしては多少不機嫌に見えるんだが気のせいか? 何かあったんじゃないのか?」
「気のせいじゃないわ。それに不機嫌になるのに理由なんてないわ。ただイライラする、それだけ。」
「なるほど。だがな、ハルヒは笑ってた方がいいぞ。いつも一緒に居る俺が言うんだから間違いはない。俺にできることがあるなら今日は遠慮なく言ってくれ。」
「考えておくわ。それよりアンタこそ何かあったんじゃないの? 妙に機嫌がいいみたいだし。」
ここでようやくこっちを向いた。多少機嫌が治っているようだ。
 
「そうなんだ。朝起きたら何故か機嫌が良くてな。理由はないんだが今日はみんなに、特にお前に優しくしてやらなきゃいけない気がしてな。機嫌がいいから優しくしてみようと思ったわけだ。」
「何それ? いつも優しくしてないって事? 機嫌で決めないでいつも優しくしなさいよ!」
「言い方が悪かった。いつもハルヒには優しいんだ。でも今日はその優しさが素直に表現できるんだ。」
ハルヒは少し驚いた顔でいたが、やがてまた窓に目をやって言った。
 
「あんた変よ。それに機嫌がよさそうなのが逆にムカつく。」
 
そこでチャイムが鳴り、同時に岡部が教室に入ってきた。クラスの雰囲気はいつも通りに戻ってる。
ハルヒよ、「ムカつく」とか言いながら少しうれしそうだったぞ?
 
さて俺は授業中機嫌が良すぎて真面目に授業受ける気にはならなかった。何があろうとあまり授業を受ける気にはなれない人種らしい。
そこで俺は機嫌が良い理由をふと思い出した。そうだ、昨日の事だ。なるほど、ここまで機嫌が良くなるのか。こんなに世界が変わって見えるのか。



 
昨日の事である。SOS団がハルヒの不機嫌によって中止になり、みんなに伝えようと部室に行ったら古泉と長門がいた。朝比奈さんはもう帰ったらしい。
「知っている。」
俺はまだ何も言ってないぞ? 何を知っているんだ?
「涼宮ハルヒの不機嫌による活動の中止。」
長門、もしかしてお前も不機嫌なのか? ハルヒが突然活動中止にしたから怒っているのか?
「そうではない。」
古泉はニヤニヤしてる。こいつのツラ見てたら不機嫌になりそうだ。何でコイツは笑顔でいられるんだろう。しかも今日に限っていつもより幸せそうだ。
「体内データを改ざんしてわたし自身を不機嫌という状態にしている。古泉一樹には逆に機嫌を良くなるよう改ざんした。」
なるほど。それをハルヒにやってやれ。世界は安定するぞ?
「それは推奨しない。彼女は特異なため異常に気付かれる恐れがある。」
そうかい。じゃあ俺の機嫌も良くしてくれないか?明日一日が終わるまででいいからさ。
「了解した。」
長門は不機嫌そうに呪文を唱え始めた。一瞬俺はブラックアウトした。
 
あれ、何で俺は部室にいるんだ? 意識が回復した俺は最初にそう思った。
ああそうだ、長門に機嫌を良くしてもらおうとしたんだ。
 
「お目覚めですか?」
ああ。なかなかの目覚めだ。おはよう、古泉。
「そう。」
おはよう長門、そしてありがとう。
「あなたのためにやったのではない。有機生命体のデータ取得のため。」
そうか。でも俺には何でもいいんだ。それとな、長門。不機嫌そうなお前もかわいいぞ? もちろんうれしそうなお前が一番可愛いがな。
「そう。不機嫌が治るメカニズムを解析した。満足した。帰る。」
そうかい。じゃあ明日はもっとうれしそうな顔を見せてくれよ?
「確約はしない。」
長門はそう言うといなくなった。
さて古泉。どうするか?
「機嫌がいいあなたはなかなか素直なようですね。」
そうかい。ありがとうよ。確かに機嫌が良いと悪いことは考えなくなるな。
「そうでしょう。涼宮さんにも、先ほど長門さんの機嫌を治したように接してもらえますか?」
いいだろう。ただ、この機嫌が持つ限りだがな。 そういって俺は思わず微笑んだ。
「うれしいですよ。ではそろそろ帰りましょう。」
そうだな、と言って帰宅した。
 
