プレハブの外、プレハブの裏、人気のない工事現場の片隅。
じっ、というより、じと~っと黒沢を見る野明と、うな垂れた黒沢が向かい合っている。
「昨日のことなんですけど、未確認生命体第2号について何かご存知ではないですか?
いつ、どこからどうやって出現したのかとか……」
「っ!」
あの時。そうだ、この子も殺されてなかったし瀕死の重傷だったってわけでもない、
てことは見られてる? いや待て、だったら既に武装した警官隊がここに殺到してるはず。
そうじゃないってことは、第2号自身だと思われてはいない、か。それなら何とかなる!
「オ、オレは何もしてないし、知らない。ただひたすら怖くて逃げ回って、結局あのクモ男に
ボコられて、でも運良く軽傷で……あ、ほら、あんたと一緒にいたあのデカいお巡りさん、
確か彼も、殺されてはいないんだろ? いやあ運が良かった、あんな現場にいたのに」
「ひろみちゃんは……山崎巡査は今、集中治療室です。一晩、生死の境をさまよいました。
何とか峠は越したので、命は助かるそうですけど……」
ぐっ、と野明の拳が握られる。その声が少しずつ、震え始めた。
「……あんなに大勢の人が、あんなに酷い殺され方をした現場にいたのに……あたしは、
何もできなかった……何もできずにただ、イングラムの中で震えてた……それで今、
自分が無傷だったことにホッとしてる……最低……こんな奴、警察官失格……」
「い、いや、そんな、待てよ。状況が状況だったんだし、そんなに自分を責めることは」
「……あたしは……絶対に、未確認生命体を許さないっっ!」
野明の、涙に揺れる瞳の向こうで、憎悪の炎が揺れていた。
「黒沢さん。もう一度聞きます。本当に何も知らないんですか? 2号、いえ1号のことでも」
野明が詰め寄ってくる。黒沢の顔を覗き込む。昨日はこの子のこれにびっくりして……いや、
テレて赤面してどぎまぎして、尻餅をついた黒沢であった。だが今はもう、それどころではなくて。
「し、知らねぇよ……今言ったばかりだろ。オレはただ、あのクモ男にボコられただけだっ」
野明を正視できず、黒沢は目を逸らしてしまう。野明はそんな黒沢をしばらく見つめていたが、
「……わかりました。けど何か思い出しましたら、すぐに警察までご連絡下さい。
あんなバケモノの犠牲者を、これ以上出さない為に」
と言って黒沢に背を向け、去って行った。
黒沢は一人、ぽつんと残された。プレハブの中ではまだ取材が続いているらしい。あそこで
大々的に名乗りを上げて、ヒーローとして脚光を浴びる予定だったんだが……
『……な、なんだよ、これっ……オレはいつの間にか、未確認生命体第2号って奴で……
異形の怪物……? 重武装した警察が全力で駆除……? 「あんな」バケモノ……?
あの子、涙浮かべて憎々しげに吐き捨ててたな……絶対許さない、って……』
それも道理というもの。自分が誰も守れなかったことを、涙まで浮かべて悔しがれる子だ。
最初の印象通り、純粋で正義感の強い子なんだ、ものすごく。だから未確認生命体を、
そして何もできなかった自分を許せなくて……あんなに、悲しんで。
「……ちくしょおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」
黒沢は吠えた。さきほどの野明に負けないぐらいの涙を浮かべて、いや、あっという間に
溢れさせて、ボロボロボロボロ流しまくって、
「オレが何したっていうんだ、ええ!? オレは体を張って、命を賭けて戦って、あのバケモノを
撃退したんだぞ! 変身して、悪者をやっつけて、仲間や女の子を救ったんだぞ……っ!
これって、充分立派に、正義のヒーロー……ウルトラマンだろ、スーパー戦隊だろ……っ、
そして、そして、ガキの頃に誰よりも憧れた、あの……人類の自由と平和を守る為に
戦う……か、か、仮面ライダー……じゃ、ねえのかよっっ! ああ!? それが、それが……
警察に追われる身……しかも逮捕じゃねえ、駆除されるバケモノ……!」
もう事態はヒーローものではない。パニック映画だ。ホラーだ。漫画で言うなら『寄生獣』だ。
ぎっ、と黒沢は睨みつけた。自分の腹を。あのベルトが潜り込んだ辺りを。
そして殴った。何度も何度も、思いっきり。
「出て行け! 出て行けよ、出て行けってば! お前のせいだ、お前のせいだ、何もかも
お前のせいだああぁぁっ! オレだって、オレだって、人並の幸せ……いや、人として
最低限の幸せぐらい、夢見てたんだ! でも、お前がいたらオレはもう人間じゃねえんだ!
