夜。寝静まった街の上空を、人型の影が舞っていた。大きく旋回しながら鼻を鳴らして、
何やら匂いを嗅いでいるような。やがて何かを探り当てたらしく真っ直ぐに飛んで、
高度を落とした。行き着いたのは三階の窓。警察病院の、ある病室の窓だ。
影はその窓に取り付いた。施錠はされてなかったので、静かに窓を開け室内に降り立つ。
一つだけあるベッドには大柄な男が寝ている。枕もとのプレートには『山崎ひろみ』と
書かれているが、影は日本語が読めない。代わりに、また鼻を鳴らして確認した。
「グムング・ゼラゾジャダダジャヅバ」
(グムンが、ヘマをやった奴か)
闇の中、笑みを浮かべた影の口に、白く鋭い牙が光る。耳元まで避けたその口が
大きく開かれて、寝入っているひろみの首へ……
「誰っ!?」
ドアが開かれ、部屋の明かりが点けられた。明るくなった室内にいるのは、眠っている
ひろみとドアから入ってきた野明と、そしてベッドのそばに立つ異形の怪物。
全体的には人型であるが巨大な耳と口、鋭い牙、緑色の肌、そして両腕全体から
垂れ下がるコウモリのような羽。どこからどう見ても人間ではない。
「! 未確認生命体……第3号!?」
「ガ、ガゥアアァァッッ」
コウモリ男は頭上から煌々と照りつける蛍光灯の光に苦しみ、両手で頭を抱えて
逃げ出した。開けっ放しだった窓から飛び出し羽ばたき夜空へと、
「逃がすもんかああああぁぁぁぁっ!」
野明が追いかけた。躊躇いなく窓枠を蹴って跳び出し、コウモリ男の背に掴まる。
バランスが崩れて、コウモリ男の高度が下がった。ここぞとばかりに野明は左腕で
コウモリ男の首を締め上げながら、右手で後頭部を殴りつける。
「この、この、この、このっ!」
「ジャ、ジャレゾ!」
(や、やめろ!)
傾き、回転し、コウモリ男と野明は絡み合うようにしながら落下。路上に停まっていた
ワゴン車の屋根に落ちて跳ね、二人分かれて着地した。
「リントグ……!」
(人間が……!)
怒りを露わにしたコウモリ男が野明に襲い掛かる。転がりながらかわした野明のすぐ脇で、
コウモリ男の爪がワゴン車を真っ二つに切り裂いた。
間近で直に見る未確認生命体の力に、野明が息を飲む。だがそれで立ち尽くす
ヒマなど与えられず、コウモリ男は自ら切り裂いた車体を掴んで、そのまま振り回した。
野明は全身を丸ごと殴打され、実際に走行中の車に撥ねられたのと同様に吹っ飛ぶ。
もちろん野明は受身などとれずに地面に叩きつけられ、呼吸を潰される。そこへ
ワゴン車を投げ捨てたコウモリ男が、大口を開けて襲いかかってきた。
野明は動けない。と、野明の背後から駆けて来た男がコウモリ男を殴りつけた。僅かに
怯んだコウモリ男の前へ、駆けて来た男が進み出る。野明を背に庇って立つその男は、
「く、黒沢さん!?」
「逃げろ、早く! ……あ、言っとくけどこんなタイミングで出てきたからって、オレは
あんたをストーカーしてたわけじゃないぞ! あんたのことが心配で警察病院へ様子を
見に来て、でもどうしようか迷って今までウロウロしてて、そしたら窓から突然、」
などという弁明など野明は聞かずに黒沢を押しのけて、
「黒沢さんこそ逃げて下さいっ! これは、あたしたち警察の仕事です!」
黒沢が心配した通り、コウモリ男へ向かってまっすぐ走った。すると当然、
「リントゾロ・ボソグ!」
(人間ども、殺す!)