帰り道で古泉はこんな事言ってたな。
「僕が機嫌が良いのは今日までです。明日は普通の状態ですが、あなたは明日まででしょう?あなたは一見変に見えるくらい変わってます。周りの反応が楽しみですよ。特に涼宮さんの。」
まかせとけ。明日はハルヒが不機嫌になることはないだろうよ。
きっと機嫌が良くてこんな事言ったんだろうな。まあ機嫌が良い限り約束は守るつもりだが。
 
そんな回想をしていると何時の間にか昼休みになっていた。ハルヒは不機嫌そうだな。
「ハルヒ、これ持って部室に行っててくれないか?」
そういって俺は俺の鞄を渡した。
「何よ。あたしはこれから学食に行くのよ。後にしてくれない?」
「最近ハルヒと二人きりで話す事が殆どないからたまにはどうかと思ったんだが、ハルヒは学食だったんだよな、悪い。」
「何よ。本当にあんたキョン? まあいいわ。すぐに来なさいよ!」
ハルヒは俺の鞄を持って教室を出た。クラスからの好奇の視線はもはや気にならない。さて、と。
 
そうして俺は購買でパンとオニギリを買ってすぐ部室に向かった。
「遅かったじゃない。で、何?」
長門がいるかとも思ったがいなかった。そこにはハルヒが1人でいつも俺が座ってる席に着席していた。
「何って、俺はハルヒとたまには二人で食事もいいかなって思っただけだぞ?」
「なんだ、重要な話があるんじゃないのね? あたしはお弁当持ってきてないから学食で食べてくるわ。話ならその後でいいでしょ?」
「いや、その鞄に入ってる弁当食べていいぞ? 俺はこれを食べる。」
そういってパンとオニギリを見せた。
「用意いいわね! ありがたく頂戴するわ!!」
「ああ、がんがん食べてくれ。」
ハルヒは、俺が言い終わる前に食べ初めて、パンとオニギリの2つを俺が食べ終わる前に食べ終わってた。早すぎだろ。
「これじゃあ足りないわね。そうだ! 帰りにどっか食べに行きましょう」
「そうだな。ハルヒは何食べたいんだ?」
「そうねえ、有希にでも聞いてみましょう。じゃあキョンは後でみんなに言っておいてね!」
「わかった。いや、そうだな、たまには二人で行かないか?」
「えっ?」
「だから、俺とお前の二人で。別に変な意味じゃないぞ?」
「わかったわ! じゃあ何食べるかは考えといてあげる! もちろんキョンのおごりよ!」
「はいはい。」
その後は取り留めのない話をして昼休みは過ぎていった。
 
教室に帰って授業を一コマ受けた後の休み時間に長門、古泉、朝比奈さんの順に今日の活動は中止だという事を伝えた。
隠せば良かったであろう中止の理由を告げたら、長門には明日、ハルヒにした事と同じ事を長門にもしてほしいと言われた。
古泉は「がんばってください」の一言だけ。朝比奈さんは顔を赤くして「でででデートですかぁ?」何て言ってたり。
 
機嫌が良い日というのはあっという間に過ぎるものらしく、放課後俺はハルヒと二人で坂を下っている。
「決めたわ! 今日はキョンの家で夕飯ご馳走になるわ!」
ああ、親に聞いてみるよ。
「あんた本当に今日は機嫌よさそうね。どうしたの?」
何にもないが、そんなに変か?
「変じゃあないけど変よ!」
ははっどっちなんだ、と言ってから家に電話した。二つ返事でOKらしい。
「ハルヒのおかげで夕飯が少し豪勢になる予感がするぞ、ありがとうよ。」
「感謝しなさい!」
「感謝してるさ。ありがとう。」
 
そうして家に着いた俺はハルヒを部屋に通すと何故か部屋には妹がいた。
「キョンくんおかえりー! あーハルにゃんだぁ!」
「こんにちわ、妹ちゃん。」
「えへへ~、キョンくんが朝から機嫌が良かったのはハルにゃんが家にくるからだったのかなぁ?」
「違うぞ妹よ。ハルヒがくるから機嫌が良かったのではなく、機嫌が良かったからハルヒが来ることになったんだ。」
「なによそれ。あたしが来ても機嫌は良くならないみたいじゃない。」
「すまん。そうじゃなくて、もちろんどちらにしろうれしいが、今回は違うという事だ。」
「キョンくん早速尻に敷かれてるー。」
妹よ、俺はそんな自分が嫌いじゃないんだぞ?
 