人間の枠外に出されちまうんだよ! だから出てけ、出てけ! 出ていけええええぇぇ!」
だが殴っても殴っても、ただ自分が痛いだけ。ベルトは何も答えなかった。
じっ、というより、じと~っと黒沢を見る野明と、うな垂れた黒沢が向かい合っている。
「昨日のことなんですけど、未確認生命体第2号について何かご存知ではないですか?
いつ、どこからどうやって出現したのかとか……」
「っ!」
あの時。そうだ、この子も殺されてなかったし瀕死の重傷だったってわけでもない、
てことは見られてる? いや待て、だったら既に武装した警官隊がここに殺到してるはず。
そうじゃないってことは、第2号自身だと思われてはいない、か。それなら何とかなる!
「オ、オレは何もしてないし、知らない。ただひたすら怖くて逃げ回って、結局あのクモ男に
ボコられて、でも運良く軽傷で……あ、ほら、あんたと一緒にいたあのデカいお巡りさん、
確か彼も、殺されてはいないんだろ? いやあ運が良かった、あんな現場にいたのに」
「ひろみちゃんは……山崎巡査は今、集中治療室です。一晩、生死の境をさまよいました。
何とか峠は越したので、命は助かるそうですけど……」
ぐっ、と野明の拳が握られる。その声が少しずつ、震え始めた。
「……あんなに大勢の人が、あんなに酷い殺され方をした現場にいたのに……あたしは、
何もできなかった……何もできずにただ、イングラムの中で震えてた……それで今、
自分が無傷だったことにホッとしてる……最低……こんな奴、警察官失格……」
「い、いや、そんな、待てよ。状況が状況だったんだし、そんなに自分を責めることは」
「……あたしは……絶対に、未確認生命体を許さないっっ!」
野明の、涙に揺れる瞳の向こうで、憎悪の炎が揺れていた。
「黒沢さん。もう一度聞きます。本当に何も知らないんですか? 2号、いえ1号のことでも」
野明が詰め寄ってくる。黒沢の顔を覗き込む。昨日はこの子のこれにびっくりして……いや、
テレて赤面してどぎまぎして、尻餅をついた黒沢であった。だが今はもう、それどころではなくて。
「し、知らねぇよ……今言ったばかりだろ。オレはただ、あのクモ男にボコられただけだっ」
野明を正視できず、黒沢は目を逸らしてしまう。野明はそんな黒沢をしばらく見つめていたが、
「……わかりました。けど何か思い出しましたら、すぐに警察までご連絡下さい。
あんなバケモノの犠牲者を、これ以上出さない為に」
と言って黒沢に背を向け、去って行った。
黒沢は一人、ぽつんと残された。プレハブの中ではまだ取材が続いているらしい。あそこで
大々的に名乗りを上げて、ヒーローとして脚光を浴びる予定だったんだが……
『……な、なんだよ、これっ……オレはいつの間にか、未確認生命体第2号って奴で……
異形の怪物……? 重武装した警察が全力で駆除……? 「あんな」バケモノ……?
あの子、涙浮かべて憎々しげに吐き捨ててたな……絶対許さない、って……』
それも道理というもの。自分が誰も守れなかったことを、涙まで浮かべて悔しがれる子だ。
最初の印象通り、純粋で正義感の強い子なんだ、ものすごく。だから未確認生命体を、
そして何もできなかった自分を許せなくて……あんなに、悲しんで。
「……ちくしょおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」
黒沢は吠えた。さきほどの野明に負けないぐらいの涙を浮かべて、いや、あっという間に
溢れさせて、ボロボロボロボロ流しまくって、
「オレが何したっていうんだ、ええ!? オレは体を張って、命を賭けて戦って、あのバケモノを
撃退したんだぞ! 変身して、悪者をやっつけて、仲間や女の子を救ったんだぞ……っ!
これって、充分立派に、正義のヒーロー……ウルトラマンだろ、スーパー戦隊だろ……っ、
そして、そして、ガキの頃に誰よりも憧れた、あの……人類の自由と平和を守る為に
戦う……か、か、仮面ライダー……じゃ、ねえのかよっっ! ああ!? それが、それが……
警察に追われる身……しかも逮捕じゃねえ、駆除されるバケモノ……!」
もう事態はヒーローものではない。パニック映画だ。ホラーだ。漫画で言うなら『寄生獣』だ。
ぎっ、と黒沢は睨みつけた。自分の腹を。あのベルトが潜り込んだ辺りを。
そして殴った。何度も何度も、思いっきり。
「出て行け! 出て行けよ、出て行けってば! お前のせいだ、お前のせいだ、何もかも
お前のせいだああぁぁっ! オレだって、オレだって、人並の幸せ……いや、人として
最低限の幸せぐらい、夢見てたんだ! でも、お前がいたらオレはもう人間じゃねえんだ!