たった今、ワゴン車を一撃で切断した爪が高く降りかざされて野明に……
「ええぇぇぇいっくそおおおぉぉっ!」
黒沢ジャンプ! 既にその瞬間には黒沢のものではなくなっていた脚、人外の脚力は
野明の頭上を軽々と越えた。同じく人外の腕力でコウモリ男に空中から抱きつき、
押し倒し、地面に転がる。つかみ合いながらゴロゴロしている間に、腕と脚に続いて
胸、腹、頭、顔面、黒沢の全身がみるみる変化していく。
黒沢は勢いを利用して何とか上を取り、コウモリ男を押さえつけて馬乗りになった。
そこからマウントパンチを叩き込む、その姿はもう完全に人間ではなかった。白い
プロテクターに身を包んだ異形、野明は知っている。というかもうテレビで流されている。
「未確認生命体第2号!? く、黒沢さんが……?」
突然出現した第2号と第3号の戦いを前に野明は呆然。やがて、第3号ことコウモリ男が
反撃に出た。殴られながら第2号、こと黒沢の右の内腿に噛みついたのだ。草むらに
仕掛けて猛獣を獲る、ベアトラップさながらの凶悪な牙が肉に食い込み、まるで
トマトの汁のように鮮血が溢れ出る。
「ぃでええええぇぇぇぇっっ!」
黒沢は悲鳴を上げて転がった。コウモリ男は立ち上がり、舌なめずりをしている。
どうやらマウントパンチもさほどダメージを与えられなかったらしい。やはりこの白い姿は、
不完全バージョンということなのか?
腿の激痛に耐えて黒沢は立ち上がるが、立つだけで精一杯だ。とても戦えそうにない。
それを見てとったコウモリ男が余裕たっぷりに一歩踏み出す。だがその時、戦いに集中
するあまりコウモリ男も黒沢もそして野明も、気付かなかった。
病院からの通報を受け、サイレンを鳴らして集まってきたパトカーの群れを。
「未確認生命体第3号を確認! あ、第2号もいます!」
「ようし、二匹とも逃がすな!」
杉田警部の指揮の下、二十人近い警察官たちがパトカーから降り、ドアを盾にして
銃を構えた。赤い回転灯の光が周囲を染めて照らして、ズラリと並んだ銃口から
重苦しい殺気が匂い立つ。
正面にいるコウモリ男を牽制し、背に野明を庇い、右脚を血に染め、銃を構えた警官隊に
包囲されて……黒沢は、動けなくなった。
そして、
「泉巡査!? そんなところで何してる、早く逃げろ! そいつがそのケガで動けない内に!」
動けない黒沢を突き抜けて、背後の野明へと杉田警部の声が飛ぶ。
「逃げろと言ってるんだ! 聞こえないのか泉巡査! これは命令だぞ!」
冷たく暗い銃口の向こうから、怒号の弾丸が野明を射抜いた。
何やら匂いを嗅いでいるような。やがて何かを探り当てたらしく真っ直ぐに飛んで、
高度を落とした。行き着いたのは三階の窓。警察病院の、ある病室の窓だ。
影はその窓に取り付いた。施錠はされてなかったので、静かに窓を開け室内に降り立つ。
一つだけあるベッドには大柄な男が寝ている。枕もとのプレートには『山崎ひろみ』と
書かれているが、影は日本語が読めない。代わりに、また鼻を鳴らして確認した。
「グムング・ゼラゾジャダダジャヅバ」
(グムンが、ヘマをやった奴か)
闇の中、笑みを浮かべた影の口に、白く鋭い牙が光る。耳元まで避けたその口が
大きく開かれて、寝入っているひろみの首へ……
「誰っ!?」
ドアが開かれ、部屋の明かりが点けられた。明るくなった室内にいるのは、眠っている
ひろみとドアから入ってきた野明と、そしてベッドのそばに立つ異形の怪物。
全体的には人型であるが巨大な耳と口、鋭い牙、緑色の肌、そして両腕全体から
垂れ下がるコウモリのような羽。どこからどう見ても人間ではない。
「! 未確認生命体……第3号!?」
「ガ、ガゥアアァァッッ」
コウモリ男は頭上から煌々と照りつける蛍光灯の光に苦しみ、両手で頭を抱えて
逃げ出した。開けっ放しだった窓から飛び出し羽ばたき夜空へと、
「逃がすもんかああああぁぁぁぁっ!」
野明が追いかけた。躊躇いなく窓枠を蹴って跳び出し、コウモリ男の背に掴まる。
バランスが崩れて、コウモリ男の高度が下がった。ここぞとばかりに野明は左腕で
コウモリ男の首を締め上げながら、右手で後頭部を殴りつける。
「この、この、この、このっ!」
「ジャ、ジャレゾ!」
(や、やめろ!)
傾き、回転し、コウモリ男と野明は絡み合うようにしながら落下。路上に停まっていた
ワゴン車の屋根に落ちて跳ね、二人分かれて着地した。
「リントグ……!」
(人間が……!)