そうして夕飯の時間になった。親父は今日は遅いらしい。
「娘ができたみたいでうれしいわ」
「ハルにゃんこれちょうだい!」
「ダメよ妹ちゃん、この世は弱肉強食なの! だからキョンのもらいなさい!」
「ほら、持ってけ。」
「えへ!ありがとー」
 
こういう時に母親がしてくる気まずい質問が飛んでこないのは母親が空気を読める人間なんだろう。
 
「ハルにゃんってキョンくんと付き合ってるの??」
 
こういう時に母親は空気を読めても妹には読めないらしい。
 
「まだ付き合ってはないわよ!」
 
まだって…まあいい。ハッキリ言ってくれたほうが気まずくはならないからな。ありがとうハルヒ、と心の中で呟く。
 
「じゃあこれから付き合うんだねー! じゃあハルにゃん一緒にお風呂入ろ?」
「お風呂くらい入ってらっしゃい?」
「じゃあお言葉に甘えて入らせていただきます。」
うお、テンポはええ! まあいいか。
 
「本当に娘ができたみたいね。お姉ちゃんができて喜んでる妹を見るのはどう?」
これでは娘ができたんじゃなくて、娘が居たところに息子(俺)が来たようなものじゃないのか?
「人が喜んでる姿を見て嫌がるヤツはいないだろ。」
「そうね。それよりキョンが女の子連れて来るなんてね。」
 
「キョンくん、風呂あいたよ~」
「キョン! 妹ちゃんと遊んでるから入ってらっしゃい!」
「あらあらキョンたらもう尻に敷かれてる。」
そんな会話は気にしないで、いや、気にならないで俺は風呂に入っていた。
 
風呂から出ると、多少のぼせてる俺よりも顔の赤いハルヒがいた。
「どうしたんだ?」
「なんでもないわよ!」
母親と妹がニヤニヤしてる。
「母さんが何か変なことでも言ったのか?」
ハルヒの解答を遮る用に母は言った。
「キョン、もう遅いから送ってくか泊めるかしなさい?」
「えーハルにゃんもう帰っちゃうの??」
「ごめんなさい、今日は帰ります。今日はありがとうございます。そして大変ご迷惑おかけしました。ほらキョン! 行くわよ!!」
そうして俺はハルヒに連れられて外に出た。母親と妹がいまだにニヤニヤしてるのを確認してから自転車を出し、後ろにハルヒを乗っけて走り出した。
「まったく羞恥プレイもいいとこだわ!」
「悪かったな、うちの家族が。妹も、母さんも、ハルヒが来てうれしかったんだよ。」
「別にいいわよ。嫌じゃなかったし。それに、キョンの恥ずかしい話も聞けたし。」
数え切れないくらい恥ずかしいことをしてきた俺にはどの話をされたのか検討もつかなかった。
「俺の恥ずかしい話はみんなには言わないでくれよ?」
「バカね! これはあたしの切り札よ! あんたが造反したら全校生徒にいいふらすんだから!」
「そうかい、じゃあハルヒには逆らわないようにするさ。」
「いい心がけね! じゃあここまででいいわ! 明日もちゃんと学校来なさいよ!」
 
ハルヒが見えなくなるまで見送ってからすぐ家に帰ってベッドに寝転んだ。
ああ、今日は機嫌が良かったから全てがうまくいったななんて考えて、今日の事を思い出しながら幸せな気持ちで眠りにつこうとした。
 
ああ…俺は何て恥ずかしい事をしてきたのだろうか。明日はどんな顔で学校に行ったらいいのか。急に不安になった。
 
時計を見ると12時を過ぎていた。呪文の効果が切れたのか。まあいい。明日は普通に生活しよう。そして今日は寝よう。


 
翌日からは普段どおりで過ごした。周りに対して違和感はあまりなかったみたいでよかった。
俺の後ろの席のヤツは不機嫌になることが減ったように思う。そして俺とハルヒとの距離が少し、いや、だいぶ近くなった。
たまにはあんな機嫌の良い日があってもいいかな、ハルヒの機嫌が良くなるなら、と思う平日の一日だった。

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最終更新:2020年12月28日 21:29