人間の枠外に出されちまうんだよ! だから出てけ、出てけ! 出ていけええええぇぇ!」
だが殴っても殴っても、ただ自分が痛いだけ。ベルトは何も答えなかった。
【ひとたび身に着ければ 永遠に 汝と共に在りて その力と ならん】
未確認生命体第1号・2号が出現してから数日が過ぎた。警察は彼らの行方を追っているが
手がかりもなく、一向に捜査は進まない。そうこうしている間に、事態は更に一歩悪化した。
《……この失血死事件により、昨夜一晩で五人もの犠牲者がでました。現場から飛び去る
羽の生えた怪物の姿が目撃されており、警察では未確認生命体第3号との見方を……》
テレビでそんなニュースが流されている中、その第3号事件の現場に野明がいた。
未確認生命体と接触、身近で観察できた存在として捜査協力を要請されたのだ。
「今までの情報から考えると、1号や2号とは違いますね。やはり第3号、新たな未確認
生命体に間違いないと思います」
「そうか。街に下りてきて人を襲う熊、ってんならたまに聞くが、血を吸われてるってなぁ……」
担当の杉田警部が溜息をついた。第3号に襲われたと思われる五人は首に牙の跡があり、
獣か何かに咬まれたようであった。そして体内の血がほぼ吸い尽くされていたという。
「吸血鬼かよ、全く。お前さんたちを襲った第1号はクモだったそうだが、今度はコウモリ
かもな。そういや第1号にやられて入院したっていう、ええっと、」
「山崎巡査でしたら、ようやく意識も戻って一般病棟に移れることになったそうです。
ですので、今夜は付き添いをしてあげたいのですが……」
「ああ、構わんよ。どうせ未確認どもについちゃ、まだまだ解らんことだらけだからな」
「すみません」
沈み込んだ表情で頭を下げる野明。やはりまだ引きずっているらしい。
1号と2号が暴れた時、何もできなかった自分の無力さを。
手がかりもなく、一向に捜査は進まない。そうこうしている間に、事態は更に一歩悪化した。
《……この失血死事件により、昨夜一晩で五人もの犠牲者がでました。現場から飛び去る
羽の生えた怪物の姿が目撃されており、警察では未確認生命体第3号との見方を……》
テレビでそんなニュースが流されている中、その第3号事件の現場に野明がいた。
未確認生命体と接触、身近で観察できた存在として捜査協力を要請されたのだ。
「今までの情報から考えると、1号や2号とは違いますね。やはり第3号、新たな未確認
生命体に間違いないと思います」
「そうか。街に下りてきて人を襲う熊、ってんならたまに聞くが、血を吸われてるってなぁ……」
担当の杉田警部が溜息をついた。第3号に襲われたと思われる五人は首に牙の跡があり、
獣か何かに咬まれたようであった。そして体内の血がほぼ吸い尽くされていたという。
「吸血鬼かよ、全く。お前さんたちを襲った第1号はクモだったそうだが、今度はコウモリ
かもな。そういや第1号にやられて入院したっていう、ええっと、」
「山崎巡査でしたら、ようやく意識も戻って一般病棟に移れることになったそうです。
ですので、今夜は付き添いをしてあげたいのですが……」
「ああ、構わんよ。どうせ未確認どもについちゃ、まだまだ解らんことだらけだからな」
「すみません」
沈み込んだ表情で頭を下げる野明。やはりまだ引きずっているらしい。
1号と2号が暴れた時、何もできなかった自分の無力さを。
「黒沢さん。あれから僕なりに考えたんですけどね」
山奥の工事現場。もう捜査は終わっているので、黒沢たちの作業が再開されている。
浅井と二人、並んでセメント袋を担いだ黒沢が、黙々と歩いている。
「最初に僕が言った冗談、あれがどうやら本当らしいじゃないですか。魔物の復活。
とすると、多分あのベルトは魔物たちを封印した伝説の戦士が使ってたものですよ。
その継承者が黒沢さん。凄いじゃないですかっ」
「……」
「確かに、現代と古代では少々事情が違ってて、マスコミや警察や世間はああいう
扱いしてますけど、でも伝説の戦士ですよ。ロト? ランス? ラル? キャハ」
「……いや。残念ながらオレは失格らしい」
どさ、とセメント袋を積んで黒沢は腰を叩く。歳のせいか、最近よく痛む。歳のせいと
いえば、腹も出っ張って久しい。あと老眼だし、耳も心なしか遠くなってきたし。