怒りを露わにしたコウモリ男が野明に襲い掛かる。転がりながらかわした野明のすぐ脇で、
コウモリ男の爪がワゴン車を真っ二つに切り裂いた。
間近で直に見る未確認生命体の力に、野明が息を飲む。だがそれで立ち尽くす
ヒマなど与えられず、コウモリ男は自ら切り裂いた車体を掴んで、そのまま振り回した。
野明は全身を丸ごと殴打され、実際に走行中の車に撥ねられたのと同様に吹っ飛ぶ。
もちろん野明は受身などとれずに地面に叩きつけられ、呼吸を潰される。そこへ
ワゴン車を投げ捨てたコウモリ男が、大口を開けて襲いかかってきた。
野明は動けない。と、野明の背後から駆けて来た男がコウモリ男を殴りつけた。僅かに
怯んだコウモリ男の前へ、駆けて来た男が進み出る。野明を背に庇って立つその男は、
「く、黒沢さん!?」
「逃げろ、早く! ……あ、言っとくけどこんなタイミングで出てきたからって、オレは
あんたをストーカーしてたわけじゃないぞ! あんたのことが心配で警察病院へ様子を
見に来て、でもどうしようか迷って今までウロウロしてて、そしたら窓から突然、」
などという弁明など野明は聞かずに黒沢を押しのけて、
「黒沢さんこそ逃げて下さいっ! これは、あたしたち警察の仕事です!」
黒沢が心配した通り、コウモリ男へ向かってまっすぐ走った。すると当然、
「リントゾロ・ボソグ!」
(人間ども、殺す!)
たった今、ワゴン車を一撃で切断した爪が高く降りかざされて野明に……
「ええぇぇぇいっくそおおおぉぉっ!」
黒沢ジャンプ! 既にその瞬間には黒沢のものではなくなっていた脚、人外の脚力は
野明の頭上を軽々と越えた。同じく人外の腕力でコウモリ男に空中から抱きつき、
押し倒し、地面に転がる。つかみ合いながらゴロゴロしている間に、腕と脚に続いて
胸、腹、頭、顔面、黒沢の全身がみるみる変化していく。
黒沢は勢いを利用して何とか上を取り、コウモリ男を押さえつけて馬乗りになった。
そこからマウントパンチを叩き込む、その姿はもう完全に人間ではなかった。白い
プロテクターに身を包んだ異形、野明は知っている。というかもうテレビで流されている。
「未確認生命体第2号!? く、黒沢さんが……?」
突然出現した第2号と第3号の戦いを前に野明は呆然。やがて、第3号ことコウモリ男が
反撃に出た。殴られながら第2号、こと黒沢の右の内腿に噛みついたのだ。草むらに
仕掛けて猛獣を獲る、ベアトラップさながらの凶悪な牙が肉に食い込み、まるで
トマトの汁のように鮮血が溢れ出る。
「ぃでええええぇぇぇぇっっ!」
黒沢は悲鳴を上げて転がった。コウモリ男は立ち上がり、舌なめずりをしている。
どうやらマウントパンチもさほどダメージを与えられなかったらしい。やはりこの白い姿は、
不完全バージョンということなのか?
腿の激痛に耐えて黒沢は立ち上がるが、立つだけで精一杯だ。とても戦えそうにない。
それを見てとったコウモリ男が余裕たっぷりに一歩踏み出す。だがその時、戦いに集中
するあまりコウモリ男も黒沢もそして野明も、気付かなかった。
病院からの通報を受け、サイレンを鳴らして集まってきたパトカーの群れを。
「未確認生命体第3号を確認! あ、第2号もいます!」
「ようし、二匹とも逃がすな!」
杉田警部の指揮の下、二十人近い警察官たちがパトカーから降り、ドアを盾にして
銃を構えた。赤い回転灯の光が周囲を染めて照らして、ズラリと並んだ銃口から
重苦しい殺気が匂い立つ。
正面にいるコウモリ男を牽制し、背に野明を庇い、右脚を血に染め、銃を構えた警官隊に
包囲されて……黒沢は、動けなくなった。
そして、
「泉巡査!? そんなところで何してる、早く逃げろ! そいつがそのケガで動けない内に!」
動けない黒沢を突き抜けて、背後の野明へと杉田警部の声が飛ぶ。
「逃げろと言ってるんだ! 聞こえないのか泉巡査! これは命令だぞ!」
冷たく暗い銃口の向こうから、怒号の弾丸が野明を射抜いた。