そんなのが伝説の戦士とかになれるか、普通? と黒沢は寂しげに説明した。
「それにだ。あのベルトが見せたイメージ映像みたいなものの中じゃ、戦士は赤い体
だったんだ。だがオレがなったのは、お前も知っての通り白かった」
「ふむ。ベルトとしては不満な、不完全バージョンなのかなやっぱり……あ、別に他意は」
「いいよ。オレなんてもともと、伝説の戦士なんて器じゃねえんだ。実際あのクモ男に
だって、まともにやってたら確実に負けてたしな。ほら、んなこと言ってねえで仕事」
「でも黒沢さん、第1号の死体とか確認されてませんし、第3号も出たそうですし……」
「だから何だ」
黒沢が、ギロリと浅井を睨む。
「警察が大々的に捜査して未確認どもの駆除に全力を尽くすっていってるだろ。オレたちゃ
いつも、こういう時に奴らに働いて貰うために、税金払ってんだ。なら任せとけ。一般市民
が口出す問題じゃねえ」
「一般市民って、でも黒沢さんは……うぶっ」
言いかけた浅井の口を、黒沢の大きな手が塞いだ。
「ベルトのことは秘密だぞ。オレは二度と絶対金輪際、あの白い姿にならねえから、お前も
忘れろ。いいな。でなきゃ……オレが警察に殺される前に、この手でお前を殺すっっ」
黒沢の、低く籠もった声がマジだ。浅井は涙目でペコペコ頷いた。
「よし、約束だぞ。約束だからなっ」
咳き込む浅井を放して、黒沢は仕事に戻る。
『そうとも、こんなことは警察に任せときゃいいんだ。って、そういやあの子も捜査に加わっ
てるのかな。あの様子だと、自分から未確認どもにケンカ売りかねん……ちと心配だな』
そういえば、あの日一緒にいたデカいお巡りさんが入院してるって言ってたっけか。
……見舞いを口実に、もう一度あの子に会ってみようかな……
山奥の工事現場。もう捜査は終わっているので、黒沢たちの作業が再開されている。
浅井と二人、並んでセメント袋を担いだ黒沢が、黙々と歩いている。
「最初に僕が言った冗談、あれがどうやら本当らしいじゃないですか。魔物の復活。
とすると、多分あのベルトは魔物たちを封印した伝説の戦士が使ってたものですよ。
その継承者が黒沢さん。凄いじゃないですかっ」
「……」
「確かに、現代と古代では少々事情が違ってて、マスコミや警察や世間はああいう
扱いしてますけど、でも伝説の戦士ですよ。ロト? ランス? ラル? キャハ」
「……いや。残念ながらオレは失格らしい」
どさ、とセメント袋を積んで黒沢は腰を叩く。歳のせいか、最近よく痛む。歳のせいと
いえば、腹も出っ張って久しい。あと老眼だし、耳も心なしか遠くなってきたし。
そんなのが伝説の戦士とかになれるか、普通? と黒沢は寂しげに説明した。
「それにだ。あのベルトが見せたイメージ映像みたいなものの中じゃ、戦士は赤い体
だったんだ。だがオレがなったのは、お前も知っての通り白かった」
「ふむ。ベルトとしては不満な、不完全バージョンなのかなやっぱり……あ、別に他意は」
「いいよ。オレなんてもともと、伝説の戦士なんて器じゃねえんだ。実際あのクモ男に
だって、まともにやってたら確実に負けてたしな。ほら、んなこと言ってねえで仕事」
「でも黒沢さん、第1号の死体とか確認されてませんし、第3号も出たそうですし……」
「だから何だ」
黒沢が、ギロリと浅井を睨む。
「警察が大々的に捜査して未確認どもの駆除に全力を尽くすっていってるだろ。オレたちゃ
いつも、こういう時に奴らに働いて貰うために、税金払ってんだ。なら任せとけ。一般市民
が口出す問題じゃねえ」
「一般市民って、でも黒沢さんは……うぶっ」
言いかけた浅井の口を、黒沢の大きな手が塞いだ。
「ベルトのことは秘密だぞ。オレは二度と絶対金輪際、あの白い姿にならねえから、お前も
忘れろ。いいな。でなきゃ……オレが警察に殺される前に、この手でお前を殺すっっ」
黒沢の、低く籠もった声がマジだ。浅井は涙目でペコペコ頷いた。
「よし、約束だぞ。約束だからなっ」
咳き込む浅井を放して、黒沢は仕事に戻る。
『そうとも、こんなことは警察に任せときゃいいんだ。って、そういやあの子も捜査に加わっ
てるのかな。あの様子だと、自分から未確認どもにケンカ売りかねん……ちと心配だな』
そういえば、あの日一緒にいたデカいお巡りさんが入院してるって言ってたっけか。
……見舞いを口実に、もう一度あの子に会ってみようかな……